とびっきりの問題児ども対ほねおじさん 2
マーガレットはその場でもじもじして、なかなか不死王リッチのもとへ歩みを進めようとはしない。緊張のあまり体調が悪くなったのではとアセビは思い、時間稼ぎをしようと考えた。恐る恐る不死王リッチに近づく。
「あのぉ……大魔王様。ちょっと失礼なことを申し上げるかもなんスけど……」
「ん? どしたん?」
「不死王様……なんか……ちょっとイメージと違うっていうか……手紙だと結構ブチギレてましたよね……?」
アセビに指摘され、不死王リッチは気まずそうに頭をかいた。視線を逸らして首を鳴らしている。
「宝石パクられたの思い出してさ。ちょっとヒートアップしただけなんだよね……ぶっちゃけマジでそんなキレてないから安心していいよ」
「あっ……はい」
「兄ちゃんたちも素直にごめんなさいできるタイプだったしね。非を認めてる若い子たちを? おじさんがいじめるのも? なんか? ダサいじゃん?」
「な、なるほど……」
「わしにも不死王としての面子があるからさ。宝石盗られてスルーってわけにもいかないのよ。それだけは分かってね」
アセビは不死王リッチから離れ、ルピナスとサツキに目で語る。大丈夫、やっぱこの人優しい、と。
これまでの流れを見るに、何らかのペナルティはあるだろうが、命までは取られないだろう。
アセビはまだもじもじとしているマーガレットを心配し、小声で耳打ちした。
「マーガレット? 気分悪いか? 大魔王様かなり慈悲深いからちゃんと謝罪したら大丈夫……」
「あ、あのね……アセビ。言いにくいのだけれど……あのおじさんの名前……何だっけ?」
数秒沈黙が続き、静寂が訪れる。風の音すらせず、小鳥のさえずりさえも聞こえない。
アセビは、切れた。
「オラァ! お前謝罪しないといけない相手の名前忘れるとか……バカかァ!」
「だってしょうがないじゃない! あたしには難しいんだもの!」
「えっ、不死王リッチって名前、そんな覚えにくいですかね? わかりやすくないですかね?」
アセビとマーガレットの口論を、不死王リッチは遠くから見守っている。
「どこが難しいんだよ! ウルトラスーパーハイパーアルティメット不死王リッチ大魔王様だろうが!」
「さっきから貴様たちなんか余計なのつけてるけど、シンプルに不死王で大丈夫なんだけど」
「えっと……ウルトラ……? ハイパー……? えぇぇぇぇん! わからないわよぉ!」
「不死王リッチです。わしの名は不死王リッチです」
マーガレットが泣き出してしまった。瞳から洪水のように涙があふれている。
見かねた不死王リッチが、助け船を出した。
「うん! もうリッチでいいや! 不死王とかいらねえや! これならわかりやすいっしょ?」
「や、優しいおじさん……ありがとう! ウルトラスーパーハイパーアルティメットネオギャラクシー不死王リッチ大魔王様!」
「最近の女の子、おじさんにはちょっと難しいや……」
マーガレットは不死王リッチに優しくされ、気持ちが落ち着いたらしい。彼に向かって手のひらを見せる。その上には例の宝石がキラキラと煌めいていた。
「あたしはマーガレット! マーガレット・デット・ダメット! 世界で1番可愛い回復魔法使いよ! これはあなたの館から持ち帰った宝石! 綺麗よねぇ」
「ほ、ほう貴様がマーガレット……」
不死王リッチが拳をわなわなと震わせる。実行犯のマーガレットにはむかついていたらしく、じろじろと彼女を見回す。
マーガレットは顔を赤らめ、胸を押さえた。
「いやん! じろじろ見ないでよ、エッチ!」
不死王リッチは王を名乗るだけあり、器が大きく忍耐力があった。常人ならマーガレットの顔面に、拳をぶちこんでいてもおかしくないだろう。
「……とりあえず、宝石よこせ」
