狼さんは年下の男の子がお好き 2
「どうしたんだよ、おっちゃん?」
「悪いがちょっと頼まれてくれねえか? 実は届け物をしてほしくてよ。最近できた雑貨屋イベリスって店知ってるか?」
「行ってもいいけど……イベリス?」
アセビ一行が首を傾げていると、少し離れたテーブルから、見知った顔なじみの冒険者たちが口を挟んだ。
「俺たち冒険者にとって、便利な道具や健康に良いドリンク扱ってる雑貨屋だぜ!」
「なんでもアレは全部、雑貨屋の女主人の手作りなんだとよ! 場所は冒険者ギルド出てまっすぐだ。おっさんたちのたまり場になっているから、行けばすぐわかると思うぞ!」
「へぇ。おじさんたち詳しいのね」
「俺たちも結構世話になってるからなぁ! ガハハ!」
何が愉快なのかはわからないが、顔なじみの冒険者たちはゲラゲラと大声を出して笑っている。
アセビは大男に顔を向けた。彼は期待の込められた視線を送っている。
「渡すだけなら別に構わないスよ」
「そう言ってくれると思ったぜ! 悪いけどちょっと用事があって離れられなくてよ」
大男はアセビに重みのあるズタ袋を渡すと、コーヒーを人数分持ってきた。お礼のつもりなのだろう。貸しは作っておきたくないらしい。
コーヒーは普段アセビ一行が飲んでいるものより、高品質なものだった。豊かな香りが周囲に充満する。
「じゃあ頼むぞ! イベリスに行くのはコーヒー飲み終わってからでいいからな!」
「オッケー! すぐやるぜ!」
アセビは味わうことなくコーヒーをたった1口で飲み干し、ズタ袋を握った。彼は雑貨屋イベリスに向かおうとしている。
当然マーガレットはまだコーヒーを飲み終わっていない。彼女は不満げに頬を膨らました。
「ちょっと! もう少しゆっくり飲みなさいよ! あたしたちはまだ1口も飲んでないんだから!」
「はは、お前たちはゆっくり飲んでてくれよ。野暮用はさっさと終わらせるに限るからな」
アセビはマーガレットのモチモチとした柔らかい頬を指でつつきながら、席を立った。
「雑貨屋さんって冒険者ギルドの近くなんだろ? すぐ渡して早く戻ってくるからよ! 戻ってきたらみんなでゆっくり晩ごはんの材料買いに行こう」
「ぶー! なら早く戻ってきなさいよね!」
「おう。じゃ、雑貨屋行ってくるわ」
女子たちはアセビの背中を見送ると、目の前のコーヒーに手を伸ばした。全員香りを嗅いで満足そうな笑みを浮かべている。どうやらアセビが戻ってくるまで、ゆっくりとくつろぐことにしたらしい。
冒険者は、日々戦いに明け暮れる毎日を送っているのだ。休める時に休むのも立派な仕事なのである。
ルピナスはコーヒーを冷ますため、息を吹きかけながら、マーガレットとサツキに視線を向けた。
「ふーっ、ふーっ。雑貨屋さんかぁ。ぼくもちょっと行ってみたいかも」
「でもおじさんたちのたまり場なんでしょ? 絶対変なお店だわ。行かないほうがいいわよ」
「やっぱりやめとく」
一瞬で意見を変えるルピナス。サツキは思わず吹き出してしまった。
人混みが苦手なルピナスにとって、雑貨屋イベリスは近づいてはいけない場所候補になってしまっていた。興味よりも安全をとる。ルピナスは冒険者に必要な危機管理能力があるといえる。
「まー、行ってみてもいいんじゃないかい?」
「そうだね。おじさんたち向けのお店かもだけど」
聞き慣れた声がマーガレットたちの耳に届く。それは同じ冒険者ギルドに所属する女性冒険者たちのものだった。彼女たちはマーガレットたちの近くの席に座り、骨付き肉を片手に握りながら、酒を飲み始めた。
「アタイたちは昨日雑貨屋イベリスに行って来たよ。気に入らなかったからすぐ帰ってきたけどね。扱ってる商品の質は悪くなかったし値段もそれなりに安かったんだけどねぇ」
「内装も雰囲気も女子受け重視って感じ! でも客はおっさんが多かったね」
「おじさんたちのたまり場っていうのは本当なのね」
冒険者同士の会話も貴重な情報源である。マーガレットは雑貨屋イベリスに行く予定はなかったが、興味が出てきたらしい。財布の中身を確認している。おこづかいの範囲で、何か珍しいものでも買えたらと考えているのだろう。
