ときには天使のように 1
「あら? 今日はお仕事行かないの?」
「あぁ、心配しなくていいぜ。今日はフリーだ」
「あら素敵」
アセビ一行は長い間クレマチスを騒がせたコカトリスを倒した。大男はそのことに歓喜し、1日ゆっくり休むようアセビに昨日のうちに伝えていたのである。
「マーガレット。今日はみんなでゆっくり話をしよう」
アセビはそう言うと、戸棚から菓子を取り出し、皿に乗せてテーブルに置いた。さらに慣れた手つきでコーヒーを淹れ、人数分のカップに注ぐ。狭いみんなのお家に豊かな香りが充満した。
マーガレットは満足そうに胸を張り、親指を立てる。
「何でも聞いて! でも体重のことはダメよ!」
「安心したまえ。そういうことは聞かないから」
マーガレットはほっとしたらしい。のんきにテーブルに並べられた菓子を口に放り込んだ。
ルピナスとサツキは普段と変わらぬマーガレットの姿に安堵するが、コカトリス戦で見た背中の翼が気になっている様子だ。話を進めてほしいと言わんばかりに、アセビに視線を送っている。彼は頷き、マーガレットを見つめた。
「じゃあ単刀直入に聞くが……やっぱりマーガレットは人間じゃないのか? どうなんだ?」
「ずっと前アセビに言ったじゃない。あたしの正体は天使だって。今さら何言ってるの」
アセビはマーガレットと出会ったばかりのころを思い出す。確かに彼女は自らのことを天使と言っていた。しかしアセビはマーガレットが酔っ払って冗談を言っていると思い、見事にスルーしてしまったのである。
だがそのことを責めることができようか。いきなり天使だと言われて本気で信じる者などいるはずもない。
アセビはコーヒーを1口飲み、力無く笑った。
「はは……アレマジだったんだな。酔っ払ってたから冗談で言ってたのかと思ってたわ」
「もうっ! どうして信じないの! アセビにだけは本当のこと言ったのに! でも、昨日あたしの背中の翼を見たでしょ? あたしは人間じゃないわ。天使よ。信じてもらえたわよね?」
ルピナスとサツキが何度も頷く。
「かっこよかったんだなぁ」
「疑うものか。信じるさ」
実際にアセビたちはマーガレットの背中から、翼が生えてくるところを見たのだ。信じないわけにもいかないだろう。
ルピナスはコーヒーを1口飲み、マーガレットに質問をぶつけることにした。
「ぼくも聞いていい? 天使って何なの?」
「天使は天界に住んでるの。地上に住む人々を影からサポートして幸せにするお仕事をしているのよ」
天界。初めて聞く言葉にルピナスは首を傾げる。
「う? 天界ってなに? それはどこにあるの? なんで人間を幸せにするの?」
次々と質問を口にするルピナス。マーガレットは落ち着いてと言わんばかりに手のひらを向けた。
「天界は人間じゃ絶対に行くことはできない雲の上にあるの。それと良いことした人……そうね、徳を積んだ人って言えばいいのかしら? 天界ではそういう人を中心に応援しているのよ」
「う? 応援するのは徳を積んだ人だけ?」
マーガレットは質問を肯定するように頷く。
「そうね。他の天使の子は知らないけれど、あたしは徳を積んだ人だけサポートするべきだと思っているわ。自分勝手な人よりも、そういう優しい人にこそ幸せになってもらいたいじゃない」
「うん。ぼくもそう思う」
「優しい人間が笑顔でいられる。そんな素敵な世界をあたしたち天使は作りたいの」
ルピナスはマーガレットの発言に感動したらしく、瞳を輝かせている。
天使は徳を積んだ人間を幸せにするという、崇高な目的を持っているらしい。思いやりのある人間は笑顔になれるいうわけだ。
アセビも天使の活動に胸を打たれたらしい。マーガレットに向かって拍手をした。
「お前たちって立派な活動してるんだな。オレはいいと思うぜ。要するに、誰かのために行動した優しい人間が幸せになれる世界を作ろうとしているんだろ?」
