ぼっちは自分を助けてくれた人を逃さない 5
翌日冒険者ギルドは大騒ぎとなった。新人冒険者とマーガレットが、目的の爪を持って帰ってきただけでなく、ワイバーンを倒したからだ。
「すげえじゃねえか新人! お前何者だよ!?」
「マーガレットも、ただの困ったちゃんじゃなかったんだねぇ!」
「新時代の到来を予感させるのぉ」
例のワイバーンは、多くの旅商人やキャラバンに被害を与えていたらしい。討伐の依頼はなかったものの、アセビとマーガレットは、その功績を評価されることになった。冒険者ギルドから、追加で30万イーサンが支払われることになったのである。
手にしたことのない莫大な報酬だけでなく、臨時収入も得られたのだ。アセビは恐る恐る、受付の大男に尋ねる。
「報酬は50万イーサンだったのに……追加でこんなにもらっていいんスか?」
「ワイバーンを倒しただけじゃねえ。余分に爪持ってきてくれただろ? あれの分も含めての追加報酬だ。受け取ってくれや」
「しつこいかもっスけど、マジでマジにこんなに報酬もらってもいいんスか……?」
「おう遠慮なく全部持っていきな! やったじゃねえか新人! いや、アセビ!」
受付の大男が、笑顔で報酬の入った袋をアセビに差し出した。
爪の報酬と合わせて80万イーサンという大金だ。マーガレットと平等に分けたとしても、40万イーサンを得たことになる。
「新人冒険者の平均報酬はだいたい500から良くて2000イーサンよ。お前さん、いきなりビッグになっちまったなぁ!」
大男は自分のことのように喜んでいた。
アセビはまだ実感がわかないのか、苦笑いを浮かべている。
「おっちゃん。とりあえず報酬全部平等にわけてもらっていいっスか? 悪魔女、じゃなかった。マーガレットにも渡さないと」
「おう、すぐやるぜ」
「報酬……かぁ!」
アセビはようやく実感する。大金を得た、と。
家族のために金を稼ぐというアセビの目的は、無事達成されたのだ。
「30万イーサンを仕送りするとして。家の修繕費としては十分だよな! ついでにネリネに新しい服も買ってやれるぜ!」
アセビはニヤニヤとしながら地元に残した家族たちの顔を思い浮かべる。莫大な報酬は得たが、当然これで終わりにするつもりはない。
アセビは今後も金を稼ぎ、地元に定期的に仕送りをするつもりだった。家族が豊かな暮らしをするために。
「あはははは! 今日はあたしのおごりだからみんな飲んでってね~!!」
「いいぞ~マーガレット!」
「ゴチで〜す!」
両手に酒瓶を持ち、我が世の春を謳歌している美少女がいた。マーガレットその人である。そんな彼女を見てアセビは大男に尋ねた。
「なあおっちゃん。あいつさ、もしかしてこの冒険者ギルドの問題児なんじゃねえの? あいつのせいでオレ死にかけたんだけど」
「うん、なんというかだな。マーガレットは回復魔法の使い手としては優秀なんだが……」
「チームプレーに向いてないよね。あの悪魔女、自分の欲を優先するじゃん」
「その通り! そのせいで誰もあいつとチームを組んでくれなくなってしまってな……」
いわゆる、ぼっちである。
「多分悪い子じゃないんだ。でもちょっと頭おかしい可哀想な子っていうか……」
「おっちゃんも結構えぐいこと言うよね。まー、事実だからしょうがないけど。っていうかさ。普通新人が問題児と仕事しようとしたら止めるべきじゃね?」
「お前さんなら、あのマーガレットとうまくやれる気がしてな。俺の見る目は正しかったというわけだ! ガハハハ!」
「つーか、問題児を誰かに押しつけたかっただけなんじゃないんスか? あいつやばすぎるよマジで」
「あっ! アセビ~! ちょっといいかしら!」
マーガレットが手を振りながらアセビに近づく。まさか自分の事をボロカスに言われているとは、夢にも思っていないだろう。
アセビは小さな笑みを浮かべて、マーガレットの言葉を待った。先ほどまで、ボロカスに言っていたようには見えない。
