狼さんは年下の男の子がお好き 7
アセビ一行は商店街を歩いていた。周囲はすでに薄暗くなっている。もうすぐ夜がやってくるのだ。
「とりあえず、帰りましょ。おじさんにはあたしたちからうまく連絡しておくわ」
「小さくなったとは言えないし信じてもらえないだろうからな。あとはマーガレットと私に任せてほしい」
「オッケー頼むわ! じゃあオレは晩ご飯の買い物してから帰るから」
アセビはポケットから買い物用の袋を取り出し、八百屋へと向かった。小さな体になってしまったので、野菜を大量に購入することはできない。最低限の買い物しかできないだろう。
アセビが残念そうにうつむいていると、ルピナスが近づいてきた。どうやら買い物の手伝いをしたいようだ。
「ぼくもいっしょに行くよぅ」
「サンキュー! それにしても、まさかお前に力仕事を手伝ってもらう日がくるとは思わなかったぜ」
「もっとぼくのこと頼りにしてほしいなぁ」
アセビとルピナスは並んで八百屋へと向かった。まるで仲の良い小さい姉弟のように見える。
他人と会話することが苦手なルピナスだが、アセビとチームを組んで以降、簡単なお使いができる程度のコミュニケーション能力は得られていた。変わらないものなど、どこにもないのかもしれない。
ルピナスは八百屋につくと、慣れた様子で商品を選んで財布を取り出した。
「……これとこれとこれください」
「全部で300イーサンだね!」
ルピナスは金を素早く渡した。慣れたとはいえ、重度のコミュ障なのだ。できるだけ早く、みんなのお家に戻りたいのである。
「虫のお嬢ちゃん、いつもありがとうね。今日は弟くんといっしょかい?」
「……えっ」
「はいこれ! おまけしとくから!」
おかみさんはアセビに向かって、小さなリンゴを2個手渡した。よく見たら表面に傷がついている。このリンゴは売り物にはならないから、おまけとして配っているのだろう。
「おばさん、あざーす!」
「ちょっと傷あるけど味は大丈夫だから! またウチで買い物しておくれよ!」
「うっス!」
アセビはおかみさんに頭を下げると、ルピナスといっしょに八百屋を出た。すでに日は沈んでいるため、周囲は暗く、足早に移動する者が多い。それぞれが帰るべき場所へ向かっているのだ。
「さて、ルピナス。オレたちもさっさと帰ろうか」
アセビがルピナスを見つめると、彼女の顔は真っ青だった。体を小刻みに震わせており、この世の終わりと言わんばかりの表情を浮かべている。
ルピナスは足元がおぼつかない様子で、ぶつぶつと小さな声で何かを呟きながら、路地裏へと進んでいった。
「お、おい! ルピナス大丈夫か!?」
心配したアセビがルピナスを追いかけると、頭を抱えてしゃがみこんでいる姿が目に映った。明らかに様子がおかしい。
アセビはルピナスに駆け寄ると、安心させるように背中を撫で、ゆっくりと語りかけた。
「どうした? 気分が悪くなったか? 水飲むか?」
ルピナスはアセビの声を聞いて気分が少し落ち着いたらしく、そっと顔を上げた。何度も深呼吸をすると、絞り出すように、言葉を紡いだ。
「八百屋の……おばちゃん……」
「おばちゃんがどうした!?」
「覚えてた……ぼくのこと……」
「……うん?」
「おばちゃん……ぼくのこと覚えてたよぅ!」
ルピナスはそれだけ言うと、よほどショックだったのか、大粒の涙を流している。
アセビはなぜ泣いているのか理解ができず、尋ねることにした。
「野菜買うときはいつもあの八百屋利用するだろ? 覚えられてるのは当然じゃないか? 常連だしな」
「ダメだよぅ! ぼくもうあの八百屋さんには、怖くて行けないよぅ!」
「マジっスか」
「普通のお客さんのままが良かったよぅ……」
全ての人間と仲良くなりたい者もいれば、最低限の付き合いでいいと考える者もいる。ルピナスは、後者だった。アセビにはなかなか理解できなかったが、コミュ障という人種は、そういう生き物なのだ。
「なぁルピナス。オレたちはクレマチスを救った冒険者ってことで新聞に載っちまったからな。お前の顔はすでに色んな人に知れ渡ってると思うぞ」
「うぅ……怖いよぅ」
「良い機会だ! どんどん顔売って、クレマチスに虫姫ルピナスここにありって宣伝しようぜ! 大丈夫! 怖くない、怖くない!」
アセビが冗談を言いながら笑顔を見せると、ルピナスは頬を赤くして、照れくさそうに頭をかいた。
「それはちょっと恥ずかしいなぁ……」
ルピナスは急いで立ち上がると、アセビの手を握って路地裏を飛び出した。表情は明るい。先ほどまで見せていた絶望感に満ちた顔は、忘却の彼方だ。
「心配かけてごめんね。早く帰ろう」
「お前が元気になって安心したぜ」
「うん。ぼくもっともっと頑張る!」
「ははっ、頑張らなくていいさ。お前のペースでゆっくり進んでいこう」




