ふたりの黒い冒険者 10
「ふたりともとも同じ村の出身なのか」
「黒魔法を使う一族が集まった小さな村さ。黒魔法を村の仲間以外に見せたらいけないっていう決まりはあったが……そんなものはもう忘れた」
「旅人、観光客、キャラバン相手に、占いをしたりお守りを売ったりするんですよ。結構評判だったから、それ目当てで来る人もいたんじゃないかな?」
フジとフクシアが、生まれ故郷を楽しげに紹介している。
アセビは自身の村のことを思い出す。何もない小さな田舎だったが、あそこで18年過ごせて良かったと思っている。目に見えない大切なものがあったのだ。
フジとフクシアにとって、ふたりが生まれ育った村もきっとそうなのだろう。
「だが、死ぬまでずっとあの村にいるってのもどうかと思ってな。外に出ることにしたんだ。村の仲間たちに黒魔法だけは絶対に使うなと約束させられたがね。そうそう、出発の日にフクが強引に付いてきよ。ふたりで旅に出ることになってしまったんだ」
「わたしだって、外の世界を見てみたかったんじゃないかな! フジとは付き合いが長いから、ちょっとだけワガママ言っちゃいました!」
「まー、構わないがな。それより村の約束を守らなかったほうがマズいかもしれねえ。まー、今さら言っても遅いんだが」
村の住人にとっても、黒魔法は禁忌なのだろう。もし使い手が集まった村だとバレたら、客足が引いて商売ができなくなる可能性が高い。
そう考えると、フジに対する強引な約束も、仕方がない話ではある。
アセビは先程千切れ飛んだファンガスたちのことを思い出した。フジの黒魔法の破壊力は絶大だ。もし習得できたら大きな戦力になるだろう。
「お前のさっきのアレ、オレもできたりする?」
「テラーか? お前も覚えてみるか? コントロールできたら、気になる女の子の服だけビリビリに破くこともできると思うぜ?」
「アセビくんはそんなことしないんじゃないかな! そうですよね、アセビくん!」
さきほどまでの重苦しい空気は、何処へいってしまったのか。例の神殿で、3人は仲良く談笑を続ける。
フジもフクシアも自身の秘密をアセビに告白し、受け入れてもらえたからだろう。表情が穏やかだ。
「でも女の子の腕や足が千切れたり、体が破裂したら嫌だなぁ。やっぱやめておくわ」
アセビの冗談を聞き、フジがゲラゲラと笑い、フクシアもうんうんと何度も頷く。
秘密の共有がそうさせたのだろうか。アセビはフジたちとの絆が、より一層強くなったと感じていた。それと同時に、ある疑問が芽生える。
「もし最初に、フジとフクちゃんとチームを組んでいたら今頃オレは……」
アセビは考える。もし最初にフクシアに話しかけられたとき、ふたりのチームに入っていたらどうなっていたのか、と。すぐ良好な関係になれて、今の自分とは違う道を歩めていたのではないのか、と。
自分の運命の分岐点はどこだったのか。アセビがそう考え始めたその時である。
いきなり足元に銅の剣が突き刺さった。もし当たっていたら軽い怪我ではすまなかっただろう。
「うぉっ!? オレの剣!?」
「……探す手間が省けたぜ。これからお前をぶっ殺しに行こうと思っていたからな」
「さっきのお返し、覚悟してほしいかな!」
アセビたちから少し離れたところにそれはいた。
黒いファンガスだ。引き抜いた銅の剣を、わざわざアセビに投げ返した。宣戦布告である。
背後には無数のファンガスが控えている。アセビたちを全体に逃さないつもりなのだろう。
「いい加減キノコは見飽きたんでな。ここらで決着といこうや!」
アセビが銅の剣を構え、そのまま黒いファンガス目掛けて突っ込み、斬りかかる。そのまま勢いよく振り下ろした。
それを見て、黒いファンガスが顎をしゃくる。背後に控えていたファンガスが、前に飛び出した。盾代わりとなってアセビに斬り捨てられた。
「なんだとっ!? 子分を盾にした!?」
勢いよく銅の剣を振り下ろしてしまったせいで、アセビはよろけてしまい、黒いファンガスの前で大きな隙を晒してしまった。戦闘中に無防備な状態を晒す。それは確かな死を意味する。
黒いファンガスはいつの間にか大きな丸太を持っていた。それを力強く両手で握って、アセビに向かって勢いよく振り下ろす。
「げっ!?」
「アセビ!」
フジがアセビを突き飛ばす。間一髪で黒いファンガスの攻撃を避けることができた。
フジがいなければ、アセビは全身の骨を砕かれていた
だろう。
「サンキュー! 冷や汗かいたぜ!」
「アセビくん! 気をつけて! あの黒いファンガスはこれまで相手にしてきてタイプとは違います!」
