必要な不必要なもの 3
女子たちが買い物に出掛けたのを確認し、アセビは拠点の掃除を始めた。ゴミを1箇所にまとめ、食器を器用に磨く。
アセビは綺麗になった拠点を見て満足するが、そろそろ限界と思っていた。いつまでも年頃の女子たちを、野宿させるわけにもいかないだろう。
「芋虫。お前宿と家どっちがいいよ」
アセビがまとめたゴミを、芋虫がむしゃむしゃと食べていた。基本なんでも食べてくれるため、戦闘以外でも重宝されている。
芋虫はゴミを食べ尽くすと、アセビにゆっくり近づき答えた。
「資金次第っスかね? まとまった金があるなら家買うのがいいんじゃないスか? 帰れる場所があるっていうのは、精神的にも楽になると思うっス」
「安い家があればいいんだがなぁ」
「自分の巣に来てもいいっスよ? みんなで横になっても、のんびりできるっス。でも白頭巾ちゃんはきついかもしれないっスね。自分みたいな、でかい虫けらたくさんいるんでね」
それを聞いてアセビがゲラゲラ笑った。確かにマーガレットにはきついだろう。
アセビは芋虫の背中を撫でながら答えた。
「サンキュー! じゃあどうしても住む場所が必要になったら、お世話になります!」
「期待しないで待ってるっスよ。ちなみに木で作られた巣なんで、雨風ぐらいはなんとかなるっス」
「えっ、すげえじゃん。お前の家オレたちの拠点より豪華じゃん」
アセビと芋虫が家について語り合っていると、賑やかな声が聞こえてきた。マーガレットたちが買い物から戻ってきたらしい。
芋虫は再び黙った。やはりアセビ以外とは喋らないつもりのようだ。
「おかえり〜」
「ただいま~! サツキがご飯さん作ってくれるんだって! おやつだけじゃなくてお酒も買っちゃった!」
「フフフッ期待しないで待っていてほしいな」
「ぼくもちょっと手伝うね」
サツキが買ってきた包丁を研ぐ。その間にルピナスが野菜の皮を剥く。それを受け取り、サツキが器用に素早く包丁で野菜を切る。
アセビは目を奪われていた。
しかしいつまでも見とれていてはいけないと思い、自分のできることを優先する。
アセビは期待に胸を膨らませ、夜の焚き火に使用する薪を拾いに行くのであった。
「良い匂い!」
「早く食べたいなぁ」
アセビが薪を集めて拠点に帰還すると、すでに料理は完成していた。メニューは白ご飯、味噌汁、焼き魚の和食セットである。
マーガレットとルピナスは目をキラキラと輝かせ、じっと眺めていた。
「サツキが食堂でよく食べてるやつだよな」
「私の祖国ではこれが主食でね。クレマチスでは、あまり食べられていないみたいだが」
「一応食堂でも食べられるけど、サツキ以外で食べてる人は見かけないね」
「むぅ……残念だ」
クレマチスでは米や味噌は貴重品だ。仕入れ値が高いため、食堂で和食を頼むと、他のメニューと比べたら値段が高くなってしまうのだ。そのため、あまり人気がなかったのである。
「ねぇ! 早く食べましょ!」
マーガレットがアセビとサツキの背中を押す。もう待ちきれないという様子だ。
「いただきます!」
サツキの料理は期待以上の味だった。アセビたちは和食を食べるのは始めてだったが、皆心を奪われ、歓喜している。
サツキは照れくさそうに指で頬を擦った。
「こうやって食事をしていると、過去を思い出すよ。家族みんなで食べていたなって」
「ご家族? 弟くんとか妹ちゃんがいたの?」
「いたよ。いい子たちだった。私はキサヌキ家から追放されてしまったから、もうあの子たちとは会えないだろうがね」
「えっ!? どういうこと!?」
「教えてほしいかも!」
サツキは追放されたことを、マーガレットとルピナスに話した。隠していても仕方ないと思ったのだろう。
全てを知ったマーガレットとルピナスは、涙ぐんでいた。ハンカチで目頭を押さえている。
「やだ……悲しすぎるじゃない……」
「サツキが可哀想だよぅ……」
「むぅ……申し訳ない。せっかくの食事の場が暗くなってしまったな。忘れてほしい。さあ、ふたりとも。せっかくのご飯が冷めてしまうぞ?」
「そ、そうね!」
「う、うん!」
マーガレットとルピナスは、目の前の料理を次々と口に詰め込む。頼れるお姉ちゃんの悲しき過去が、衝撃的だったのだ。物悲しい空気に耐えられなくなり、食欲に身を任せようとしたのだろう。
アセビが料理を食べていると、マーガレットの視線を感じた。その目は言っている。もっと食べたい、と。
「……しょうがねえなぁ。ちょっとだけだぞ」
「ありがと! う~んおいしい!」
マーガレットはたった1口でアセビの料理をほぼ食らいつくしてしまった。恐ろしい口である。
当然アセビは憤慨した。
「お前ちょっとって言ったじゃねえか! ほぼ全部食ってるじゃねえか!」
「えへへ!」
「えへへじゃねえよブン殴られてえのか」
アセビとマーガレットの独特なコミュニケーションを見て、ルピナスが口元を押さえて笑いを堪えた。
サツキは手を叩いて笑っている。仲の良い兄妹がじゃれ合っているとでも思っているのだろう。
楽しい食事はあっという間に終わった。
アセビ、マーガレット、ルピナスは満足げな表情だ。
サツキは可愛い弟分と妹分のために、また和食を作ろうと心に誓うのであった。
アセビは食後のコーヒーを作るため、お湯を沸かしていた。薪をかまどに入れ、火をつける。
