お家が大好き 1
木造1階建ての小さな家の前で、アセビ一行は佇んでいた。
「……入るぞ」
アセビは震える手でドアノブをゆっくり回す。家に入るとすぐリビングが見えた。そこから個室、風呂、トイレ、キッチンに繋がっている。狭いが庭もあった。小さな花壇を作ることも、洗濯物を干すことも可能だ。
マーガレット、ルピナス、サツキも口を開けながら物珍しそうに室内を見渡している。顔を見合わせ、満足げに何度も大きく頷いていた。
アセビは両手を広げて満面の笑みを浮かべる。
「家! 買っちゃい! ましたァーッ!」
「イエーイ!」
「すごいよぅ! 立派なお家だよぅ!」
「嬉しいものだな!」
アセビが歓喜の雄叫びを上げ、女子たちもいっしょに叫んだ。ご近所さんは迷惑に思っていることだろう。
アセビは嬉しさのあまり、床をゴロゴロと転がる。マーガレットたちは優しい目で見つめていた。
「野宿生活もこれで終わり! 雨風に悩まされることもない! 最高だぜ! やったぜ!!」
「あっ、やばっ。あたしちょっと涙出てきたわ」
マーガレットがハンカチで目頭を押さえている。辛かった野宿生活の思い出が脳裏を過ったのだ。
しかしそれも過去の話。
この新しい家から、アセビ一行の新しい1歩が始まるのである。
「お部屋、ちょうど人数分部屋あるね」
「うむ。アセビ、ひとりずつ部屋をいただいてもよろしいか?」
サツキがアセビをちらりと見て尋ねた。快く部屋を譲ってくれると信じているが、家を買うための資金を集めたのはアセビだ。許可を得るのは当然のことである。親しき仲にもというやつだ。
アセビは勢いよく起き上がり、親指を立てた。
「もちろん! 部屋はみんなの好きにしていいぞ!」
「かたじけない。お前には頭が上がらないな」
「アセビ、芋虫さんもお家に入れていい?」
「いいぜ! ご飯当番決めないとな!」
「アセビ、あたしもお願いがあるのだけれど」
「駄目だ」
「まだ何も言ってないでしょおおお!?」
ルピナスとサツキは、アセビに向かって頭を下げて感謝した。野宿時代はプライベートな空間はなかったのだが、ここでは確保されている。精神的にリラックスできることだろう。
「よーし! 1度拠点に戻って必要なものを持ってこようぜ!」
「はーい!」
拠点で使っていた雑貨や食料を家にどんどん入れていく。当然全員参加だ。
家の作りは頑丈だがあまり部屋自体は広くない。考えなしに何でも入れたら、倉庫になるだけだろう。
アセビは顎に手を当て、考え込んだ。
「う〜ん。食器や食料を入れる棚が欲しい……」
「あたしはふかふかベッドさん!」
「ぼくは芋虫さん用のお皿がほしいなぁ」
「なら、あとでみんなで買い出しに行こう」
「う~ん! みんなのお家最高だぜ!」
アセビ一行は幸福感に包まれていた。
アセビ一行は、家具購入組、雑貨購入組に別れ、買い物をすることにした。
アセビはマーガレットと家具屋に、ルピナスとサツキは雑貨屋へ向かう。
「えっと……棚はどこかな……」
アセビが店内を歩きながら周囲を見回すと、木製の立派な棚を発見した。興奮気味に急いで駆け寄る。
さらさらとした心地よい肌触り。多くの食器を収納できる大きさ。
木製の棚は、見事アセビの心を鷲掴みにした。
「これがいいなぁ!」
「あたしはあっちの鉄製のがいいと思うわ!」
「予算がね……」
木製の棚を吟味しているアセビとマーガレットの背後から、体格の良い髭面の男が近づく。
頭髪はなく、薄汚れた腹巻きをしている。頑固な職人を思わせる身なりの親父だ。
「よおいらっしゃい。兄ちゃんたちアレか? 冒険者だよな? はは〜ん、家を買ったんだろ?」
「あれあれ? わかりますぅ? そうなんスよぉ」
アセビがにやけ顔で答えると、頑固親父がアセビの肩を勢いよく叩く。あまりの衝撃に、骨が砕けたと錯覚するほどの強さだった。
「いてぇ……」
「いいねぇ! 最近の若い冒険者どもは、夢がねえからなぁ! 安定だなんだ言いやがって! 家のひとつも買おうとしねえ! その点兄ちゃんたちには夢がある!」
