狼さんは年下の男の子がお好き 4
「どうなっているんだ!? なんでオレの体は小さくなってしまったんだ!?」
「あわわわわ……」
アセビとカトレアが慌てていると、雑貨屋イベリスの扉が勢いよく開かれた。マーガレットたちが到着したのである。
アセビが大変なことになっているとは知らず、問題児どもはのんきに店内をチェックしている。
「噂通り、おじさんたちが多いわね」
「ライオンちゃんの看板可愛かったね。お店にも銅像が置いてあるけど、こっちは怖いよぅ」
「うむ。ライオンも気になるが、アセビはどこだ?」
「アセビー? いるのー?」
「入れ違いになったのかな?」
マーガレットとサツキは、猛禽類のように鋭い眼光でアセビを探している。フリースペースでのんびりと過ごしていた常連のおっさんたちは、ふたりのプレッシャーに圧倒され、急いで店の外に逃げ出した。
「それにしてもいい店じゃない。あたしならこのフリースペースで1日過ごせるわ。ここで自由におしゃべりしてもいいんでしょ?」
「ぼくは人がいっぱいなお店屋さんは嫌だなぁ」
「あと調べていないのは……」
マーガレットたちが店内を徘徊している。問題児どもの行進だ。関わり合いになりたくないのか、店内に残っていたおっさんたちは、全員外に飛び出した。
「あらやだ。おじさんたち出て行っちゃったわ」
「静かになってよかったんだなぁ」
マーガレットたちが店内の奥に進むとカウンターが目に映った。その近くには灰色のロングヘアーの女性店員と、赤毛の少年がいる。ふたりとも呆然とした表情で立ちすくんでいた。
「ふ〜〜〜ん」
情報通りの美女を発見した。マーガレットは敵意を剥き出しにしながら女性店員を観察した。
「アレが噂のおっぱい女ね。まぁ……確かにめちゃくちゃ美人ね。フン!」
マーガレットは悔しそうに唇を噛んだ。スタイルの良さでは敵わないと思ったのだ。実際に身長、胸と尻の大きさではカトレアがマーガレットを上回っている。
「さ・て・と」
マーガレットは大股で女性店員に近づいた。柔らかな笑みを浮かべているが、その目は笑っていない。
「ごめんなさぁい。ちょっといいかしらぁ? 一応聞いておくけれど、あなたがこの雑貨屋さんの女主人さんよねぇ?」
「あっ……こ……こんにちは」
青ざめながら小刻みに震えるカトレアを見て、マーガレットは舌なめずりをした。これでは獲物を前にした猛獣である。
「アセビがこのお店に来たでしょ? 赤毛の田舎っぽい男の子なのだけれど」
「もう帰っちゃった?」
「すれ違ったのなら、このまま失礼するが」
カトレアは瞳を潤ませ、体を震わせている。その反応を見て何かを知っているものと確信し、ルピナスは店の入り口に鍵をかけた。当然誰も出入りできないようにするためだ。
「えっ……な、なんで鍵をかけたんです……?」
カトレアの質問を無視し、マーガレットは腰に手を当て、顔を近づけた。
「ねぇ? アセビはどこに行ったのよ? お店の中にはいないわよ?」
「そのぉ……」
「アセビはどこにいるんだ? 嘘偽り無く正直に答えてもらおう」
サツキがヤグルマソウを抜き、カトレアへ向けた。嘘をつこうものなら、突き刺すことも辞さないと言わんばかりの態度だ。
いつのまにか芋虫も召喚されていた。彼女はじりじりとカトレアに近づいている。完全に逃げ場のない状態が作られていた。
カトレアは体を縮め、問題児どもを見回した。
「ひ、ひぃぃぃ! あなた方は何者なんですぅ!?」
「お黙り! あたしたちはただの冒険者よ! このお店にアセビが来たんでしょ! 別に何もしないから、アセビがどこに行ったのか早く言いなさい!!」
「あのぉ……」
マーガレットたちの耳に、聞き慣れない声が届く。問題児どもが視線を向けると、わんぱくそうな赤毛の少年が立っていた。彼はどこか親しみやすそうな雰囲気を漂わせている。
そんな赤毛の少年を見て、マーガレットたちは自然と笑みを浮かべた。
「あらやだ。大声出しちゃってごめんなさい。驚かせちゃったわね。それにしてもあなた可愛いわ」
マーガレットが赤毛の少年の頬を指でつついた。
コミュ障のルピナスも興味を持ったらしい。赤毛の少年に近づき、顔を覗き込んでいる。
「この男の子、ちょっとアセビに似てるね。優しそうだし髪の毛も赤色だよ」
「フフフッ坊や、お使いかな? 偉いじゃないか」
サツキが赤毛の少年の頭を優しく撫でた。彼は気まずそうに手を挙げ、口を開く。
「あの……オレ……アセビなんだけど」
問題児どもは顔を見合わせゲラゲラと笑った。少年はアセビと名乗ったが、どう見ても幼い子どもにしか見えなかったからだ。
マーガレットはニヤニヤと笑いながら、少年の額を指でつついた。
「コラコラ、あなたお姉ちゃんたちをからかったらダメでしょ?」
少年はマーガレットの指を払いのけると、真剣な表情で彼女を見上げた。
「マーガレットはジャムパンが大好きで、回復魔法の達人。誰にも言えない大事な隠しごとがある」
「えっ」
マーガレットは少年の発言に、目を見開いた。大事な隠しごと。それは天使や天界のことについてだろう。
