ごめんですまないこともある 2
「なになに?」
「雰囲気が怖いよぅ」
マーガレットは、周囲の冒険者の突き刺さるような視線を物ともせず、口内のジャムパンを堪能している。
元から評判が悪くぼっちだったのだ。今さら回りから嫌われようが、敵意を向けられようが、どうでもいいのだろう。ある意味無敵な女である。
「マーガレット、とりあえずこれ読んでみ。ショックで喉に詰まるかもしれないから、ジャムパン早く飲み込んだほうがいいぞ」
「んっ!」
マーガレットがアセビから例の紙を受け取り、ルピナスとサツキも背後から覗き込んだ。
ジャムパンを食べ上機嫌だったが、読み進めていくうちに表情から少しずつ笑顔が失われていく。
マーガレットは紙を無言でアセビに返した。
「もし身に覚えがなかったら言ってくれ。不死王リッチが勘違いしてる場合もあるしな! もしそうなら、オレが誤解だって説明をするから……」
「知ラナイ知ラナイ……アタシ何モ知ラナイ」
マーガレットは虚ろな目をしていた。体を小刻みに震わせ、壊れたおもちゃのように何度も同じ言葉を繰り返している。
明らかに心当たりがありそうだ。アセビ、大男、多くの冒険者は同時に天を仰いだ。
「知ラナイ知ラナイ……」
「……マーガレット、宝石盗ったんだな?」
「わざとじゃないの! あたし家主がいるって知らなかったの! だって明らかに廃墟だったもの!」
「わざととか知らなかったとかはどうでもいいんだ。お前が盗ったのか盗ってないのか正直に言え」
涙ながらに訴えるマーガレットの言葉は、アセビには届いていない。怒ってるのか、悲しんでいるのか、呆れているのか。それは本人にしかわからない。ただじっと見つめている。
マーガレットは涙で瞳を潤ませ、上目遣いでアセビを見ながら恐る恐る尋ねた。
「お、怒らない……?」
「……怒ラナイヨ」
「ほんとぉ?」
「……本当ダヨ」
「嘘つかない……?」
なかなか真実を語ろうとしないマーガレット。周囲の冒険者たちが苛立ち始め、舌打ちや咳払いが聞こえ始めている。もし今日1日冒険者ギルドのルールを無視して良いと言われたら、殺戮ショーが始まっていたことだろう。
アセビがにこりと微笑み、マーガレットの目を見つめながら、両肩を優しく握った。
「オレが嘘ついたことあるか?」
「……あった気がするのだけれど」
「なぁ、仮にオレが嘘ついたことがあるとしてだ」
「うん」
「それは過去のオレだ。今のオレじゃない……だろ?」
「うん……?」
「今お前の目の前にいるオレは嘘をつかない。だから真実を教えてくれ」
「わかったわ!」
アセビの普段見せない優しい表情と声色に騙され、マーガレットは真実を語る気になったらしい。照れくさそうに笑っている。
白い問題児は気づいていないが、アセビの額に青筋が浮かんでいる。ルピナスとサツキは、それを見逃さなかった。
マーガレットは涙を拭いて笑みを浮かべる。
「えへへ! あたしが持って帰ったわ! 黙って持っていくと悪いからちゃんとお手紙も書いたの! 宝石あたしが全部もらっておくわね、クレマチスのマーガレットよりって! 偉いでしょ?」
「そっか。よく正直に答えてくれたな」
「えへへ!」
得意げな表情のマーガレットを見て、アセビの額に浮かぶ青筋がぴくぴくと震える。彼は頭を撫でながら問題児の背後に移動した。すかさず握り拳を作り、こめかみをぐりぐりと圧迫する。
慈悲など、どこにも、なかった。
「このおバカッ! スケルトンのときに大切そうな宝石パクったら駄目だって学んだだろうが!」
「いやぁぁぁぁ! 痛いわぁぁぁぁ! ぐりぐりしないでぇぇぇぇ! 怒らないって言ったわよね!? 怒らないって言ったわよね!?」
「うるせぇ! こんなもん誰でもキレるに決まってるだろうが! このスーパー問題児がぁぁぁぁぁ!」
「いやああああああ!!!」
冒険者ギルドにマーガレットの悲鳴が響き渡るが、誰も助けない。否、助けられない。
田舎の純朴青年が修羅と化し、怒りのままに、あるがままにマーガレットに制裁を加えているのだ。仲裁に入れば巻き込まれかねない。
「ま、まぁその辺で……な?」
これ以上はまずいと判断したのか、大男が勇気を出してストップをかけた。
アセビはまだまだ制裁し足りなさそうだったが、素直にマーガレットを解放した。問題児は頭を押さえ、床で丸くなっている。まるでダンゴムシのように。
アセビは大男と集まった冒険者たちに、深々と頭を下げた。
「みんな本当にごめん! 絶対にみんなには迷惑をかけずに解決するから……だから安心してほしい!」
「具体的にどうするの?」
「マーガレットに責任を取らせろ!」
「絶対に許すな!」
冒険者たちから怒りの声が上がるが、当然だろう。何の非もないのに、自分たちの街が滅ぼされる可能性があるのだから。
冒険者たちの怒りを正面から受け止めつつ、アセビが手を上げて黙らせた。視線を床に向け、口を開く。
「マーガレット、お前何か食いたいものあるか?」
「えっと……ジャムパンさんかしら! でもなんで急にそんなこと聞くの?」
