ぼっちは自分が気に入った人を逃さない 6
アセビは動けなくなったサツキを背負い、ゴブリンの巣をあとにした。死者はいない。全員無事だ。
外に出ると夕日が顔を出していた。いつもより美しく感じるのは、仕事がうまくいったからだろう。
しばらく進むとクレマチスの門が見えた。アセビたちは安堵する。帰って報告したら仕事は終わりだ。
一方アセビに背負われたままのサツキは、頬を赤くしてもじもじとしている。
「アセビ……そろそろ下ろしてほしいのだが……」
「ダメだ。お前はこのままの状態で冒険者ギルドまで連れていくからな!」
「年下の男の子におんぶ……恥ずかしい……うぅ……」
「自分の命を粗末にする奴には罰を与えないとな!」
サツキは羞恥心に絶えられず、両手で顔を覆う。まさかこの年齢になって、異性に背負われるとは思っていなかったのだ。これでは晒し者である。
その様子を見て、マーガレットがニヤニヤと笑っていた。心なしか、ルピナスも楽しそうである。
「私は重たいだろ……もう許してくれないか……」
「許さんよ。それとだ。全然重たくないって。マーガレットの方がお前より重たいよ」
ルピナスが素のテンションで吹き出す。
マーガレットが眉間にシワを寄せ、腰に手を当て大股でアセビに詰め寄る。悪魔は怒りで体を震わせていた。
「は? あたしりんごさんより軽いんですけど? わかってるの? ねえ?」
「……アセビは厳しいけど、優しいね」
「どうかねぇ、オレは生きたいように生きてるだけだからな。少なくとも優しくはないさ」
「おい、こっち見なさい。おい、ダンゴムシ」
サツキが目を細め、頬を朱色に染めた。
「しかしこうなんだ。晒されるというのも……悪くないかもしれないな……フフフッ」
「あのすんません。この状態で新しい扉開くのやめてもらってもいいですか」
すれ違う住人の視線を浴びながら、アセビたちは冒険者ギルドを目指す。
日はすっかり落ち、夜となっていた。あとは無事仕事が終わったことを報告すれば任務完了である。
アセビたちの長い長い1日が、終わった。
アセビたちは受付の大男に報告をし、報酬を平等に分けてもらった。当然4等分である。
いつもの報酬が入った袋よりも重い。アセビは思わず笑みをこぼした。
「ひひひ、やったぜ!」
「アセビったら下品な笑い方しちゃって! オーッホッホッホ!!」
「……マーガレットもテンションおかしいんだなぁ」
「みんな……その……私の分も持っていってほしい」
「何言ってんだよ」
「迷惑をかけてしまったからな……」
アセビたちは顔見合わせ、くすりと笑う。
サツキに報酬の入った袋を押し付け、背中をぐいぐいと押した。
「迷惑なんてかけてねえだろ! さ、食堂に行って祝杯だ!」
「アルコール! アルコール!」
「ちょ、ちょっとお前たち!?」
喜びも悲しみも平等に分ける。それが仲間というものだろう。
サツキは渋々と、しかしどこか嬉しそうに報酬袋を受け取った。
労働後の食事に勝る喜びはない。
今回の仕事でそれなりの報酬を得たアセビたちは、いつものメニューに1品加えることにした。マーガレットはメニュー表を見ながら、瞳を輝かせている。
「サラダさんにしようかしら? ああ、でもお魚さんの揚げ物も気になるわね……」
「酒! 酒! 酒!」
「……ぼくもお酒がいいなぁ!」
いつものメニューに1品増やしたところで、質素な食事に変わりはない。
しかし涙ぐましい節約をしている3人にとって、それは大きな贅沢なのだ。
「フフフッ可愛いよ」
アセビたちのやりとりを、サツキは姉のような優しい表情で見つめる。彼女にとってアセビ一行は家族のように大切な存在になっていた。
