必要な不必要なもの 1
アセビたちの仲間にサツキが入り、早くも1週間が経過。戦闘が得意な彼女のおかげで、アセビ一行はモンスター退治や護衛の仕事をするようになっていた。
その結果、新人冒険者時代のころより、報酬が比べ物にならないほど増えたのである。アセビたちの生活環境は、そのうち改善されるだろう。
「ヘヘヘっ仕送りを増やすことができたぜ! 見てくれよ、冒険者ギルドに家族から手紙が届いたんだ!」
アセビは冒険者ギルドを出てすぐ、持っていた手紙をサツキに手渡す。そこには感謝の言葉がつらつらと書かれていた。
穴だらけだった屋根や壁も、修繕できたらしい。妹のネリネから新しいアクセサリーが欲しいとの要求も書かれていた。ちゃっかり者である。
「サツキのおかげだ! サンキューな!」
「そうか。アセビはご家族のためにクレマチスで働いているのだな。立派じゃないか」
「貧乏なもんでね。実家は小さい田舎なんだけどさ。でも良い村だったと思うよ」
サツキは羨ましそうにアセビを見つめている。彼は察してしまった。本当は家族と仲直りをしたいのではないか、と。
アセビはサツキが追放された理由は、実力の問題ではなく、価値観のせいだと考えていた。家族で顔を合わせて少し話し合えば、あっさりと和解できるのではと予想している。
そのことを口にしようとすると、人相の悪い男たちに囲まれてしまった。
「ヘッヘッヘ!」
「兄ちゃんちょっといいかい?」
「間違ってたらごめんなあ。あんたアセビ・ワビサビーさんだよな?」
お手本のようなその筋の人間たちである。アセビはこの手の人種に知り合いはいなく、友人関係を持ったこともない。
絡まれる理由はなかったため、堂々とした態度で相手をすることにした。
「なんか用スか? 仕送り終わったしこれから晩飯の材料買いに行こうと思ってたんスけど」
「仕送りだってよ! 聞いたかお前ら!」
「立派だねぇ! おじさんたちもそういうころがあったなぁ!」
「いや、俺は多分なかったわ。親父とお袋の財布から金抜き取る側だったわ」
「ひどいなお前。まー、俺もよくやってたけど」
人相の悪い男たちはゲラゲラと笑い出す。
アセビはそのまま無視して帰ろうとするが、肩を掴まれてしまった。わざわざ絡みに来たのだ。世間話をしに来たわけではないのだろう。
「ちょっとおじさんたちと来てくれねえか?」
「なぁに、兄ちゃんにはまだ何もしねえよ」
「私の弟に何か用か?」
「決まってんじゃねえか! ギャンブル……あっ!?」
人相の悪い男たちはみるみるうちに青ざめていく。先ほどまで見せていたニヤケ面は雲散霧消した。
「く、黒髪を結んだ異国の女剣士……あんた……もしかして……サツキ・キサヌキさんで……?」
「うむ」
「あっ……ははっ……そ、そうでやんしたか……」
人相の悪い男たちは急に怯えて小さくなった。
サツキが冒険者ギルドの食堂で酔っ払って暴れまわったことは、すでにクレマチス全土に広まってしまったらしい。
男たちは愛想笑いを浮かべ、媚びるようにもみ手を作り始めた。
「えっとぉ……本当に何もしないんで……でも弟さんには面倒かもしれないけど……来ていただかないと……」
「なぜだ?」
「マーガレットをご存知で……?」
「ああ、知ってる女の子っスね。けどあいつがどうかしたんスか?」
「今あっしらとその……ギャンブルしてて……手持ちを考えたらそろそろ賭け金払えなくなると思ったんで……」
「えっ!?」
「あいつが兄ちゃんの名前を出したんでね……足りない分はあんたに払ってもらおうかなと……」
緊急事態発生である。サツキに萎縮する男たちの態度を見るに、嘘ではないだろう。
アセビは頭を抱えてしまった。返済した借金がまた増えてしまう。
このままではまずい。アセビは額に青筋を浮かべながら叫ぶ。
「あいつのいる場所どこっスか!?」
薄暗い路地裏。
人相の悪い男たちが、周囲を睨みつけながら立ち塞がるように仁王立ちで腕を組んでいる。通行人が入ってこないようにするためだろう。
そんな状況で、白い頭巾の少女は、汗を滝のように流しながら伏せられたカップを見つめている。
「マーガレットちゃんよぅ。こっちの予想は半だ! カップをオープンするぜ!!」