「親父さんテンション高いわね……」
「ちょっとね……」
親父の言う通り、最近は安定思考の冒険者が増えている。家具がなかなか売れなくなってきているらしい。
アセビたちは、久々の上客になるかもしれない存在なのだ。親父のテンションが高くなるのも無理はない。
「ははっ……親父さん、オレこの棚にしようかな」
「良いの選ぶじゃねえか! こいつはわしの取って置きの自信作よ! 値段はそこそこするが……」
「あっ本当だ。結構いい値段っスね……」
「そっちの小さい棚にしない?」
隣に並ぶ棚をマーガレットが指差す。彼女の身長より少し小さいが、その代わり値段も手頃である。
今後は家のメンテナンスにも気を使わなければならないのだ。出費はできるだけ抑えたいところである。
アセビは小さい棚をしばらく見つめ、頷いた。
「うん、そうだな。よし、こっちにするか!」
「そうしましょ!」
「あんたが最初に選んだこっちの方が良いぜ! わしが保証するぞ!」
親父の必死な様子に、アセビとマーガレットは互いの顔を向き合わせ、意味深な笑みを一瞬浮かべる。ふたりは眉を落として、同時に口を開いた。
「でも、お高いんでしょう?」
「うっ……!」
アセビたちは久々に、それなりの値段の家具を購入してくれそうな客だ。今後の付き合い次第では、また家具を買ってくれる可能性がある。
親父は今ではなく、未来を生きる選択をした。
「そ、そうだなぁ! じゃ、じゃあちょっと安くしちゃおっかなぁ! この値段でならどうだい?」
「買う買う! 親父さん、ありがとう!」
「親父さんかっこいいわぁ!」
「へへっ……若いのを応援するのは、おっさんの仕事だからよぉ……」
親父の目に光るものが浮かんでいたが、アセビもマーガレットも見て見ぬふりをした。
命賭けの戦いをしているのは、何も冒険者だけではないのだ。
アセビたちは棚以外にも、芋虫の部屋代わりに犬小屋を購入した。こちらもなかなか頑丈な作りである。親父の腕は確かなものであった。
「兄ちゃんの家どこだい? 若いのに届けさせるから教えてくれよ」
「至れり尽くせりだなぁ。クレマチスの隅っこに小さい家あるんスよ。そこっス」
「わかったよ。へへっ……だから……今後も……な?」
親父がニヤリと笑ってアセビの腕をぎゅっと握る。アセビも笑いながら握り返した。
きっと良好な関係になれる。お互いそう確信するのであった。
家具屋チームと雑貨屋チームは合流し、冒険者ギルドの食堂で昼食をとっていた。
ルピナスとサツキも良い食器を購入できたらしい。アセビ一行は全員ほくほく顔だ。
気になることがあったのか。マーガレットがパンをかじりながら、芽生えた疑問を口にした。
「そういえば、霧の森に館があったわよね? みんな覚えてる?」
「ん、ああそう言えば……」
「今からお仕事するのも中途半端だし、今日あそこのお掃除しに行かない?」
マーガレットの言うことも一理ある。お世話になった例の館には、礼をせねばなるまい。
暴走したマーガレットのせいで道に迷ったが、1度行ったことのある場所だ。もう迷うこともあるまい。
「うん。そうしようぜ。お返しはしないとな」
「今日はお仕事お休みってことね」
アセビ一行は食堂を出て、霧の森の館へと向かうことにした。
「またわんわんに会えるね」
「バカ犬っ! 次はあたしが噛んでやるわっ!」
「やめとけ怪我するぞ……お前が」
アセビ一行は行き交う人々を避けながら、街路を歩いていた。サツキは後ろからアセビ、マーガレット、ルピナスを見てにこやかに微笑む。彼女にとって年下の3人は、可愛い弟と妹に等しい存在だ。楽しそうにしているところを見ると、幸せな気持ちになるのである。
「フフフッ」
サツキも3人の会話に加わろうとしたが、何者かに手を握られ、足を止める。振り向くと、おさげの少女が立っていた。ぎゅっと手を握って離そうとしない。
少女は真っ直ぐサツキを見つめていた。