「そうでしょそうでしょ! もっとあたしのこと崇め奉りなさい! 構いなさい! 優しくしなさい!」
天使たちの行動理念は立派なものだ。
しかしこれまでのマーガレットの行動を振り返ってみると、人々の幸せのために行動できていたかは少々疑問である。
サツキが手を挙げた。彼女も胸に抱いた疑問をマーガレットに尋ねようとしている。
「マーガレット。天使の行動理念はわかった。お前は徳を積んだ人々を幸せにしたいと思ってる。そのためにクレマチスに来た。そう解釈していいのか?」
マーガレットは年下や力の弱いものには親切な一面を見せることはあった。だが彼女はどちらかと言えば自分自身の損得を優先するタイプだ。崇高な目的を持って地上に降り立ったかは怪しいものである。
アセビたちの訝しむ視線を受け、マーガレットは汗を滝のように流しながらコーヒーを一気に飲み干した。
「と、当然よ! だってあたしは天使だもの!」
「……本当にそうか?」
アセビがじろりとマーガレットを見つめると、目が泳いでいた。彼女の反応はわかりやすく、ある意味誰よりも正直者だ。アセビたちは理解した。マーガレットは嘘をついている、と。
嘘吐き天使は観念したらしい。首を横に振り、息を大きく吸って吐き出した。
「……わかったわよ。本当のこと言うわよ。あたしがこの地上に降り立ったのには理由があるの」
「だと思ったわ。お前天使って感じじゃねえもん」
アセビのドストレートな物言いに、マーガレットは顔を赤くして頬を膨らませる。しかし言い返すことができず、体を震わせることしかできなかった。内心では天使の仕行動理念に反して行動していると、自覚しているのかもしれない。
マーガレットはうつむきながら口を開いた。
「あたし天界から……追放されちゃって……雲の上から叩き落されちゃったの……」
「えっ!?」
追放。それは帰る場所が無くなってしまったことを意味する。マーガレットの口から衝撃的な告白が飛び出した。
「追放!? なんで!?」
「どういうことなの!?」
「マーガレット、順番に説明を頼む!」
マーガレットは頷き、アセビたちを見回した。
「天界のことは説明したわよね。そこには天使よりも上の存在……天使長様や副天使長様がいるの」
「天使長様……副天使長様……」
またマーガレットの口から飛び出した聞き慣れない言葉。アセビは質問したい衝動に駆られたが、彼女に早く続けるよう目で促した。
「この地上を良い世界にしたいって考えたのはあの方々よ。あたしはジジ……天使長様に追放されて、クレマチスに落っことされたの」
「天界には戻れないの?」
マーガレットは首を横に振った。
「ダメなの。ある程度なら飛べるのだけれど、天界までは届かないわ。あたしの翼は以前はもう少し大きかったの。だから自由に飛び回れたのだけれど……でも今はジジ……天使長様の力で小さくされちゃったのよね……」
「そんな……」
「仮に天界に戻れたとしてもジジ……天使長様にまた叩き落されるだけだと思うわ」
天使長、副天使長。マーガレットよりも遥か格上の存在らしいが、一体どういった者たちなのか。アセビは詳しく尋ねようと思ったが、今はそのことを置いておくことにした。
「オッケー。正直別次元の世界の話ばかりされてめちゃくちゃ困惑しているが……マーガレットがその天界とかいう世界から追放されたってのはマジなのか?」
「……マジよ」
「……ひどいよぅ」
「天界にあたしの居場所はないわ……だって追放されて帰る場所がないんですもの」
マーガレットはアセビたちから視線を逸し、肩を震わせうつむいていた。追放されたことは、辛いことだったのだろう。
アセビはそっと立ち上がると、マーガレットの背後に移動し、そっと優しく抱きしめた。
