お家が大好き 2
サツキたちがクレマチスを出てしばらく歩くと、大きな畑が見えてきた。野生動物に狙われないように、柵で囲んである。ここがシラーの言う畑だろう。
「お願い! この畑を守って欲しいの!」
「遅れたけどオイラはユッカ! よろしくね!」
「私はサツキ・キサヌキだ。シラー、ユッカ、よろしく頼むよ」
サツキが手を差し出し、子どもたちが腕を握る。
握手を交わした後、シラーがボロボロの紙を取り出した。
サツキが受け取り中身を確認すると、盗賊団からの予告状だった。そこには汚い文字でこう書かれていた。
「この畑の野菜は全て俺たちが頂く。3日後の夜に行くから柵は全て外しておけ。逆らえば命はない。盗賊団より……か」
サツキが顎に手を当てて考え込む。
野菜が目的なのは事実だろう。しかしわざわざ予告するのも妙な話である。さっさと夜にでも襲撃すれば難なく奪えたはずだ。
シラーが不安そうに畑を見回す。
「その3日後が今夜なの……サツキさん……」
「そう不安そうな顔をしなくてもいい。私が必ずこの畑を守って見せる。元々守るのは得意でね」
サツキが胸を叩く。自信満々な態度が子どもたちを安心させた。
サツキが依頼を受けてくれる。喜ばしいことのはずなのだが、シラーの表情が暗い。もじもじとしながら、気まずそうにしている。
「サツキさんは冒険者さんだよね……」
「うむ。私は冒険者だ」
「依頼料のことなんだけど……」
「今いくら持ってる?」
シラーが財布を逆さにし、入っている金を全てサツキに渡した。当然だが、子どものおこづかい程度の金額しかない。
シラーはサツキを不安そうに見つめる。断られたらもう後がない、そう思っているのだ。
サツキが小さく笑い、手のひらに乗せた金をぎゅっと握りしめた。
「私が命を賭けるには十分だ。この依頼、承った」
「サツキさん、ありがとう!」
「黒髪の姉ちゃん、かっこいい!」
子どもたちがキャッキャッと喜ぶ。
心強い用心棒がいるのだ。もう畑を守れたも同然と思っている。
「命を賭けるのはお前だけじゃないぜ」
背後から謎の声がした。サツキと子どもたちがはっとした表情で振り向く。
そこにはアセビが胸を張って立っていた。予想外な人物の登場だ。サツキは目を丸くしている。
「アセビ、掃除に行ったんじゃないのか」
「サツキのことが心配になってな。どうやら戻ってきて正解だったみたいだぜ」
「お前……」
シラーとユッカが興味津々にアセビを見上げる。
「お兄ちゃんはサツキさんの仲間なの? 冒険者?」
「ああ! サツキの仲間さ! まー、なんだ。お兄さんたちに任せなさい! 盗賊団だろうがサイクロプス軍団だろうが、まとめてぶちのめしてやるぜ!」
「やったー!」
「わーい!」
シラーとユッカが飛びはねて喜ぶ。心強い味方は何人いてもありがたいのだ。畑は絶対守られる。シラーとユッカは確信していた。
ふたりに気づかれないように、アセビがサツキに耳打ちする。
「急に野暮用とか言い出すからお前のことが気になってな。ちょっと立ち聞きさせてもらったが、ちびっこたちのためだったんだな」
「まぁ……そうだな」
「水臭いじゃねえかよ。掃除はマーガレットとルピナスに任せてある。だから心配しなくていいぜ」
「すまない。私はどうしてもあの子たちの仕事を受けたくなった。依頼料は、ギルドでコーヒーを1杯飲んだら無くなる程度の金額だ。それでもよろしいか?」
「構わんよ」
アセビが即答して親指を立てた。
損得は関係ない。仲間が守りたいと思った子どもたちをいっしょに守りたい。それだけなのだ。
サツキも親指を立てて微笑む。頼れる弟分の存在に感謝していた。
サツキは再び腰を落としてシラーを見つめた。気になることがあったのだ。
「そういえばシラー。クレマチスには多くの冒険者がいるが、なぜ私に声をかけたんだ?」
「サツキお姉ちゃんって、黒鬼だよね?」
「く、黒鬼……?」
シラーは笑顔で続ける。
「黒鬼は、黒い髪を結んだめちゃくちゃ凶暴な強い女剣士って聞いてるよ! 他の冒険者をボコボコにしたんでしょ? 黒鬼なら盗賊団から畑を守ってくれると思ったの! ね? ユッカ!」
「おうよ! 腰に刀を差してるとも聞いてるんだ! モンスター殺しの黒鬼、冒険者殺しの黒鬼って黒髪の姉ちゃんのことだよな! 頼りにしてっからよ!」
クレマチスの冒険者に、その特徴を持つ女剣士はサツキだけである。彼女は自身の悪評に青ざめ、体を震わせた。アセビが肩をそっと優しく叩く。
子どもたちに悪意はない。その証拠にふたりは、サツキを尊敬の眼差しで見つめていた。当の本人は、酔って食堂で暴れた過去を、1秒でも早く忘れたいと思っているのだが。
サツキは引きつった笑みを浮かべ、シラーとユッカから視線を逸らした。
