お家が大好き 4
サツキの視線の先をアセビたちが見ると、体格の良い強面の男たちが並んでいた。少なくとも10人以上はいるだろう。こん棒を片手に、我が物顔で畑に足を踏み入れようとしている。
真ん中には、一番身長の高い薄汚れたハチマキを巻いた男がいた。位置を見るに、この盗賊団のリーダーで間違いないだろう。
ハチマキの男は下卑た笑みを浮かべて、サツキにぐんぐんと近づく。
「ぐへへ! 野菜を奪いに来たぞ! おい、姉ちゃんそこをどきな! 邪魔だからよ!」
「私はサツキ・キサヌキ。畑の所有者に雇われた用心棒だ。貴様たちに渡す野菜は無い。帰れ!」
サツキは腕を組み、鋭い目付きでリーダー格の男を睨む。しかし黒鬼と呼ばれている暴れん坊を恐れていないのか、男はゲラゲラと笑っている。子分たちも下品に笑い始めた。
悪名高いサツキの名前と異名を知っていたら、余裕な態度はとれないはずだ。盗賊団は、恐らく流れ者で構成された集団なのだろう。
「気の強い姉ちゃんは好きだぜ! お前たち、可愛がってやんな!」
「よぉ姉ちゃん!」
「俺たちと遊んでくれよぉ!」
シラーたちが緊張した面持ちでサツキを見守る。アセビに助けるよう視線で促すが、彼はのんきに欠伸をしていた。助太刀など不要と言わんばかりの態度である。
いても立ってもいられないと思ったのか、ユッカがバケツを片手にサツキへと駆け寄ろうとするが、アセビが手をかざして止める。
「ユッカ、安心しな。サツキはめちゃくちゃ強いぜ」
「兄ちゃん! で、でも!」
「安心しなよ。それより3人とも! 持ち場を離れすぎないようにな!」
「ユッカ、兄さんの言うとおりにするんだよ!」
アセビは余裕の表情で頭をかきながら、サツキのいる方向へと向かう。助太刀は必要ないだろうが、一家の負担を減らすためにも、動く必要があったのである。
「姉ちゃん何とか言ってくれよぉ」
「美人だねぇ~、いっしょに遊ぼうぜぇ」
「帰れと言ったのが聞こえなかったのか!」
サツキが鞘で子分たちをまとめて殴り飛ばす。凄まじい衝撃だった。子分たちは、地面を勢いよく転がっていく。近くに立っていた木に激突して、伸びてしまった。
「えぇ……」
リーダー格の男が口をあんぐりと開ける。油断していたとは言え、子分たちが瞬殺されるとは思っていなかったのだ。
リーダーは一瞬硬直するも、数の有利さからか、すぐ余裕の態度を取り戻す。こん棒の先をサツキに向け、子分たちに指示を出す。
「怖いねぇ! お前たち、あの女をぶちのめせ!」
「ヒャッハー!」
子分たちが武器を手に奇声を発しながら、複数でサツキを取り囲む。焦る様子はない。沈黙したまま、鞘を片手に睨みつけていた。
「あの女は無視して俺たちは畑を……ん?」
サツキを無視して畑に狙いを定める者たちもいた。しかし先には進めない。目の前にアセビがいたからだ。ニヤリと笑いながら、両手を広げて立ちはだかっている。
余裕な態度に苛立ったのか、子分たちはこん棒を振り回してアセビに襲いかかった。
「舐めるな若造!」
「食らえや!」
しかしアセビには1発もこん棒が当たらなかった。体を僅かに動かして、攻撃を絶妙なタイミングで避けている。
「ほっ、ほっ、ほっ!」
「あ、当たらねえ!? 何故だ!?」
「何者だこいつ!?」
「せーの!」
アセビは素早く子分に近づき、腕を掴んだ。そのまま背中に担いで、地面に向かって勢いよく投げ飛ばす。綺麗な背負い投げである。
子分は痛みで立ち上がれず、震えてうずくまることしかできない。
「いてぇ……」
「だ、大丈夫か!?」
「安心しな。手加減してある」
アセビをただの若造と侮っていた子分たちに、恐怖の色が見え始めている。攻撃が全然当たらない。それだけでなく、丸腰の相手に、一方的に投げ飛ばされるとは思っていなかったのだ。
アセビはそれなりに、修羅場をくぐり抜けてきた男である。この数秒の間に、相手の実力を見抜いていた。
「ガタイの良い素人さんが、棒を振り回してるだけにしか見えないぜ」
「な、なんだと!?」
「おっさんたち、悪いことは言わない。命までは奪わないし警備隊にはチクらないから帰りなよ」
「うるせぇ!」
「ぶっつぶしたらぁ!」
アセビに飛びかかる子分たちの顔面に、何かがぶつかった。石である。クリーンヒットしたらしく、子分たちは痛みに耐えきれず、顔面を押さえていた。
その隙を見逃すアセビではない。子分たちを順番に投げ飛ばしていく。
「よいしょっと!」
「ぐえぇぇ!」
「ほいほいっと!」
「ま、まいったぁ……!」
アセビが子分たちを全員投げ飛ばしたあとに振り向くと、ユッカと母親がブイサインを作っていた。先ほど石を投げたのはふたりだったのだ。
「ユッカ、お母さん! なかなか良いコントロールしてるじゃんかよ! それだけじゃねえ、度胸もある!」
「おいらチビでバカだけど、コントロールには自信があるんだよね!」
「伊達に農家の女やってないからねぇ。怖いのは災害や野菜が売れないことぐらいさ。まー、兄さんに助けは必要なかったろうけど、一応石を投げておいたよ」
