ぼっちは自分が気に入った人を逃さない 3
翌日。
4人は簡単な朝食を取り、ゴブリンを退治するため巣へと足を向ける。
目的地の情報はサツキが仕入れていた。山岳地帯に巣があるらしい。
「山岳地帯かぁ……嫌な思い出しかないなぁ」
「アセビ、そんな顔しないの! スマイルスマイル」
「お前のせいなんだよなぁ」
「……笑える人生送っていたいよね」
「フフフッ楽しいな」
わきあいあいと話していると、木陰からスケルトンが同時に5体現れた。それぞれ武器を持っており、緊張感が走る。
「オレが行く! マーガレットは攻撃が当たらない距離まで離れるんだ! 怪我人が出たらヒール頼む! ルピナスはまだ芋虫を呼び出すなよ! スケルトンがそっちに行くまでマーガレットの前で待機だ!」
「オッケー! サポートは任せて」
「ぼ、ぼく……が、がんばる……!」
「じゃあいくぞ! ストレングス、発動!」
スケルトンはアセビへと斬りかかるが、身体能力を強化したのだ。当たるはずもない。
アセビは空を切る武器を叩き落とし、流れるように銅の剣でスケルトンの頭部をフルスイングした。骨が砕ける音が周囲に響く。スケルトンの頭部はあっけなく砕け散り、そのまま崩れ落ちた。
「よっしゃあ! まずは1体!」
「アセビやるじゃない!」
「どれサツキの援護に……」
サツキは腰に差した刀を抜くと、大地を軽く蹴ってスケルトンたちに向かって、風よりも早く接近した。
その動きは、まさに黒い閃光。
刀を一振りしただけで、スケルトンたちは同時に崩れ落ちた。その間、僅か数秒。勝負は一瞬で終わった。
「……え? は? 今なにやった? 見えなかったんだけどマジ」
「やばっ……」
「フフフッ心配ご無用。骨相手には負けないよ」
サツキは腰に刀を戻すと、アセビたちに近づく。余裕の表情を浮かべていた。
アセビたちは理解する。たおやかな笑みを見せるこの女剣士は、圧倒的な実力者なのだ、と。大男のお墨付きの腕は伊達ではないのだ、と。
「……これアレじゃねこれ。これオレたちいらない感じじゃないのこれ?」
「フフフッそんなことはないさ。頼りにしているよ」
サツキはアセビの背中を軽く叩き、微笑んでいる。
その後も何度かスケルトンと遭遇したが、その度にサツキが一撃で倒した。
その結果、アセビたちは無傷で山岳地帯に到着できたのである。
「余裕すぎる……こんなゆとりを持って目的地に来れるとは思ってなかったんだよね」
「いいじゃない! サツキ様々よ!」
「下手したら何もしないで報酬もらうことになるぞ。サツキに寄生しただけってことになっちゃうんですが」
「私は構わんよ?」
「オレが嫌なんスよ」
アセビは少しでも仕事に貢献できるよう、目を凝らして周囲を見つめた。
ゴブリンの巣はこの山岳地帯に存在するのだ。
首をきょろきょろと動かし観察していると、壁に穴が掘ってあるのがわかった。ゴブリンの巣に違いない。
「あそこかな」
「巣っていうことは、10匹ぐらいはいるんじゃないかしら?」
「そう考えた方がいい。1体1体は大した強さじゃないから、落ち着いて各個撃破していこう」
「怖いよぅ」
ルピナスは契約の本を強く握った。マイナス思考なため、不安な気持ちを拭いきれないのだろう。
アセビがルピナスの頭を優しく撫でる。
「心配するな! こっちには凄腕のサツキ様がいるからな!」
「サツキ! 期待してるわね!」
「面映ゆいな……だがお前たちの期待に応えられるように最善を尽くそう」
サツキは顔を赤くして頬をかく。彼女は視線を越しに刺した刀に向ける。そのまま勢いよく抜き、瞬きすらせずにじっと見つめていた。
サツキの口元が緩んでいるが、アセビたちは気づいていない。
「フフフッ……」
サツキは何が面白いのか。肩を揺らし、小声で笑っていた。
ルピナスはサツキの異変に気づき、そっと背後から声をかける。
