お家が大好き 6
元盗賊団のおかげで野菜はほとんど収穫された。種類ごとに細かく分けられている。売り物にならない歪んだ形の野菜は畑の端に集められていた。
リーダーの男が額ににじんだ汗を拭っている。周囲の子分たちの表情にも疲れが見えた。流石に疲れたのだろう。
「ふーっ! お前たち、5分休憩だ!」
「うっす!」
「すごいねぇあんたたち。なんで盗賊団なんかやってたんだか」
母親の言葉にリーダーをはじめ、子分たちも気まずそうに頭をかいている。
体格の良い男たちのその姿があまりにもおかしかったのか、シラーとユッカが手を叩いて笑った。アセビとサツキにも自然と笑みがこぼれる。
元盗賊団は2度と悪事を働くことはない。真面目な農家集団になったのだ。
「黒髪の姉ちゃん、赤毛の兄ちゃんありがとう! おいらお金は持ってないけど……これ!」
「これは?」
ユッカがサツキに黒光りする丸い石を渡した。彼女はそれを裏表にして観察する。傷ひとつ無く、表面はサラサラとして肌触りが良い。高価な石ではないかもしれないが、なかなか趣のあるものである。
「これ父ちゃんからもらった石なんだ! 持っていると願いが叶う……かもしれない石なんだって」
「ほう、興味深いな」
「色んなお守りを売ってる村で父ちゃんが買ってきたんだ。畑を守ってほしいっていう願いは叶ったよ! だから次は、黒髪の姉ちゃんが願いを叶える番だぜ!」
それだけ言うと、ユッカは収穫された野菜に向かって駆け出していった。
入れ替わるように、次はシラーがサツキに近づく。
「サツキさん、アセビさん、本当にありがとう!」
「あなたの気持ちが私たちを動かした。ただそれだけのことだ。これからも家族と手を取り合って、協力していくんだよ」
「わたし、サツキさんみたいにな強いお姉ちゃんになるからね! じゃあね! カーニバルで会おうね!」
シラーは笑顔でサツキの手を握り、頭を下げ、畑へと走り去った。
「さて、休憩終わり! 収穫の続きだ!」
「うっす!」
「わたしたちも頑張ろう!」
「おっさんたちには負けねえぞ!」
楽しそうに野菜の収穫をしているシラー、ユッカ、元盗賊団。彼らにアセビは背中を向ける。やれることはやりきった、あとは任せるぜ、と言いたげな表情だ。
アセビがサツキを見ると、拳を握り、険しい表情をしていた。絞り出すように声を出す。
「シラー……帰れる場所を失う女にだけはなるなよ……私のような……一族から追放された女にだけはな……」
サツキはそれだけ言うと、小さくため息をつく。アセビに弱々しく微笑むと、ゆっくりと歩き始めた。頼れるお姉ちゃんの背中が、どこか寂しげに見える。
サツキは幸せそうなシラーたちを見て、自身の過去を思い出したのかもしれない。
「……うん」
アセビがゆっくりとサツキに近づき、後ろから手で目隠しをした。
「お目々を拝借します〜」
「アセビ!? お前何を……!?」
アセビの突然の行動にサツキは驚く。一瞬抵抗を試みるがすぐにやめた。アセビに身を委ねると、鬱屈した気分が晴れ、不思議と懐かしい気持ちになれるからだ。
おとなしくなったサツキを見て、アセビが楽しそうに指示を出す。
「さぁ! そのまま前に進んで進んで! 良いところに連れて行きますぞ!」
「今の私はお前に視力を奪われ、心臓を握られた状態というわけだな。面白い!」
「どの辺が面白いんですかね……」
アセビはサツキの目を手で覆ったまま、転ばないよう気をつけながら歩いた。進むスピード遅いが、それでも確実に前に進んでいる。アセビの言う「良いところ」にもそのうち到着することだろう。
人々の微かな声がサツキの耳に入る。彼女はクレマチスに戻ってきたと確信した。朝日は昇ったばかりで、通行人は恐らく少ない。ぶつかる心配はないはずと安心しきっている。
「無防備な姿を晒すのも悪くない。お前の狙いはこれだな? 私の羞恥心をこれでもかと刺激しようとしているのであろう? お姉ちゃんには全てお見通しだぞ?」
「違いますね……気のせいかな。サツキ、出会ったころと比べて、ちょっと変わったよな。大事なものが壊れちゃってる感じがするんだわ」
「私を壊したのはお前だぞ?」
「何もしていないのに壊れた」
壊れたと言いながらも楽しそうなサツキ。一方アセビの手には力が入る。もし本当に壊したのが自分なら、なんとかしたいと考えたのだ。
しかし出会ったころから、サツキはすでに特殊な価値観を持っていたことをアセビは思い出す。最初から壊れたものを治すことはできない。純粋無垢な少年少女に黒鬼と呼ばれたお姉ちゃんは、生まれながらの問題児なのである。
