ぼっちは自分が気に入った人を逃さない 4
「巣はまだ奥に続いているみたいだ。さあ行こう」
「あ、あぁ……」
目の前の鬼に見えた人物は、アセビたちの知っているサツキだった。狂気に満ちた笑顔もなければ、さきほど見せた異様な雰囲気もない。ように、見える。
サツキは歩みを止めない。このまま正面から、ゴブリンたちを切り捨てるつもりなのだろう。
陽動作戦は無理と判断し、アセビは諦めてそのまま進むことにした。
「もしかしてだけど、サツキってやばい系の人だったりする? マジで怖かったのだけれど」
「……怖いよぅ……帰りたいよぅ……」
マーガレットが小声でアセビに訪ねる。
アセビは思った。サツキという女、マーガレット、ルピナスよりもずっとやばい。マジでやばい、と。
本音を口にしそうになるが、アセビは堪えた。不安にさせるような発言は慎むべきと考えており、仲間は信じるものとも思っているからだ。
「敵には容赦ないってタイプだろうな! 強くてカッコいいサツキが仲間で良かったぜ!」
アセビは震える声で褒め称えた。そうしなければ、自身がサツキを仲間と認識できなくなってしまうと思ったからだ。
アセビからの称賛の声を聞き、サツキが振り返り顔を押さえる。
「フフフッ褒めても何もでないぞ?」
サツキは嬉しそうにしつつも、照れ臭そうだった。鬼のような女剣士とは思えない。
アセビとマーガレットはほっと胸を撫で下ろすが、ルピナスだけは恐怖に震えていた。
「怖いよぅ……サツキは鬼だよぅ……」
「大丈夫だって! 平気平気!」
しばらくゴブリンの巣を進むと、サツキが歩みを止める。
錆びたナイフや棍棒を握る者たちが憤怒の形相で待ち構えていた。この巣の住人、ゴブリンたちである。
「キキキィィィ!」
「ニンゲン! コロス!!」
「ナニシニキヤガッタ!!!」
ゴブリンは緑の皮膚をもち、角が生えている。体格は小柄で力も強くなく、知能は低い。単体では驚異になりえないモンスターだ。
しかし集団で獲物を襲う習性があり、奇襲を得意とする。油断していると、ベテランの冒険者でも命の危険のあるモンスターと言えるだろう。
「出やがったなゴブリン! ルピナス、芋虫を呼んでくれ! マーガレットはルピナスの後ろで待機だ! 誰かが傷ついたらヒール頼む!」
「お手伝いしなくていい感じ? オッケー、怪我したらあたしに任せて!」
「大地を揺るがす……天を引き裂く……偉大な力を持つ救世主……召喚……芋虫さん」
ルピナスが呪文を唱えると瞬く間に芋虫が現れ、ゴブリンたちを威嚇した。
「よし! 芋虫、できるだけオレとサツキでなんとかするけど、きつそうなら援護頼むぜ!」
アセビがゴブリンの数を確認すると、12体いることがわかった。数でいえばアセビたちが不利だが、正面から不意打ちされずに挑めば倒せないわけではない。
何より圧倒的な実力を持つサツキがついている。
「よっしゃあ! これで終わりにしてやるぜ!」
アセビが銅の剣を構える。そのままゴブリンに向かおうとすると、サツキが唇をとがらせ、声をかける。
「むぅ……アセビ。私には彼女たちみたいに指示を出してくれないのか? 寂しいぞ?」
「いや、あんたには指示いらねえだろ……じゃあ、ほどほどにお願いしますとだけ言っておくわ……」
「うむ!」
アセビの指示を聞き、サツキは満足げに頷く。腰に差した刀を抜き、ゴブリンに襲いかかった。
アセビも負けじとそれに続く。
「ストレングス発動! オラオラァ!」
「はっ!」
サツキはゴブリンの脳天に一撃を食らわせ、流れるように攻撃を避けながら、的確に急所を貫く。たった数秒で2体倒してしまった。
