ふたりの黒い冒険者 13
日が暮れ、冒険者ギルドが賑やかになってきた。仕事を終わらせた者、酒を飲みにきた者、食堂を利用しにきた者の姿が見える。
マーガレットたちはこのまま帰ることにした。ルピナスのマイナス思考発言のせいで、仕事をする気になれなかったのだ。さらに今の彼女たちは無一文である。食事ができないなら、食堂に入っても無意味だ。
マーガレットが弱々しい笑みを浮かべ、手を振る。
「おじさん……またね……」
「おっ、アセビたちが帰ってきたみたいだぞ」
大男の言葉を聞き、マーガレットたちは急いで受付の机の下に隠れた。彼女たちはアセビに直接別れを告げられるのが怖かったのだ。
大男は見て見ぬふりをすることにした。空気の読める男である。
「アセビ……」
「しっ! 気づかれるぞ」
サツキが唇に人差し指を当て、マーガレットが自身の口を押さえて頷く。
アセビが戻ってきた瞬間から、冒険者ギルドで異変が起こっていた。室内が一瞬で静かになったのだ。それだけではない。女性冒険者たちの悲鳴が聞こえる。
「……何かあったのかな」
「……うむ」
何があったのかは気になるが、マーガレットたちは机の下から出るわけにはいかない。そのまま身動きせずに耳を澄ませていた。
フジがニヤニヤとした笑みを浮かべながら、受付の大男に近づく。
「大将、キノコの発生源がわかったぜ。こいつだ。こいつが薄汚え手で地面に触れると、ポコポコ大量にキノコを産み出すんだ。俺たち冒険者が毎日キノコ狩りしても減らないわけだぜ」
「でも大丈夫です! わたしたちで処理しました! ですよね? アセビくん!」
「う、うん……そうだね」
フジが机の上に黒いファンガスの頭部を投げた。自分たちが倒した証拠として持ってきたのである。先ほどの女性冒険者の悲鳴はこれを見たからだ。
アセビはフジの行為を止めたのだが、信用させるには首を見せるのが1番だと言って、聞き入れてくれなかったのである。
大男は引きつった笑みを浮かべた。
「お、おう……お疲れさん……」
「まだ生き残ってるキノコもいるだろう。だが俺たちでほとんど狩り尽くした。生き残ったキノコもすぐに全滅させてやるさ」
アセビが背後に視線を向けると、冒険者や依頼に来た者たちが見つめていた。その目は畏怖、恐怖心、嫌悪感等、様々な負の感情が含まれている。
またこれで評判が悪くなったと思い、冷や汗をかくアセビとは対照的に、フクシアは笑顔だった。他の冒険者たちからの評価はどうでもいいのだ。アセビに嫌われなければ、それでいいのである。
「大将、今回俺たち頑張ったと思うんだよな。アセビがいなかったら、黒キノコは倒せなかったと思うぜ」
「わたしもそう思うんじゃないかな」
「わかったわかった! 今日の報酬は少しだけ色をつけておいてやる! ただし! こういう過激なパフォーマンスは、他のみんなに悪影響があるからな! 次やったらお前さんとフクの報酬を減らさせてもらうぞ!」
大男がフジをじろりと睨んで、警告する。
毎度毎度倒した相手の首を持ってこられたら、冒険者ギルドとしてもたまらないだろう。評判が悪くなってしまうと、所属している冒険者がギルドを抜けたり、仕事の依頼がこなくなってしまう恐れもある。
フジが報酬の入った袋を受け取り、フクシアは丁寧にペコリと頭を下げた。
「ククッ、肝に銘じよう。この冒険者ギルドはあんたがルールだからな。ルールは守るさ。ルールはな」
「ありがとうございます! これからもギルドのためにがんばりますね!」
「おっちゃんサンキュー……また今度改めてお礼言いに来るわ……」
3人は冒険者ギルドを出るため出口へと向かった。突き刺さるような視線を浴び、アセビは背中を丸くしている。
隠れていたマーガレットたちが、バレないようにゆっくりと机の下から顔を出した。
「アセビ行ったわね……」
「ひゃっ……!」
ルピナスは机の上に置かれた黒いファンガスの頭部を見て、恐怖で体を震わせる。
サツキが急いで手で目隠しをした。ルピナスにはあまりにも刺激が強すぎると判断したのだ。
「アセビを追いかけましょう!」
マーガレットの言葉を聞き、ルピナスとサツキが強く頷く。
アセビとのチームは解散するかもしれない。それでもこれまでの関係に戻れる可能性もあると信じているのだろう。
マーガレットたちはアセビに気づかれないようにあとをつけることにした。
アセビたちが薬屋から出てきた。
フジは袋を持っている。中身は金だろう。ずしりとした重みを感じ、フジは笑みをこぼしていた。
「薬屋の親父もなかなか金払いが良いじゃないか」
フジは黒いファンガスの頭部だけでなく、腕も持ち帰っていた。無論、薬屋に売り付けるためだ。
腕を解剖して分析したら、流行しているファンガスの胞子に対する特効薬を作ることができるのだ。それを大量に作れば金儲けができる。さらにファンガスの脅威から人々を守れるのだ。
フジのおかげで、関係者全員が得をしたことになったのである。
しかしアセビは複雑そうな表情だ。フジがわざわざバラバラになった黒いファンガスの体を持ってきて、金儲けに使ったからだろう。
「お前……結構良い性格してんな」
「そうか? 俺たちは命がけで戦ったんだ。これぐらいもらってもバチは当たらねえと思うぜ?」
フクシアがため息をつくと、フジは笑いながら手を何度も叩いた。意外とがめつい青年である。
「さてと」
フジがギルドでもらった報酬と、薬屋から受け取った金を1つの袋にまとめた。それをアセビの胸にぐいぐいと押し付ける。