「決まってるだろ? 最期ぐらいわがまま聞いてやるからよ。明日不死王リッチにお前を引き渡す」
「いやああああああ!!!」
再びマーガレットの悲鳴が響き渡る。
アセビは潔く犠牲になれと言ったのだ。
冒険者ギルドに集まった者たちは頷いている。アセビの対応に納得しているのだ。
一方マーガレットは涙を流しながら、大声で必死に語り始めた。
「みんなあたしのお話を聞いて! おかしいわ! こんなの絶対おかしいわ!」
「おかしいのはお前の頭だろ」
「アセビは黙ってて!」
マーガレットはアセビを睨みつけ、再び冒険者たちに向き直った。涙を流しながら両手を広げる。無駄に芝居がかった動きである。アセビはしらけた表情で欠伸をしながら眺めていた。
今回の件は限りなく、ほぼ100パーセントマーガレットに非がある。しかし問題児も生きるために必死なのだ。そのためなら何でもやるだろう。何でも。
「10を生かすために1を犠牲にして得た平和……本当にそれが平和だと思う!? 違うわよねぇ!!?」
理由はどうあれ平和は訪れるだろう。
しかしマーガレットの迫真の表情、芝居がかった動きにより、彼女は悲劇のヒロインと化していた。
「まぁ……言われてみれば」
「そうだねぇ……」
冒険者たちの間に、諸悪の根源に同情する謎の空気が生まれつつあった。マーガレットは心の中で、ニヤリとほくそ笑んでいる。
しかしひとりの青年の発言が全てを破壊した。
「10を犠牲にする可能性を生み出した女が言えたことかよ!」
無論、アセビである。
この発言により冒険者たちは冷静になり、悲劇のヒロインマーガレット劇場はこれにて閉幕となった。
「ア、アセビのおバカっ! 完全にいい流れになりそうだったのに!!」
「ちょっと聞くけどさ。お前のジャムパン勝手に食べた奴がいたとしたら……どうする?」
「あたしは殺すべきだと思うわ」
「答えは出たようだな。勝手に宝石持っていく奴もそうしないとな」
「ちょ、ちょっと待ってぇぇぇぇ!」
完全に自爆したマーガレットがアセビの足にしがみつき、涙を撒き散らかす。
「アセビ、実は私も……」
サツキが何か言いたげに口を開く。アセビは手をかざして黙らせ、再び集まった冒険者たちに向けて頭を下げた。
「オレ自身、本当はマーガレットに責任を取らせたいんだけど……ちょっと無理かな、と」
「じゃあどうするんだよ!」
「そうだそうだ!」
「オレはこのチームのリーダーだ。メンバーのやらかした問題はリーダーが責任を取らないといけないと……思っている」
「で、どうするの?」
「オレが代わりに不死王リッチに命を差し出す」
アセビの発言で冒険者ギルド内に衝撃が走る。あちこちから困惑する声、呆れる声、同情する声が聞こえてきた。
アセビの目は真剣だ。その場しのぎでごまかして、逃げようなどという邪な考えではないだろう。本気で命を差し出そうとしているのだ。
ルピナスがアセビに抱きつき、泣きそうな顔で見上げた。
「アセビ……いやだよぅ……死ぬのなんて駄目だよぅ」
「できるだけ死にたくはないさ。だが犠牲は最小限にっていうのが、オレのやり方なもんでね……」
サツキがマーガレットの両肩に手を置き、不機嫌そうな表情でアセビをじろりと見つめた。軽々しく命を捨ててほしくないのだろう。
サツキは仲間に傷ついてほしくなく、痛み、苦痛、苦しみを背負うのは自分だけでいいと考えている。決して特殊な人間だからではない。多分。恐らく。きっと。
「私にとってマーガレットは妹だ。妹の問題は姉の問題でもある。アセビ、お前にだけ全ての責任を押し付けたりはしない」
「そう怖い顔するなって! オレの命を捨てるときは最終手段だ。そうならないように、みんなでアイデアを出し合おう!」
アセビの言葉でサツキの表情が和らぐ。意見に納得したのか、深く頷いた。
アセビの足にしがみついていたマーガレットが、顔色を伺うようにチラチラと見つめる。恐る恐る、上目遣いで声をかけた。
「えっと……あたし許されそうな感じ……? アセビが代わりに死んでくれる的な……?」
「ふたりでいっしょに死ぬか? オレもいっしょならさびしくないだろ?」
「アセビ様ごめんなさい調子に乗りましたあたしはこの世で1番愚かでバカな女の子です2度と口を開きませんごめんなさい許してください」
アセビの血走った目を見て、マーガレットが頭を床に擦り付け土下座した。その変わり身の早さには、感動すら覚えるレベルである。
アセビ一行のこれまでの様子や主張を見て、冒険者ギルド内で考えが綺麗に別れた。マーガレットをこの場で生け贄にするか、アセビを信じて明日まで猶予を与えるか。その2択だ。
「どうするにせよ、アセビたちに任せるしかないな。みんな、明日まで待ってみようや」
大男の鶴の一声で全てが決まった。こうしてクレマチスの命運は、アセビ一行に委ねられたのである。
血気盛んな若い冒険者は、この決断に納得していないだろう。しかし従うしかない。この冒険者ギルドは、大男が仕切っているのだから。
アセビ一行はこれからみんなのお家で作戦会議をすることになり、クレマチス冒険者ギルドの会合もお開きとなった。




