きれいな悪魔 1
アセビたちが畑で盗賊団を名乗る元農家集団と戦っていたころ、マーガレットたちも戦っていた。
強欲で自由気ままに、己の本能に生きる悪魔にも、守るべきものがある。
これはアセビではなく、マーガレットの物語。
「サツキの野暮用って何かな……」
「想像できないわね。まー、サツキなら大丈夫じゃないかしら」
ルピナスが後ろを振り向く。サツキが小さな少女と少年と何かを話しているのが見える。見覚えのない子どもたちだった。
何を話しているか気になったが、マーガレットはサツキを信用している。館の清掃に集中することにした。
一方アセビはサツキのことが心配らしい。ずっと彼女のことを見つめている。
マーガレットはアセビの背中を軽く押して、サツキのいる方角へ向かうように促す。
「気になるならここで別れましょ! 霧の森はモンスターどころか、野生動物すらいなかったわよね。アセビがいなくても大丈夫よ」
「うーん……しかし万が一ということも」
「館をお掃除しに行くだけだから、大丈夫。アセビはサツキに付いていてあげて」
ルピナスもアセビの背中をぐいぐいと押す。
アセビは気づかいを無視するのは無粋と判断した。ポケットからクッキーとマシュマロを取り出し、マーガレットに渡す。
「オッケー! じゃあ掃除はお前たちに任せるわ。おやつを渡しておくから、好きなタイミングで仲良く食べるんだぞ」
「ねぇ、いつも思うのだけれど、アセビのポケットってどうなってるの?」
「よし、サツキお姉さまの援護に行きますかね」
アセビはマーガレットの言葉を聞き流し、ルピナスの頭を撫でると、サツキの方向へ小走りで向かった。
「さ・て・と! あたしたちだけで行きましょ!」
「うん」
マーガレットとルピナスは、アセビを見送ると、霧の森へと向かった。
森を抜け、山岳地帯へと訪れたマーガレットとルピナスは、ゴブリンの巣に入った。秘密の抜け穴に入るためである。這って進まないといけないため、服は汚れてしまう。しかし遠回りをして霧の森に行くより、ずっと早く到着する。利用しない手はない。
マーガレットとルピナスは顔を見合わせ、秘密の抜け穴へと入った。
その後ふたりは特に何事もなく、無事に霧の森へと到着した。霧のせいで見晴らしが悪い。ルピナスは不安そうに縮こまっている。
「相変わらず霧が深いなぁ……怖いよぅ」
「大丈夫、大丈夫! 迷わないように、気をつけて行きましょ!」
マーガレットがルピナスの手を握る。ふたりは仲良く館を目指した。
マーガレットが目を細める。霧が深く見晴らしが悪いせいだ。野生動物の声も聞こえない。不気味なほど静かである。
沈黙や静寂を嫌うおしゃべりなマーガレットは、ルピナスに視線を向ける。
「ルピナスに聞きたいのだけれど。虫や動物に好かれるコツってある? あたしせめて、人間以外には好かれたいのよね」
「うーん……えっと……ありのままの自分を見せたらいいんじゃない?」
「それやっても嫌われるのだけれど……なんで?」
ルピナスは上手くマーガレットをフォローできず、言葉に詰まってしまった。芋虫には避けられ、館の黒い犬に似た生物には嫌われている。マーガレットは虫や動物とは相性が悪いのだろう。
「あたしもルピナスみたいに、虫や動物に好かれたいのよ。コツを教えて!」
マーガレットは期待を込めた瞳で、じっとルピナスを見つめている。
「えっと……コツは……ちょっとわからないけど……」
ルピナスはマーガレットからそっと目を逸らし、小さな声で答える。
「ぼ、ぼくは虫や動物と違って、マーガレットのことが大好きだよ……それじゃダメ?」
「ああっ! もうっ可愛いわね! あたしもルピナスのこと大好き! ぎゅ~っ!」
マーガレットはルピナスに勢いよく抱きつき、頬を擦り付けた。
積極的なスキンシップだ。ルピナスは驚きつつも、悪い気はしていなかった。彼女もまた、マーガレットのことを信頼し、家族のように思っているからである。
