ふたりの黒い冒険者 7
「ただいまー」
「お、おかえり!」
マーガレットたちは、アセビがもう帰って来ないのではと心配していた。しかし彼は再び戻ってきた。女子たちはほっと胸を撫で下ろしている。
アセビは慣れた手付きでパイナップルの芯を綺麗に切り取り、女子たちが食べやすいようにカットする。皿の上のクッキーと薬といっしょに並べ、テーブルの上に置いた。
「クッキーさん!」
「パイナップルもある……嬉しいなぁ」
「いつも助かるよ。ありがとう」
「喜んでもらえて良かったぜ。同じ食事だけで辛かっただろ? ワンパでお前たちも飽きてただろうしな」
女子たちは感謝の言葉をさらに述べようとしたが、口ごもった。アセビは皮肉を言ったつもりはなかったのだが、そうは聞こえたらしい。
マーガレットが恐る恐る口を開く。
「あのね、アセビ……あたし昨日……」
「ちょっと用事があるんだ。また今度な」
アセビは女子たちに背中を向け、さっさと部屋を出ていこうとした。フジたちを待たせるわけにはいかないからだ。
マーガレットは待ってほしいと言わんばがりに、アセビの腕を思いっきり掴む。
「ねえ、どこに行くの……? いっしょにご飯さん食べないの……?」
「実は今チームを組んでるメンバーがいてさ。家に招待されたんだわ。フジとフクちゃんっていうんだけど。ふたりのおかげで薬代を稼げてるんだぜ」
「チーム……」
「優秀な炎魔法の使い手だよ。じゃ、オレ行くわ。先に寝てていいからな」
マーガレットが掴んでいたアセビの腕を離す。彼は1度も振り返ることなく、部屋を出ていった。
静寂が訪れる。
「アセビ……もしかして、ぼくたちから離れて、新しい仲間とチームを組むのかな……」
「わからないわ……わからないわ……」
「優秀って言ってたし、ぼくみたいなお荷物とは全然違うんだろうなぁ……」
サツキがルピナスを抱きしめた。
3人とも口にはしないが、アセビに捨てられる可能性があることを感じている。
マーガレットはりんごと食パンを食べなかったことを思い出していた。アセビの少し悲しげな顔が脳裏に焼き付いて離れない。
「ごめんなさい……アセビ……ごめんなさい……」
何度も、何度も、何度も同じ言葉を繰り返した。まるで壊れたおもちゃのように。マーガレットはアセビの帰りを、ずっと待ち続けるのであった。
「……皆さんクッキー喜んでましたか?」
アセビとフクシアは路地裏を歩いていた。人の気配がなく、どことなく寂しさを感じさせる。日は沈み、既に夜が訪れていることも影響していた。
「うん喜んでたよ。知らんけど」
「ふふっ、アセビくんは面白いですね」
「パンとりんごよりは喜んだかもな」
アセビが小声でぽつりと呟く。できるだけ女子たちが喜ぶものを、食べさせてあげたいのだ。
アセビの声が聞き取れなかったフクシアが、首を傾げる。
「アセビくん? いまなんて……?」
「なんでもない。それよりフクちゃんの家ってどこにあるのかな?」
アセビが気づくと、周囲は立派な石造りの家が立ち並んでいた。いわゆる金持ちが住むエリアである。
ここには、金を持っている冒険者や商人たちが住んでいるのだ。立ち並ぶ立派な建物は、夢を追い、夢を叶えたものたちの生きた証とも言えるだろう。
自分には絶対に縁がない人々が住んでいるのだろうなと思い、アセビは思わず苦笑する。
「ここです! どうぞこちらに!」
「えっ……」
フクシアが立ち止まる。彼女の前には、周囲に立ち並ぶ立派な家よりも、遥かに大きい豪邸があった。
「もしかして……ここがフジとフクちゃんの……?」
アセビの目に大理石で作られた壁が映った。広い庭にはしっかりと手入れされた花壇、野菜が実った畑、大きな物置小屋、透き通る綺麗な池もある。文句なしの大豪邸だ。