マーガレットが宝石を差し出すと、不死王リッチはひったくるように奪い取り、懐にしまった。首をボキボキと鳴らし、睨みつけている。
マーガレットは不死王リッチに圧をかけられても、動じる様子がない。少しずつ罪の意識が薄れていっているのだ。3歩歩くと大事なことでも忘れてしまうと言われている鶏と、同レベルの知能である。
「ったく! わしの1番大事にしているコレクション持っていきやがって! おい貴様!」
「なになに?」
「貴様には……罰を与えねばなるまいな!」
不死王リッチの裁きが、マーガレットに下されようとしている。これで彼女とクレマチスの運命が決まってしまうのだ。
アセビはマーガレットをじっと見守り、ルピナスは両手を合わせて祈り、サツキは拳を握って不死王リッチの言葉を待っていた。
「3日待ってやる! それまでに我の館に来て、1ヶ月で隅々まで綺麗に掃除しろ! それで貴様の愚行を水に流してやる!」
「えっ」
「我の館が廃墟に見える限り、貴様のような愚か者がまた来るかもしれぬ! それは避けねばなるまい!」
不死王リッチからマーガレットに与えられた罰は、命や金品の要求ではなく館の清掃。それだけだった。クレマチスを滅ぼすことも、マーガレットを殺すことも簡単にできるのだが、しないことを選んだのだ。慈悲深い部類の罰だろう。
アセビが急いでマーガレットに近づき、彼女の後頭部を手のひらで押した。
「あざーっス!!! ほら、お前も大魔王様にちゃんとごめんなさいしろって!」
「じゃ、3日以内に来てね。館で待ってるから」
「いえ! 今からみんなで行くんで!」
「いやそれはちょっと……貴様たちのご飯も用意しなきゃならんしな。ちなみに好き嫌いとかある?」
「大丈夫っス! その辺に生えてる雑草食うんで!」
「焦らなくても期限1ヶ月あげるからさ。ゆっくり丁寧にやってくれたらいいから」
「オッケーっス! 3日でやるんで!」
アセビは予想以上に平和的に解決できて、安堵していた。誰も何も犠牲にならずに全て上手くいくなら、掃除ぐらい喜んでするに決まっている。
アセビから少し離れた場所で、ルピナスとサツキがハイタッチした。
「よし、みんな! 3分で支度するぞ! 大魔王様の館へゴーだ!」
「……えっと……着替えと、非常食と……」
「布団は……いらないか」
「いや、貴様たち本当にゆっくりでいいんだけど……」
急いでみんなのお家に戻ろうとするアセビ一行だったが、ひとりだけその場に残る者がいた。
マーガレットである。首をひねり、腰に手を当て不死王リッチに大股で近づく。どこか不満げな表情を浮かべている。罰に納得していないのかもしれない。
「おかしくない?」
「わしも貴様の命までは取らぬ! 館を清掃し、貴様の心も綺麗にしろ! それで見逃してやる!」
「あたしが掃除するってことよ!」
「えっ!? そっち!?」
不死王リッチがマーガレットの発言に、思わずすっとんきょうな声を上げる。まさか罰を受ける側が、意見するとは思っていなかったのだろう。
マーガレットが頬を風船のように膨らましている。
段々と雲行きが怪しくなってきた。
アセビ、ルピナス、サツキが視線を向けた。マーガレットが不死王に何か発言しているのが見える。しかし距離が離れているため、内容までは聞き取れない。
「どうしたんだろうね?」
「……嫌な予感がする」
問題は無事解決したはずだ。しかしアセビは胸騒ぎを覚え、ルピナスたちといっしょに、急いでマーガレットと不死王リッチの元へと走った。
「ルピナスは許されて、サツキにはお酒をプレゼントしたでしょ? あたしにも何かよこしなさいよ!」
「何言ってるのこの子」
「宝石もあたしのよ! 当然掃除もなし!」
「……」