「えへへ、なんかお腹空いちゃった。マシュマロ焼いて食べない?」
「うん。なら焚き火しようか」
マーガレットが空腹と言ったのは嘘である。ルピナスから好きと言われて思わず抱きついたが、だんだんと照れ臭くなってしまったのだ。照れ隠しにマシュマロを利用したのである。
マーガレットは、日頃から人々から避けられているため、愛や友情に飢えているのだ。よくよく考えるとなかなかに寂しい少女である。そういう状況を作り出したのは、本人が原因なため、自業自得ではあるが。
「燃えそうなもの探しましょ!」
「ぼくはあっちを探すから……またあとで……ここに集まろうよ」
ルピナスはマーガレットから離れ、ぐんぐん森の奥へと進んでいく。枯れ木を集めると、器用に抱えた。
ルピナスが急いで集合場所に戻ろうとした、その時である。茂みがカサカサと音を立てた。
「マーガレット……?」
マーガレットではなかった。そこにいたのは、ガッシリとした体格をしている緑色の肌のモンスター。ゴブリンに似ているが、大柄で力が強そうに見える。このモンスターはホブゴブリン。ゴブリンの上位種である。
「へへっ、俺も運が良いな。食料を探しに来たら人間の小娘と出会えるなんてよ! あいつらも喜ぶぜ」
「……あっ……ああっ……」
突然の招かれざる来訪者に恐怖し、ルピナスは体を震わせた。
ホブゴブリンはこん棒を片手にじりじりと迫る。
ルピナスは懐から契約の本を急いで取り出した。
「大地を揺るがす! 天を引き裂く! 偉大な力を持つ救世主!」
ルピナスは慌てて芋虫を召喚する。
ホブゴブリンは驚いて後退するが、すぐに余裕を取り戻した。キャタピラーごときに負けるわけがないという表情を浮かべている。
「虫けらめ! 叩き潰してやる!」
芋虫がルピナスに視線を送る。契約者の指示を待っているのだ。しかしルピナスは何も言わず、その場で固まっていた。恐怖で頭が真っ白になり、何も考えられなくなっていたのだ。
芋虫は自分の意思で動くことにした。ルピナスを守るため、勢いをつけて、ホブゴブリンに向かって体当たりを試みる。
「バカめ! 簡単に当たるかよ!」
ホブゴブリンがこん棒を振り下ろすと、激しい衝撃音が周囲に響く。芋虫はあっけなく殴り飛ばされてしまった。紫色の血が地面を染める。
「……いも……むし……さん……?」
ルピナスは殴り飛ばされた芋虫を見て、ようやく我に返る。当たりどころが悪かったのか、芋虫は体をくの字に曲げて震えていた。恐らく立ち上がる力は、残っていないだろう。
ルピナスが手当てをするため、急いで芋虫に向かって近づくが、ホブゴブリンはそれをよしとしない。
「芋虫さん!」
「これでも食らいな!」
ホブゴブリンがこん棒を勢いよく投げると、ルピナスの細く華奢な足に当たった。体全体に激痛が走る。ルピナスの足は折れてしまった。
「いっ……たっ……」
ルピナスは涙を流し、声にならない悲鳴を上げ、そのまま意識を失った。
芋虫は力を振り絞り、細い糸をルピナスの足に向かって吐き出す。こん棒を拾っていたホブゴブリンはそのことに気づいていない。肩にルピナスを担ぐと、そのまま森の奥へと姿を消した。
「ル、ルピナス……!!」
芋虫は痛みを堪えて体に力を入れる。急いで周囲を見回すと、煙が立ち上っているのが見えた。芋虫は痛みに耐えながら、ゆっくりと這って進む。早くルピナスを助けたいという想い抱きながら。
「ルピナス遅いわねぇ」
マーガレットはなかなか戻ってこないルピナスに痺れを切らし、焚き火を始めていた。枝を指で挟み、くるくると器用に回していると、マーガレットの耳に助けを求める声が届く。視線を向けると、傷だらけの芋虫が地べたを這っていた。
「芋虫くん!? その傷どうしたの!?」
「た、助けて……ルピナスが……どうすれば……」
「ちょっと待って! ヒール!」
マーガレットが杖を振ると、芋虫のボロボロになった体はたちどころに癒された。傷は残っておらず、後遺症もなさそうだ。
