ふたりの黒い冒険者 4
「ただいま」
「おかえり、待ってたわ」
マーガレットとルピナスとサツキが笑顔でアセビを出迎える。彼女たちは部屋を自由に歩き回れる程度には回復していた。
アセビが急いでリンゴをカットする。薬と食パンも忘れない。
「ごめんな。薬が値上がりしててさ。ジャムパン買えなかったわ。安物の食パンだけど勘弁してくれよな」
「……ごほ……大丈夫。アセビありがとうね」
「ありがとう。お前には感謝している」
「仲間だからな。じゃあみんなで食事にしようか」
全員がテーブルに向かい、椅子に座る。
アセビは女子たちの容態を聞きながら、自身もりんごを食べた。彼女たちの顔色は良くなっており、ルピナスの咳も少なくなった。サツキも楽に呼吸している。
努力や頑張りは、無駄ではなかった。アセビはそう思うのだった。
ふとマーガレットに視線を向ける。彼女はうつむいていた。
「マーガレット……? 食欲ないのか?」
「えっと……」
マーガレットの目の前に置かれた皿には、まだ食パンとりんごが残っていた。食いしん坊の悪魔にしては珍しいことである。
マーガレットは気まずそうに答えた。
「ごめんなさい……その……りんごちゃんは……ちょっと飽きてきたかなって……」
「あれ? お前りんごちゃん好きじゃなかったっけ」
「大好きよ……でもその……毎日は……」
マーガレットは気まずそうに、チラチラとアセビを見つめる。舌が肥えてしまったのだろう。野菜スープとパンの耳だけで、満足できていたころとは違うのだ。
サツキが眉を潜める。不届き者やモンスター以外には優しい表情を見せるが、マーガレットを見つめるその目は鋭かった。心なしか、ルピナスも冷めた表情を浮かべている。
「マーガレット。アセビは私たちのために毎日必死に働いてくれているんだ。わかるな?」
「う、うん……」
「……流石にひどいと思う」
「言われてみればそうだな。オレお前たちに、同じものばかり食わせてる……それにマーガレットは普通のパンじゃなくて、ジャムパンが食べたいに決まってるじゃないか。疲れてんのかな。気づかなかったわ」
アセビがマーガレットの皿に残されたりんごと食べかけの食パンを見つめ、呟く。
ルピナスがアセビの腕を掴んだ。
「ごほっ……ぼくりんごさん好きだよ! アセビ、いつもぼくたちのためにありがとう」
「食生活片寄ったら体にも良くねえしな。お前たち、ごめんな。明日は別の何か買ってくるわ」
ルピナスの声は届いていない。
アセビはそっとテーブルを離れる。
「アセビが謝ることは何もない! お前は私たちのために働いてくれているんだ! 感謝してもしきれないぐらいだ! マーガレット! アセビに言うことがあるだろう!?」
「あの……アセビ……」
アセビは女子たちに背中を向け、マーガレットの食べなかったりんごと残した食パンを棚に戻していた。表情は見えない。怒っているのか、悲しんでいるのか。それは誰にもわからない。
アセビが振り返った。
「明日のご飯はパイナップルとクッキーでいいか? 予算が足りてたらの話だけどな! ははっ!」
アセビは笑顔だった。その顔を見てマーガレットは安堵する。怒っていないのだ、と。
しかしルピナスだけは胸騒ぎを覚えるのであった。
その日の夜。
アセビはベッドの上でなかなか寝付けずにいた。疲れは溜まっているのだが、いくら横になっても眠れなかったのだ。恐らく白い悪魔のせいだろう。
「……明日も早いのになぁ」
アセビはなかなか寝付けない自分に苛立っている。早く寝たいと思えば思うほど脳が覚醒していく。
アセビは気休めに外の空気を吸おうと思い、部屋を出ようしたが、小さな声が聞こえた。扉の前で聞き耳を立てる。
「ごめんなさい……あたし……アセビに……ひどいこと言ったわね……」
「……明日アセビにしっかり謝るんだぞ」
「ごほっ……マーガレット……大丈夫。アセビは優しいから……ごほっ……」
女子たちが反省会をしている。アセビは部屋を出るのを諦め、再びベッドで横になることにした。
自然とため息が出る。アセビは見返りを求めて病人の世話をしているわけではない。純粋な気持ちからの行動だ。しかしマーガレットの心無い言葉と対応が、胸にしこりを残してしまったらしい。
何もかも、どうでもよくなりつつあった。何もかも。
「ダルいな……」
結局アセビは一睡もできなかった。
眩しい光が部屋に差し込んでくる。朝が来てしまったのだ。アセビは仕方なく起きることにした。
「そうだ。マーガレットの食わなかったこれ……」
アセビは棚に戻した食パンとりんごを取り出し、それらを器用にカットした。パンに砂糖を塗り、りんごを挟む。簡単なフルーツサンドのできあがりである。
「アセビ、おはよう」
「おはよう、サツキも早起きだねぇ!」
アセビが振り向くとサツキが立っていた。もじもじとしており、何か言いたげな表情である。
アセビはテーブルにフルーツサンドを並べる。
「残り物で悪いね! 良かったらこれ食ってくれ。味は保証しないけどな。ヘヘッ」
「ありがとう。みんなといっしょにいただくよ。それとその……昨日のことなのだが……」
「ああ任せとけって! ただお前の好きな和食の材料は流石に買えないかもなぁ。じゃ、ちょっと早いけど行ってくるわ!」
「アセビ! 聞いてほしいことが……!!」
サツキの言葉をスルーして、アセビは部屋を出ていってしまった。ここにいるより、自分を認め温かく迎えてくれた者たちに、早く会いたいと心の底では思っているのかもしれない。
何かが失われつつある。それはきっと、大切なものだったはずだ。アセビは言葉にできない感情を胸に抱えたまま、冒険者ギルドへと急いだ。
「げえっ! フジもフクちゃんも早いな!? オレ昨日より早く宿を出たんだけど!?」
冒険者ギルドの入り口で、チームを組んだふたりが待っていた。フジは腕を組みながら壁にもたれかかり、フクシアはアセビを見るなり笑顔を浮かべて手を振る。
「フクがお前に会いたいから、早く行こう早く行こうってうるさくてな。おかげで朝食も食えなかったぜ」
「いつも余計なこと言うんだから!」
「ははっオレも早くフジとフクちゃん会いたかったところだぜ。実は朝食まだ食べてなくてさ! オレが奢るから、ふたりとも何か食べてから仕事しようぜ!」
「気前がいいじゃないか」
「もうっ、割り勘に決まってるでしょ!」
アセビはフジとフクシアを見ると、胸が温かくなるのを感じていた。仲良く3人で談笑しながら食堂へと向かう。
受付の大男は、その様子をどこか心配そうに見つめているのであった。