人の良い田舎の純朴青年も、死にかければ1日で人が変わるものなのだ。現実を知り、人は大人になっていくのである。
「おっす」
「アセビ、あなたがいなかったらあたし絶対昨日死んでたわ! ありがとっ!」
マーガレットは頭がおかしいこと、人格に問題があることに目をつぶれば、回復魔法が得意な美少女だ。
しっかりと笑顔でお礼を言われ、アセビは照れ臭くなり、頭をかいた。
「お前の回復魔法にも助けられたよ。ありがとな」
「えへへ!」
「ほれふたりとも、報酬分けておいたぞ」
大男が袋をアセビとマーガレットに差し出す。
アセビの袋はずしりと重たい。恐る恐る袋の中を確認すると、40万イーサン分の金貨が入っていた。
アセビはホクホク顔である。
「おぉ……やった! やったぞ! やったぁ!」
「あ、あのぉ……」
一方マーガレットは青ざめている。
袋を逆さにするが、1イーサンも落ちなかった。中身は空っぽだったのである。
マーガレットは火がついたように泣き喚く。
「なんでぇぇぇ!? どうして1イーサンも入ってないのぉぉぉ!? あたしがんばったのよぉぉぉ!? ちゃんとワイバーンの爪提出したでしょぉぉぉ!?」
大男は腕を組みながら、ため息をつく。
「マーガレット。お前さん借金あったよな」
「あっ」
「こいつ借金してたのかよ……」
「借金分は回収させてもらったぞ。冒険者ギルド以外にも借りてたよな? そっちには俺から返しておく。借金減って良かったじゃねえか」
「えっと……」
「足りない分は、また今度回収するからな」
マーガレットは死にかけた金魚のように、口をパクパクさせていた。自業自得とはいえ命がけの仕事をしたのに、報酬は全て借金返済で消えてしまったのだ。大きなショックを受けるのは仕方がないことだろう。
アセビはふたりのやり取りを見て、強烈に嫌な予感がしていた。この場にいてはいけないと確信する。
「じゃ、オレはそろそろ仕送りの手続きするんで……」
「待って!!! 行かないで!!!」
マーガレットが涙を流しながら、アセビの足にしがみついた。その力強さには、絶対に何があっても離さないという強い意思が感じられる。
「ワイバーンの件は終わっただろ! 終わりだよ! お前との関係も終わりだよ!」
「待って待ってお願い! 終わりじゃない! 終わりじゃないわ! 終わらない! 助けて! あたしこのままじゃ終われない!」
マーガレットは必死の形相でが涙ながらに訴える。
本来のアセビなら老若男女とわず、助けを求められたら救おうとするはずだ。しかしアセビには、目の前の少女が悪魔にしか見えていなかった。
「アセビ言ったわよね!? あたしたち運命共同体って言ったわよね!? 見捨てないで!」
「あれはあの時限定に決まってるだろッ! さっさと離せや! 悪魔女がっ!!」
「いやぁぁぁぁ! 見捨てないで!! お金あたしも欲しいのぉぉぉ!」
「わかったよ悪魔借金女! 見捨てない! 借金はなんとかしてやるよ!」
アセビは多額の報酬を得たばかりだ。
マーガレットはすでに借金の返済に40万イーサンを支払っている。数万程度なら借金の肩代わりをしてもいいと思ったのだ。
アセビはマーガレットを引き剥がし、報酬の入った袋をカウンターに乗せた。
「その代わりお前との関係はこれで終わりだからな」
「いやん! いっしょがいい! これからもあたしとチーム組みなさいよぉぉぉ!!! あたしぼっちなのよぉぉぉ!!!」
「ふざけんなボケ! ぼっちなのはお前の頭がおかしいせいだろうが! お前といっしょだと命がいくつあっても足りねぇんだよ!」
ふたりの言い争いを見守っていた大男が、気まずそうに口を開く。
「アセビ、言いにくいんだが。マーガレットの借金はあと38万イーサンあるんだ……」
「は? お前どんだけ借金してんの」
「えへへ!」
「えへへじゃねえよブン殴られてえのか」
アセビも男である。言った言葉を引っ込めるわけにはいかない。