口を開けて驚くアセビだったが、入り口の前でフジが壁にもたれ掛かり腕を組んでいるのに気づいた。ふたりの到着を待っていたのだろう。
フジが前髪をかき上げる。
「遅かったな。準備はできてるぜ」
「我が家へようこそ、アセビくん!」
「マジでここに住んでるの……?」
フジとフクシアが頷く。何を当たり前のことを聞いているんだと言わんばかりの表情だ。
アセビはとんでもないところに来てしまったと、思わずにいられなかった。
「さぁ、食おうぜ」
アセビたちは食事をするため、ダイニングルームに移動した。
汚れひとつないテーブルクロスには、様々な料理が並んでいた。牛肉と野菜がたっぷり入ったシチュー、こんがり焼けたパン、ローストビーフ、新鮮な野菜で作られたサラダ、甘い香りのするメロンだ。
アセビはあまりの衝撃に目を丸くした。住む世界が違うとしか思えなかったのだ。
「すげぇ……」
「本当に良い反応するよな。今日はお前と食事がしたくてな。早く仕事を終わらせたのは、このためだったってわけだ」
「全部フジとわたしで作りました! さあ、3人で食べましょう!」
「いただきます!!」
アセビが恐る恐るシチューを口にいれる。絶品。それしか感想が思い浮かばなかった。
「……美味すぎる」
「そいつは良かった。昨日の夜、フクと気合い入れて準備したからな」
「どんどん食べてくださいね!」
アセビはあっという間に目の前の料理を食べ尽くしてしまった。もう少しゆっくり味わって食べれば良かったと後悔したがもう遅い。
アセビがこの料理をマーガレットたちにも食べさせてあげたいと思っていると、フジが小さく笑った。どうやら気持ちを察してくれたらしい。
「少しだけならまだあるぞ。持って帰るか?」
「いいのか!? こんな美味いご馳走、オレだけで食べるわけにはいかないって! 仲間にも食べさせてあげたいんだ!」
フジが立ち上がり、キッチンへと向かった。料理を持ち帰るための準備をしてくれるらしい。
「ありがとう!」
「気にするな、お前と俺たちの仲だからな」
アセビは感謝しながらフジの背中を見送った。
強くて頼れて気が利く男である。アセビからのフジの評価はうなぎ登りだ。
「あいつらもきっと喜ぶよ。食べ盛りだからね。フクちゃん、ありがとう」
「……優しいですね。アセビくんに大切に想われているなんて、お仲間さんたちは幸せなんじゃないかな」
フクシアが少し寂しそうな表情を浮かべる。しかしアセビは気づいていなかった。目の前の少女が自身の仲間のことを羨んでいることに。
アセビは皿に残ったパンをかじった。ほどよい固さとかりっとした歯応えが絶妙だった。
「パンも最高だぜ! このパンならマーガレットも食ってくれるだろうな!」
「このパンなら? アセビくん、それはどういう意味かな?」
アセビは苦笑し、頭をかいた。用意した食事をいらないと言われたことを思い出したのだ。
フクシアは真剣な表情で黙って見つめている。アセビは視線を外して語り始めた。
「実は結構ギリギリの生活をしてたんだ。毎日安物のりんごとパンしか用意できなかったよ。多分有名だから知ってるかもしれないけど、仲間にマーガレットっていう女の子がいるんだ」
「……名前は聞いたことがありますね」
「あの子にもうりんごは飽きたって言われてさ。食べるの拒否されちゃったんだよね」
「飽きた……? 拒否……?」
「同じものばかり食わせてたらそりゃ飽きるよな。もっと早くに気づいてあげられたらよかったんだけど、精神的にゆとりがなかったから、気づかなかったんだ」
「…………」
「だからご馳走を食べさせてあげたくてさ。うまいもの食えばきっと早く元気になると思うんだ。オレとしてはその方が……」
「アセビくん」
自分の名前を呼ばれ、アセビは視線を料理からフクシアに移す。優しい顔をした少女はいなかった。