マーガレットは芋虫の前に膝を付き、顔を両手で掴んだ。
「芋虫くん! 一体何があったの!? どうして傷だらけだったわけ!?」
「白頭巾ちゃん! ルピナスが……ルピナスが……!」
芋虫は先ほど発生した事件を早口で説明した。
マーガレットは、モンスターや野生動物が出没しないと思い、油断していた自分自身のことを呪う。ふたりで行動すれば良かったと後悔したが、すぐ考えを切り替えた。呪う暇も後悔する時間もないからだ。
「オッケー! 芋虫くん、取り合えずあなたたちが襲われたところに行きましょ!」
「白頭巾ちゃん、兄さんと黒髪の姉さんは、いないんスか……? 姿が見えないんスけど……」
「別行動中よ! 戻っている暇はないわ! あたしたちだけでルピナスを助けるのよ!」
「マジっスか……」
芋虫は絶望した。アセビとサツキなら、ホブゴブリンを確実に倒せるだろう。しかし目の前のマーガレットには、それができるとは思えなかったのだ。
しかし贅沢は言っていられない。助っ人はひとりいるだけでもありがたいのだ。
芋虫が急いで進み、マーガレットもあとに続く。
「っていうかさ。今まで普通にスルーしていたのだけれど。芋虫くんって喋れるの?」
「少しだけっスけどね。自分照れ屋なんで、本当は兄さん以外とはあまり喋りたくないんスけど、今回はマジの緊急事態なんで……」
「うんうん」
「白頭巾ちゃんの力を貸してほしくて、声をかけさせてもらったっス! ちなみにルピナスにはこのことは内緒にしててほしいっス!」
「なんでよ……まー、今はどうでもいいかっ!」
素朴な疑問を抱きつつも、マーガレットは芋虫の願いを聞き入れ、現場へと急いだ。
「ここっス!」
「どれどれ……」
マーガレットがきょろきょろと周囲を見渡すと、見覚えのある本が落ちている。中身をぱらぱらと捲ると、いもむしの名前が記されていた。間違いなくルピナスのものだ。
マーガレットは本を抱きかかえた。心配そうにする彼女を見上げながら、芋虫が顔を突き出す。
「白頭巾ちゃん、自分実はルピナスに糸を巻きつけていたんスよ! これっス!」
「やるじゃない!」
芋虫はマーガレットの元へ向かう前に、糸を吐き出してルピナスの足に巻き付けていた。これをたどれば、追跡ができるだろう。
マーガレットは急いで芋虫の口から糸を取った。
「これね!」
マーガレットは糸の続く方向へ走る。芋虫も急いであとへと続く。
幸運にも、途中でモンスターに遭遇することはなかった。霧の森は、見晴らしが悪く静寂に包まれている。恐らく本来は、モンスターが訪れない土地なのだろう。
それなのにホブゴブリンと出会ってしまうとは、ルピナスも不運な少女である。
マーガレットは走りながら、芋虫に視線を向けて声をかけた。
「芋虫くんに確認しておきたいのだけれど。ホブゴブリンは1体だけ? たくさんいた?」
「自分が見たのは1体だけっスね。ただ、あのホブゴブリンは、あいつらって言ってたんスよ。仲間がいるのは確実じゃないっスかね」
「1体だけなら、あたしでも何とかなると思っていたのだけれど。仕方ないわね。戦闘はできるだけ避ける方向で行きましょ!」
「あんたホブゴブリン倒す気だったんスか!?」
芋虫がマーガレットの言葉に驚愕し、勢いよく飛び上がる。華奢な彼女では肉弾戦はできないだろう。マーガレットは回復魔法は使えるが、炎魔法などの攻撃手段は使えない。どう考えても、勝機は無さそうに見える。
芋虫は、不安な気持ちで胸がはちきれそうになっていた。
しかし当の本人は得意げな顔だ。あたしにまかせなさいと言わんばかりの表情である。
「あたしは喧嘩が強くて可愛くて優しくて正直で家庭的な女の子なの! だから安心しなさいって!」
「そ、そうなんスか……」
「どう芋虫くん? あたしみたいな女の子、結構好きなんじゃない? 惚れちゃった?」
「……普通っスね」
マーガレットは口を閉じ、2度と開かなかった。