サツキの視線にルピナスが気づく。
「……そういえばサツキ……今日ゴブリンの巣に突入するとき……少し様子が変だった……」
「私が変?」
「……うん、何かちょっと……怖かった。刀がどうのこうのって言ってたけど……」
サツキが目を丸くする。あまり記憶にないのか、首を傾げていた。
サツキがオトギリソウを抜こうとすると、ルピナスが慌てて制止する。
「……待って!」
ルピナスの声に驚き、サツキが動きを止める。アセビやマーガレットも注目していた。
ルピナスはサツキのオトギリソウを穴が開くほどじろじろ見て、眉間にシワを寄せる。
「……刀がいけないんだと思う」
「ルピナス……?」
「サツキは刀を抜いたときからおかしかったよ……その刀……オトギリソウだっけ……?」
サツキが腰に差したオトギリソウを、鞘に入れたままテーブルの上に置いた。
アセビたちは全員で見回す。特におかしな点は見当たらないが、ルピナスの言葉のせいか、どこか不気味な雰囲気を感じる。
「この刀はオトギリソウといってね。実家の倉の奥に鎖で縛ってあったんだ。私が勝手に持ち出した」
「えっ!? その高そうな刀を勝手に!?」
「ひゃっ……」
「鎖で縛られて放置された刀か……なんだか嫌な感じがするぜ」
「……それやばい刀なんじゃないの? 勝手に持ち出したらダメだったんじゃない?」
「……今は反省してる。ほ、本当だぞ?」
サツキはばつが悪そうな顔をしている。本気で反省しているのだろう。
アセビは複雑な思いを胸に覚えたが、オトギリソウをそのままサツキに返した。
「その刀、あまり使わない方がいいかもな。嫌な感じがする。捨てろとまでは言わないけどさ」
「ああ、肝に銘じよう」
サツキが頷く。
オトギリソウはいわば家族との最後の繋がりだ。アセビも家族との絆を捨てろとまでは言えなかった。
頷くサツキを見て、マーガレットはほっと胸を撫で下ろす。
「サツキは刀のせいでおかしくなってたのね! よかったわ! 血が美しいとか、ギリギリがいいとか急に言い出して怖かったのよ!」
「ん? 私はもともとそういう考えだぞ?」
「えっ、素の状態でおかしい人ってこと?」
「フフフッそうかもしれないな。だがそうじゃないかもしれないぞ?」
「いや、どう考えてもおかしいわよね」
「怖いよぅ。サツキは頭がおかしいよぅ」
テーブルの上に、アセビたちの注文した食事が置かれていく。
小難しい話は終わりだとばかりに、アセビは酒の入ったグラスを持ち、女性陣も続く。
仕事も難しい話もこれで終わりだ。
アセビたちはグラスをぶつけあい、中身を一気に飲み干した。
「あああああ! しあわせぇぇぇぇ! でもちゃんと節約しようなぁぁぁ!!」
「そうはおっしゃいますがアセビさん! あたし今日は特別にお酒もう1杯飲んで良いと思うのですが!」
「許可する! じゃんじゃん頼みなさい!」
「おばちゃーん! お酒4つ追加お願いしまーす!!」
節約など、なかった。その1杯が命取りとは言ったものである。誰も酒の力には勝てない。
しかしアセビたちが今日頑張ったのは、紛れもない事実なのだ。明日のことは明日になってから、ゆっくりじっくり考えればよいのだ。
アセビたちのテーブルに、追加の酒がどんどん置かれていく。
「……お酒はいいなぁ……ぼく、多分明日も頑張れる気がするんだよ……」
「フフフッだがほどほどにするのだぞ?」
酒のおかげだろうか。ルピナスが日頃は見せない前向きな言葉を口にした。酒の力は偉大である。
サツキは微笑ましい気持ちでルピナスを見ていた。その目は優しい。まるで妹を慈しむ姉のようだ。
「思い出すな……実家にいた頃を……」