言葉にできない無力感を抱きながらも、アセビはサツキと前に進み続けた。
「到着でーす! お疲れ様!」
「むぅ……もう終わりか。私はまだまだ楽しみたかったのだがな」
「ははっ、また今度ね」
サツキが残念そうにため息をつくとアセビは苦笑しながら手を離す。
「ここが……良いところ……?」
サツキが瞳を開けて正面を見据えると、知っている建物が目に映った。小さな木造1階建ての家。アセビたちの新しい住処、みんなのお家である。
「サツキの帰る場所はここってことじゃ駄目かな?」
「アセビ……?」
先ほどまで楽しそうだったサツキが、困ったような顔をしてアセビと家を何度も見比べている。良いところに連れていくと言われていたが、まさか自分たちの家だとは思っていなかったのである。
サツキの普段見せない新鮮な反応が、アセビには微笑ましく見えていた。
「オレたち評判あまり良くないけどよ。そんなオレたちの帰る場所がここなんだぜ! こういう言い方だと吹き溜まりっぽくてちょっとカッコ悪いけど」
「私たちの帰る場所……」
「気が済むまでここにいればいいよ。だからサツキ、自分のことを帰る場所を無くした女って言わないでほしいんだ。それってすっげー悲しいことじゃん。オレはサツキのことを大切な仲間って思ってる。お前には悲しみを背負ってほしくないんだ」
アセビはみんなのお家を見つめたあと、サツキに視線を移す。そこには嘘も汚れもない、純粋な想いが宿った瞳だけがあった。
サツキは心に温かなものが芽生えたことを感じ、言葉を詰まらせる。
「アセビ……」
「みんなで支え合いながら、バカやりながら、いっしょに楽しく生きていこうぜ!」
「……うん」
サツキは無意識のうちに頷いていた。帰る場所を無くしたと思っていたが、実際はそうではなかったのだ。欲していたものは、近くにあったのである。
サツキはアセビたちとの出会いを思い出す。追放されて絆を失うことを恐れた結果、新しい出会いを拒絶し続けていた。そんなサツキのことを温かく受け入れてくれたのが、アセビたちだった。
「私の帰る場所……それは……」
それは、みんなのお家。サツキはすでに帰る場所を手に入れていたのだ。彼女は今、そのことに気づいた。
アセビは少し照れくさくなったらしい。サツキから視線を逸らして、みんなのお家のドアノブを掴んだ。
「お前の価値観さえ何とかできれば、1度しっかり話し合うチャンスがあれば、ご家族との関係もすぐ修復できると思うぜ! ふぁ〜、アセビくんちょっと疲れましたわ。2時間ほど寝させてもらうぜ」
アセビは大きな欠伸をした。寝ずに働いたので疲労が蓄積されていたのだろう。そのままドアノブを回してみんなのお家の中に入った。
「アセビ……」
サツキは瞳からあふれたものを乱暴に拭った。誰にも聞こえないような小さな声で、ぽつりと呟く。
「……ありがとう」
感謝の気持ちは、直接伝えた方がいい。サツキはそう思っている。
しかしこの一言だけはアセビに言えなかった。年長者の意地やお姉ちゃんとしての立場もあるが、感謝の気持ちを口にしたら、目の前で涙を流してしまう気がしたのだ。
サツキは心に空いた穴が埋まるような感覚を覚え、癒されていくのを感じていた。ユッカからもらった黒光りする丸い石をぎゅっと強く握る。そして瞳を閉じ、祈りを捧げた。
「私のこの想いが……ずっとずっと……かき消えてしまいませんように……」
サツキは瞳を開き、手のひらの石を胸に当てた。願い事はひとつ。この日芽生えた気持ちと温かな言葉をずっと忘れずに覚えていること。
この願いはきっと叶う。サツキは自分が求めていたものに気づくことができたのだから。
帰る場所、自分を受け入れてくれる存在。サツキはそれらのために、今後も戦い続けることだろう。
「アセビ……お前は……」
サツキはふと弟のように可愛がっている青年を思い出す。時に見せる頼れる素顔。それはまるで兄のよう。
サツキは胸の奥が熱くなり、頬を朱色に染めた。
「お兄ちゃん……みたいだな……」
アセビへの想いは断たれた。みんなのお家から罵声が飛び交い始めたからだ。
「コラァ! マーガレット!! お前泥だらけじゃねえか!!」
「いやん! 引っ張らないで! アセビのエッチ! 変態! ダンゴムシ!」
「いやんじゃねぇんだよ! はよ風呂入れボケ! あとダンゴムシはやめてね」
仲間たちの外まで聞こえる大きな声に、サツキの口元が緩む。彼女はドアノブを回し、みんなの帰る場所へと戻った。
「ただいま」
「おかえり!」
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