ふたりの黒い冒険者 1
「切りがねえなこりゃ……」
蒸し暑い森の中で、アセビが額の汗を拭う。
足元には、切り裂かれたモンスターの死骸が転がっていた。
カビ臭い不快な臭いが、アセビの鼻を刺激する。振り向くと、目の前には彼の身長を超えるモンスターが現れた。
キノコに似た容姿のモンスター、ファンガスだ。動きは遅く力も弱いが、毒の成分が混ざった胞子をばらまく個体も存在する。油断大敵なモンスターと言えよう。
「くそったれめ!」
アセビは目の前のファンガスを一撃で切り裂く。死骸を一瞥すると、そのまま逃げるように森を出た。
アセビの本日の仕事は、ファンガス退治。ノルマは30体だ。なかなか骨の折れる仕事である。
しかしまだまだ森にはファンガスがいるのだ。倒しても倒しても切りがない。
顔なじみの冒険者たちが、次々と森に入っていくのが見える。彼らもまた、ファンガス退治の仕事をしにきたのだろう。
アセビは軽く手を挙げて挨拶した。
「おっす。森がキノコの楽園になってるぜ」
「お疲れさん。楽園を破壊してくるわ」
「みんなもがんばってね……」
すれ違う冒険者たちと会話を交わし、アセビはたったひとりで冒険者ギルドに向かった。
それは3週間前。
大雨が続いた影響で、森にファンガスが爆発的に増えてしまった。このままでは、キャラバンや旅人が襲われる可能性がある。そのため、彼らからクレマチスの冒険者たちに声がかかったのだ。森にいるファンガスを全員討伐してほしい、と。
当然アセビ一行も積極的に参加した。報酬とクレマチスの治安維持のために。
しかしもう全員でファンガスと戦うことはなかった。
たったひとり、アセビだけが戦わなけれはならなくなったのだ。
「おっちゃん終わったぜ……」
「おう、お疲れさん!」
冒険者ギルドに戻り、アセビは大男から報酬を貰う。
袋の中身を確認し、その中から100イーサンを大男に渡した。彼は貰った金をポケットに入れ、心配そうな表情を浮かべる。
「アセビ、お前さんちょっと疲れが見えるな。明日は休んでいいんじゃないか? ひとりじゃきついだろ?」
「はは……まー、大丈夫さ。それよりおっちゃん。本当にありがとう。おっちゃんがいなかったら……」
「気にするな! 俺たち冒険者ギルド運営としても、お前さんやその仲間に助けてもらってるしな! マーガレットたちによろしく言っておいてくれや」
アセビは急いで冒険者ギルドを出て薬屋を訪れた。人混みをかき分け、店の奥へ進んでいく。
アセビは目当ての薬の値段を見て驚いた。通常の価格よりも圧倒的に高くなっていたのだ。
「この値段マジっスか!? この間まで400イーサンだったっスよね!?」
「ほら、今森にキノコがいるだろ? あいつらのせいで仕入れ値も上がっていてね……」
「そう……なんスか……」
店主の男は申し訳無さそうに答える。責めてもどうにもなるまい。アセビは黙って金を払い、目当ての薬を複数購入した。
ファンガスが爆発的に増えたせいで薬は高騰しているようだ。今回の依頼で得た報酬は、ほとんど無くなってしまった。
「……帰ろう」
アセビはため息をつき、街外れにある綺麗な木造の建物へ入った。ここは冒険者ギルドの宿である。ほとんどの部屋は、関係者たちが押さえている。宿泊費が安いため、実質ずっと寝床として扱っている者も少なくないらしい。
アセビが広いロビーを見回すと、椅子に座って談笑している身なりの良い人間が複数いるだけだった。利用者のほとんどは、食事に出かけているか、すでに部屋でゆっくりと休んでいるのだろう。
アセビはカウンターへ向かった。
「どうも」
「おかえり」
「約束の金っス」
アセビは愛想の悪い受付嬢に向かって、100イーサンを手渡す。彼女は表情を変えず受けとった。
受付嬢は髪の毛をくるくると指に巻き付けながら、アセビの顔を見ずに話しかけた。
「みんな元気そうだったねぇ。いや、元気ではないんだろうけど」
「ありがとう。今日も助かったっス」
「これ持っていきな」
受付嬢はアセビに向かってガラス瓶を投げる。中身は酒だった。疲れたら飲めということだろう。
アセビが受けとったのを確認すると、話は終わりと言わんばかりに、受付嬢は読書をし始めた。
「大切に飲ませてもらうっス」
「ん」
愛想は悪いが、根は悪い人間ではないのだろう。
アセビはお辞儀をし、木で作られた階段をゆっくりと上っていった。
「ただいま」
「あっ……おかえり……ゴホッゴホッ……」
アセビが奥の部屋に入ると、顔を赤くしたマーガレットが出迎えた。咳をして体を擦っている。体調が悪そうだ。
アセビはマーガレットの肩を押して、そっとベッドに寝かせた。
「ほらほら、早くベッドで寝るんだよ。治るものも治らないからな」
「ぶ〜……でも眠たくないのよね……」
「食事用意するから待ってな」
アセビはりんごを食べやすいようカットし、皿に並べた。マーガレットの大好きなジャムパンも忘れずに。
食べ物といっしょに水と薬をトレイに乗せ、アセビはマーガレットのベッドに近づく。
「少ないけど今日の晩飯な。ちゃんと食べるんだぞ」
「食欲がないの……あまり食べたくないわ……」
「それでも食べないと」
アセビがマーガレットの口元にりんごを近づける。彼女は口を開けてゆっくりと食べ始めた。
ちゃんとりんごを食べるマーガレットを見て、アセビはほっと胸を撫で下ろす。