サツキは突然マーガレットに抱きつかれた。思わず酒の入ったグラスを落としそうになる。
マーガレットの顔は血のように赤い。完全に酔っぱらっている状態だ。
「サツキぃ? ちゃんとお酒飲んでるぅ?」
「私はお酒にあまり強くなくてな。少しだけでいいんだ。これで終わりにするよ」
「はぁ?」
マーガレットがゲラゲラと笑い出し、サツキの肩と背中をばしばしと叩く。おかしくてたまらないという様子だ。
マーガレットは、酒のたっぷり入ったグラスをサツキの目の前に勢いよく差し出した。飲みなさい、と言っているのである。
サツキは困ったような顔で苦笑した。
「い、いや……だから私は……」
「何よ! あたしのお酒が飲めないの!?」
「困ったな……」
完全にタチの悪い酔っぱらいのおっさんである。
サツキは助け船を期待したが、アセビもルピナスも夢中で酒を飲んでいた。こうなっては誰も助けてくれないだろう。
業を煮やしたマーガレットが、サツキの首に手を回した。グラスを彼女の口に無理やり押し付ける。
「ちょ……マーガレッ……」
「あははははー! 飲め飲め! 飲めないならぁ! あたしが手伝ってあげるっつーの! あはははは!」
中身をサツキが全て飲んだのを確認し、マーガレットは手を叩いて喜びを表現する。
悪魔女は酔うと絡むタイプのようだ。
無理やり酒を飲まされたサツキは、目を白黒させ呼吸が荒くなっている。
「はぁ……はぁ……」
「ちゃんと飲めたじゃない! よっしゃ! もういっぱい、いくわよ!! ほらほらぁ!!」
「はぁはぁ、ちょっ、待って……」
サツキは再び、マーガレットに無理矢理酒を飲まされてしまった。世が世なら犯罪である。
サツキが10杯目の酒を飲まされたところで、ようやくアセビが事態に気づいた。マーガレットを無理やり引き剥がす。
「おい! マーガレット何やってるんだ! サツキ苦しそうじゃねえか!」
「あはははは! サツキがお酒飲めないって言ってたからお手伝いしてたのよ! あたしって優しいわね! ほめなさい! 構いなさい! 崇め奉りなさい! そして愛しなさい!」
「いかん、こいつ壊れてる。あっ元からだったわ」
「フフフッ……」
サツキがゆっくりと立ち上がった。目は虚ろで頬は赤く、薄ら笑いを浮かべている。
そう、サツキは完全に酔っ払っていた。
「フフフッ気持ち良くなってきたぞ……」
「サツキ……?」
「始めてだよこんな気持ちは……」
「いいわよいいわよ! ほら見て! サツキもお酒楽しんでるじゃない!」
マーガレットはまだ気づいていなかった。サツキが酔っ払っていることに。彼女は腰に差したオトギリソウを引き抜き、ゆっくりと構えた。
「フフフッ」
サツキの視線の先には、マーガレットがいた。悪魔女はみるみるうちに青ざめ、酔いが急激に冷めていく。
「サツキ……?」
「マーガレットありがとう……死ぬかと思った……お前にも私と同じ苦しみを味わってほしい……それが生きているということなんだ……尊いことなんだ……」
「えっと……?」
マーガレットは、自身が鬼を生み出してしまったことに気づいた。
目の前のサツキは頼れるお姉ちゃんではない。ゴブリンやホブゴブリンを葬り去ったときのように、鬼と化している。
「あ、あたしは別にいいかなって! ギリギリよりもゆとりをもって今を生きていたいなって!」
「フフフッ遠慮するな」
「きゃっ……!!」
サツキが刀を振り下ろす。マーガレットは運良く避けられた。しかしいつまでも幸運が続くはずもない。奇跡は何度も起こらないのだ。
マーガレットは涙を流しながら食堂を逃げ回る。サツキが追いかけ回す形となった。
