犬によく吠えられる人っているよね 4
「ただいまー!」
「おかえり。遅かったじゃないか。心配したぜ」
火の前で、アセビがほっとした表情を浮かべる。女子たちがなかなか戻ってこないから心配していたのだ。
そんなアセビの心など知らず、マーガレットはサツキに視線を送った。その目は言っていた。地図を見せて驚かせてあげましょう、と。
「アセビ、いいものを見つけたぞ」
サツキが地図をアセビに渡す。目を大きく見開いて驚いている。
「すげぇ! お手柄じゃないか! これどこで見つけたんだよ!?」
「館があったのよ! そこに地図があったの!」
「わんわんもいたんだよ」
「ちょっと気になるな……」
「じゃあみんなで行きましょ」
アセビ一行は全員で館に行くことにした。
アセビが火を消すと、マーガレットが腕をぐいぐいと引っ張る。間接的に名誉挽回できたことを喜んでいるのかもしれない。実際マーガレットが館に気づかなかったら地図は発見できなかっただろう。そう思うとお手柄と言ってもいいかもしれない。犯した罪は消えないが。
「ここか……ちょっと不気味だな」
「夜だからそう見えるのよ」
再び館の前に戻った。
宿代わりにするためではない。この方が都合がいいのだ。
アセビは全員に見えるよう地図を広げた。指でなぞりながら口を開く。
「館がここだろ? ならここを中心にこうやって移動すれば……クレマチスに到着だ!」
「ふ〜ん、この道に繋がってるのね。でもやっぱり普通に歩くと少し遠いわね。あの穴でショートカットできたらよかったのだけれど」
「そこは根性だな。ちょっと遠いけど、歩いていればいずれクレマチスには戻れる。頑張ってくれ」
「あっ、わんわんが起きてるよ」
例の黒い生物はルピナスを確認すると、彼女に近づきしっぽを振った。
「あはは……ぼくって虫さんやわんわんには好かれやすいのかな……?」
「お前優しいからな。虫も犬もそういうのわかるんじゃないか?」
ルピナスは顔を赤らめた。
それを見たマーガレットが、得意げな顔で黒い生物に向かって手を出した。
黒い犬は鋭い眼光で睨んでいる。
「お手!」
黒い生物がマーガレットの手に噛みつく。千切れるのではないかと錯覚するほどの激痛だった。
「いやぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
マーガレットは泣き叫び、アセビの背中に隠れた。
黒い生物は小バカにするかのごとく、軽く吠える。
「ワンッ」
「ワンッじゃねえわよ! 痛いじゃない! なによあのバカ犬!! 頭おかしいんじゃないの!?」
「犬も悪気があったわけじゃないさ。お前がいきなり手を出したから、びっくりしたんじゃないかな。多分」
「……本当にそうかしら?」
マーガレットは痛みで涙を流しながら、黒い生物を睨み付ける。彼は背中を向け、後ろ足で砂をかける真似をした。完全な挑発行為である。
マーガレットは拳を震わせ、悔し涙を流した。
「うぅぅ! アセビ! あたしの仇とりなさいよ! あのバカ犬、絶対許さないんだから!!」
「まぁまぁ……そう怒るなって」
「怒ってないわよ!!!!!!」
「怒ってるわよ」
黒い生物は欠伸をしながら、ゆっくりとアセビに近づく。マーガレットは恐怖で怯え、体を震わせていた。
アセビが黒い生物の頭を撫でる。彼は楽しそうに元気よく吠えた。
「ワンワンッ!!」
「ははっ! こいつ可愛いな!」
「は? 何なのこのバカ犬。ちょっとあたし意味がわからないんですけど? この扱いの差に然るべき場所に抗議したいんですけど?」
「わんわんは可愛いなぁ……サツキもこっちきて」
「私も?」
ルピナスは遠くで見守っていたサツキに向かってこっちに来てほしいと言わんばかりに手を振る。可愛い妹分の頼みだ。お姉ちゃんに断ることはできない。