「ア、アセビ!?」
「マーガレット……辛かったな」
マーガレットはまさかアセビに慰められるとは思っておらず、予想外の展開に動揺した。
「追放だなんて……天使たちの世界って優しい世界だと思ってたのに……なんだよ、最悪じゃねえか!」
アセビの肌の温もりと激しい怒りが伝わる。マーガレットは心臓が大きく高鳴っていることに気づく。
ルピナスとサツキも席を立った。彼女たちの表情には憐憫の情が浮かんでいる。
「いい子いい子……」
「何が天界だ! 何が徳を積んだら幸福になるだ! マーガレットの世界を奪っておいて、よくもまぁそんな戯言が言えたものだ! 私は許せないぞ!」
ルピナスは泣きながらマーガレットの頭を撫で、サツキは顔も知らぬ天使長に対して憤慨している。彼女たちは全員元ぼっちだ。それぞれ孤独の辛さと悲しみは理解しているのである。
「追放されたってことは……それまで付き合ってたお友だちとも離れ離れになってしまったてことだよね……」
「お前にご家族はいたのか? 全ての親しい人間から隔離され、強制的に地上に落とされる……こんなに悲しいことがあるか……っ」
仲間たちは悲しみと怒りで瞳を潤ませている。マーガレットを想うからこそ感情が揺れ動くのだ。アセビも同じ気持ちらしい。拳を震わせている。
マーガレットは仲間たちに支えられ、大切に想われてることを実感する。頬を赤くし、涙を流して、感動に打ち震えていた。
「やだ……みんな優しい……あたし泣いちゃう……」
「大変だったな。いきなり追放されたんだろ? 寂しかったろ? いつだってオレたちはマーガレットの仲間だからな」
「そうだよぅ! マーガレットは寂しくないよぅ! ぼくたちがいつでもついてるよぅ!」
「大丈夫だ。お前の帰る場所はある。このみんなのお家だ。これからも全員で手を取り合って生きていこう」
マーガレットはアセビたちの言葉に胸を打たれ、目頭をぎゅっと押さえている。珍しくみんなのお家は感動的な空気になっていた。
超絶レアイベントである。
マーガレットは仲間たちの言葉に感動していた。しかしそれと同時に疑問も芽生えている。マーガレットは恐る恐る口を開いた。
「あの……あたし天使じゃない? あなたたち人間とは違う種族なのよ? 翼も生えているし空も飛べるわ。自分たちと違う種族と暮らせる? 不気味じゃない? 追い出したくない? 受け入れられる?」
「受け入れられるに決まってるだろ」
アセビが即答した。彼の隣でルピナスとサツキが何度も頷いている。
「お前が天使だろうが悪魔だろうがぶっちゃけどうでもいいんだ。マーガレットは、オレたちにとって大事な仲間なんだ。かけがえのない大切な存在なんだ」
「アセビ……」
ルピナスがマーガレットに抱きついた。彼女は涙を流している。
「そうだよぅ! 種族なんて関係ないよぅ! マーガレットはぼくにとってヒーローなの! これまでも、これからも! ずっと!」
ルピナスは心からの想いを叫ぶ。彼女はマーガレットに毒を吐くこともある。しかしそれは、信頼しているからこそできることでもあるのだ。
サツキはマーガレットの背中を優しく叩いた。
「種族の違いはある。血の繋がりはない。だがマーガレットと私たちは、心と心で繋がっている。私たちは家族なんだ」
「みんな……」
アセビは女子たちを抱き寄せ、全員の顔を見回した。
「今さら天使だからっていう理由で追い出したりするものかよ。マーガレットがマーガレットであればそれでいいんだ。そうだろ?」
「うん!」
「うむ!」
「うえぇぇ〜ん!!」
マーガレットは大粒の涙を流した。熱いものが頬を流れる。止めたくても止められない。温かいものに触れてしまったからだ。
アセビとサツキは、自由気ままに生きてきた天使の背中を優しく叩くのだった。