「ルピナスはちょっとマイナス思考だけど、本当は優しい召喚士。お兄さんはカランコエで医者をやってる」
「おぉ」
今度はルピナスが驚かされる番だった。シャガがカランコエで医療に携わっていることを知る者は少ない。芋虫は動揺するルピナスを落ち着かせるよう、足にぴたりと張り付いた。
「サツキはみんなの頼れるお姉ちゃん。またみんなでシャクナゲに行こうぜ」
「むっ」
シャクナゲに行ったことを知っているのは、アセビ一行とフジフクシアコンビのみだ。しかし目の前の幼い少年は、いっしょに同行したかのように語った。
マーガレットたちは目を丸くしている。目の前の少年は誰も知らないはずの情報を全て知っていた。それが意味するものはひとつしかない。
マーガレットが震える手で少年を指差す。
「えっと……マジでこの子……アセビなの……?」
少年はブイサインを作り、満面の笑みを浮かべた。
「おう! アセビだぜ!」
「えぇぇぇぇぇぇ!?」
雑貨屋イベリスに、マーガレットたちの叫び声が響き渡る。
嘘だと思った。冗談だと思った。何かの間違いだと思った。しかし嘘でも冗談でも間違いでもないのだ。
マーガレットが幼い少年と化してしまったアセビの両肩を思いっきり掴んだ。
「ちょっと!? アセビさん、なんでそんなに小さくなっちゃったのよ!?」
「アセビ……ぼくよりちっちゃくなっちゃった……」
「これはどういうことなんだ……?」
問題児度もは困惑し、口から次々と言葉を吐き出している。彼女たちを落ち着かせるよう、アセビは手のひらを向けた。
「どうどう。みんなとりあえず聞いてくれ。恐らくだが原因は届け物をしたときのお礼にもらったアレだ。飲んだあと、気づいたら体が縮んで子どもの姿に戻ってたんだわ」
アセビがレジに置かれた小瓶を指差す。中身はまだ残っていた。禍々しいオーラを放っている。
カトレアが恐る恐る手を挙げ、口を挟んだ。
「そちらは開発中の商品でして……通常の健康ドリンクよりも元気がみなぎるように調合したのですが……失敗してしまったみたいですぅ……」
「味は良かったよ。だが元気がみなぎりすぎて、若返っちまったみたいだ」
マーガレットは困惑しながらも、ツルツルな脳みそを回転させた。アセビが小さくなった原因。それは目の前のカトレアにあると判断したらしい。
マーガレットはむすっとしながら腕を組んだ。ジロリとカトレアを睨みつけている。
「は? ありえないんですけど? なんで開発中のわけのわからないドリンクをアセビに飲ませたのよ?」
「返す言葉もないですぅ……」
マーガレットは額に青筋を浮かべながらも、カトレアに希望を見出すことにしたらしい。アセビの体を小さくする原因を作ったのなら、それを解決できる方法を知っていると思ったからだ。
「で? アセビまた大きくなるんでしょ? このままだと? お姫様抱っこも? 頭なでなでも? 背中ポンポンも? してもらえないんですけど? あたし? それは? マジで? 困るんですけど?」
カトレアはマーガレットから視線を逸らし、小さく頷いた。
「多分……はい……治せます……はい」
「多分て」
不明瞭な返事だった。ルピナスが珍しく呆れたようにツッコミをいれる。段々と雲行きが怪しくなってきたからか、問題児どもは不安になっていた。
「アセビが小さくなったのは、あなたの作ったそれが原因ということはわかった。それなら今すぐ元にもどしてもらおうか」
サツキが腰に差したヤグルマソウに手を伸ばす。彼女は大切な弟を小さくされ、内心苛立っていたが、カトレアに制裁を加えても意味がないことは理解していた。
サツキはじっと様子を伺っている。猛禽類のようにするどい視線を向けながら。
殺伐とした空気が漂っている。アセビはそれを和らげようと、笑みを浮かべてカトレアに声をかけた。
「姉さん。あんたのスーパー健康ドリンク、開発中止にしたほうがいいかもな。常連のおっさんたち、オレみたいにちびっこになっちまうぜ」
「てへへっ……」
カトレアは拳を額に当て、舌を出してミスをごまかすように笑ってみせた。
常連のおっさんたちなら、この姿を見ればどんなことも許してしまうだろう。例えそれが、失敗作の健康ドリンクを飲んでしまった場合だったとしても。
何かがキレる音がした。問題児どもの額に浮かぶ青筋がぴくぴくと痙攣している。
「あー、ムカつくわ。マジモードでムカついたわ」
「今のはちょっとイライラしたかも」
「うむ」
だが、悪魔どもは常連のおっさんたちのように優しくはない。カトレアに感じていた怒りは、先ほど彼女が見せた動作のせいで倍増している。
そしてサツキは、弾けた。
「やはり腕の1本ぐらい落としておくか」
サツキが素早くヤグルマソウを抜き、カトレアの肩を掴んだ。今にもそれを振り下ろしそうなオーラを放っている。
アセビの発言のおかげで余裕を取り戻していたカトレアだったが、その感情は恐怖に支配されていた。サツキから離れようと必死に抵抗している。
「ひぃぃぃ! ごめんなさぁい! 暴力はやめてくださぁい!」
「サツキ、その女静かにさせて。うるさいわ」
「イライラするんだよ」
「承った」