フクシアがファイヤーボールを放つと、それと同時に背後に控えていたファンガスが飛び出し、全て受け止められてしまった。死してなお黒いファンガスを守る。これではまるで、使い捨ての生きる盾だ。
黒いファンガスは驚異の再生力を持つ。しかし慢心せず、確実にアセビたちを殺そうとしているらしい。
「…………」
黒いファンガスは、フクシアと戦ったときのようにじりじりと近づいてきている。
当然背後には、盾になるためのファンガスたちが控えている。
「死んでも黒キノコを守ろうとしやがる。やはりあいつがキノコたちのボスってわけだな!」
「俺は泣けてきたぜ。命を犠牲にしてでも守りたかった黒キノコが、これから俺たちにバラバラにされるんだからな」
「油断したら駄目なんじゃないかな! 黒いファンガスには再生能力があります! わたしのファイヤーボールじゃ歯が立たなかったんです!」
フクシアは黒いファンガスの再生能力の前に、実質敗北している。体は震え、瞳は恐怖心で揺れていた。
アセビはフクシアの肩叩き、笑顔で親指を立てる。その瞬間恐怖心が消し飛んだ。アセビがいれば絶対勝てるという思いが芽生えたのだ。
フクシアが落ち着いたのを見て、フジが前髪をかき上げる。
「それはお前のファイヤーボールの話だろ?」
「うん……そうだけど……」
フクシアはフジの言いたいことを察した。彼はこう言っている。炎魔法が通用しなかったのなら、黒魔法を使えばいい、と。
フクシアはアセビにチラチラと視線を送る。恥ずかしいのか、うつむきながら、顔を赤くして、もじもじとしていた。
「フクちゃん? どうしたの?」
「その……わたしの黒魔法見てアセビくん……引かないかなって……」
「引かないって! オレたちはチームだから!」
フクシアが顔を上げる。その表情を見るに、もう迷いはなさそうだ。
フクシアは黒いファンガスに向けて片手を掲げる。背筋がゾッとするような冷たい笑みを浮かべ、高らかに唱えた。
「黒魔法 コンタミネーション!」
黒いファンガスを庇うため、背後に控えたファンガスたちがフクシアの前に立ちはだかる。彼らの体は徐々に茶色く変色していった。腐ったような不快な臭いがアセビたちの鼻腔を刺激する。数秒後、ファンガスたちの体は崩れ落ち、そのままバラバラになった。
衝撃的な光景である。黒いファンガスは腐って死んだ盾を見て、1歩後ずさった。
フジはやれやれと肩をすくめる。
「相変わらずえげつないねぇ。黒キノコがびびってるじゃないか。あいつが臆病風に吹かれて逃げたらお前のせいだぞ」
「もうっ! 使えって言ったのはフジじゃないかな!」
正直アセビも黒いファンガスほどではないが、フクシアの黒魔法に驚いていた。
対象の体内を汚染し、腐らせ、そのまま殺す。非常に恐ろしい黒魔法が使われたのだ。
アセビは震えた。恐怖心からではない。その心強さに喜びで震えたのだ。
「フクちゃん超かっこいい!」
「アセビくん……!!」
アセビの歓喜の声にフクシアは両手で頬を押さえ、顔を赤くする。
おぞましい黒魔法を使った者には見えない。ここにいるのは、年頃の恋するどこにでもいる普通の少女だ。
「わたし汚すのが得意なんです。でも汚されるのも悪くないかなって。アセビくん。いつかわたしのことを、優しく、綺麗に、汚してくださいね」
フクシアはにこりと笑い、アセビを見つめる。汚れのない笑顔。おぞましい黒魔法使いらしからぬ表情だ。
フクシアは黒いファンガスに視線を移し、再び黒魔法を唱える。しかしやはり盾代わりのファンガスたちに防がれてしまう。
「フクだけにデカい顔させるのもな。俺も気合い入れていくぜ! 黒魔法、テラー!」
「アセビくん、ここはわたしたちに任せてください!」
フジがフクシアの隣に立ち、黒魔法を唱える。何度も何度も、腕を引いて、盾代わりのファンガスたちの手足や頭部を引きちぎった。
先にフジとフクシアらのエネルギーが尽きるか、ファンガスの数が尽きるか。互いの根性比べが始まった。
「すごい戦いだ。オレもふたりを援護するぜって言いたいけど……」
アセビのエナジードレインは、対象に触れなければ発動できない。マイグレインでは、背後に控えたファンガスたちに盾代わりにされるだけだろう。下手に前に出ても、フジとフクシアの邪魔になる。
今のアセビできることは、フジとフクシアを応援することだけだった。
「ふたりともがんばれ!」
「フク聞いたか? 期待に応えなきゃな?」
「久々に本気出しちゃおうかな!」