サツキが骨付き肉をかじる女性冒険者たちに目を向けた。
「それにしても、なんでその雑貨屋には男性のお客が多いんだ? 武器屋や男性専門の服屋というわけではないのであろう?」
サツキの疑問は最もである。
雑貨屋イベリスはおっさんに大人気の店だが、内装を見るに女子受けを狙った店らしい。明らかに対象外の客層が集まっている。
首を傾げているサツキに向かって、先ほど口を挟んだ顔なじみの冒険者たちが口を開いた。
「なんでって決まってるじゃねえかよ! 男どもは雑貨屋イベリスの女主人目当てに行ってるんだよ! めちゃくちゃ美人だからなぁ!」
「そうそう! それに上手くて安い健康ドリンクも飲めるしなぁ! ガハハハハ!」
冒険者たちは楽しそうに手を叩いて、大声で笑い始めた。食堂で食事をしている他の男性客たちも同調するように頷いている。雑貨屋に集まるおっさんたちが、女主人目当てに集まっているというのは、本当のことなのだろう。
一方女性冒険者たちは、苦虫を噛み潰したような顔になっている。
「男ってのはああいうのがいいのかねぇ! アタイは理解できないよ!」
「可愛い子ぶってる感じがもう無理。アタシああいうの嫌いだよ! 多分もう行かないと思う!」
「でもちょっと無理してる感じもしたねぇ。男受けを考えたらああしないといけないのかもねぇ」
女性冒険者たちの容赦のない口撃が飛び出す。その言葉には嫌悪感がこれでもかと含まれている。
男性冒険者が再び大声で笑い出した。
「おめぇたち嫉妬してんな? ガハハ!」
「美人で胸がめちゃくちゃでかくて愛想が良くて……勝ってるところがないもんなぁ! ガハハハハ!!」
ゲラゲラと笑う男性冒険者たち。彼らを睨みつけながら、女性冒険者たちはテーブルを手のひらで叩いた。バカにされたことで怒りの感情が爆発したのだ。
「うっさいよ! ぶっ飛ばされたいのかい!?」
「ぶん殴るよ!」
「おお、こわいこわい! オジサンたちはそろそろ退散するよーん!」
顔なじみの冒険者たちは、風のように素早く立ち去った。
怒りで修羅に覚醒しそうな女性冒険者たちを見て、周囲の男性客たちは小さくなっている。八つ当たりを恐れているのだ。
「ったく! これだからバカな男どもは……」
怒りで顔を赤くする女性冒険者たちが、マーガレットたちをチラリと見つめた。同じ女性として、助言をしたいらしい。
「ダンゴのこと、これからも大事にしなね。まー、あいつならあの女主人にも騙されないさ」
「あー、ダンゴくんみたいな彼氏ほしい〜」
女性冒険者たちは言いたいことを言うと、自身の席に戻って酒を楽しみ始めた。
雑貨屋イベリスとその女主人の情報を知り、マーガレットは腕を組んだ。これまで得たことを1度脳内で整理したいと考えたのである。
「美人……おっぱい……美人……おっぱい」
マーガレットは、ぽっと出の女主人にアセビが盗られることはないと思っている。思ってはいるが。どうしても不安な気持ちが邪魔をするのだ。
マーガレットがそわそわとしていると、ルピナスとサツキが同時にさっと席を立った。
「雑貨屋さん、気になるね」
「私たちも雑貨屋イベリスに行ってみるか?」
気づけばルピナスとサツキはコーヒーを飲み干していた。いつでも出発可能という状態である。
ルピナスとサツキの表情は緊張感に満ちていた。マーガレットと同じで、不安なのだろう。おっさん受けの良い謎の女主人に、大好きなアセビが盗られることを恐れているのだ。
マーガレットは、急いでカップいっぱいのコーヒーを口に含んで飲み込んだ。
「おまたせ! じゃあみんなで行くわよ!」
「もしアセビがその美人でおっぱいな人に盗られちゃったらどうするの?」
「決まってるじゃない! その女をみんなでとっちめてやるのよ!」
「どんな手を使ってでも奪い返す! 私はまだアセビからご褒美をもらってないのでな! フフフッ!」
頼れるヒーローと姉貴分の言葉を聞いて、ルピナスは
思ったことをそのまま口にすることにした。
「アセビは大変だなぁ」
マーガレットたちは足早に食堂を出た。雑貨屋イベリスに行くために。