「おいしい……」
「他に何か食べたいものとかあるか?」
「食堂の……ステーキさん……と……お酒……」
「りんごな」
冗談を言える程度には元気らしい。1週間もすればよくなるだろう。
マーガレットがアセビの腕を掴む。目から熱い涙がこぼれ落ちた。
「アセビ……本当にごめんなさい……いつもあたし……」
「たまにはゆっくり休めばいいさ」
「アセビ……食べさせてほしいわ……あたしはか弱い病人なの……優しくしなさいよね……あ~ん」
「……お前本当は元気なんじゃねえの」
マーガレットは口を大きく開け、ここぞとばかりに甘えてきた。アセビはりんごとジャムパンを手で掴み、彼女の口に押し込んでベッドから離れた。
「ルピナス……お前が1番きつそうだな」
「……はぁ……はぁ……ごほっごほっ!」
アセビはルピナスのベッドに近づく。顔はりんごのように真っ赤になっていた。咳が止まらないらしく、苦しそうに顔を歪めている。
「ほら、お前もゆっくりでいいから食べな」
アセビが小さく刻んだりんごをルピナスの口元に近づけると、口を開き、数回咀嚼して飲み込んだ。
「……ごほっ! ごほっ!」
「苦しいし食べたくないかもしれないが、今はがんばって食べような。薬も苦いけど飲むんだぞ。ほら、もう1回口開けな」
「……うん」
ルピナスは頷き、口を開けた。アセビはゆっくり薬と水を飲ませる。ルピナスの顔は赤いが、少しは落ち着いたらしい。ぎこちない笑みを浮かべている。
アセビは微笑み返し、ルピナスの頭を撫でると、ベッドからそっと離れた。
「サツキ、どうだ調子は」
「あぁ……はぁ……はぁ……大丈夫だ……フフフッ……」
「いやお前どう見ても大丈夫じゃないだろ」
サツキは上手く呼吸ができないらしく、息苦しそうに胸を押さえている。アセビに少しでも心配をかけないようにするため、元気に振る舞おうとしていたが、空元気もいいところだった。笑みを浮かべているが、明らかに無理しているのが見て取れる。
「はぁ……はぁ……マイグレインだったか……? アレを私にかけてくれないか? 苦しさと痛さが合わされば逆に楽になれるんじゃないかなと……思っているのだが……フフフッ……」
「それ違う意味で楽になるやつだよね」
「フフフッ……」
アセビは、普段見せないサツキの弱々しい姿に心を痛めていた。少しでも早く元気になってもらいたいと思いながら、サツキの口元にりんごを持っていく。しかしなかなか食べてくれない。
「……うむ」
「食欲ないんだろ? 食べたくないのはわかるが、それでも食べてくれ。薬も効くに効かないぞ」
「いや食べたくないわけでは……ないのだが……その……年下の男の子に……はぁはぁ……食べさせて貰うのは……恥ずかしいというか……」
「誰も見てえねえしそんな気にすることかよ! ほら早く口開けな!」
サツキは頬を赤くし、口を開けた。どうやら観念したらしい。
アセビがサツキの口にりんごを入れる。彼女はゆっくり味わって食べ、両手で顔を覆う。
「駄目だ……恥ずかしくて……死にたい」
「いや死ぬことはねえだろ。食べ終わったら薬も飲もうな。ほらもう1度口開けな」
「アセビ……さっき……はぁ……マーガレットにりんごとパンを食べさせていたな……はぁ……ああいう風に……無理矢理……食べさせてもらえないだろうか……きっと調子が良くなる気がする……フフフッ」
「重症ですね……これは……」
女子たちは仲良くベッドの上にいた。全員体調が悪く、まともに動くこともできそうにない。何故ならファンガスとの戦闘中に、毒の成分の混ざった胞子を吸ってしまったからだ。
アセビは運良く吸わずにすんだため、病に冒されることはなかった。普段と変わらぬ様子だ。
しかしアセビは、たったひとりで問題児たちの薬代と食事代を稼がなければならなくなった。孤独な戦いに身を投じることになったのである。
「疲れたな……」
思わず本音が漏れた。たったひとりでファンガスを退治するのは緊張感が伴う。体力も激しく消耗する。
帰ったら病人たちの看病。肉体的にも精神的にも疲れるに決まっている。
そんなアセビを不憫に思ったらしい。冒険者ギルドの大男が、宿を1泊100イーサンという値段で貸してくれると言ったのである。
それだけでなく、愛想の悪い受付嬢が、1日2回マーガレットたちの様子を見てくれると約束してくれた。アセビ一行は最悪の状況にいるが、至れり尽くせりの援助を受けられることになったのである。
自分は回りの人間に恵まれた。アセビは心の底からそう感じるのだった。
「もう寝るか……」
アセビは個室のベッドに倒れこんだ。ここ数日、ずっと朝から晩まで働き詰めだった。体力も精神も限界が近い。
薬草の採取、畑仕事、清掃では薬代は賄えない。掲示板に貼られる依頼書はファンガス退治ばかり。キノコ狩りを続けるしかないのだ。
アセビはベッドの上で睡魔に襲われそうになっていたが、小さな声が耳に届き、脳が覚醒する。
「アセビ……あ、頭が……痛いわ……」
「ごほっごほっ! ごほっ!」
「お前たち大丈夫か……? 私がアセビの代わりに……はぁ……はぁ……」
アセビはベッドから勢い良く起き上がった。
「待ってろよ! 今そっち行く!」
アセビは女子たちの元へ急いだ。心穏やかに落ち着いて眠ることはできない。数時間ごとに起こされてしまうからだ。
アセビの心安らぐ場所は、どこにもなかった。




