ごめんですまないこともある 3
「本当に申し訳ない」
家や宿に帰っていく冒険者たちの背中を、アセビが真剣な表情で見送っている。必ず不死王リッチとの問題を無事解決することを心に誓っていた。自分たちのことを信じてくれた者たちのためにも、と。
「あいつダンゴムシのアセビだったか? ダンゴムシに興奮する異常性癖なのに、度胸あるじゃねえか。わしはあいつのこと気に入ったぞ」
「結構面白い男だったじゃないか。見所はあるんじゃないかい?」
「うん。女性をとっかえひっかえしたり、無理やり行為をするようなゲス野郎と聞いていたけど。なんか、普通に倫理観ちゃんとしてる人みたいな?」
「組んだ相手がマーガレットじゃなければなぁ。世話のかかるペットみたいなあの問題児じゃなければ、ダンゴも長生きできただろうに」
アセビの耳に冒険者たちの生の声が届く。知らない情報が次々と押し寄せてくる。アセビはただ、呆然と立ち尽くしていた。
知らないところでダンゴムシのアセビと呼ばれていたのだ。異常性癖者の最低最悪なゲス男と思われていたのだ。由々しき事態だ。
恐らくほとんどの冒険者からは、今回の件でその誤解は解けただろう。しかしアセビにかなりの精神ダメージを与えることとなった。間違ってもダンゴムシには興奮しない。女性問題も起こしていない。完全な風評被害である。
「ダンゴムシ……? 無理やり……?」
「ぼくはダンゴムシ好きだよぅ……」
「お前は本当にいい子だ! これからもまっすぐに育つんだぞぉ!」
「ひゃ~!」
アセビはルピナスを抱きしめ、髪型が乱れるまで撫で回した。
「まぁ! ペットですって! 失礼しちゃう!」
世話のかかるペット扱いされ、マーガレットは頬を膨らませた。すっかりご機嫌斜めである。
マーガレットは世話のかかるペットではすまされない所業をしているのだが、忘れっぽい性格のせいか、すでに忘却の彼方なのであった。どこまでも都合の良い頭である。
サツキが頬を朱色に染め、マーガレットの耳に口を近づけた。
「ペットか。マーガレット、飼い主とペットのような関係も悪くないんじゃないか? フフフッ」
「サツキ、なんであなたちょっと興奮してるの」
アセビ一行は、急いでみんなのお家へ向かった。帰る道中も誰ひとり街を出歩いておらず、目を背けたくなる現実が乗しかかる。
流石のマーガレットも己の罪を認識し、深く反省したらしい。うつむきながらアセビの腕を握り、絞り出すように声を出した。
「アセビ……みんな……ごめんなさい……いたっ!」
マーガレットが謝罪の気持ちを全て吐き出す前に、アセビが背中を手のひらで叩く。咳き込むほどの強さだったが、不思議と優しさを感じさせた。
アセビはマーガレットに向かって、叫ぶように声をかけた。
「続きは全てが終わったら聞く! やらかしたことはもうしょうがねぇ! 切り替えろ!」
「みんなで……解決しようね!」
「マーガレット! 償えない罪はないんだ! 後悔するより反省しろ! 違うか!?」
マーガレットの頬を熱い涙が流れ落ちる。仲間たちの優しさを感じる激励が、本当にありがたかったのだ。
流石に反省しただろう。マーガレットはきっと、これからは誰にも迷惑をかけないはずだ。多分。
「償えない罪はないとは思う。でも許されるかどうかは別の問題かなぁ」
「ルピナス……あなた上げて落とすの好きよね」
アセビ一行は無事みんなのお家に帰りつき、早速不死王リッチ対策会議を行うことにした。
アセビが4人分のコーヒーを淹れ、マーガレットが棚からクッキーを取り出して並べる。
「第1回、不死王リッチ対策会議を行います!」
「第1回で終わりにしてほしいわね」
「それはマーガレット次第かも」
「うむ」
「オレの考えなんだが。とりあえず非を認めて、誠心誠意謝った方がいいと思う」
「えっ……あっ……つまり……?」
