ふたりの黒い冒険者 6
アセビたちが森に行ってファンガス退治の仕事をしていたころ、マーガレットたちは、部屋でそれぞれ自由にすごしていた。
「88……89……」
「がんばって!」
「……ごほっ……ごほっ……大丈夫?」
サツキは腕立て伏せをしていた。彼女の背中にはルピナスが腰かけている。完治するまで安静にしていた方がいいのだが、焦っているのだ。
衰えた体を早く慣らしておきたい。そしてアセビを早く休ませてあげたい。そう考えているのだ。
「あたしも乗るわね!」
マーガレットがサツキの背中に乗ろうとしたそのときである。ノックもしないで宿屋の受付嬢が、ずかずかと部屋に入ってきた。興味がなさそうな表情でサツキを見つめている。
「気持ちはわからないでもないよ。でも完治するまではおとなしくしておいたほうがいいかもねぇ」
「うむ……」
「他のふたりもそうさ。おとなしくしてな。あの男の子はあんたたちが早く元気になるのを望んでいるだろうからねぇ」
ルピナスがサツキの背中から急いで降りる。女子たちはそれぞれ自分のベッドに戻った。
愛想の悪い受付嬢の口元がわずかに緩んだ。
「若い子は素直でいいね。あの男の子もそうさ。最近の若者にしちゃよくできてるよ。3人とも少しはあの子に感謝するんだね」
受付嬢はそれだけ言うと部屋から去った。
マーガレットが口を開く。
「実際アセビいい人よね。アセビが彼氏だったらなぁって、たまに思うもの」
「彼氏というよりは……弟……もしくは兄だな。私はアセビのことを兄のように思うときがあるよ。フフフッ」
「年下のお兄ちゃんって、何かちょっと危ない感じがするのだけれど」
「年の差は関係ないさ。お姉ちゃんも背中を支えてもらいたくなることがある。それに危ない関係でもいいじゃないか。フフフッ」
サツキは暴走しかけているのか、頬が血のように赤く染まっている。
ルピナスは会話に割り込むことにした。彼女はコミュ障だが、だんだんと空気を読む力は身に付いているらしい。
「アセビは彼氏とかお兄ちゃんというよりは……その……ごほっ」
「うんうん! なになに?」
ルピナスは小さな声で答えた。
「お母さんみたいだなって思う……ごほごほっ……いっしょにいると……落ち着くんだよ……ぎゅってしてほしいなって……」
マーガレットとサツキが顔を見合わせる。ふたりは吹き出し、手を叩いて笑った。最年少でコミュ障のルピナスが、珍しく甘えん坊モードになったことがおかしかったのだ。
「むむ……」
ふたりの反応を見て、ルピナスは頬を赤くしてベッドに顔をうずめた。すっかりご機嫌斜めである。
「……言わなければ良かった……ぼく……もう何も言わないもん……未来永劫暗くてダメな子でいるもん……」
「そうね! 確かに! 確かにアセビはみんなのお母さんよね! あはは!!」
サツキがルピナスのベッドに腰掛け、頭を優しく撫でる。その目は慈愛に満ちていた。
マーガレットも移動して、ルピナスに抱きつく。大好きな妹をからかうように。
「すまなかった。マーガレットと私を許してほしい。私はマーガレットとルピナスのことを、本当の妹のように思っているよ」
「本当あたしたち家族って感じよね! だって運命共同体だもの!」
ルピナスがふたりの言葉を聞いて、ゆっくりと顔を上げる。その表情はどこか暗い。
「……家族は支え合うものって教わってきたよ……でもアセビ最近……ぼくたちのせいで疲れてるよね……」
「うっ」
「アセビ無理して元気なふりしてるよ……大丈夫かな」
「うむ……」
「急にぼくたちを置いて、どこか遠くに行ってしまいそうな……そんな嫌な予感がするの……ごほっごほっ」
マーガレットもサツキも、ルピナスの発言を完全に否定できなかった。足を引っ張っている、迷惑をかけていると自覚しているからだ。
ルピナスのマイナスな考えが、マーガレットとサツキの脳にも刻まれた。悪い予感が頭を過る。
「アセビがあたしたちを捨てちゃうかもしれないってこと……?」
「……その可能性はあるよね」
「あたしがこれまでアセビに対して、ひどいことたくさんしちゃったから? りんごちゃんとパンさんを全部食べなかったから……?」
誰も口を開かない。部屋は沈黙に包まれていた。
「これでノルマ達成だな。お前たちより俺が倒したキノコの数のほうが多かったな。遊んでたのか?」
「どうせズルしたんでしょ?」
フジの挑発に、フクシアがむっとした表情を浮かべている。
無事ファンガス討伐のノルマを達成した3人は、クレマチスの冒険者ギルドへ向かっていた。
ひとりでファンガスを倒し続けたというのに、フジのローブには汚れが一切ついていない。フクシアを煽る余裕まであった。強者の余裕を思わせる。