「ちょっと、待って!」
マーガレットはチラリと置かれた財布を見つめる。これまでの負けを取り返すために全財産賭けたのだ。あとはない。
「負けたらおこづかいなくなっちゃうぅぅ!」
「へっへっへ! 勝てばこれまでの負けを取り返せるじゃねえか。それに負けたとしてもあんたの代わりに、賭け金払ってくれる兄ちゃんがいるんだろ?」
「それもそうね! 気楽にやるわ!」
「ふざけんなよ」
マーガレットの脳天に、突然チョップが振り下ろされる。怒りのまま振り向くと、アセビが鬼のような形相で立っていた。その後ろでサツキが、マーガレットを心配するように見つめている。
ギャンブルをしたことがバレてしまった。マーガレットの汗が洪水のように流れる。
「お前何やってんの」
「サイコロコロリン……」
「サイコロコロリンじゃねえよ。なんでまた借金増やそうとしてるの。お前この場でオレにコロコロコロリンされてえの」
借金を肩代わりしてやった女が、ギャンブルに手を出したのだ。怒るなというのは無理な話である。
マーガレットは額を床に擦り付け、必死に謝罪した。
「ごべんなざいぃぃぃ!!! あだじのアゼビざんの借金がえしだがっだのぉぉぉ!!!」
「おバカ! だったら少しずつコツコツコツコツ返せばよかっただろうが!」
アセビは涙を撒き散らすマーガレットの背中をポコポコと叩く。返済したいという意思は立派だが、この方法では逆に借金が増えるだろう。
アセビはマーガレットを無理やり立たせ、路地裏を出ようとするが、胴元の男に背後から声をかけられた。
「兄ちゃん、もう賽は投げられた。逃げることは許されないんだぜ! いいから早く座りなよ、あんたからもむしり取って……」
「あ、兄貴……」
アセビたちを連れてきた人相の悪い男たちが、胴元の男に耳打ちすると、彼は青ざめて引きつった笑みを浮かべた。その視線は、アセビたちの背後で腕を組むサツキに向けられている。
「あはは……ど、どうも」
「この賭け事は、どちらが持ちかけたんだ?」
「あっっしらで……マーガレットとは何度かギャンブルをしたことがあったんで……」
「ふむ。再びカモにしようとしたわけだな?」
「そ、そんなこと……」
男たちは小さくなってサツキから視線を逸らす。目は正直にものを言う。
マーガレットは恰好の餌だったというわけだ。
「やられたな。お前反応がわかりやすいからギャンブル向いてねえんだよ」
「そんなことないわよ!」
「あ?」
「ごめんなさいそんなことありました」
マーガレットが再び額を床に擦り付ける。
サツキが胴元の男に近づいてしゃがみ、使用しているカップをひったくるように奪った。目を細めて注意深く観察している。
「あっ!? ちょっと!?」
「賭け事をしているんだ。道具を確かめる権利はこちらにもあるだろう。やれやれ。やはりな」
サツキはカップをアセビに向かって投げる。落とさないようにキャッチすると、よく見るように促された。
アセビがカップの側面をじっと見つめると、異変に気づき、思わず声を上げる。
「あっ!?」
よく見るとカップの側面に小さな穴が開いていた。ここから見下ろせば中身を見ることが可能だ。
サツキはため息をつき、マーガレットの背中を撫でて顔を上げさせた。
「ここ見ろよ! わかりにくいけど斜め上から見下ろせば中身が見えるぜ!!」
「マーガレット。お前はまんまとこの男たちにはめられてしまったんだ」
「許せない!」
マーガレットは顔を赤くして立ち上がる。
胴元の男たちはカップの仕組みがばれ、ごまかせないと思ったのだろう。素直に頭を下げた。
「ははっ……でもよ。中身がわかっても正しい目を当てられたら意味ないだろ? それに……」
サツキが男の言葉を遮るように口を開く。
「マーガレット。この男にそれとなく言われなかったか? まだ勝負をしかけるときじゃないとか、じっくりいこうとか」
「その通りよ。ターン制で先に丁か半か宣言するっていうルールでやってたんだけど……」
「なるほどな。お前が先に半か丁か宣言する権利を持っているとき、正しかったらそう言って賭け金を減らすように仕向ける。それなら負けても失う賭け金は少なくできるからな。もしお前の宣言が間違ってたら何も言わない。都合の良い方に誘導していたんだよ」