サツキが黒い生物に近づく。頭を撫でてやると、先ほどと同じように元気に吠えた。
「ワンワンワンッ!」
「おお、可愛いな。見た目は禍々しいが、普通の犬と変わらないと見える」
「は? どういうこと? なんであたしには噛みつくのに? みんなには懐くわけ? 意味が? わからないんですけど? 誰か説明してほしいんですけど?」
「わんわんは可愛いなぁ」
ルピナスとサツキが黒い生物の背中を撫で回すと、上機嫌でしっぽを振っていた。
その一部始終をマーガレットは見つめていた。不満と怒りの感情が爆発したらしく、頬を風船のように膨らませている。
アセビは苦笑いしながらマーガレットを落ち着かせるように肩を握る。
「どうどう。そう怖い顔するなよ」
「アセビ言ったわよね? 虫や犬は優しい人がわかるって……言ったわよね?」
「ちょっと記憶にないっスね」
マーガレットがぐいぐいと詰め寄る。怒りの矛先はアセビに向けられていた。理不尽な話である。
「あたしが優しくないってことかしら?」
「多分そうなんじゃないかしら」
その後、アセビは泣き喚くマーガレットをなだめるのに1時間以上費やした。
嘘をつくのが優しさなのか、本当のことを言うのが優しさなのか。それは誰にもわからない。
ただひとつだけわかることがある。黒い生物は、マーガレットのことを嫌っているということだ。
「いや、館には入らないでおこう」
「なんで!? ふかふかベッドさんあるわよ!?」
アセビは館に入るのを拒否した。首を振っている。
マーガレットは驚きを隠せない様子だ。この世の終わりのような顔で口をあんぐりと開けている。
ルピナスとサツキは、黙ってアセビの意見を聞くことに集中していた。
「誰も住んでないとはいえ、やっぱ勝手に泊まるのはまずいと思うんだ。柵に囲まれてるから安全だし入り口の前で野宿しようぜ」
「本来家主の思い出の場所を踏み荒らしていいはずがないからな。全てが解決したら、みんなで再びここに来ようじゃないか。お礼として館の回りを掃除しよう」
「……ぶ〜」
マーガレットは不満げだが頷いた。諸悪の根源にワガママを言う資格はない。流石のマーガレットもそのことは理解しているようだ。
アセビたちは仲良く横になり、一夜を過ごした。
翌日。
相変わらず霧が深く視界は悪い。しかし脱出の希望があるため、全員昨日より心は晴れやかだった。
「よし、行きますかね!」
「おー!」
「わんわん、またね」
「気をつけて行こう」
アセビ一行は地図に従い進み続ける
生い茂る木々。雑草すら1本も生えていない荒れ果てた大地。流れの強い深い川。広い大草原。それらを乗り越え歩くこと数時間。
アセビ一行は無事、見慣れた森へと戻ることができたのであった。少し歩けば目的地のクレマチスへと到着する。
アセビは肩で息をしながら、夜空を見上げた。
「とりあえず……なんとか帰ってこれたな……」
「冒険者ギルドに今回の仕事の報告をしよう。食事や休憩はそれからだ……」
アセビとルピナスとサツキは疲れきっており、空腹だった。重い足取りで冒険者ギルドを目指す。
しかしただひとり、マーガレットだけは元気だった。
「みんなお疲れ様! おじさんに報告したら早速ご飯にしましょ! お酒も飲みたいわ!」
「お前なんでそんなに元気なんだよ……あれだけの距離歩いたんだぞ……?」
「疲れたよぅ……お腹空いたよぅ……」
「私も少々疲れたよ……まだまだ修行が足りないようだな……マーガレットを見習わなくては……」
「えへへ!」
マーガレットは笑顔だった。誰よりも上機嫌で、笑顔だった。弾けるような、笑顔だった。
なぜならマーガレットは――
お読みいただきありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマーク、評価を何卒よろしくお願いします!