ユッカと母親がしてやったりとハイタッチする。
用心棒の存在が勇気を与えているとはいえ、盗賊団を恐れぬその心に、アセビは心の中で敬意を表した。
「いい気になるなよ!」
「そうだそうだ!」
「こっちはこれだけの人数がいるんだ!」
アセビは子分たちに視線を向ける。こん棒を振り回しながら、怒りの感情を爆発させていた。
アセビは子分たちのことを、烏合の衆で間違いないと判断していた。あまりに動きが悪く、連携も取れていない。そして何より、殺意が感じられなかったからだ。
「降参する気がないなら仕方ない。ほらほら、早くかかってきなよ。全員投げ飛ばしてやるぜ」
「クッソォ!」
「舐めやがってぇぇぇ!」
アセビは襲いかかる子分たちに向かって、ゆっくりと近づいていった。
「おい、どうした? これで終わりか?」
「ぐぬぬ……この女……化物か!」
サツキの周囲には盗賊団の子分たちが、震えながらうずくまっていた。サツキの鞘で殴られ、突かれ、投げ飛ばされ。とにかく悲惨な目にあっていた。
機嫌の悪いサツキだが、命までは奪わなかったところを見るに、意外と冷静なのかもしれない。怒りが1周して、逆に気持ちが落ち着いただけの可能性もあるが。
「つぶれやがれ!」
リーダーが両手にこん棒を持ち、サツキに向かって振り下ろした。
「むっ!」
サツキは鞘で受け止めるが、流石に体格差があり、少しずつ押されている。リーダーは力比べでは分があると思ったのか、少し余裕を取り戻していた。
しかし子分はすでに全員処理されてしまっている。野菜を集団で強奪する作戦はもう実行不可能だろう。
「ぐへへ! どうだい? 降参すれば特別サービスで許してやっても……!!」
「うぬぼれるなよ! 降参するのは……お前だ!」
サツキはリーダーの胸を蹴り飛ばした。痛みでひるんでいる隙をついて、鞘で顔面を殴り飛ばす。リーダーは勢いよく畑を転がっていく。脳が揺れるほどの衝撃だった。しかしサツキが手加減していたこともあり、リーダーはまだギリギリの瀬戸際で意識が残っていた。
「あの女……許さねえ……」
リーダーは手に畑の砂を握り、サツキめがけて投げつけた。彼女が目を押さえて怯むのを見て、下卑た笑みを浮かべる。勝利を確信したのだろう。
「最後に勝つのは! 知恵のある者よ!」
リーダーがサツキ目掛けて拳で殴りかかる。体格の良い男の攻撃だ。華奢な女性のサツキに当たれば、大ダメージは避けられない。
「……そこか!」
しかし、攻撃は当たらなかった。サツキは空気の動きを察知し、リーダーの拳を華麗に避ける。
まさか自分の攻撃が外れるとは思っていなかった。リーダーは目を見開いて驚愕している。
「な……なんで当たらねえんだ……?」
瞳を閉じたまま、サツキが鞘を構えた。
「覚悟はいいか?」
「ひえっ……!」
「サツキさん! あたしも……えーいっ!」
気づけばシラーがすぐ近くまで接近していた。目潰しをされたのを見て、ピンチだと思ったのだろう。
サツキがリーダーの顔面を再び鞘で殴り飛ばすと同時に、シラーの木刀が急所を攻撃した。男の大事なアレである。その痛みは、語るに及ばず。
シラーの助太刀はいらなかったかもしれないが、命がけで行動したその気持ちが、サツキには嬉しかった。
「シラーよく勇気を出したな。あなたは本当に立派なお姉ちゃんだ」
「ありがとう! でもきっとサツキさんの指導が良かったからうまくできたのかも!」
「おお……おれ……女になって……ねぇ……よな……?」
リーダーは畑に倒れ、股関を押さえながら白目をむいて悶絶していた。想像を絶する痛みで気絶することもできず、生き地獄状態を味わっている。
アセビとユッカは自分の股関を押さえ、体を震わせている。ふたりの背中を母親が叩き、笑い飛ばす。
「なに震えているんだい! 男なんだからシャキッとしな!」
「そうは言いますがね……」
「あの痛みはおいらたちにしかわからないから……」
アセビが周囲を見回すと、盗賊団は全員戦闘不能となっていた。無事に何事もなく、一家と畑守ることができたのである。アセビはほっと胸を撫で下ろす。
「終わったな。へへへッ!」
いつのまにか、アセビの隣には頬を赤らめたサツキが立っていた。
「サツキもお疲れさん! ところでお前なんでちょっと興奮してるんスか」
「アセビ、私の鞘で少し殴ってもらえないか?」
「なにゆえ」
「あの男のように、ギリギリの生命を感じられるかもしれないのでな……昂るなぁ昂るなぁ……」
「黒鬼さん……」
「むっ! 黒鬼と呼ぶのはやめてほしいぞ!」
サツキは顔を赤くし、頬を膨らませながら腰に手を当てジリジリとアセビに詰め寄る。これでは黒鬼と言うより赤鬼だ。
サツキをからかうのは楽しそうだと思ったが、アセビはやめておくことにした。これ以上は生命の関わるからだ。
アセビは悶絶している盗賊団を見つめながら、サツキから少しずつ距離を取った。




