狼さんは年下の男の子がお好き 1
アセビ一行は全員で仲良くギルドの食堂で昼食を楽しんでいた。焼き立てのパン、こんがり焼けた鶏肉がテーブルに並べられている。おいしい昼食は、あっという間にアセビ一行の胃袋へと吸い込まれていく。仕事をしたあとで、全員空腹なのだ。
アセビは全員が食べ終わったのを確認し、マーガレットにあの話題を振ることにした。
「マーガレット。お前が昨日教えてくれたことなんだけどさ。あのことは、オレたちだけの秘密にしよう」
「あたしが天使だってこと?」
「おバカ!」
アセビ、サツキ、ルピナスが同時にマーガレットの口をさっと塞ぐ。3人は首を忙しなく動かす。周囲の冒険者や旅商人に、マーガレットの発言を聞かれていないか確認した。誰もアセビ一行の話を聞いていない。それぞれが楽しそうに会話をしている。
「セーフ……」
アセビたちはほっと胸を撫で下ろす。周囲の者たちに聞かれないように、アセビはマーガレットに顔を近づけた。
「天使ってバレたらクレマチスは大混乱だぞ。変な奴に目をつけられるかもしれない。黙っておこう」
アセビが小声でマーガレットにアドバイスした。
「解剖されちゃうよぅ」
「うむ。私も黙っていたほうがいいと思う」
アセビだけでなく、ルピナスやサツキも小声でマーガレットに助言する。彼女は悪魔のような問題児だが、正真正銘本物の天使なのだ。アセビ一行以外の人間にその正体が知られたら、大変なことになるのは間違いないだろう。
マーガレットは苦笑いしながら、手をひらひらと動かす。
「みんな心配しすぎよ。でもそうね。あなたたちの気持ちもわかったわ」
「わかってくれたか!」
「天使系アイドルマーガレットちゃんってことで売り込んだら、クレマチスにもっと人集まらないかしら? あたしもっともっと愛されるんじゃないかしら?」
「わかってねえじゃん全然ダメじゃん」
ルピナスとサツキが顔を見合わせ頷き、再びマーガレットの口に手を伸ばそうとする。彼女たちは本気で心配しているのだ。余計なことを言わないと誓うまで、絶対に口から手を離そうととしないだろう。
マーガレットは必死に首を横に振って、両手を合わせて頭を下げた。
「ごめんなさい! 冗談だってば! あのことは絶対に言いません!」
「絶対に?」
「約束だぞ? 約束を破ったら……」
「約束するわよ! 絶対! 必ず! 多分!」
マーガレットは必死の表情で、アセビたちに自身の正体が天使ということを口外しないと約束した。忘れっぽい性格だが、忘れることはないだろう。誰よりも恐ろしいサツキがしっかりと脅しているのだから。
「それにしても、3人とも苦しかったじゃない! 息ができなかったのよ!」
「ごめんごめん、これからは気をつけるよ」
「ぶーっ!」
適当に答えるアセビを見て、マーガレットが顔を赤くして頬を膨らませる。息苦しかったのは事実だが、構ってもらえるのは悪くないと密かに思っていた。マーガレットにとって、アセビに見てもらうこと、いじってもらうこと、甘えさせてもらえることこそが、大きな幸福なのだから。
サツキが意味深に口元を緩ませている。危ないスイッチが入った可能性が高い。
「苦しかった……か。フフフッアセビ?」
サツキは頬を朱色に染め、物欲しそうな目でアセビを見つめている。彼は嫌な予感を覚えながら、一応話を聞くことにした。
「ど、どうしたんスか……?」
「アセビ、私がうっかり例のことを喋ってしまいそうになったら……どうする?」
「どうって……」
「え? 飛びかかって押し倒した後におにぎりを口に押し込み吐き出させないように口を塞いで抵抗できなくしてから言葉の暴力を浴びせて涙を流す私を見て下卑た笑みを浮かべるって?」
「言ってないですね……」
「恐ろしい男だ……興奮してきたぞ?」
「えぇ……」
サツキは頬を朱色にしたまま、早口でアセビに言葉のマシンガンをぶっ放した。エンジン全開である。
サツキは先日豪邸でおにぎりを食べさせてもらい、温かい言葉をかけてもらった。もう1度アセビに同じことをしてほしいのだろう。アセビに構ってもらいたい、優しくされたい、甘えたいのはマーガレットだけではないのだ。
ルピナスがぽつりと呟く。
「目覚めたってやつなのかなぁ」
「サツキって、以前と違ってもうあまり恥ずかしがらなくなってきたわよね。本当の自分に向き合ったってやつかもしれないわ」
「捨てたらいけないものってあるよね」
マーガレットとルピナスは遠い目をしながら、頼れるお姉ちゃんを見つめている。
サツキは美人でスタイルが良く、剣の腕に優れ、家事を得意とし、性格は穏やかで面倒見が良い。年頃の女子が憧れる存在だろう。暴走しなければ、命の輝きを感じようとしなければ、だが。
サツキは上目遣いでアセビをじっと見つめた。
「その……なんだ。自分から申すのはあまりよろしくないとは思うのだが……コカトリス戦……私……少しは頑張ったであろう……?」
「う、うん」
「ご褒美……欲しい……なって」
サツキは頬を朱色に染め、もじもじとしながらアセビを見つめた。
「ご褒美……」
アセビはできれば命に関わること、特殊なことはサツキにしたくないと思っているのだが、コカトリスを倒せたのは確実にこの変態のおかげだろう。喜ぶことをしてもバチは当たらない。
アセビは恐る恐る口を開く。
「う〜ん……ちなみになんだけど。サツキさんはどういったご褒美が欲しいんですかね……? できれば普通な感じのにしてほしいんスけど……」
サツキは弾けるような笑顔を浮かべる。いつも自身のことを受け入れてくれる青年が、期待通りにご褒美をあげると言っているのだ。喜ぶなというのは無理な話なのである。
サツキは周囲を見回し、誰にも聞かれていないことを確認した。
「よし……誰も聞いていないな……フフフッ!」
「サツキさん。マーガレットちゃんとルピナスちゃんが近くで聞いてますよ。ガン見してますよ」
「そ、その……アセビにだな……」
「よぉ、お前さんたち食ってるか?」
サツキが口から欲望を吐き出そうとした瞬間、受付の大男が笑顔で話しかけてきた。普段より愛想が良い。頼み事を引き受けてもらいたいと思っているのだろう。
今のアセビにとって、大男の存在は間違いなく助け舟だ。ご褒美の話題を変えることができる。アセビは大男の話を聞くことにした。