アセビはフクシアの言葉にある疑問を抱く。素朴な質問をすることにした。
「ズルって? フジ、なんかやばいことやったのか?」
フクシアがはっとした表情で口を押さえる。困ったような顔でアセビから視線を逸らす。
フジはフクシアの前に割り込み、前髪をかき上げニヤリと笑った。
「まー、ズルみたいなものだな。俺のファイヤーストームはキノコにとっては天敵だ。フクの小さいファイヤーボールより遥かに強力だからな」
「うるさいなぁ」
フジが早口でアセビに答える。何かをごまかそうとしているのは、火を見るより明らかだ。
だが過程や方法は謎だが、フジがファンガスを倒したというのは本当のようである。根掘り葉掘り聞くのも無粋と思い、アセビはそのまま聞き流した。
「オレも炎魔法使えたらなぁ」
「アセビくんは今のままで大丈夫ですよ! 魔法は私たちにお任せを!」
フジが手のひらから炎を出し、フクシアは人差し指から小さな火の玉を出す。確かにふたりがいれば、アセビが炎魔法を覚える必要はないだろう。
しかしやはり魔法を覚えたい。アセビはそう思わずにはいられなかった。
「おっちゃん終わったぜ!」
「早かったじゃないか。持っていきな」
アセビたちは報酬を受けとるため、冒険者ギルドに来ていた。
大男が報酬の入った袋を3等分にして手渡す。アセビはすぐに立ち去ろうと思ったが、足を止める。大男に聞きたいことがあったのだ。
「ちょっといいかな? オレがフジとフクちゃんは炎魔法しか使わないって教えたとき、おっちゃん妙だなって言ってたよな。あれなんで?」
大男がキョロキョロと周囲を見回す。時刻はまだ夕方前。冒険者ギルドには人が少ない。問題ないと判断したのか、大男は小声で語り始めた。
「数年前、とあるチームがこの冒険者ギルドに所属していたんだ。優秀な連中だったんだが、性格に問題があった。そいつらがフジとフクシアに喧嘩を売ったんだ」
「喧嘩を売った……? なんで?」
「当時ふたりは期待の新人として活躍していたんだ。必ず狙った獲物を仕留める凄腕のコンビだった。だが何故か他の冒険者とチームを組んだり、交流しようとしなかった。そういう態度が気にくわなかったらしい。お高く止まりやがってってよく言われてたわ」
アセビはフジ、フクシアを一瞥する。ふたりは自らの意思でアセビを仲間にしたのだ。大男の言うことが信じられなかった。
「あるキャラバンから仕事の依頼が来たんだ。身内が襲われて商品が台無しになったから、今後そういうことが起こらないよう、モンスターを退治してほしいっていう依頼がな」
「わかった。そいつらは、フジとフクシアにそのモンスターをどっちが早く倒せるか勝負しかけたんだろ」
大男が頷いた。やれやれと首を横に振り、深いため息をつく。大男は眉間にシワをよせた。
「負けたほうが冒険者ギルドを去るっていう条件付きだったぜ。普通そんなことするかね? 当然俺は止めに入ったが無駄だったよ。それはそれとして、即答で喧嘩を買ったフジたちもフジたちなんだが……」
「で、そのモンスターっていうのは?」
「……オーガだ」
「マジかよ」
オーガとは巨人のモンスターである。人間よりも遥かに大きく性格は狂暴で残忍。あまり群れず、少数、または単独で活動する。力は強く、人間や動物を食うモンスターだ。宝物を巣に隠す習性があるが、オーガの集めたものを奪うのは至難の技だろう。
「あいつらはフジやフクシアより先に、オーガを倒そうと無策で突っ込んだ。ちゃんと準備をしていれば、もしかしたらあいつらが先に、倒していたかもしれない」
「えっと……ということは……つーかフジとフクちゃんが今もこの冒険者ギルドにいるってことは……」
「お前さんの想像通りだ。勝利したのはフジとフクシアのコンビ。あのチームに幸い死者は出なかったよ。目や腕や足を失った者はいたがね」
当時のことを思い出したのか、大男が悲痛な表情を浮かべた。それほどまでひどかったのだろう。
力量を見誤ると悲劇しか生まれない。冒険者の世界は無策で生き残れるほど甘くはない。
「それで、オーガはどうなったんだ?」
「フジたちが持ってきたんだ。オーガの首を」
「首!?」
「力で無理矢理引きちぎったような状態だった。後日護衛をつけて、俺を含めた冒険者ギルドの職員数人でオーガがいた場所に行ってみたんだ」
大男がカウンターに置いてある水を飲み干す。彼は汗を拭って深呼吸し、口を開いた。
「オーガの死体は手足がバラバラに引きちぎられて、体の内部がぐちゃぐちゃになっていたよ。溶かされたような跡もあって皮膚が腐っていたな……」