アセビは素早い動きに翻弄されそうになりながら、ゴブリンの攻撃を銅の剣で受け止め、拳で殴り飛ばす。確かな手応えを感じ、ニヤリと笑う。ゴブリンは勢いよく壁に激突すると、動かなくなった。
「いいぞアセビ! この調子で全滅させよう!」
「おう任せてくれよ! ってもうサツキ6体倒してるじゃねえか! オレまだ1体しか倒してねえよ!」
仲間がやられて動揺したのか、ゴブリンたちの動きに焦りが見えた。
単純な攻撃は当たらない。サツキは華麗に避け、的確に刀で急所と貫く。アセビは武器で受け止め、力で押しきる。それぞれ違う戦い方だが、不思議とふたりの息は合っていた。
その後もゴブリンは各個撃破されていく。1匹生き残ったゴブリンが、マーガレットたちに襲いかかった。
「あっ!? こっち来たわよ!?」
「キキィィィ!!!」
アセビやサツキには敵わないと判断したらしい。
しかしゴブリンは糸で動きを止められ、その場に転がされてしまった。芋虫が近づかれないように、動きを拘束したのだ。
「芋虫さん!」
「芋虫くん、ありがと!」
ルピナスは契約したモンスターの活躍を喜び、頭を何度も撫で回した。芋虫は嬉しそうに目を細めている。
12体のゴブリンは、アセビたちにあっという間に倒されてしまった。
「やれやれ、終わってみれば瞬殺だったな。まー、ほとんどサツキが倒したんだけど」
「アセビがいたからこそ、思う存分動けたのさ」
「ちょっと緊張感あったわね。まー、1体ぐらいならあたしでも倒せたとは思うけれど」
「芋虫さんもがんばったね」
ゴブリンの巣は行き止まりになっていた。ターゲットは全員倒したとアセビたちは解釈する。
安心したのか、マーガレットが軽く伸びをし首を鳴らしていた。
アセビが銅の剣を鞘に戻し、サツキも腰に差した鞘に刀を戻す。今の戦闘では、彼女に異様な雰囲気はなかった。頼れる姉御を思わせるいつもの女剣士のままだ。
アセビがじろじろと見つめていると、サツキが肩をすくめて両手を広げた。
「ん? アセビ? 私の顔に何かついているか?」
「いや? 別に?」
さっきのは何だったのだろうかと疑問に思うアセビだったが、仕事が終わったのだ。今は個人のことを詮索しなくてもいいと判断する。
マーガレットが欠伸をしながら、巣の出口に向かって歩きだす。
「晩ごはんはまた豪勢にいきたいわね! 次はお酒をもう少し飲みた……」
マーガレットが喋るのを止めた。
目の前に石の兜を被った巨体のモンスターが現れたからだ。
「ホ……ホブゴブリン……!?」
それはホブゴブリンと呼ばれる、ゴブリンの上位種だった。通常のゴブリンより体が大きく、力も強い。
知能もそれなりにあるため、侮ると痛い目を見ることになる。
「なんだとっ! まだ生き残りがいたのか!?」
「見逃がすはずがない! 恐らくあのホブゴブリンは今帰ってきたんだ!」
どうやらこのホブゴブリンが巣のリーダーらしい。彼はサツキの予想通り、餌を求めて出かけていた。巣の異変に気づいて奥に進み、アセビたちと鉢合わせたのである。
ホブゴブリンは額に青筋を浮かべ、怒りで体を震わせていた。
「コブンヲコロシヤガッタナ!!! コロス!!!」
ホブゴブリンが右腕に握られたこん棒を振りかぶる。
迷いやためらいはない。
自分の巣を荒らした人間に、かける情けなどあるはずもないのだ。
「ひっ……」
自身の死を覚悟したマーガレットが目をつぶる。
ホブゴブリンがこん棒を振り下ろすと、ゴブリンの巣に鈍い音が響き渡った。
「……あっ……」
攻撃を受けたのはマーガレットではなく、とっさに彼女をかばったサツキだった。




