ぼっちは自分が気に入った人を逃さない 7
アセビたちは拠点に戻っていた。
サツキは項垂れ、自身の過ちを悔いている。慰めるように、ルピナスと芋虫が背中を叩いていた。
サツキがぽつりぽつりと呟く。
「……すまない……迷惑をかけて……ばかりだな」
昨日の暴走したサツキではなく、いつもの頼れるお姉ちゃんに戻っている。それを改めて確認し、アセビはほっとしていた。
「気にするな。迷惑はかけたり、かけられたりするものだからよ! 切り替えていこうぜ!」
「……ぼく昨日先に酔いつぶれてしまって……ぼくこそごめん。サツキを止めてあげられなかった……」
マーガレットも続いて口を開く。
「そうよ! 気にしたら駄目よ! 誰だって酔っ払うことってあるじゃない!」
どの口が言うのか。誰のせいでこうなったのか。
アセビは額に青筋を浮かべ、マーガレットをジロリと見つめる。
「マーガレット、マーガレット、マーガレットよぉ!」
「もうっ! わかってるわよ! 何もかもあたしが悪かったわよぅ! 本当にごめんなさい!」
マーガレットがサツキに深々と頭を下げると、彼女は優しく抱きしめた。ふたりの間に遺恨はなさそうだ。
サツキは深々とため息をつき、アセビたちに視線を向ける。
「ふむ……お前たちに迷惑をかけたな……借りは返さなければなるまい」
ルピナスがサツキに視線を向ける。
「……あまり気にしないで。失敗は誰にでもあるよ」
「あのルピナスが他人に気を使ってる!?」
「今日は雨が降るわね」
「アセビとマーガレットの言葉のせいで、ぼくの心に雨が降っちゃったんだなぁ。どうせぼくは自分勝手なマイナス思考女だよ。お仕事全然できないから、お金も稼げない役立たずなダメな子なんだ……」
「そ、そこまで言わなくても……」
ルピナスはいじけてしゃがみ込み、周囲の雑草を抜き始めた。芋虫が励ますように体を擦り付けている。
ルピナスを見たサツキが、手のひらを勢いよくぴしゃりと叩いた。
「あっそうだ! 私がお前たちの仲間になればいいではないか! 働けばお金を稼いで借りを返せると思わないか? フフフッ!」
サツキはわざとらしく、今閃いたかのように大袈裟に言った。
恐らくだが、どこかベストなタイミングでこれを言おうとしていたはずだ。サツキにとって今がそうだったのだろう。
「私は戦闘や護衛には自信がある! それとだ! 私は年長者なのでな! お姉ちゃんと思ってほしいぞ!」
サツキは頬を赤くし、早口で自己アピールをする。
孤独な一匹狼は、新しい群れを見つけた。そして気に入ってしまったらしい。なんとかして、アセビたちのチームに入ろうとしている。
アセビとマーガレットは顔を見合わせた。
「戦力的には助かるな……」
「そうね……」
「うむ! そうであろう、そうであろう!」
「ただ……」
「む?」
アセビは昨夜の酔っ払ったサツキを思い出す。破壊の限りを尽くす鬼だった。昨日犠牲者がでなかったのは奇跡としか言えない。
サツキがまた酔っ払ったら、誰も止めることはできないだろう。
アセビは苦笑いしながら手をかざし、首を何度も横に振った。
「サツキさん。オレたち新人なんだよね。お前とはレベルが違うし戦闘は不慣れなんだ。足引っ張っちゃうと思うし命も大事にしたいんだ。だからお断りするわ」
「大丈夫だ! 戦闘になったら、私がお前たちを守り抜けば問題はあるまい?」
「待てよ、昨日オレたちはお前に命を奪われそうになったんだわ。守るべき者殺そうとするの駄目なんだわ」
「そうか……」
サツキが髪をかきあげ微笑む。女神のように慈愛に満ちていた。
アセビはサツキが諦めてくれたものと解釈し、微笑み返す。
「その件に関しては記憶にない。仮にあったとしても今この場で頭を殴って記憶を消せば、お前たちを襲ったことにはならなくないか? どうかな? フフフッ」
「こいつ無敵か」
サツキが超理論を展開する。こうなっては、アセビが何を言っても反論してくるだろう。
このままではまずいと判断したのか、マーガレットが恐る恐る手を挙げた。
「あたし、モンスター退治だけがお金を稼ぐ手段じゃないと思うの……自分の実力にあった方法でお金を稼ぐのが1番かなって思うの……」
「マーガレット、お酒は好きか? 疲れた体と心を癒すにはお酒がいいと思わないか? ん?」
サツキがニコニコと、マーガレットに微笑む。
酒という単語に、マーガレットはびくびくと怯えてしまった。昨夜のことがトラウマになったらしい。
サツキはマーガレットの肩を揉みながら、そっと耳元で囁く。