アセビの言葉でマーガレットは青ざめ、恐怖で体を震わせた。自分に死んでこいと言ってるように感じたのである。
マーガレットの様子を見て、アセビが慌てて手を横に振った。
「悪い悪い! そういうことじゃなくてさ。普通に謝ろうってことさ。命を捨てるのはどうしようもなくなってからだ」
「でも……不死王リッチ……すごく怒ってたような。普通に謝って許してくれるのかな……?」
「そうよ! 明らかにヒートアップしてたわ! ブチギレてたじゃない! せめて苦しまないよう、楽に死ねるようにリッちんにお願いを……」
アセビは錯乱するマーガレットの口に、クッキーを押し込んだ。
「もごもご……」
マーガレットの口内に、大好きなクッキーの味が広がる。幸せな気持ちになれたらしいが、やはり不安なのだろう。落ち着かない様子だ。
アセビはそんなマーガレットの頭を撫で、自信満々な態度でニヤリと笑った。
「大丈夫だって! 本当にブチギレてるなら、わざわざ手紙書かずにいきなり街を襲撃するはずだろ? ヒートアップしてたのは、手紙を書いてるうちにイライラしたのを思い出しただけさ!」
「一理あるな。不死王も本来はマーガレットに『言い訳は聞く、納得できたら許してやる』と、遠回しに慈悲の心を見せたかったのかもしれないな」
「モグモグ。そうよね!? リッちんって本当は優しいおじさんよね!? 大丈夫よね!?」
「どうかな? マーガレットを苦しめるために、わざわざ街全体を巻き込んだ可能性もあるよ……」
アイスエイジ到来。ルピナスのスーパーマイナス思考発言が炸裂する。再びマーガレットは恐怖で体を震わせていた。
悪気はないのだが、マイナス思考のルピナスは、どうやっても後ろ向きに考えてしまうのである。
「王を名乗るほどの男なんだ。器の小さい王様じゃないさ。マーガレット、とりあえずお前の盗ったものを持ってきてくれや」
「はーい!」
アセビはこれ以上議論しても、ルピナスがマイナス方向に突き進むと判断し、話題を切り替えることにしたようだ。
マーガレットとサツキが同時に席を立ち、急いでリビングに戻ってきた。
テーブルの上にキラキラと美しく輝く宝石が3つ、液体の入った瓶が1つ並べられ、アセビはため息をつく。
「いやぁ……これは素人のオレでも高価な宝石だってわかるぞ……お前よくこれ持っていこうと思ったな」
「えへへ……」
「えへへじゃねえよぶん殴られてえのか」
キラキラ輝く宝石を、ルピナスとサツキも興味津々にじっと見つめている。問題児だが、彼女たちも夢みる乙女なのだ。
テーブルに置かれたのは宝石だけではない。謎の瓶も存在している。アセビが観察していると、サツキが気まずそうに口を開く。
「その……さっきお前に止められたから言えなかったのだが…………私はこれを持ち帰った……中身はお酒だ」
「マジっスか」
「……魔が差した。許してほしいとは言わない。私も同罪なんだ」
「待って。マーガレットとサツキが館に入るきっかけを作ったのは、ぼくがわんわんと遊んでたからなの。悪いのはぼくだよ!」
項垂れるサツキを見て、ルピナスが必死に庇う。姉のように慕っている女性の落ち込む姿を見たくなかったのだろう。
アセビは安心させるように、ルピナスとサツキの肩を優しく叩く。
「侵入したことは掃除したから許すって書いてたし、酒については手紙に書かれてなかったろ? だから心配するなって! 大丈夫大丈夫!」
「アセビ……ありがとう……」
「あまり優しくしないでほしい……」
行き場のない問題児たちだが、それぞれが相手を思いやり支え合うことはできるのだ。アセビ自身それがこのチームの良いところだと思っている。
美しい庇い合いを見て、マーガレットも仲間に入りたそうにしていた。体をもじもじとさせている。
「アセビさん、あたしにも何か言って! 優しい言葉が欲しいの!」
「お前が全部悪い。ちゃんと謝罪しろ」