フクシアは虚ろな目でアセビを見つめている。それだけではない。肩を震わせ、ローブの袖を握っていた。
フクシアの激しく静かな怒りを感じ、アセビは震え上がった。
「アセビくんおかしいよあなたが一生懸命がんばって働いて稼いだお金で用意した食べ物を飽きたからって拒否するなんてありえないしおかしいそんなこと許されないしあってはいけないんだよアセビくんが可哀想」
「フクちゃん……?」
フクシアは早口でまくしたてた。瞳が潤んでいる。感情を抑えられないようだ。いつも穏やかな表情は、憎悪で染まっており、怒りと憎しみであふれていた。
フクシアの豹変にアセビは恐怖する。
そのことに気づいていないらしい。フクシアはさらに言葉を吐き出し続けた。
「アセビくんは誰よりも優しいからきっとそういう悪い子につけこまれちゃうんじゃないかなわかるよアセビくんでもそれだとあなたは幸せになれないしこのままだと不幸になっちゃうんじゃないかな早くなんとかしないといけないんじゃないかなこのままだと絶対いけないんじゃないかなアセビくんを不幸にする存在は絶対許せないんじゃないかなそうだ今からわたしが……」
「フク!」
フジがフクシアの異変に気づいて駆け寄った。肩を掴んで乱暴に揺さぶる。それでもフクシアに変化は見られない。虚ろな瞳のままだ。
フジはテーブルの上の酒をグラスに注ぎ、フクシアの口に押し当て、無理やり飲ませた。
「ごほっごほっ!」
「フク、落ち着け」
フクシアは酒を飲まされたことで、気持ちが落ち着いたらしい。そしてアセビの前で暴走してしまったことに気づき、はっとした表情を浮かべる。
フクシアは手で顔を覆い、嗚咽をもらす。
「うぅ……わたしアセビくんの目の前で変なことを言ってしまった……うぅ……死ななきゃ……」
「いやいや! 別に死ぬ必要ないから! オレ気にしてないから!」
フクシアが机にうつ伏せになる。彼女の背中をフジが手のひらで叩くが、顔を上げる気配はない。うつ伏せのまま、悲しみと羞恥心で体を震わせている。
「これぐらいで死なれたら俺も困るぜ。アセビ、すまないな。フクはたまに暴走するんだ」
「オレの仲間なんてしょっちゅう暴走してるぞ。フクちゃんのは暴走のうちに入らないよ」
フクシアはまだうつ伏せのままだった。
フジはやれやれと肩をすくめ、グラスに酒を注ぎ、アセビに渡す。彼はそっと受け取り、中身を飲み干した。
「お前とフクちゃんの料理最高だったよ。マジでうまかったわ」
「そう言ってもらえると嬉しいぜ。だがお前のフルーツサンドには敵わない。あの素朴な味は真似できない」
フジが再びフクシアの背中を手のひらで叩く。うつ伏せのままだ。顔を上げる気配がない。
アセビはフクシアのことが心配になってきた。恐る恐るフジに尋ねる。
「あのさ、フクちゃん大丈夫かね……?」
「ああ、大丈夫さ。こいつ立ち直るまで長いんだ」
フジが小さな鍋とバスケットをアセビに渡す。中身を覗くとシチューとパンが入っていた。持ち帰るためにフジが準備してくれたのだ。
アセビは目を輝かせる。
「本当にお前とフクちゃんにはお世話になりっぱなしだぜ。そう言えば聞きたかったんだけどさ。なんでオレとチーム組んでくれたんだ? 他にいくらでも優秀な冒険者いただろ?」
「まー、理由ぐらいは話しておかないとな。ほら、フクもういいだろ」
フクシアが顔をゆっくり上げる。顔は赤く、目が腫れていた。アセビから視線を逸らし、ローブの袖をぎゅっと握っている。豹変した姿を見せてしまい、気まずいようだ。
アセビは席を立ち、ポケットからハンカチを取り出してフクシアに渡した。
「もしよかったらこれ使ってね」
「ありがとう……」
「それで、オレと組んでくれた理由は……?」
「アセビくんが冒険者ギルドに来た日……わたしまだ覚えています……すごく感じが良さそうな人だなぁって……いっしょにお仕事できたら楽しいかもって……」