「私はお姉ちゃんだ。経済的に余裕もあるし、後輩冒険者のお前たちを応援する立場でもある。1週間に3回以上お前たちにお酒をご馳走したいと思っている」
「あたしサツキといっしょにモンスターと戦うわ! 自分のため! みんなのため! そして、守るべき人々のために!」
「こいつ買収されやがったぞ……」
マーガレットがサツキに抱きつく。完全に酒に釣られた形である。
マーガレットという悪魔は、どこまでも欲のままに生きる女だ。最初から期待してはいけないのである。
アセビたちの会話に耳を傾けていたルピナスが、そっと口を開いた。
「……あの……サツキは怖いし……怖いし……怖いし……価値観が壊れてるし……頭がちょっとアレだし……怖いけど」
「ルピナス、お前結構言葉の刃鋭いよな」
「何気ない言葉が人を傷つけるっていうこと、覚えておいた方がいいわよ」
「う?」
悪意なき悪意。それがルピナスだ。
一方サツキは首を傾げている。
「怖い怖い言い過ぎじゃないか? 私に怖い要素はないと思うのだが?」
「怖い要素しかないんだが?」
「むむ?」
サツキはまだ首を傾げているが、本人は己の暴走っぷりを知らないから仕方がないのだ。
ルピナスは恐る恐る言葉を続ける。
「うまく言えないけど……ぼくはひとりだったの……でもアセビたちと出会って……毎日が楽しくて……」
「ルピナス……」
「サツキもひとりだから……きっと……このままだとさびしいよ……そんなの悲しいよ……」
ルピナスの瞳から涙がこぼれ落ちた。彼女はマイナス思考な性格が災いして孤独だったが、今は違う。アセビたちのチームに入って人生が変わった。少しずつ前に進めるようになったのだ。
ルピナスは思った。自分がそうだったように、サツキもアセビのチームに入ればきっと救われる、と。
「ルピナス……お前……」
ルピナスの温かさに触れ、サツキの瞳が潤む。
孤独な者の心の痛みを知るものは、孤独だった者だけなのだ。
「泣くなよ……私も泣きたくなるじゃないか……」
「……悲しいとき……辛いとき……寂しいとき……苦しいときは泣いてもいいんだよ……」
「あ、やば……あたしちょっとだけうるっときちゃったんだけど。サツキとルピナスからもらい泣きしそうなんだけどマジで」
マーガレットの目にも光るものが見える。元ぼっちにはぼっちの辛さがわかるのだ。心に感じた痛みが伝染したのである。
「あたしも気持ちはわかるわよ……ずっとぼっちだったもの……ねぇ……アセビ?」
「1度結ばれた縁が切れるって……本当に辛いことだから……そうだよね……アセビ?」
「正直ひとりは寂しい……私はみんなのお姉ちゃんになりたい……アセビ?」
女子たちは拝むように両手を合わせ、瞳をうるうるとさせていた。全員でアセビに向かって期待を込めた視線を送っている。
3対1。圧倒的不利な状況である。これが意味するものは。
「うん……」
この状況では反対できまい。それにこのままサツキを仲間に入れないのは、寝覚めが悪いだろう。孤独な女剣士は、家族のような仲間を求めているのだから。
もうすでに問題児はふたりもいる。今さらひとり増えたところで問題はないはすだろう。多分。
アセビはやれやれと肩をすくめ、サツキに向かって勢いよく手を差し出した。
「わかったよ! わかったわかったオレの負けだ! サツキ、これからよろしくなあっ!」
サツキの表情がぱあっと輝く。嬉しさを隠しきれずに頬を赤くして、アセビの手を握り返した。
「ありがとう! キサヌキ家の誇りにかけて、お前たちを守り抜く! みんな、よろしく頼む!」
「わぁぁぁい! サツキ、よろしくね!」
「良かったんだなぁ。怖いけど」
「うむ! 私のことはお姉ちゃんと思ってほしいぞ!」
マーガレットとルピナスが、嬉しそうに拍手をしている。ふたりとも元ぼっちだったからこそ、サツキが仲間に入って嬉しいのだろう。
独特の価値観を持つ問題児だが、戦力としてはありがたい存在である。そして何より年上の頼れるお姉ちゃんが仲間になったのだ。アセビも嬉しそうに拍手を送っている。
サツキはクレマチスを指差し、仲間たちに向かって笑みを浮かべた。
「よし! 祝杯だ! 今からみんなでお酒を飲みに行こう!」
「ダメだ!」
「ダメよ!」
「……絶対ダメ!」
「むぅ……手厳しいな」
ぼっちは自分が気に入った人を、絶対に絶対に逃がしたりしないのだ。サツキもまた例外ではない。
こうなることは、運命だったのだろう。
爽やかな優しい風が吹いた。まるで、サツキを歓迎しているかのように。
アセビの物語は始まったばかりである。
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