「それはそう」
「いっしょに罪を償おう」
「ちょっとぉぉぉ!! なんでみんなあたしにだけ冷たいのぉぉぉぉ!?」
ルピナスとサツキに笑顔が戻り、みんなのお家に和やかな空気が戻ってきた。
涙を流しながら抗議するマーガレット。
慰めるように背中を撫でるルピナス。
アセビとふたりの妹分を優しい目をして見つめるサツキ。
これがいつものアセビ一行の日常だ。本来あるべき姿なのだ。
しかしこの日常が、日常でなくなってしまうかもしれない。それだけは避けなければならない。
お庭に根付いた雑草どもは、誰ひとり欠けても生きてはいけないのだから。
「みんな聞いて! あたしにアイデアがあるの!」
「はい、どうぞ」
「別にリッちんのこと倒してもいいんでしょ? 簡単じゃない!」
「もうそれ盗賊と変わらないですよね」
理不尽なアイデアを得意げに披露するマーガレットを見て、アセビは呆れてため息をつく。
一方ルピナスは顎に手を当て深く考え込んでいる。すっかり冷めてしまったコーヒーを飲み、マーガレットに熱い視線を向けた。
「ぼくが囮になって引き付けるから、その間にアセビとサツキが奇襲をかけるのは……どう?」
「ほら! お前が変なこと言うからルピナスまで暴走し始めたじゃねえか!」
「逆転の発想だな。あいわかった」
「逆転の発想とかじゃねえんだよ! お前たち! とりあえずちゃんと謝る方向で行くぞ! 絶対変なことするなよ! 絶対だぞ!」
マーガレットは唇を尖らせるが、アセビは無視して話を進めた。
平和に解決できるなら、それがいい。もちろんマーガレットもルピナスもサツキも、本気で倒せばいいとは思っていない。冗談を言って、バカをやりたくなる時もあるのだ。特に、現実から目を背けたくなっている状況に立たされているときは。
「しっかり心を込めて謝ろう。ふたりとも、宝石と酒もちゃんと返すんだぞ」
「はーい!」
「うむ!」
会議は終了した。夢中になって気づかなかったが、すでに日が暮れている。
晩ご飯はいつもはアセビかサツキが作るのだが、今日はみんなで作りたいとマーガレットが言ったため、アセビ一行全員で行うことになった。
共同作業は楽しく、笑いながら行ったのだが、どうしても心の奥底で不安な気持ちは拭いきれない。女子たちは明日が来るのを恐れていた。
「いただきまーす!」
アセビ一行はいつも食事中騒がしいのだが、今日は一切会話がない。まるでお通夜だ。
不安そうにご飯を食べる女子たちを見て、アセビが思わず口を開く。
「お前たち暗いぞ! 心配するんじゃねえよ! 明日は上手くいくって!」
「そうよね! 大丈夫よね! もし無事に終わったらまたみんなでお料理作りましょ!」
「うん……みんなで……みんなでね……」
「ああ、みんなで料理を作るのも悪くなかったな。楽しかった。みんながいたから……」
「何だろう、お前たちわざと嫌なフラグ立てようとしてませんか」
その後アセビ一行はそれぞれの部屋に入り、明日に備えて早く眠ることにした。今問題児たちにできることはそれだけだろう。
「絶対大丈夫とは言えないかもなぁ。フジ直伝のアレを使うことになるかもしれない……」
仲間には強気で大丈夫と言ったが、アセビ自身命を投げ捨てるときがくると確信していた。これまでもそうだったが、マーガレットのせいで発生した問題が平和に終わったことがないからだ。
アセビ自身覚悟の準備はしている。そうすることで精神的ショックが少なくなると学んだ。よくよく考えると悲しいものである。
アセビは祈ることしかできない己の非力さを呪いながら深い眠りについた。
明日が、もうすぐやってくる。
お読みいただきありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマーク、評価を何卒よろしくお願いします!