マーガレットは得意げな顔で、不死王リッチを指差した。
「はぁ〜……」
不死王リッチはは深いため息をつき、しばらくの間空を見上げていた。失望に近い感情が渦巻いている。
「ちょっと! リッちん無視しないで! あたしの話聞いてる!?」
「こうなるかぁ……」
「こ、これは……!?」
アセビが急いで駆けつけたが、既に手遅れな状態になっていた。それは誰が見てもわかる。不死王リッチが右腕に骨で作られた杖を握り、戦闘態勢に入ろうとしていたからだ。
「ウオォォォォォォ!!!」
不死王リッチが雄叫びを上げると、地面から紫色の煙が立ち上ぼり、体全体を包み込んだ。
アセビは汗を滝のように流し、体を震わせながら、マーガレットに向かって口を開く。
「あ、あの……マーガレットちゃん……?」
「なになに?」
「リッチ大魔王様どうなさったの……?」
「聞いてよアセビ! あたしが平等じゃないから掃除しないし宝石もちょうだいって言ったら、リッちん無視したのよ!? ひどいわよね!」
「お前バカなの? あっバカだったわ」
「いつものパターン」
「うむ」
追いついたルピナスとサツキは呆れていた。元々バカだが、ここまで愚かだと予想できなかったのだろう。
アセビはマーガレットに、ぐりぐりもデコピンもする気も失せていた。その場にしゃがみこみ、頭を抱えて絶望している。
「やばいってやばいって絶対やばいって……」
マーガレットは反省も後悔もするが、それを活かすための心が欠けている。だが彼女にも僅かばかりだが良心はある。きっとアセビたちと過ごすうちに、少しずつその心は育まれていくだろう。その機会があればだが。
紫色の煙に包まれた不死王リッチが口を開く。
「しょうがないわな……わかるだろ? もう終わりだよこの街」
「大魔王様ァ! すんません大魔王様ァァァ!」
「若いの。お前のことは、嫌いじゃなかったぞ」
不死王リッチの諦めと悲しみと虚しさの混ざったような声を聞き、アセビはもう弁解の機会がないことを察する。チャンスは何度も与えられるものではないのだ。
ルピナスとサツキがマーガレットの頬をぎゅっと引っ張った。制裁を加えたところでどうにかなる話ではないが、そうせざるを得なかった。マーガレットは、全ての流れをぶち壊した問題児なのだから。
「いたたっ! ふたりとも何するのよ! リッちんってただのホネホネマンでしょ? ぶっちゃけあたしでも勝てるっつーの!」
「もう思い残すことないからどうでもいいや」
「私が足止めをする! みんな早く逃げろ!」
不死王リッチを包んでいた紫の煙が晴れ、全身があらわになり、アセビ一行は息を飲んだ。
不死王リッチは身長が2倍以上になっていた。右腕には骨の杖。左腕には骨の剣。完全武装している。
マーガレットは目を点にし、金魚のように口をパクパクと動かした。足りない脳みそでも、ただのホネホネマンではないことを理解したらしい。
不死王リッチはマーガレットに向かって、紳士のように、丁寧に頭を下げた。
「真の姿を見せず、失礼したなお嬢さん。ホネホネマンの力! 味わうがいいわ!」
「アセビ! ど、どうしよう!?」
「お前勝てるとか言ってなかったか?」
「ごめんなさぁい! 助けてぇ!」
「死ねや!」
不死王リッチが、骨の剣でマーガレットに勢いよく斬りかかった。このままでは愛くるしい顔が綺麗に切断されてしまう。
「やらせるかよぉ!!」
アセビが銅の剣で受け止める。しかしあまりの衝撃に吹き飛ばされ、地面を勢いよく転がっていく。
受け止めただけで体全体に重く響く不死王リッチの攻撃。これまで戦ってきたモンスターとは格が違う。
アセビは顔をしかめることしかできなかった。
「若いの。反応は悪くないが、そう何度もうまく受けきれるかな?」
「やってみるさ……」