マーガレットは反応がわかりやすく、簡単にコントロールできたことだろう。ギャンブルに向いていない性格だ。
マーガレットはいいようにだまされたことを知り、怒りで拳を震わせていた。
「自分たちのターンは、カップの中身のサイコロを見て宣言すればいいだけってことか。絶対負けねぇ。こんなの賭けでもなんでもないぞ! インチキだ!」
「あぁ。勝ちすぎてイカサマを疑われないよう、わざと自分たちの番でも少額勝たせることはあったかもしれないがな。賭け事は最終的に勝てばいいんだ」
イカサマの種明かしは終了した。ギャンブルでもなんでもなかったのである。マーガレットをカモにしようとしていただけだったのだ。
「イカサマはバレなければイカサマではない。だがバレてしまったな?」
「へへ……どうも……」
胴元の男と仲間たちは、冷や汗を流しながら媚びるように何度も頭を下げている。
サツキは腰に差した刀を抜いた。刀身に映るその目は鋭く、それだけで男たちを斬り伏せてしまえそうだ。
「イカサマがバレた者は、腕か指を差し出してあがなうべし……私の祖国ではそう言われている」
胴元の男やその仲間たちは、青ざめながらさっと顔を見合わせた。数では圧倒的に有利だ。それぞれ懐には短刀を忍ばせてある。
暴力でうやむやにするという手段もあるが、目の前のサツキは鬼のように強いという噂があり、背後には仲間のアセビも控えている。男たちもそれなりに修羅場をくぐってきたらしく、喧嘩を売ってはいけない相手はわかるらしい。
胴元の男は数秒の間に脳を高速で回転させ、深々と頭を下げた。
「すんませんでしたー!!!」
「でしたー!!!」
男たちは綺麗な土下座を披露した。
「こ、これ全部返しますわ! へへっ姉さんや兄ちゃんにも迷惑かけちゃったなぁ! 迷惑料払わさせてもらいまっせ! お、お前たち!」
「へ、へい!」
胴元の男はこれまでマーガレットからイカサマで巻き上げた賭け金を、急いで全て床に置く。それだけでなく財布から金を鷲掴みにし、立っていたアセビに無理やり押し付けた。
仲間たちも同様に、財布から急いで金を取り出して床に置き、胴元の男の背後に素早く移動する。
「失礼しやした〜!!!」
「しやした〜!!!」
男たちは路地裏を猛スピードで抜け出し、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。もう2度とマーガレットにギャンブルをしかけることはないだろう。
サツキは最初から男たちを追うつもりはなかったらしく、胴元の男が置いていった金を拾って、マーガレットに手渡した。
「うぅ……」
マーガレットは涙を流している。顔をくしゃくしゃにして、頼れる姉貴分に向かって勢いよく抱きついた。
「ありがとぉぉぉ!!! サツキぃぃぃ!!」
「よしよし」
サツキは優しくマーガレットの頭を撫で、背中を軽く叩いた。鬼のように恐ろしい女剣士のおかげで、借金は増えずにすんだ。無事に問題を解決できたのである。
アセビはサツキの観察眼、度胸に敬意を表し、感嘆の声を漏らした。
「サツキはすげぇな。オレだけだったら、絶対ここまでうまくできなかったぜ」
「余裕すぎる態度を見て怪しいと思ってな。うまくいって良かったよ」
「うわっ! あたしの賭け金とは別に8万イーサンもあるわよ!?」
アセビが男たちに押し付けられた金を数えると、全部で7万イーサンあった。胴元の男が置いた分と合わせると15万イーサン得たことになる。
「もらいすぎじゃないか? おっさんたちに返さなくていいのかこれ?」
「これだけ払うからイカサマをしたこと、指や腕を切断することは見逃してほしいということさ。返すということは許さないということにもなる。あの男たちとの因縁をここで断ち切るためにも頂いておこう。マーガレットも構わないな?」
「えぇ、もちろん!」
マーガレットが元気に答える。15万イーサンも手に入ったのだ。イカサマをしたことは、許してやることにしたのだろう。
サツキは大きく伸びをすると、何事もなかったかのようにアセビとマーガレットに向かってにこりと微笑む。
「そろそろ帰ろうか」
鬼ではなく、女神のような慈愛に満ちた表情だった。




