狼さんは年下の男の子がお好き 3
「ここかぁ。雑貨屋イベリスは」
アセビは雑貨屋イベリスに到着していた。看板には店名と、銀色のたてがみのライオンが可愛らしい絵柄で描かれている。一見すると普通の雑貨屋なのだが、窓の外から店舗を覗くと、噂通り男性客が多い。
アセビは女子が多いよりは、こっちの方がいいやと思いながら店の中に入り、さっさと要件をすませることにした。
「おぉ……」
アセビは思わず声を漏らす。店内は甘い香りが漂っていた。シミ1つない清潔な白い壁が目立っている。
アセビが周囲を見回すと、ナイフ、ポシェット、ランタン等、冒険者が日頃から多用する商品が棚に並べられていた。値段も手頃でサイズも小さく、力の弱い子どもでも自由に携帯できそうである。
「やっぱ多いな……おっさんたち……」
店内の隅では、暇そうなおっさんたちが赤い液体の入った瓶を片手に世間話をしていた。
雑貨屋イベリスの店内の隅には、広いフリースペースが用意されている。自由に飲食が可能で、休憩もできる空間だ。
可愛らしいデザインのテーブルや椅子を見るに、本来は女性たちに使ってほしかったのだろう。しかし残念ながら、フリーススペースは、おっさんたちの憩いの場と化している。
アセビはしばらく店内を見回していたが、自分が何のために雑貨屋イベリスに来たか思い出し、首を高速で横に振った。
「いかんいかん! 早く要件を済まさないと!」
アセビは急いで店内奥へと進む。カウンターの周辺におっさんたちが集まっている。皆気前よく財布から金を出していた。
おっさんたちは赤い液体の入った瓶を握っている。鼻の下を伸ばしながら、カウンターの女性店員に向かって手を振っていた。
「カトレアちゃん、金ここに置いとくわ」
「姉ちゃん今日もありがとよ!」
「わしはこれを飲むためだけに生きてるからな!」
カトレアと呼ばれた女性店員は、笑顔でおっさんたちに頭を下げた。彼らはそれを見ると、満足そうな表情でフリースペースへ向かっていく。
「皆さんいつもありがとうございます! でも飲み過ぎには注意してくださいネ!」
女性店員の鈴の鳴るような声がアセビの耳に届く。それを聞いた店内のおっさんたちは、鼻の下を伸ばしてニヤニヤと笑っている。
アセビが声の聞こえた方向を見ると、女性店員と視線が交差した。
「あら〜、年下男子発見ですぅ」
「カウンターにはひとりしかいない。そうか、女主人ってのはあの姉さんか」
女性店員がアセビに向かって手を振った。腰まで伸びた灰色の髪。シワのないロングスカートからは細い足首が見えている。女性店員は、服の上からでもわかる豊満な胸を揺らしながら、アセビに近づいた。
「こんにちは〜」
女性店員は整った美しい顔立ちをしていた。街を歩けば、多くの男どもを魅了してしまうだろう。しかしお高く止まってはおらず、愛想が良い。おっとりとした雰囲気を漂わせている。
「初めてご来店のお客様ですネ! ワタシはカトレア・ウルフレアです! これからよろしくお願いしますネ!」
「どうも。冒険者ギルドのアセビ・ワビサビーっス。おっちゃんからこれ預かってきたんスけど」
アセビは重たいズタ袋をカトレアに見せた。彼女は思い出したと言わんばかりに両手を叩くと、申し訳無さそうに頭を下げる。
「ごめんなさいですぅ。それは今月分のお金ですネ。昨日取りに行くのを忘れておりました……」
「はは、忘れるのはよくあることっスよ。じゃあオレ確かに渡したんで。それじゃ」
ズタ袋の重みは、アセビの腕にしっかりと刻まれている。中身は恐らく金か宝石だろう。それも大量の。
大男の頼みごとは無事に終わらせた。アセビはさっさと店を出ようとカトレアに背中を向ける。
「あのぉ。ちょっとよろしいでしょうか」
アセビの肩をカトレアの細い指が掴んだ。
「お使いのお礼をさせてほしいですぅ!」
「おっちゃんからコーヒー奢ってもらってるんで。気にしないで大丈夫っスよ」
「そういうわけにはいかないですぅ! わざわざお金を持ってきてくださったんですから! 当店は雑貨屋さんですが、健康ドリンクも扱っているんですぅ! お礼に1杯ご馳走させてください!」
アセビは常連らしきおっさんたちが、赤い液体の入った瓶を握っていたことを思い出した。あれが健康ドリンクなのだろう。
アセビは少し興味が出たらしく、カウンターに置かれた樽を指差した。
「健康ドリンクってその樽に入ってるんスか?」
「はい! 1杯飲むだけで元気になるし、怪我やちょっとした病気にも効きますよ!」
「すげぇな。まるで回復魔法みたいだ。ちょっと試してみたいな」