「まぁ……期待には応えるさ……」
「ちびっこたちに悪気はないから……黒鬼さん……」
「黒鬼かぁ。私とかけ離れていると思うのだがなぁ」
アセビは思わずお前にぴったりじゃんと口に出しそうになったがやめた。意外とサツキは落ち込みやすい性格なので、これから盗賊団と戦う前に、士気を下げたくなかったのである。
虚ろな瞳でその場にしゃがみこむサツキから離れ、アセビは子どもたちを観察することにした。
シラーは畑を耕すために使用するくわを肩に担ぎ、ユッカは鉄製のバケツに石を投げ入れている。
「シラーとユッカだっけ? もしかして……」
「うん! わたしたちも戦うよ!」
「赤毛の兄ちゃん、任せてくんな!」
盗賊団の規模はわからないが、恐らく10人以上いるとアセビは予想している。
自分とサツキはともかく、子どもたちを戦いに巻き込むのは危険と判断した。
アセビは首を横に振りながら、腕でバツ印を作る。
「気持ちはありがたいけど、危険だ。ふたりとも家で待っててくれよ」
「わたしたちの畑だもん! わたしたちもいっしょに守りたい!」
「足引っ張らないからよ!」
子どもたちの意思は非常にい。このままではてこでも動かないだろう。
相手は子ども。従わなければならない存在がいる。
アセビは切り札を使うことにした。
「お前たち、母ちゃんいるだろ? 依頼者を危険な目にあわせたらいけないからな! 母ちゃんからちゃんと許可がもらえたら、お前たちにも戦いに参加してもらうことにするぜ!」
「ぐぬぬ」
「そうくるかぁ……」
シラーが悔しそうに歯ぎしりをし、肩に担いだくわを地面に下ろした。
ユッカは地面を悔しそうに蹴り、バケツを逆さまにして集めた石をばらまく。
反応を見るに、母親には盗賊団と戦うことを反対されたのだろう。
アセビはほっと胸を撫で下ろす。それと同時に、大きな声が風に乗って耳に届いた。
「アンタたち何やってんだい! 盗賊団とかいうバカどもが来る前に避難しな!」
「母ちゃん!」
「げっ、母ちゃんだ!」
シラーとユッカが、麦わら帽子を被った女性に駆け寄った。その反応と言動を見るに、母親で間違いないだろう。
アセビが遠巻きに見つめていると、シラーとユッカがこれまでの経緯を話しているのがわかった。
母親が申し訳なさそうな表情で、足早にアセビとサツキに近づく。
「すまないねぇ兄さん姉さん。ウチのちびたちが迷惑かけちまったよ。どうかこの話はなかったことにしてもらえないかい? 迷惑料ぐらいなら出すから」
「母ちゃん!?」
「なんで!?」
「野菜を奪われるのは悲しいけど、アンタたちの命のほうが大事さね!」
「でもよぉ!」
「まともな依頼料も払えないのに、冒険者さんたちに仕事させるんじゃないよ! 仕事を任せるってことは、あんたたちが思ってるよりずっと大変なことなんだ!」
母親の一喝。シラーとユッカが大人しくなった。しゅんとして口を閉ざしている。
しゃがんで落ち込んでいたサツキの瞳に、生気が戻った。勢いよく立ち上がる。
首をポキポキと鳴らし、腕を回しながら母親に視線を向けた。
「お母さん、すでに依頼料は受け取ってある。畑は必ず私たちが守り抜くと誓った」
「でもねぇ。盗賊団と戦うことになるんだろ? 少ない賃金であんたたちの命を賭けさせるわけには……」
「では足りない依頼料の分は、家族全員で参加することで補うというのはどうだろう。参加してもらうが、畑とあなたたち家族の安全は保証する。もし何かあったら私の首を切り落としても構わない」
サツキは真剣な表情で母親に語りかけた。冗談で言っているのではない。本気で畑を守ろうとしているという想いは伝わったはずだ。
母親はサツキに圧倒されたのか、手のひらを上げ降参の意思を見せる。
「姉さんすごい度胸だねぇ。負けたよ。ならおばさんたちも参加させてもらうさ。害獣駆除ぐらいしかやったことないから、ほとんど素人さんだけどねぇ」
母親の言葉を聞いて、シラーが地面に置いたくわを構え、ユッカは再びバケツに大量の石を入れ始めた。
母親は休憩所の小屋に入り、武器になりそうなものを探している。
「かっこいいじゃん」
アセビの視線を感じ、サツキが照れくさそうに頬をかいた。
「う、うむ。と、いうわけでお前もよろしく頼むぞ」
「オレも農家の子だからな。畑を守りたい気持ちはマジでわかるんだ。作物が収穫できないと困るからさ」
「それを奪おうとする盗賊団か。これは生かしてはおけないな。フフフッ」
「一応殺すのはなしにしてくれよ……できれば痛めつける程度で頼むわ」
「前向きに検討しよう」
サツキがヤグルマソウをサッと引き抜き、アセビに微笑みかける。オトギリソウは使わない。そういう意味の意思表明だ。
それでもアセビは、サツキが暴走しないか心配なのであった。




