狼さんは年下の男の子がお好き 6
「まー、あなたの性格はともかく! 悪人じゃないのは特別サービスで認めてあげるわ。アセビを小さくしたことは許さないけれど」
「カトレアって変な人だけど良い人みたいだね。アセビ小さくしたけど」
「あはは……」
容赦なく上げて落とすマーガレットとルピナス。カトレアは苦笑いすることしかできなかった。多少の名誉は回復できたが、大きな失態を犯した事実は変えられないのだ。
サツキはまだ少し警戒心が残っているのか、腕を組みながら、冷静にカトレアを観察していた。
「元冒険者だと言っていたな? 荒事にも慣れていると見える。マーガレットに押さえつけられても簡単に逃げ出せるわけだ」
「いやぁどうでしょう……あまりそっち方面のお仕事は得意じゃなかったので……いつもドリンクを作ってお金を稼いでました」
アセビは常連のおっさんたちが飲んでいたドリンクを思い出した。
「ああ、おっさんたちに人気だもんな」
「ん〜、常連のお客様に提供しているものとは少し違いますネ。ワタシが現役のころに作っていたものは、特殊なドリンクでして……」
「特殊? どういうことだ?」
サツキからの質問。彼女はまだ警戒している。カトレアのことを少しでも多く知りたいのだろう。
「戦闘や罠で負った傷を癒やす効果のあるドリンクを作っていたということですぅ」
「えっ!? すごくね!? あんた実質回復魔法使いってことじゃねえか!」
「そうでもないですぅ。ドリンクの性質上、1日1杯の制限がありましたからねぇ」
カトレアはアセビが称賛しても、謙虚に振る舞っていた。回復魔法ができない者にとって、傷を癒せるドリンクは超がつくほどの貴重品だったことだろう。それなりの値段で取引されていたはずである。
「実際当時所属していた冒険者ギルドではそこまで高い地位じゃなかったので……あっ、クレマチスの冒険者ギルドはランク制じゃないんですよネ?」
「う? ランク制?」
聞き慣れない言葉に、ルピナスが首を傾げる。愛する妹分に説明するため、サツキが口を開いだ。
「冒険者ギルドに所属している人間を、階級で分けるんだ。人気や実力のある者は、高いランクに所属することができる。つまり高級取りになれるのさ」
「すごいんだなぁ!」
「フフフッ諦めるんだな。私たちの冒険者ギルドは階級制度ではないからな」
ルピナスはサツキのわかりやすい説明に夢を感じたらしく、瞳を輝かせている。
しかし階級制度の冒険者ギルドは、実力主義の考えということでもある。つまり待遇に格差が生まれてしまうのだ。
カトレアは厳しい現実を知らないルピナスから目を逸した。どこか遠い目をしている。
「みんな平等な方が良いですよ……絶対……はい」
「でもSランクの冒険者って名乗れるのすごくかっこいいと思うんだなぁ」
「う〜ん。給料はそこそこ良かったですけどねぇ。そんなに自慢できることじゃなかったと申しますか」
カトレアは、まるでSランク冒険者だったような口ぶりで語っている。
マーガレットはやれやれと肩をすくめる。カトレアの首に手を回して、指で頬をつついた。
「ちょっと待ちなさいよ。あなたあまり地位高くなかったんでしょ? なんでSランク冒険者が自慢できないってわかるのよ」
「当時のカトレアのランクは? Cとか?」
カトレアが恐る恐る手を挙げた。
「えっと、Sでした。ワタシ自身はMなんですけど」
「えっ、Sですって!?」
「つまり超1流の冒険者様だったってことか!?」
「ワタシの趣味趣向はスルーされちゃいましたねぇ」
マーガレットは想像とは違う答えに驚き、素早くカトレアから離れた。
サツキは納得しているのか、黙って頷いている。
当時のカトレアは回復魔法と変わらない効力の薬を作っていたのだ。半端に腕っぷしの強い冒険者よりも、重宝されていたはずである。
「まぁでも、Sランクの中でも序列に近いものはありましたので……別に自慢できないと言いますか」
「ラ、ランクは高いけど立場は弱かった感じかしら?」
「ワタシが現役だった時のSランク冒険者は確か20人でした。ワタシは……えっと……ナンバー5ぐらいのポジションでしたかね?」
「ナンバー5!?」
「めちゃくちゃ地位高くね? つーかこの姉さん超超超エリート様じゃね? もっと自慢しろよ。誇れよ」
マーガレットは再びカトレアに飛びかかり、首を閉めた。てっきり下っ端冒険者だったのかと思えば、優秀なSランク冒険者だったのだ。マーガレットは小馬鹿にされたと感じたのである。
カトレアは顔を赤くし、必死にもがき始めた。
「苦しいですぅ! 離してほしいですぅ!」
「さっきから言ってること、現実だったことが全然違うじゃないの! 何よSのMランク冒険者って!」
「マーガレット、逆だぞ」
「く、くるしっ……! でも本当に給料が良かったぐらいしか良いことなかったんですぅ……!」
「まぁまぁ、マーガレット! どう感じるかは本人次第だからさ!」
マーガレットの背中にアセビしがみつく。いつもの彼なら簡単に止めることができる。しかし今は幼き少年の姿であり、力で押さえつけることは難しい。大人しくマーガレットが引き下がってくれることを祈るしか無いのだ。
「……しょうがないわね」
「はぁはぁ……た、助かりました……」
マーガレットは素直にアセビの言うことを聞いて、カトレアの首から手を離した。彼女もサツキのように、特別な感情が芽生えたのかもしれない。
カトレアは腰をかがめてアセビと視線を合わせ、両手を握って感謝の気持ちを表した。
「アセビさんにはご迷惑をおかけしたばかりなのに、助けていただいてばかりで……」
「いいっていいって! 気にするなって!」
「年下からしか得られない栄養素って……あるものなんですねぇ……アセビさん、お金払うからちょっとお願いしたいことがあるのですが……」
カトレアはひどく興奮しているのか、呼吸を荒くしながら、アセビをじっと見つめている。その目は獲物を前にした猛禽類のように鋭い。
「自分の世界入るの止めてもらっていいスかね。それよりオレ早く大きくなりたいんスけど」
「カトレア興奮しすぎて、アセビと同い年っていう設定忘れちゃってるね」
「あっそうでした。うっかり忘れてました。ワタシ18でした」
その後両陣営で冷静に話し合った結果、今日中にアセビの体を戻すことは不可能という判断が下された。今できることは何もないため、このまま解散ということになったのである。
「明日また来るよ。それまでに何かアイデア考えておいてくれよな!」
「は、はい! 必ずアセビさんを元のお体に戻すことを誓います!」
カトレアはアセビ一行を出口まで送ると、深々と頭を下げた。彼女は今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。体を元に戻せなかったら、年若い青年の人生を台無しにしてしまうことになる。その事実が、カトレアの心に罪の意識を刻み込んでいるのだ。
アセビは苦笑いしながら、カトレアの手を握った。
「そんな顔するなって! うまくいくって!」
「は、はい……!」
アセビは背伸びをしてカトレアの肩を叩くと、そのまま仲間と並んでゆっくりと帰って行った。
「年下男子……いいですねぇ……」
カトレアはアセビ一行の背中が見えなくなるまで、じっと見つめていた。