「さて……ルピナスもいっしょに飲むか?」
「ううん。ぼくはアルコールにする」
アルコールという言葉にアセビが大きく反応する。マーガレットもだ。
サツキを見ると、その手には酒瓶が握られていた。アセビとマーガレットの脳裏に、鬼が過る。
「ちょっと待てぃ!」
「ストーップ!」
アセビはサツキを羽交い締めにし、マーガレットは酒瓶を奪って足にしがみつく。絶対に離さないという、強い意思を感じさせる。
サツキはふたりの行動に驚き目を丸くすると、くすりと笑ってそのまま手を上げた。抵抗の意思がないことを主張している。
ルピナスは困惑しておろおろとしていた。
「ふ、ふたりともどうしたの……?」
ルピナスは見ていない。
目の前の誰よりも優しいお姉ちゃんが酒を飲み、鬼になったところを。
目の前の誰よりも優しいお姉ちゃんが酒を飲み、全てを破壊しつくしたところを。
「サツキ! お前今酒を飲もうとしたな!?」
「ダメ! 絶対!」
必死なアセビとマーガレットが面白かったのか。サツキはニヤニヤと笑っていた。
マーガレットが恐る恐る語りかける。
「ねえサツキ? お酒辞めましょ? あなたを暴走させたあたしが言う資格はないと思うのだけれど。やっぱりお酒はよくないって思うの」
「オレもそう思うの」
「そうかそうか」
アセビとマーガレットが拘束を解くと、自由になったサツキは伸びをし、酒瓶に視線を送っていた。
説得は無意味に終わった可能性が高い。
「お前たち、大袈裟だぞ。私は少しお酒を飲もうとしただけだ。まー、ふたりに無理やり力で押さえ込まれるのは……悪くなかったがね。フフフッ」
「ちょっとサツキさん。新しい扉開いてる場合じゃねえんですよ。刀振り回す鬼見たことありますかね。それはもう恐ろしいものでしたよ」
「ふむ……それは確かに恐ろしいな」
「お前のことなんだけど」
マーガレットはサツキの暴走したあの日の夜を思いだし、青ざめる。寝起きの芋虫以上のトラウマになっていた。
鬼を再び目覚めさせないようにするのは簡単だ。酒を与えなければいい。
しかしサツキは諦めていなかった。唇を尖らせて不満げである。
「むぅ……私も責任を感じているのだぞ? だから苦手なお酒を少しでも克服したいんだ」
「サツキ……」
「少しずつ慣らしていけばいつかはきっと……」
サツキの想いは本物だった。みんなに迷惑をかけたくないのだ。
酒を飲みたいから飲むわけではないのだ。多分。
これまで黙っていたルピナスが口を開く。
「ねえ、みんなでサツキを応援しようよ……きっとサツキなら大丈夫だよ……多分」
ルピナスの曇りない瞳はサツキを信じていた。
アセビとマーガレットが顔を見合せ肩をすくめる。
コミュ障でマイナス思考なルピナスに、前向きなことを言われたら、もう信じるしかないのだ。
マーガレットが酒瓶を渡すと、サツキはそれを受け取り木のコップに注ぐ。
誰もが確信していた。酒を飲んでも大丈夫、と。
サツキは一気に飲み干した。
「……大丈夫だよな?」
アセビに尋ねられサツキは頷く。顔が少し赤くなっていたが、異常はなさそうだ。
サツキは体が熱くなるのを感じていた。酒を飲んだからではない。
仲間が自分を信じてくれたことが嬉しかったのだ。
「フフフッ安心したよ。今日はこのぐらいで……」
「ねえねえ! あと1杯チャレンジしない? 良い流れきてるわよ!」
マーガレットの提案にアセビは胸騒ぎを覚えた。
少しずつ慣らすなら、もう止めるべきだろう。
ルピナスも不安そうである。サツキを止めようとしたが、もう酒を飲んでしまっていた。
「…………」
「どう? 大丈夫でしょ?」
「大丈夫。気持ちが良くなってきた。フフフッ」
「えっ」
マーガレットがサツキを見ると、あの日の夜のような虚ろな瞳をしていた。
マーガレットはじりじりとあとずさる。あの瞳を知っているからだ。あれは、鬼の瞳なのだ。
「あぁ……い、いや……」
「マーガレットどこへ行くんだ? お前も私といっしょに気持ちよくなろうではないかっ!」
そう言い放つとサツキは腰に差したオトギリソウを抜き、マーガレットに小走りで近づく。
鬼の時間が訪れてしまった。
マーガレットは全速力でサツキから距離を取って逃げた。目から涙があふれ、恐怖心に支配されている。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」
「フフフッ」
サツキは微笑み、そのままマーガレットに向かって駆けていった。
その様子をルピナスが震えて見ている。
アセビは引きつった笑顔を作った。
「ルピナス、骨は拾ってくれよな」
「……アセビ……?」
アセビは急いでサツキを追いかけた。マーガレットを守り、頼れるお姉ちゃんの暴走を止めるために。
ルピナスは、アセビの背中を見守ることしかできなかった。だが信じている。アセビならきっと何とかしてくれる、と。
「大丈夫……多分」
アセビの悲鳴がルピナスの耳に届いたが、聞こえなかったことにした。
サツキが先に酔いつぶれるか、マーガレットが逃げ切るか。命がけのマラソンは始まったばかりである。
お読みいただきありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマーク、評価を何卒よろしくお願いします!