「いやぁぁぁぁ!! ごめんなさぁい! サツキ許してぇぇぇ! アセビ助けてぇぇぇ!」
「ともに生命の尊さを感じようではないか!」
「サツキ! 待てって! さすがにそれはまずい!」
アセビが止めにはいるも、オトギリソウの鞘で殴り飛ばされ一撃で倒されてしまった。
「ぐえぇぇぇ!!」
「いやぁぁぁぁぁぁ!!!」
「お、おい! あれ一匹狼のサツキだろ!?」
「なんで刀持って暴れてるんだ!?」
「と、とにかく止めないと!!」
刀を持ったサツキに気づいた他の冒険者たちが止めに入ろうとするが、彼らも一撃で倒されてしまった。
マーガレットが逃げれば逃げるほど、止めに入った者たちや食堂の備品が被害を被ってしまう。
まさに地獄である。
マーガレットはついに食堂の隅に追い込まれてしまった。もう逃げ場はない。
「フフフッ」
「きゃあああああああ!!!!」
食堂にマーガレットの悲鳴が響き渡った。
鳥のさえずりが聞こえ、床に眠っていたサツキが目を覚ます。
体をゆっくり起こすと、頭に激しい痛みが走った。サツキは顔をしかめる。
「痛っ……飲みすぎたか……」
サツキが頭を押さえる。昨夜のことはあまり記憶に残っていなかったが、マーガレットに無理矢理酒を飲まされたことだけは、かすかに覚えていた。
災難だったと思いつつ、周囲を見回す。
「ここは……食堂か……? なっ……!?」
サツキの視界にとんでもない光景が映った。
傷つき倒れた冒険者たち。ひっくり返った椅子。裂けた床。破損した備品の数々。
見慣れた食堂は、見るも無惨な姿になっていた。
サツキの脳が一気に覚醒する。
「何だこれは……? 誰がやったんだぁぁぁぁ!」
「お前だよ……」
ボロボロの体でアセビが立ち上がり、サツキの頭を軽くはたいた。彼女は自身を指差し、そんなはずはないだろうと首を横に振る。酔って暴れまわったことは、記憶にないようだ。
「私がやっただと……? そんなはずはない!」
「覚えてねえだろうな……お前マーガレットに無理やり大量に酒飲まされて、酔っぱらってたからな……」
サツキはアセビの目を見つめる。嘘をついているようには見えなかった。
「わ、私がこんなことをするはずが……」
サツキは、本当に自分がこの惨状を作り出したのだろうかと疑っていた。
部屋の隅を見るとマーガレットが頭を抱え、小刻みに震えていた。目は虚ろで大きなショックを受けたことが伺える。
「マーガレット……少し聞きたいことが……」
サツキがマーガレットに近づくと、彼女は錯乱して頭を床に擦り付け、大声で泣きわめき始めた
「いやぁぁぁぁぁぁ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」
マーガレットの様子を見て、サツキは確信する。これは自分がやったのだ、と。
「……マジで?」
「……マジで」
「こ、これは一体……」
アセビたちが振り向くと、大男が呆然と立ち尽くしていた。
目撃者も多く、物的証拠は数え切れないほどある。隠しきれるものではない。
アセビとサツキは顔を見わせ、同時に頭を下げた。
「すんまっせんっでしたっ!!」
「申し訳ない!!」
「と、とりあえず何があったか教えてくれ!」
アセビとサツキは大男に詳しい事情を伝え、巻き込んでしまった者たちに何度も頭を下げて謝罪し、慰謝料と修繕費を支払った。ゴブリン退治で得た報酬は、全て失われてしまったのである。
酒の追加を許可したアセビが悪いのか。破壊の限りを尽くしたサツキが悪いのか。酔いつぶれて何もしなかったルピナスが悪いのか。鬼を生み出してしまったマーガレットが悪いのか。それは誰にもわからなかった。
ただ、多分、絶対、マーガレットが悪い。