「……スケルトンと戦っていたときとは違う刀を使うんだね。そっちのほうがゴブリンには有効なの?」
「フフフッ美しいだろう? この刀はオトギリソウといってな……うーん、美しい」
「……サツキ……?」
「こんなにも美しいものが命を奪う。尊いものをだ。面白いだろう? フフフッ」
ルピナスの言葉が聞こえていないのか。サツキは質問には答えず、ただオトギリソウと呼んだ刀を見つめている。
恍惚とした表情だった。これからゴブリンを殺しにいく女性がする顔ではない。
ルピナスは頼れるサツキの豹変を不気味に思い、距離を取ってアセビの腕を握った。
「ルピナス、心配するなって! 今作戦を考えてるんだわ。オレとしては、陽動かけて各個撃破が無難かなと思ってるんだがね。マーガレット、どう思う?」
「あたしがギリギリまでゴブリンの巣に近づいて、大声だして囮になるっていうのは?」
「お前足めちゃくちゃ早いからな。でも、できればお前やルピナスには危険なことはさせたくないんだ。もし囮作戦をするなら、そのときはオレがやるわ」
真剣に作戦会議をしているアセビとマーガレット。その隣を、恍惚の表情を浮かべたサツキがゆっくりと進んでいく。
右腕に握っているのは、妖しく煌めいているオトギリソウだ。
サツキはゴブリンの巣に進もうとしているようだ。
「サツキ……? ちょっと待ってくれ。今作戦をだな」
「オトギリソウで殺し合いするのは始めてなんだ。今まで使ったことがなかったからな……どんな切れ味なんだろう……こればかりは実際に試してみないとわからないのでな……フフフッ」
サツキは狂気に近い笑みを浮かべている。アセビたちは恐怖で震え上がった。自分たちの知っているサツキとは、とてもじゃないが同一人物とは思えなかったのだ。
サツキがゴブリンの巣に向かって走り出す。風よりも早く、誰よりも大胆に。
「さぁ、楽しませてもらうぞ!」
サツキは吸い込まれるように、ゴブリンの巣に入ってしまった。
「サツキ、お前何やってんだぁぁぁ!!!」
思わずアセビが大声を上げる。
こうなってしまっては、作戦も何もない。アセビたちも急いでゴブリンの巣に向かった。
「サツキ、待てって! オレたちも……?」
「1匹だけならあたしも……?」
「待ってよぅ……?」
アセビたちが巣に入ると、すぐ異変に気づく。
辺り一面、赤い海ができていたのだ。無論、ゴブリンの血である。
「なんだよこれ……」
周囲に転がるゴブリンたちだったものは、バラバラになっていた。ルピナスは恐怖で口元を押さえ、体を震わせている。
流石のマーガレットも、この状況では軽口を叩けないのか、絶句していた。
アセビたちは、サツキから少しだけ遅れてゴブリンの巣に入った。この短時間で、サツキが凄惨な状況を作り出したということになる。そのことに気づいてアセビも震え上がった。
「あぁ……お前たち。遅かったな。フフフッ」
アセビたちが知っている声が、巣の奥から聞こえた。
ゴブリンたちを血祭りにした者。否、鬼が微笑みながらゆっくりと歩み寄ってくる。彼女の着物は真っ赤に染まり、刀からも血が滴り落ちていた。
アセビが生唾を飲む。
「簡単に斬れたよ。お前たちにも見せたかったな……オトギリソウ……これは本当に美しい刀だよ。尊いんだ」
鬼がゆっくりとアセビたちに近づく。恐怖の行進。
アセビたちは鬼が近づく度に後退した。その行動を繰り返す。アセビたちは常に距離を取っていた。
自身を奮い立たせるため、アセビが口を開く。
「お前……誰だ?」
その言葉を聞き目の前の鬼は目を丸くする。きょとんとした表情を浮かべ、アセビの問いに答える。
「フフフッサツキだよ?」
目の前の鬼はオトギリソウを鞘にしまい、アセビたちに向かって優しく微笑んだ。
恐ろしく、そして、何よりも、美しかった。