「私に何か用かな?」
サツキはそっと腰を落とした。少女の目線に合わせるために。彼女は絞り出すように、ゆっくりと、サツキに語りかけた。
「お姉ちゃん……冒険者さん……だよね……?」
「ああ、そうだよ」
「お願い! わたしたちの畑を守って!」
少女がサツキに声高々に申し出た。
街を行き交う人々が注目している。おさげの少女が急に大声を出したからだ。
サツキが慌てて唇に人差し指をつける。
「コ、コラ、もう少し静かに!」
「ごめんなさい! では改めまして。わたしはシラーといいます! 畑を守ってください! 盗賊団に狙われているの!」
シラーと名乗る少女が頭を深々と下げる。
いきなり見ず知らずの少女に頭を下げられ、サツキは困ってしまった。
もちろんシラーと面識はない。今日始めて会った少女である。
「ふむ。私のような流れ者の女に頼むよりも、警備隊に頼む方が、いいんじゃないかな?」
「その……お願いしたんだけど……子供のいたずらだろって聞いてくれなかったの」
クレマチスには、治安を守るために警備隊と名乗る武装集団が存在している。彼らのおかげで、平和が維持されていると言ってもいいだろう。
しかし警備隊は、子どもの言うことを軽視する傾向にあった。誰に対しても差別することなく、尊敬される集団になってほしいものである。
「それは……困ったな……」
サツキがシラーに視線を移すと、うつむいて肩を震わせていた。今にも泣き出してしまいそうだ。
サツキは自分が警備隊に言えばと一瞬考えるが、すぐにやめてしまった。子どもの言うことを信じない者たちに、何ができるものかと思ったのである。
「姉ちゃん!」
「ユッカ!」
シラーの後ろから丸刈りの少年が走ってきた。彼は肩で息をし、首を横に振っている。
少年の動きを見てシラーは肩を落とした。
「姉ちゃん駄目だ! 警備隊の連中やっぱ信じてくれねえよ! あのクソメガネどもがよぉ!!」
「そうだよね……」
「あれ? 姉ちゃん? そっちの黒髪の姉ちゃんはもしかして……!」
「えっと……」
ユッカと呼ばれた少年が、サツキを見上げる。希望に満ちた眼差しだ。サツキにはそれが眩しかった。
ユッカはシラーが、サツキを雇うことに成功したと思っているらしい。小躍りして喜んでいる。
「あなたの弟か?」
「うん……」
「弟か……弟……弟……」
サツキがシラーとユッカを見つめる。汚れなき眼をした純粋無垢な少女と少年だ。
シラーとユッカは真剣な表情で、サツキをじっと見つめ返した。
「サツキ〜! 行くわよ〜!」
「みんなでお掃除しようね」
サツキが声の方向に目を向ける。マーガレットとルピナスが手を振っていた。霧の森の洋館を掃除する。その目的をサツキは思い出した。
目の前のシラーとユッカが、不安そうに体を震わせている。サツキがこのまま遠くに行ってしまうと思っているのだ。
「うむ……」
目の前には年下の困った幼い姉弟がいる。そしてサツキはお姉ちゃんだ。このままほうっておくわけにはいかない。その思いで胸がいっぱいだった。
サツキはマーガレットたちに向かって手を合わせた。
「すまない! 野暮用ができた! 掃除はお前たちに任せたい! この借りは必ず返すから! 頼む!」
「オッケー! でもこの貸しは高いわよ!」
マーガレットが即答する。何か大事な理由があると察したのだろう。
サツキを見つめるシラーの表情が明るくなった。八方塞がりな自分たちを助けてくれるのだ。希望が芽生えれば表情も明るくなるだろう。
マーガレットたちはサツキに背中を向けた。そのまま館へと向かうのだろう。
「さてと。詳しいことは、あなたたちの畑に向かいながら聞こうか?」
「うん! ありがとう!」
「黒髪の姉ちゃん! こっちこっち!」
シラーとユッカはサツキの腕を握り、ぐいぐいと腕を引っ張った。
子どもたちの元気な力に圧倒され、サツキは思わず苦笑する。それと同時に、不思議と優しい気持ちになるのであった。