アセビが生唾をゴクリと飲み込む。始めて、モンスターに少し同情した。せめて苦しまずに死んだと信じたいと、アセビは思うのだった。
「なるほど。炎魔法で倒したって感じじゃないな……」
「ああ、だからお前さんの言うことが少しひっかかったわけよ」
「しかしバラバラになってたって……それはまたすごい倒し方をしたもんだな……」
「フジたちは鋭利な武器で何度も切り裂いたと言っていたが……あの死骸を見るにまるで黒……いや、そんなはずはないか。まー、なんだ。それからフジたちに喧嘩を売る奴はいなくなった」
「そりゃそうだ」
「お前さんは大丈夫だとは思うが。あのふたりはオーガを簡単に惨殺する力を持っている。それだけは覚えておいてくれや」
アセビがフジとフクシアの顔を思い出す。とてもそんな恐ろしい力を持つ者たちには見えない。気の良い若者としか思えなかった。
大男は苦笑しながらアセビの両肩を何度も叩く。
「お前さんは、個性的なのに好かれやすいからな。そういうオーラ出てるから仕方ないんだが」
「よく田舎者っぽいって言われるけどさ。やっぱなんかそういうのわかる?」
「アセビ、そろそろいいかな?」
アセビが振り向くと、いつの間にかフジとフクシアが立っていた。
大男との会話を聞かれた様子はない。
フクシアがアセビの背中をぐいぐいと押す。
「アセビくん行きましょう! あなたをわたしたちの家に招待したいんです!」
「3人でいっしょに飯でも食うか? たまには食堂以外の食事も悪くないだろ?」
「いいねぇ! あっ、でもその前に買い物したいんだけどいいかな?」
「もちろん! さぁ行きましょう」
冒険者ギルドを出た3人は薬屋を訪れていた。薬は日に日に高騰している。気軽に買えるものではなくなっていた。
だがアセビには、多くのファンガスを掃討したことにより得た報酬がある。安心してマーガレットたちの薬を買うことができるのだ。
「やれやれ、薬ってのは高いな。キノコ狩りをしてもあまり報酬が残らないんじゃないか?」
「ファンガス自体をなんとかしないと駄目なんじゃないかな。みんなでがんばりましょうね、アセビくん!」
「もちろん! そうだ、フクちゃん、君にしか頼めないことがあるんだけど、ちょっといいかな?」
「なんでもお任せです!」
フクシアが胸を張る。顔を赤くして目をキラキラと輝かせている。アセビに言われた、君にしか頼めないことがある発言が嬉しかったのだろう。
フジはそんなフクシアを見てニヤリと笑う。アセビたちに背中を向けた。
「あっ買い忘れた食材があったわー。悪いなー。ちょっと行ってくる。俺たちの家で落ち合おう」
お手本のような棒読みである。フジは去り、アセビとフクシアだけが残された。
ふたりはゆっくり歩き始める。フクシアは高鳴る心臓を抑えるのに必死だった。顔は赤く、呼吸は粗くなっている。
「フクちゃん顔赤いけど大丈夫?」
「はぁ……はぁ……大丈夫です。ところでアセビくん。私に頼みたいことって、なにかな?」
「このお店なんだけどさ。いっしょに付き合ってくれないかな」
アセビがある店の前で立ち止まった。菓子屋だ。
中に入ると甘い匂いがした。棚には綺麗な色の飴、変わった形のチョコレートが並べられている。
店内は女性客が多く、男性客はアセビだけだ。
「ふむふむ、なるほど」
「はい……オレだけじゃその。入れないというか。オレ仲間に病人がいるって言ったよね。あいつらにたまにはこういうの食べさせてあげたいんだ」
「……わかりました! ではいっしょに見て回りましょう」
ふたりは店内をゆっくりと見て回った。アセビはふわふわとした雰囲気の内装に気まずさを感じていたが、フクシアは楽しいらしく、笑みを浮かべている。
店内で女性客とすれ違うと、彼女たちはフクシアをじろりと睨んだ。
「彼氏連れで来やがって……」
「チョコ買って早く帰ろう……」
女性客たちの発言を聞いて、アセビが苦笑する。
「あの子たち何か勘違いしてるね……まー、勘違いされるのは慣れてるんだけどね」
「あはは!」
フクシアは顔を赤くし、アセビの手を握った。嬉しさをごまかすため、目の前に並べられたクッキーを指で差す。四角い形をしたものだった。中にはナッツが入っているらしい。小さくコメントの書かれた紙が棚に貼り付けられていた。
「わたしならこれにします! 値段もなかなか手頃じゃないでしょうか? アセビくん、どうかな?」
「フクちゃんを信じるぜ! これたくさん買って、帰りに果物を買おう。あいつらの晩ごはんだ」
アセビとフクシアは早速菓子屋でクッキーを買い、果物屋でパイナップルも買った。
病人たちは、腹を空かせているだろう。
アセビはまず宿屋に寄ってから、フジたちの家に行くことにした。




