ふたりの黒い冒険者 5
アセビ、フジ、フクシアは、ファンガス退治の依頼を受け、再び森へと訪れていた。
倒しても倒しても次々と現れる敵に、心が折れる者もいるかもしれない。しかし戦い続けるしかないのだ。平和と治安のためにも。
クレマチスの森を、キノコの楽園にするわけにはいかないのだ。
「死ねやっ! クソキノコ!」
アセビが毒づきながら、銅の剣を振るった。ファンガスは真っ二つに裂かれる。先ほどからアセビはずっとこの調子だった。
フジとフクシアが視線を合わせる。
「……荒れてるな」
「……何かあったのかな」
「まー、何だ。今は俺たちの出番はないが、そのうちバテるだろう。そのときアセビを楽させてやろうぜ」
「……そうだね」
フジは腕を組みながら余裕の表情だ。もちろんアセビがファンガスを逃がしたら、いつでも炎魔法で倒す準備はしている。
フクシアはただ、じっとアセビを見つめていた。
「オラァ! オラオラァ! オラオラオラァ!」
再びアセビが銅の剣を振るう。森には次々と、ファンガスの死骸が増え続けた。最早暴走に近いと言った方がいいかもしれない。
本能のままに体を動かし続けたアセビだが、ついに体力の限界がやってきたらしい。その場に膝を付き、肩で息をしていた。
「ちょっと……休憩……しようかな……」
アセビの元にフクシアが駆け寄る。心配そうに見つめていた。
「アセビくん。何かありましたか? ファンガスに怒りをぶつけているように見えますけど」
「……実は寝不足でね。そのせいかな? 妙に落ち着かないんだ」
フクシアがアセビの手を握り、目をじっと見つめる。
「……本当にそれだけですか?」
「……ああ、それだけだよ?」
アセビはフクシアに笑顔を見せる。彼女は一瞬悲しそうな表情を浮かべたが、すぐに笑顔を見せた。
「わかりました! アセビくんはもう少し自分の体を大切にしないと! 少しはわたしたちに任せてくださってもいいんですよ!」
「気を付けます……」
「どこか見晴らしの良い場所でちょっと休もうぜ」
フジが周囲を警戒しながらアセビに近づく。
木々に囲まれた場所では、ファンガスがどこから来るか予想しにくい。休むなら見晴らしの良い場所を選ぶのは、当然のことである。
「この近くに神殿があるんだ。そこに行こう。廃墟になってるけどね」
「詳しいじゃないか」
「……色々あったからね」
「アセビくん、もし良かったらお話を聞かせていただけますか?」
神殿に向かいながら、アセビは例のスケルトン事件のことを話した。フジはゲラゲラと笑っている。アセビもつられて笑ってしまった。とても笑い話ですませられるエピソードではないのだが。
フクシアはただ、黙ってアセビの話を聞いていた。
「到着でーす! ここが神殿だぜー!」
「マーガレットちゃんのお友だちのお家だっけ? 」
再びアセビとフジがゲラゲラと笑う。ある意味フジの言うことは正しかった。だがもうお友だちはいない。デュラハンが殺した。
フクシアがむっとした表情で口を開く。
「もうっ! 笑い事じゃないですよ! 死ぬかもしれなかったじゃないですか!」
「ごめんごめん! あれはマジで死ぬかと思ったね。あっ、もしよかったらこれ!」
アセビがポケットからフルーツサンドを取り出す。彼はフジとフクシアに渡した。ふたりは物珍しそうに見つめている。
「お前こういうの作れるんだな」
「アセビくんすごいですね!」
「簡単なおやつならね。味は保証しないけどね」
フジがフルーツサンドを口にする。その瞬間目を見開き、ガツガツと食べ始めた。口内に広がる甘み。柔らかい食感。手作り感漂う優しい味わい。それらの要素が加わったことで、満足したらしい。あっという間に食べ終えてしまった。
フジは手を合わせて感謝の言葉を告げる。
「ごちそうさん。具はりんごだな? 美味かったぜ。なんかこう……懐かしい感じがした」
「懐かしい?」
フジが頷く。その目はどこか寂しげだったが、表情は優しさに満ちている。アセビのフルーツサンドを気に入ったのだろう。
一方フクシアは食べようとしない。フルーツサンドを手に持ったままだ。
