ふたりの黒い冒険者 2
「みんなおとなしくしてるんだぞ~」
翌日。
アセビは朝食の準備を終えると、マーガレットたちに声をかけた。
薬が効いたのか、女子たちは昨日よりも顔色が良くなっている。それでもまだ仕事に復帰するのは難しいだろうが。
アセビは全員の健康状態を確認すると、急いで部屋を出て宿屋を出た。
「アセビ……苦労かけるわね……」
「……ごほっ……早く治らないかなあ……」
「情けない……」
女子たちはそれぞれの顔を見合わせ、大きくため息をつく。
天気は晴れており、優しい太陽の光が部屋を照らしていた。しかし問題児たちの心は曇っていた。
アセビは冒険者ギルドに向かっていた。もちろん今日も、ファンガス掃討の仕事をするために。
アセビはすれ違う冒険者集団を一瞥する。恐らく彼らは今からファンガスを倒しに行くのだろう。
同じ仕事内容でも、たったひとりで行うのと、大人数で行うのでは負担が全然違う。アセビは小さくため息をついた。
「よぉ、今日もひとりかい?」
「そうっスね」
「そっか。頑張れよ」
アセビは他のチームに混ぜてもらうことも考え、粘り強く交渉したこともあったが、受け入れられることはなかった。
アセビは問題児集団のリーダー、お世話係と冒険者たちに思われている。お世辞にも、印象が良いとは言えない。そのせいで、他の冒険者たちからあまり関わり合いになくないと思われているのだ。
アセビ自身は、特に問題行動を起こしたことはないのだが。完全な風評被害である。
しかし今は厳しい現実を受け入れて、前に進むしかないのだ。働けない問題児のためにも。
「えっとファンガス退治はっと……今日もあるな」
アセビは掲示板の前で、ファンガス退治の依頼書を見てため息をつく。心の底ではもう戦いたくない、働きたくないという思いがあったのだ。本人は気づいていなかったが。
「……お仕事頑張らないとねぇ……」
アセビがボソリと呟くと、肩を軽く叩かれた。振り向くと、長身の青年が立っていた。炎のように赤い高価そうなローブをまとっている。尖った形をした特徴的な茶色の前髪の下には、全世界の男たちが羨むような顔がくっついている。
謎の美青年は髪を指でいじりながらアセビを見つめ、ニヤリと笑った。
「お前、アセビだよな?」
「あんただれでしたっけ」
今度はアセビが青年の顔をじっと見つめた。彼は前髪をかきあげ、ゲラゲラと笑いだす。
「ワハハ! 俺はお前と話すのは始めてだったな! 悪い悪い。俺はフジ! フジ・サンマークだ。アセビ、よろしくな」
「知ってるみたいだけど一応自己紹介しておくぜ。オレはアセビ・ワビサビーだ。よろしく」
「もちろん知ってるさ。有名人だからな。ワイバーン倒したんだろ?」
「違う意味でなら有名人だなぁ」
フジがまたゲラゲラと笑う。確かにアセビはクレマチスで有名人だ。問題児たちのお世話係という意味で、だが。
「気に入ったぜ、お前面白いな。アセビ、ちょっと付き合ってくれないか? コーヒーぐらいなら奢るぜ」
「オッケー。じゃあちょっとだけ付き合うよ」
フジがアセビに熱々のコーヒーを手渡す。初対面の人間に奢って貰うのは抵抗があったのだが、すぐに切り替えた。今度は自分が奢れば、貸し借りはなしだと思ったのだ。
ふたりの青年はコーヒーを片手に、冒険者ギルドの食堂に移動した。
「時間を取らせて悪いな」
「気にするなって。それより、オレに何か用事があるんだろ?」
フジはコーヒーを1口飲み、アセビにじっと視線を向ける。どこか期待の込められたものだった。
「嫌なら別に断ってくれてもいい。どうだ、俺とチームを組まないか? 何なら短期間でもいい」
「フジとチームを?」
「ああ、どうだ?」
アセビからしたら願ってもないことである。
これまで多くの冒険者たちにチーム入りを断られてきた。しかし目の前の青年は、アセビをスカウトしたいと言っている。
フジの実力は未知数だが、仲間がいれば確実にファンガス退治の負担は減るだろう。
「オレからしたらめちゃくちゃありがたいけど。本当にオレで良いのか? 大した戦力にはならないぞ?」
「ああ、問題ないぜ! 俺とチームを組むって解釈でいいか?」
「もちろん! 短期間でいいなら!」
フジが勢いよく手を差し出した。アセビは力強く握り返す。期間限定のチームが結成された瞬間だった。
アセビは頭をかきながら、嬉しそうに笑う。
「本音で言うとマジで嬉しいわ。フジ、お前が救世主に見えるぜ!」
「大げさな奴だな。それとすまん。実は仲間がひとりいてな。そいつも呼んでいいか?」
「おう、構わないぜ!」
「サンキュー! おーい!」
フジが食堂の奥にいる人物に手を振る。赤いローブを身にまとった人物が、小走りでテーブルに近づく。
少し幼い顔立ちをした茶髪のショートヘアの少女だった。
「あれ……? 君は確か……」
「嬉しい。覚えていてくださったんですね! わたしはフクシア。フクシア・クローバーです。よろしくお願いしますね、アセビくん」
クレマチスに来たばかりで、右も左もわからないアセビが、最初にお世話になったのがフクシアだった。忘れようにも忘れられない。
フクシアもフジ同様手を差し出した。アセビがそっと握り返す。こうして、3人のチームが結成されたのであった。
フジだけでも嬉しいのに、さらにフクシアまで仲間になってくれたのだ。アセビは感動して体を震わせていた。
「ありがてぇ……あったけえ……」
フジが肩をすくめながら苦笑した。
「大げさな奴だな。最近ひとりだっただろ? フクがアセビのことをずっと心配しててな。そこで俺が提案したんだ。アセビが悪い奴じゃなさそうなら、チームに誘おうってな」
「もうっ! 余計なこと言わないでほしいな! アセビくん、忘れてくださいね!」
フクシアが顔を赤くし、照れ隠しにフジの肩をポカポカと叩く。どこか小動物じみた仕草に、アセビの心は癒された。
フジもフクシアも、今のところは人格に問題がなさそうな人間に見える。良いチームになるとアセビは確信した。
「フクちゃんの期待に応えないとなぁ」
「アセビくんまで! 本当に忘れてくださいね!」
「まー、気楽にやろうぜ……クク」
「それで、早速なんだけど……」
3人は話し合い、ファンガス退治の依頼を受けることにした。アセビは受付の大男に向かって声をかけた。フジとフクシアという仲間のおかげか、心にゆとりが生まれたのだろう。声が弾んでいる。
アセビの新たな物語が始まろうとしていた。