フジがため息をつく。アセビにはその行為の意味がわからなかった。
フジはフクシアの背中を叩きながら口を開く。
「フクの人を見る目はマジだぜ。お前善人オーラ出てるからな。実を言うと、俺もフクほどではないがお前のこと気になってたんだぜ? 別に変な意味じゃないぞ」
「たまに言われるけど、オレ田舎者オーラ出てる?」
フクシアが勢いよく首を横に振る。そんなことは微塵も思っていないという様子だ。
フジが言葉を続ける。
「田舎者というより、素朴な感じか? 何だろうな。俺たちみたいな嫌われ者でも、受け入れてくれそうな器の大きさをお前に感じるんだ」
「嫌われ者ってお前。フジとフクちゃんなら引く手あまただろ。エリート冒険者じゃねえか」
「どうかな、それは。俺もフクも普通には生きられないもんでね」
フジは自身のグラスに酒を注ぎ、そのまま口元に近づけるが、飲むのをやめてテーブルにそっと置いた。いつも飄々としているが、その顔はどこか寂しげに見える。
フクシアもフジと同意見なのだろう。小さく頷いていた。
アセビはふたりを見つめる。思ったことを素直に口にすることにした。
「オレはフジとフクちゃんに出会えて良かったと思ってるよ。ふたりには言いにくい事情があるかもしれないけど、何があってもオレたちの関係に影響はないよ。オレにとってふたりは恩人で大切な親友なんだ。だからこれからも仲良くしてくれよな! ヘヘッ!」
「アセビ……」
「アセビくん……」
「……遅くなっても迷惑になるしそろそろ帰るわ」
アセビは席を立った。フジに準備してもらった鍋を右脇に抱え、バスケットを左腕で握る。ずしりとした重みがシチューとパンの味を思い出させる。アセビの胃袋が小さく鳴った。
「じゃあ途中まで送るぜ」
「……わたしも」
フジとフクシアが見送るために立ち上がるが、アセビは片手で制した。
「ここで大丈夫! ふたりとも今日はありがとう!」
「楽しかったぜ。明日も3人で行こうや」
「アセビくんありがとう。あっこのハンカチ……」
「あげるよ! じゃあまた明日!」
アセビは笑顔で頭を下げ、ダイニングルームを出ていった。
フジはふっと小さく笑い、目の前のグラスを指でつまみ、くるくると回す。
フクシアはアセビの残したハンカチを、じっと見つめていた。
「本当あいつ良い奴だな。素のテンションで嬉しくなること言いやがって」
「……うん」
「つーかよ、素直に一目惚れしましたって言えよ」
「本当のことを言うのは無理なんじゃないかな……」
「やれやれ……ただ、いつかアセビになら……俺たちの本当の姿を見せられるかもしれないな。あいつならきっと受け入れてくれる」
フジの言葉に賛同しているのか、フクシアは何度も頷いている。アセビなら絶対に何があっても受け入れてくれると信じているのだ。
フクシアはもらったハンカチを抱きしめた。
「ずっとずっと、アセビくんといっしょにチーム組んでいたいなぁ……」
「俺もそうしたいけどよ。そろそろあいつの仲間が元気になるころだろ? チームが解散する日は近いぜ」
フクシアの表情が曇ってしまった。フジが慰めるように背中を叩く。
「アセビくん……」
フクシアはアセビからもらったハンカチを、口に含んだ。
舌でゆっくりと味わう。そうすることで、アセビの優しさが体全体に染み渡る気がしたのだ。
大好きなアセビからもらった、大切にしなければならないハンカチ。それを自分の唾液で汚す。矛盾した行為により芽生えた背徳感が、フクシアの感情を昂らせ、頬を朱色に染める。体は燃えるように熱くなっていた。
「んっ……んっ……」
フクシアは、誰よりも、何よりも、幸せな気持ちでいっぱいだった。
フジがグラスに入った酒を飲み干し、苦笑する。
「あいつの前で、そういうことするのはやめような」
「……ふぁい」




