ぼっちは自分を助けてくれた人を逃さない 2
「あなたもお金を稼ぎにクレマチスに来たのね。あたしといっしょじゃない」
「あぁ、出稼ぎだよ。少しでも家族にいい暮らしさせてあげたいんだ」
「やっぱお金稼ぐことって良いことよね」
「そりゃあ、働かないと生きてはいけないからね」
世間話を交わしながら目的地へ向かう。マーガレットいわく、ワイバーンの巣は、山岳地帯の奥にある洞窟にあるらしい。
クレマチスを出たときは昼だったが、すでに日は沈み夜になっていた。
アセビはモンスターを警戒しながら進むが、マーガレットは特に気にせず、ぐんぐん目的地へ向かって進んで
いく。
「ここよ! ここ!」
マーガレットが指差す先に、大きな洞窟があった。中は薄暗くて見えないため、ワイバーンがいるかどうかはわからない。
いよいよデビュー戦である。アセビは心地よい緊張感を覚えながら、息を大きく吐き出した。
「ほらほら早く! いっしょに行くわよ!」
マーガレットが大声を出して、洞窟の前で手を振っている。もし素の中にワイバーンがいたら、確実に見つかってしまう。
アセビは慌てて口元に指を当てる。
「しっ! 声が大きい! もしワイバーンがいたらどうするんだよ」
「その時は見つかってから考えるわ!」
マーガレットはそれだけ告げると、特に警戒する様子もなく奥へと向かった。
アセビは組む相手を間違えたんじゃないかと不安に思ったが、もう後戻りはできない。先を行くマーガレットのあとに続いて、音を立てないように、ゆっくりと洞窟に侵入した。中は薄暗く見晴らしが悪いため、隙間から入る月の明かりだけが頼りだ。
アセビがしばらく進むと、マーガレットの背中が見えた。彼女はきょろきょろと洞窟内を見回している。ワイバーンの爪を探しているのだろう。
「やっとマーガレットに追い付いた……あっ」
アセビが目を凝らして洞窟の奥を見つめると、黒いウロコ、大きな翼、長い尾を持つ生き物が寝息を立てていた。無論、ワイバーンである。
マーガレットは特に気にすることなく、しゃがみこんで爪を探している。度胸があるのか、それともただの愚か者なのか。アセビは前者であることを祈った。
「それにしても……でかすぎだろ……」
ワイバーンの目が覚めたら命はないだろう。
恐怖に支配されないよう、自分自身を奮い立たせ、アセビもワイバーンの爪を探すことにした。
「早く探さないと……」
アセビが息を潜めながら洞窟内を探索していると、足元がキラリと光った。音を立てないように拾う。それは表面が固く、美しい石のように見えた。
「これがワイバーンの爪なのかなぁ……?」
「うん! オッケー! それよそれ!」
気づけばアセビの隣に、いつのまにかマーガレットが立っていた。興味津々に覗き込んでいる。
アセビの手にした物は、ワイバーンの爪で間違いないらしい。思わずほっと胸を撫で下ろす。これを持って帰れば依頼は終わるのだ。
冒険者としてのデビュー戦は、緊張感があったが、無事に終わりそうである。
「最悪剥ぎ取らないといけないと思ってたのよね。落ちてたのはラッキーだったわ」
「いやいや剥ぎ取るのはまずいだろ。とりあえず早く帰ろうか。これで仕事は終わりだぜ」
アセビは小声でマーガレットの耳元でささやく。しかし彼女はニヤリと笑い、人差し指を左右に振った。
「待って! こんなんじゃ足りないわよ。ワイバーンの爪、もう少し持って帰りたくない?」
「おいおいおいおい。待て待て待て待て。1個持って帰ればいいんだろ……?」
「うん、そうね。でもワイバーンの爪、探せばまだありそうな気がしない? きっとたくさん持って帰ったら追加でボーナスがもらえるわよ!」
マーガレットはそれだけ言うと、四つん這いになって再びワイバーンの爪を探し始めた。
アセビは言葉を失う。無事任務は達成し、あとは持って帰るだけなのだ。それなのにマーガレットは帰らないとのたまう。欲を出して命を失うことになったら、それこそただのバカだろう。
しかし誰もマーガレットを止められない。バカは死ななきゃ治らないのだから。
アセビはボソリと呟く。
「ミスったわ。絶対組む相手ミスったわ」
アセビは白目で薄ら笑いを浮かべることしかできなかった。
マーガレットを無理やり連れ出そうとすれば、大声を上げて抵抗する可能性がある。その場合ワイバーンが目を覚まし、ふたりは仲良く胃袋にランデブーだ。
「は、早くワイバーンの爪を見つけてくれ……」
アセビの祈りが天に届いたらしい。
マーガレットは指を鳴らし、足元で光るものをさっと拾い上げた。ワイバーンの爪である。
マーガレットは感嘆の声を漏らし、瞳をキラキラと輝かせている。一見すると綺麗な爪を見つめる美少女なのだが、アセビには愚か者にしか見えなかった。急いでマーガレットの肩を掴み、耳に口を近づける。
「もういいだろ? これ以上はまずいって」
アセビが早口でマーガレットにささやく。彼女は満足したらしく、得意気な顔で親指を立てた。
「そうね、じゃあ帰りましょ!」
アセビはほっと胸を撫で下ろす。背後のワイバーンを一瞥し、冷や汗を拭うと、洞窟の出口へと向かった。マーガレットがあとに続く。彼女は鼻歌を歌いながら歩き出す。その時である。
「あっ!?」
マーガレットが足元の石につまずいてしまい、ずっこけた。盛大な音を立てて、ずっこけた。
「いったぁい! なんで石があるのよ!?」
マーガレットは立ち上がることを忘れ、涙を流しながら石に向かって怒鳴っている。それと同時に、ワイバーンの寝息が聞こえなくなった。
アセビは思う。まずいことになったのでは、と。
恐る恐る振り向くと、予想通りワイバーンが目を覚ましていた。鋭い眼光で睨んでいる。
「やっべ。怒ってるわ。絶対怒ってるわ。ばあちゃんがじいちゃんにマジギレしたとき、ああいう顔してたからオレわかるわ」
アセビは滝のように流れる汗を拭う。しかし拭っても拭っても止まらない。無理のない話だろう。ワイバーンは人間の命など、簡単に奪うことができるのだから。
もう小声で話す必要はない。アセビはワイバーンに視線を向けたまま、後ろでずっこけたマーガレットに向かって叫んだ。
「マーガレット、大丈夫か!? 立てるか!? 怪我はないか!?」
新人とはいえアセビは勇気ある青年である。女の子を見捨てて自分だけ逃げるという選択肢はなかった。
マーガレットを背負って強化魔法を使えば、もしかしたら逃げられるかもしれない。アセビは再度叫んだ。
「マーガレット、オレがストレングスを使う! 君は早くオレの背中に……」
1秒でも早く逃げなければならない。アセビは急いで背後に目を向ける。
おかしい。確かにマーガレットは先ほどまでそこにいた。確実にいた。間違いなくいた。だがもういない。
なぜいないのか。答えは簡単だ。マーガレットは音もなく、自分だけ逃げたのである。
「あのバカ女ァァァ!!!!」
洞窟にアセビの罵声が響き渡った。