「アセビ、全部持っていけ」
「え!? 平等に3等分だろ!?」
「わたしは構わないですよ」
「お前には、いい経験させてもらったからな」
アセビがフジとフクシアに袋を返そうとするが、ふたりは受け取ろうとしなかった。ずしりとした重みだけが腕に残る。
フジはニヤリと笑って腕を組み、フクシアはただニコニコとアセビを見つめていた。
アセビは困った顔で頭をかく。
「いや、マジでこんなにもらうわけには……」
「確かお前今野宿してるんだったよな? その金で今の仲間の帰れる家を買ってやれよ」
「……帰れるところがあるって素敵ですよ」
「フジ……フクちゃん……」
いい加減野宿には限界があると、アセビもそう思っていた。受け取ったこの金を使えば、安い家なら買えるだろう。テント暮らしとはさよならだ。アセビは涙が出るほど嬉しいと感じていた。
「これで野宿も終わり……」
「それとだ。どうだ? お前と俺とフクで……もう少しいっしょにやれねえかな?」
フジの言葉を聞き、フクシアがハッとした表情を浮かべる。
黒魔法使いチームの相性は抜群。苦労の絶えない問題児といっしょにいるより、肉体的にも精神的にも暮らしやすいだろう。
フジは真剣な表情でアセビを見つめ続けている。フクシアだけではない。フジもアセビのことを気に入っているのだ。
「えっと……それって……」
フジは言っている。仲間に手切れ金代わりに家を買ってやれ、と。俺はお前と黒魔法使いチームを続けたいんだ、と。
「アセビくん、どうかな?」
アセビはフジとフクシアを見つめる。穏やかな表情だった。
アセビは黒魔法を使う。それだけではない。忌み嫌われた黒魔法を使う自分たちを受け入れてくれた。できればこのままチームを組んでいたい。
フジたちのその気持ちは、アセビに痛い程伝わっている。
「アセビくん。わたしたちなら今の『お仲間さん』とは違います。どうかな?」
フクシアは、アセビからマーガレットの問題行動を聞いていた。苦労し続けていたことを知っている。いっしょにいたい気持ちもあるだろうが、何よりアセビに幸せになってもらいたいのだろう。
「アセビ」
「アセビくん」
フジとフクシアが熱い眼差しを向けている。アセビは困ったような顔を浮かべ、苦笑した。
「あいつらさ。確かにちょっと問題あるところもあるんだ。でも少しずつだけど、みんなゆっくりと前に歩き始めてるとオレは思っているんだよね」
「……それはどうかな? アセビくんの用意した食べ物を粗末にするような人なんですよね?」
「アレは確かに正直ムカついた! でも大丈夫! マーガレットはマーガレットで良いところがあるんだ。わがままで欲深くて自分勝手なところもあるんだけどね」
マーガレットを擁護しようとすればするほど、悪口になってしまう。しかし、それでも、だとしても。
アセビは人は変われると思っている。信じている。
「マーガレットは根は良い子っぽいし、ルピナスは少しずつ前向きになってる。サツキは酒癖の悪さを直そうと努力しているんだ」
「アセビくん……」
「1度関わったからには、あいつらが立派に巣立つのを見届けてやりたい。みんな頑張っているからね。それにほら、一応オレとあの問題児たちは運命共同体? らしいから」
アセビは曇りのない瞳をしていた。本音で語っているのだろう。
フジが小さく笑った。問題児扱いされているマーガレットたちが、アセビの元にわいわいと集まった理由が少し分かった気がしたのだろう。
アセビは誰のことも否定せず、受け入れてくれる青年なのだ。どこにも行き場がない問題児にとって、大きな心の支えとなっていることだろう。
フジはやれやれと肩をすくめた。
フクシアは弱々しく微笑んでいる。
ふたりとも今アセビを勧誘するのは難しいと判断したのだろう。
「運命共同体なら仕方ねえか。お前の仲間たちは幸せ者だよ。だがアセビ。もし気が変わったら、いつでも言ってくれ。その時はまた3人で肩を並べて戦おうぜ」
「アセビくん、わたし待ってますからね……」
「フジ、フクちゃんありがとう! いつかきっと、またチーム組もうぜ!」
アセビはフジとフクシアに手を振り、爽やかに去っていく。ふたりは切なげに、背中を見続けていた。
いつか、きっと、いつか。自分たちの元に戻ってきてくれるかもしれないという、小さな可能性を信じて。
「アセビ……」
薬屋の物陰から、マーガレットがよろよろと歩きながら出てきた。瞳は潤んでいる。今にも涙があふれてきそうだ。
アセビが自分たちのことを選び、そして、受け入れてくれた。その確かな事実が、マーガレットに感謝の気持ちを芽生えさせる。
「あたし……悪い子だったのに……いっぱい、いっぱいワガママ言ったのに……」
「ぼく……」
「うむ……」
ルピナスもサツキも、マーガレットと同じ気持ちだった。アセビが自分たちのことを、大切に思ってくれていたのだ。迷惑をかけ、足も引っ張り続けた。それなのにだ。
嬉しさと申し訳なさでマーガレットの瞳から涙があふれる。しかし彼女は自分の頬を何度も叩き、気合いを入れ直した。
「泣いてる場合じゃないわ! あたし早くアセビに会いたい……会わなきゃ! 会って言わないといけないことがいっぱいあるもの!」
「……うん、宿屋に戻ろう!」
「うむ! 3人でいっしょに!」
女子たちは急いで宿屋へ向かった。道行く人々を避けながら、風のように早く。足がもつれて転びそうになりながらも、必死に。
走り行く問題児たちの背中は、どこか嬉しさであふれていた。