アセビは震える手で38万イーサンを大男に渡す。これでマーガレットの借金は全て返済となった。尊い犠牲があったからである。
アセビはすっかり軽くなった袋を見て天を仰ぐ。
夢も、希望も、なかった。
「オレ頑張ったよな……? デビュー戦めちゃくちゃ頑張ったよな……?」
アセビの頬を熱いものが流れる。それを見てマーガレットの目からも涙があふれた。
「アセビ、ありがとう。あなたのおかげで借金が無くなったわ。それ嬉し涙よね……? いっしょに喜んでくれてるのよね……あたし嬉しいわ」
「んなわけねえだろ! 悲しくて泣いてるんだよ! お前どういう精神構造してんだよ! おっちゃん、この借金悪魔に良い病院紹介してあげてほしいんスけど」
「アセビさんは、あたしのことが好きだから借金返してくれたのよね? もうっ! そうならそうって早く言いなさいよね!」
「もう終わりだよこの女」
何もかも都合良く考えるマーガレットに、アセビの言葉は一切届いていない。
「やっぱりあたしたちは運命共同体みたいね! 今度はあたしがアセビを助ける番かもしれないわ!」
「そうですね。そうであってほしいですね」
これ以上付き合ったら、何をされるかわかったものではない。
心身ともに疲労が蓄積したアセビ。そのまま帰ろうとするが、マーガレットに腕を掴まれてしまった。
「待って! あたしたちこれからいっしょに頑張っていくって言ったじゃない!」
「言ってねえよ! お前はひとりで働け! オレはどっか違うチームに入れてもらうからよ!」
「いやぁぁぁ! ひとりにしないでぇぇぇ! あたしぼっちになっちゃうぅぅぅ!!!」
醜く泣き喚くマーガレットの金切り声が、冒険者ギルドのロビーに響き渡る。あまりにもやかましく、周囲の者たちは心底迷惑そうに見つめていた。
この問題児はどうしてもアセビとチームを組みたいらしく、一向に離れようとしない。
大男が笑顔で手のひらをぴしゃりと叩く。
「なぁアセビ! お前さんとマーガレット、相性最高だと思わねえか?」
思わぬ伏兵の登場である。
「何言ってんスかあんた」
「ウチに所属するベテラン冒険者でも、ワイバーンの討伐は簡単にはできないんだぜ? それをお前さんとマーガレットはたったふたりでやっちまった。これはもう決まりだろ!」
大男はうんうんと頷き、アセビの肩を叩く。
半分本音だろう。ただ大男のニヤケ顔を見るに、もう半分は問題児を押しつけたいという思惑がありそうである。
援護射撃を受け、マーガレットはアセビに熱い視線を送っていた。このままでは悪魔のような問題児と、いっしょにチームを組むことになってしまう。
意義を唱えようと口を開くが、その前に周囲から声が上がった。
「新人! ゴールデンコンビ期待してるからよ!」
「新人のあんたには、回復魔法が使えるマーガレットがいたほうがいいんじゃないかい?」
「新時代を築く若者たちよ。お主たちの活躍を信じたいものじゃのぉ」
気づけばアセビとマーガレットの周囲には、多くの冒険者たちが集まっていた。彼らは大男同様、ここぞとばかりに自由気ままに生きる問題児を無理やり押し付けようとしているのである。
この空気では拒否することは不可能だ。アセビは白目を向いて薄ら笑いを浮かべることしかできなかった。
「終わった……オレの物語が……」
「ほらほらみんなもこう言ってくれてるじゃない! これはもう決まりよねっ!」
「……はい」
「えへへ! 最強コンビの誕生よ!」
「お前肩代わりしてやった借金絶対返せよ。38万イーサン絶対返せよ」
「もっちろん! ちゃんといつか返すわよ! そんなことよりこれからいっぱいよろしくね!」
ぼっちは自分を助けてくれた人を、絶対に絶対に逃がしたりはしないのだ。マーガレットもまた例外ではない。
天使のような微笑みを浮かべているが、アセビには悪魔の嘲笑にしか見えていなかった。
アセビの夢と希望の物語は、始まったばかりである。
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