必要な不必要なもの 2
「……うーん……」
アセビは地べたに座って腕を組み、首をひねった。周囲には、様々な本が散らばっている。『魔法入門』『おすすめの炎魔法』『クールなあなたに水魔法』『黒魔法』など様々だ。
アセビは新しい魔法を覚えたいと考え、本を参考に勉強したのだが、いつまでたっても身に付かなかった。
「オレも頑張ってるんだけどなぁ」
もともとアセビは身体強化魔法、黒魔法のエナジードレインしかできず、魔法の才能がない男である。そう簡単に覚えられるわけがないのだ。
「こっち路線でいくしかないのかねえ」
「フフフッ魔法の本とにらめっこしてたのか?」
アセビが振り替えると、サツキが立っていた。両手には水の入った木のコップが握られている。それを渡すと隣に腰かけた。
「サンキュー! 少し休むわ」
「何事もほどほどがいい」
アセビが木のコップに入った水を飲み、サツキは周囲に散らばった本をパラパラとめくる。しかし彼女はすぐに本を閉じた。自身には魔法は理解できないものと判断したのだろう。
「まー、お前には必要ないわな。魔法使わなくても、めちゃくちゃ強いしな!」
「そうでもないさ。私はか弱い女だ。だからお前を頼りにしている」
「か弱いって何なんでしょうね……」
「きっといつか、コレだけではどうすることもできない相手が現れると思う」
そう言うとサツキが腰に差した刀を抜いた。アセビは思わず身構える。
その様子がおかしかったらしい。サツキは我慢できずに吹き出した。
「アセビ! 怯えすぎだぞ! ちょっと刀を見ただけではないか! フフフッ」
「怖がらせないでくれよ。その刀は、前見せてもらったものじゃないよな?」
「ああ、これはヤグルマソウと言う刀でな。私が親父から譲り受けたものなんだ。あまり価値のあるものではないが、気に入っているよ」
サツキが自身の過去を思い出したのか、少し寂しそうな顔をした。独りで戦っていた時、父親から譲り受けたこの刀が、心の支えになっていたに違いない。
サツキはため息をつき、苦笑する。
「ヤグルマソウを見ていると、自分の過去を思い出してしまうな。今後はオトギリソウのみ使おう」
「すんません! そっちの刀はやばい雰囲気するんでヤグルマソウを使ってください!!」
サツキが半笑いで頷くが、前向きに検討しますというやつだろう。恐らくまたオトギリソウを使おうとするはずだ。
「そういえば前から気になってたんだけどさ。なんでサツキはオレたちの仲間になろうとしたんだ? お前ほどの実力者なら他の冒険者に誘われたんじゃないか?」
「そういう話がなかったわけではない。ただ馴染めない気がしてな。その点お前たちとは、うまくやれると思ったんだ」
サツキがコップに入った水を笑顔で飲む。機嫌が良さそうなところを見るに、チームのことをとても気に入っているのがわかる。
アセビは新たな疑問が生まれ、さらに質問することにした。
「自分で言うのもアレだけどさ。オレたち評判最悪なのに、よく馴染めると思ったな」
「お前が最初に話しかけてくれたときに思ったんだ。なんて欲の無さそうな田舎の男の子なんだろうとな。私の力が目当てじゃなさそうだったし、純粋な気持ちで助けてくれようとしたのだろう?」
「まー、そうだな」
「あの時お前たちに興味を持ってね。アセビが私の予想通りの男の子で安心したよ」
サツキは照れくさかったのか、アセビから視線を逸らして顔を赤くしながら答えた。本心なのだろう。
しかしアセビはさらに疑問が生まれてしまった。
「なあ、オレそんな田舎者オーラ出てるか? やっぱド田舎出身ってわかるものなのか?」
「そ、それよりもだ! さっきまで魔法の本を読んでいたな!? 私にその成果を見せてもらおうか!」
サツキは明らかに話題を逸らそうとしている。普段はクールな彼女が必死になる姿は新鮮だったので、アセビはさらに追及しようと思ったがやめてしまった。
「黒魔法はなんとかなるかもしれない。コツは掴みかけてる。ただあまり使いたくないんだわ。ドン引きされちゃうからよ」
「いいじゃないか、使っても。あまり良くないものとは聞くがね。私はもともと魔法に詳しくないから、抵抗感はないよ。それに黒魔法を使おうが使うまいが、アセビがアセビであることに変わりはないからな。大切なのは使い手の心だと思う」
「そうか。ならサツキとふたりきりのときだけは、遠慮なく使うか」
「そうするといい」
アセビは問題児の面倒ばかりを見てきた。そしてこれからも見続けるのだろう。
サツキの言葉で苦労が少し報われた気がして、心が温かくなるのを感じた。
「黒魔法を私に試してみないか? 命に支障がないのなら構わない。実際に本で学んだ黒魔法が使えるか、確かめないといけないだろう?」
「やめておいたほうがいいぜ。前使ったエナジードレインもきつかっただろ?」
「あれか。フフフッあれはなかなか味があったぞ。本当は血がでるようなのが好ましいのだがね」
「マジっスか」
サツキの『スイッチ』が入りかけている。興奮が治まらないのか、くっくっと笑い出した。
少し揺れると壊れかけてしまう。常時暴走気味のマーガレットの方が、ある意味扱いやすいかもしれない。
「よし!なら軽くやるからな! マイグレイン!」
「痛っっっ!!」
サツキが頭を押さえる。頭の奥からズキズキするような鋭い痛みだった。
マイグレインとは、片頭痛を発生させる黒魔法のことである。拷問をするときや、情報を吐き出させたいときに使うと有効だ。強く念じれば念じるほど、その痛みは鋭くなり、苦痛に耐えかね発狂する者もいるという。
黒魔法の中でも、特にイメージが悪いものである。普段使いはしないほうがいいだろう。
しかし悲しいかな、アセビはその手の魔法と相性が良いらしい。すぐに取得することができてしまったのであった。
「すまん! 痛かったか!?」
「いや……大丈夫さ……」
アセビは急いでマイグレインを唱えるのを止めた。
サツキは大きく深呼吸し、痛みに耐えている。
アセビは確信した。やはりこれもエナジードレインと同じで、緊急時以外使うべきではない、と。
アセビがサツキを見ると、彼女は汗をかきながらうっすらと笑みを浮かべていた。
「なかなか悪くなかったぞ? 私が降参するまで続けてもらえないか? ギリギリの瀬戸際で生命を感じることができるかもしれない。本音を言えば、痛みより血がほしいがな。フフフッ」
「ちょっと怖いんだけど」
「恐れることはない。痛みを伴う愛情表現もあるであろう? 私はこの魔法を否定しないよ。生命の尊さを感じることができるからな」
「いやオレお前が怖いんだけど」
アセビは再び確信する。黒魔法は緊急時以外に使ってはいけない、と。
そしてサツキには、絶対に使ってはいけない、と。
「やっほ! なにやってんの?」
「……ぼくたちもいっしょにまぜてほしいなぁ」
ある意味恐ろしい空気に支配されていたが、それを壊すかのように、マーガレットとルピナスが現れる。
今のアセビにはふたりが天使に見えていた。
「う、うん! 今の話はまた今度な! ところでマーガレット。お前確か買い置きのおやつ無くなったんじゃなかったっけ」
「そうなのよ。だからこれからみんなでお買い物に行こうって、ルピナスと話してたところだったの」
「そうかそうか! 昨日臨時収入もあったし行ってきたらどうだ? オレは拠点の掃除しておくからさ! 女子だけで行ってきなさい!」
アセビは逃げるように、女子たちから急いで離れた。