「ただし、1日1杯だけというお約束で提供させていただいておりますぅ」
カトレアが声を潜める。飲み過ぎると体に良くない成分が含まれているのかもしれない。
邪推しても仕方ないため、アセビは余計なことを考えずに、健康ドリンクをもらうことにした。
「じゃ1杯もらっていいっスかね」
「はい喜んで! ただあなたには現在開発中のこちらのスーパー健康ドリンクをお飲みいただけたらと……」
カトレアは小さな瓶を取り出し、そっとアセビの前に置いた。中身は他の健康ドリンクとは違う。禍々しいオーラを放っていた。
アセビは不安を覚え、カトレアを見つめる。
「……これ本当に飲んでも大丈夫っスか? なんかやばいオーラ出てるように見えるんスけど」
「はい! 大丈夫ですよ! 通常の健康ドリンクよりも効果のあるものになっておりますぅ!」
「ふぅん」
アセビはスーパー健康ドリンクを飲むことにした。恐る恐る匂いを嗅ぐと、フルーツのような甘い香りが鼻孔をくすぐる。喉がごくりと鳴った。
「良い香りだ。これ材料何使ってるんスか?」
「えっとぉ……企業秘密ということで……」
「そっか。開発中の商品だもんな」
アセビは余計な詮索はせず、スーパー健康ドリンクに口をつけた。喉が焼けるように甘い。しかしほのかに感じる苦さが舌を刺激する。
「あっ、普通に美味いじゃん! これならちびっこやお年寄りもガンガン飲めるな!」
「お褒めのお言葉ありがとうございますぅ! 新商品として売り出せそうですネ!」
「オレは実験台だったってことスか?」
「い、いえ! そんなことはないですぅ! 開発中の商品ですが、自信作なんですよ! ぜひお礼に飲んでいただきたかったんですぅ!」
「はは、冗談だよ。それより……」
アセビは思わず腕を振り回してしまった。スーパー健康ドリンクの影響だろう。体から力がみなぎるのだ。
アセビは走り回りたい衝動に襲われ、体をうずうずとさせている。
スーパー健康ドリンクの効き目は抜群だったと判断したのか、カトレアは拳を小さく握った。
「ふふ、想像以上の効き目ですぅ」
「やばい。これマジで効くわ。元気が出てきた」
「非常にわかりやすいリアクション、ありがとうございますぅ。そうそう! アセビさんはあちらをご存知でしょうか?」
「ん?」
店の隅に銀色のライオンの銅像が置かれていた。カトレアはそれをじっと見つめている。銀色のライオンは看板に描かれていた。もしかしたら、この店のシンボルなのかもしれない。
アセビは首を捻り、肩をすくめた。
「これライオンっスよね? 申し訳ないっスけど、ちょっと知らないっスね……」
「えっ!? ご存知ない!? これはいけません! アセビさんにも知っていただかないと!」
カトレアは表情を一変させ、銀色のライオンを必死に指差している。余程大切なものだったのだろう。
アセビはカトレアに若干引きながらも、ライオンの銅像に目を向けた。
「ライオンはあんたの好きな動物なんスか? 確か看板にも描いてたような……」
「……あれれ?」
カトレアは目頭をごしごしと擦っている。まるで目の前で信じがたいことが起きたと言わんばかりに。
アセビは銀色のライオンの銅像から、自身の両手に視線を移した。
「それはそうと! あのスーパー健康ドリンクのおかげかな? さっきから力がみなぎるんだ! 今ならサツキとも互角に戦える気がするぜ! それにしても……」
アセビは視線を感じてカトレアを見上げた。
「あわわ……」
カトレアは体を震わせていた。青ざめた表情を浮かべてアセビを見つめている。
「ん?」
アセビは違和感を覚え、首を傾げた。カトレアの身長が、先ほど見たときより高くなっていたからだ。
「あれ? あんたそんなに大きかったっけ? 190ぐらいあるんじゃねえか? いやでもさっきまでオレの方が少し大きかっ……えっ」
店内に置かれた鏡に、赤毛の少年が映っている。彼のことをアセビは知っていた。そう、間違いなく。確実に見覚えがあった。
鏡に映った少年は、怪訝そうな顔でじっとアセビを見つめている。
「あれは……オレじゃないか……?」
アセビが口を動かす。鏡に映った少年も、同時に口を動かしていた。疑惑が確信に変わっていく。
カトレアは頭を抱えている。彼女はおろおろとアセビを見つめることしかできないようだ。
「ど、どうしましょう……!?」
「オレ……小さくなってる!?」
「どうしましょう!?」
そう、鏡に映っていた少年はアセビだった。夢や幻ではない。信じられないことに、アセビの体は縮んでしまっていたのだ。