「フクちゃんもしかして、こういうおやつ嫌い?」
「好きですよ! でも食べるのがもったいなくて……このまま持って帰ろうかな」
「えっ!? 食べないと腐るよ!?」
「それでもいいかなって……」
「マジっスか」
フジがフクシアのパンを物欲しそうに見つめる。彼女はそれに気付き、体の後ろにサッと隠した。
フクシアはフジに向かって舌を出す。
「あげないから!」
「フク、半分だけでいい。食わないなら俺にくれよ。正直物足りないんだ」
「大切に食べなかったフジが悪いんじゃないかな!」
「300イーサンでどうだ?」
「ダメ! 絶対あげない!」
フジが顎に手を当てる。目を細め、フクシアを見てニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
どうやらこのままおとなしく引き下がるつもりはなさそうだ。
「ならそうだなぁ」
フジはフクシアの背後に素早く回り、手からフルーツサンドを奪いとった。流れるようにアセビに手渡し、フクシアを羽交い締めにした。
「ちょっと! 離してほしいかな!」
フクシアは必死に暴れるが、フジは決して離そうとしない。暴れても無駄なことを理解したらしい。フクシアは抵抗を辞めておとなしくなった。
「……早く離して」
「もったいねえなー。かなり美味いのになー。腐ったら食べられないなー」
お手本のような棒読みだった。1周回って感動的である。
フジはわざとらしく手をぴしゃりと叩く。
「あっそうだー。アセビ、フクにそれ食べさせてあげてくれないか。このままお前のフルーツサンドが腐るのを見てられないんだ。もったいないだろ」
「えっ……アセビくんにそんなこと……!」
等と言いつつ、フクシアは期待の眼差しをアセビに送っていた。目は正直にものを言うとはこのことである。
アセビが渡されたフルーツサンドを、フクシアの口元に持っていく。
「あまり味に期待しないでほしいけど」
「あ、あーん……」
アセビはフクシアの口にフルーツサンドを入れた。美味しそうに、パクパクと勢いよく食べている。
フクシアの満足げな表情を見て、アセビは心からほっとしていた。味に問題はなかったらしい。
「ははっ、そんなに急いで食べなくてもあっフクちゃんそれオレの指だから、噛んでるから」
「すごくおいしかったです! 確かに懐かしい味がしたなぁ……ごちそうさまでした!」
フジがフクシアの拘束を解いた。満足そうに感想を語る姿が面白かったのか、ニヤニヤとしている。
自由の身となったフクシアは、フジをじろりと睨み付け、小さな声で呟いた。
「……ありがと」
「貸しひとつだからな」
「それにしても、ふたりにフルーツサンド喜んでもらえて良かったぜ! 」
フクシアがさり気なくアセビの手を握る。満面の笑みを浮かべていた。
「きっと、アセビくんの気持ちがこもっていたからおいしかったんじゃないかな!」
「言いにくいけど、残り物で作ったんだよね……」
「わたしも負けてられないな。アセビくんの優しさ、確かにおいしくいただきました!」
「優しさ入ってたかなぁ……? 残り物なんだけど」
フジはアセビとフクシアの会話を見て、笑いを堪えていた。温度差があまりにも激しすぎたのだ。
フジはゆっくりと立ち上がり、ふたりに背中を向けて森へと歩き出した。
「お前たちは休んでていいぞ。あとは俺だけでやる」
「そういうわけにはいかないさ。オレも行くわ」
「なら、別れるか? 今日はできるだけ早く仕事を終わらせたいもんでね」
「できるだけ?」
フジの意味深な言葉に、何かを察したフクシアがにこりと笑った。アセビの背中をぐいぐいと押す。
「フジならひとりでも大丈夫なんじゃないかな」
「そう? なら、しばらくしたらこの神殿に集合ってことで」
「構わんよ」
フジは神殿を出て森の奥へと入っていった。指を鳴らしながら進んでいく。気合十分といった様子だ。
アセビとフクシアは反対方向に進んだ。その方が効率が良いと判断したのである。
アセビが振り向くと、もう既にフジの姿は見えなくなっていた。




