覚醒!!最強パワーの問題児 19
アセビたちのことを、柱の影からじっと見つめている者がいた。黒鬼こと、サツキである。
「……うむ」
これまでのサツキなら、愛する弟分と妹分の仲睦まじい姿を見たら、遠くからそっと優しく見守るだけだっただろう。
しかしサツキはアセビと共に過ごすうちに、複雑な感情が芽生えてしまっていた。サツキは自身より年下のアセビに、兄になって支えてほしいと思い始めているのである。彼女の性格上、当然素直に本人に言えるはずもないのだが。
思う存分甘えるマーガレットたちを見た結果、サツキは無意識に、本能のままに動き始めていた。
「……フフフッ」
サツキが柱の影から1歩動く。ずしりと重みのある歩み。
サツキの目には、アセビしか映っていない。彼女はにこりと微笑み、愛する弟分に声をかけた。
「フフフッ……随分と楽しそうだな?」
「はは、楽しいというか……」
苦笑いしながら頭をかくアセビ。
一方マーガレットとルピナスは、嬉しそうに笑っている。
「えへへ!」
「楽しいよぅ!」
サツキは両手をゆっくり合わせ、口を開いた。
「アセビ、私も休憩させてもらってもよろしいか?」
アセビの膝の上には、すでにマーガレットとルピナスの頭が乗せられている。満員だ。このままではサツキを膝枕をすることはできない。
アセビは自身の肩に視線を向ける。
「お姉様、残念だけど膝は空いてないんだ。でも肩ならちゃんと空いてるっスよ。多分こっちのほうがゆっくりできると思うんだぜ」
「……ふむ」
サツキはアセビの膝枕を堪能する妹分たちをじっと見つめる。彼女の性格上、私のためにどけと言うことは絶対にない。
しかしサツキは、どうしても膝枕を諦めきれないらしい。自分も少しだけ、少しだけ、少しだけ幸せになりたいと思ってしまっていた。
「肩か」
「そ! 鍛えてるからちょっと硬いと思うけどそこは我慢してくれよな。思いっきりもたれかかっていいぜ。女子ひとりぐらいなら余裕で支えられるさ」
「……ふむ」
サツキはどこか不服そうである。アセビに膝枕をしてもらい、思う存分甘えたかったのだろう。このままでは満足できずに休憩時間が終わってしまう。
サツキは母親譲りの猛禽類のように鋭い目つきで、アセビの下半身を見つめた。まるで獲物を狙うハンターのそれだ。アセビの心に小さな恐怖心が芽生える。
「サツキ……?」
サツキはにこりと微笑むと、素早くアセビの正面にしゃがんだ。彼女は背中を向けた。
「フフフッここが空いているではないか」
そのまま勢いよく倒れた。サツキは自身の頭をアセビの下半身に乗せようとしている。
「うぉ!?」
アセビは危機感を覚え、思わず後ろに飛んだ。己の聖域に踏み込もうとしているサツキの頭を避ける。その結果、彼女は後頭部を思いっきり床にぶつけてしまい、部屋に鈍い音が響いた。
犠牲になったのはサツキだけではない。
「あ……あぁ……」
「い……いぃ……」
アセビが急に動いたことで、マーガレットとルピナスも後頭部を強く床に打ちつけてしまったのだ。頭を押さえ、体を丸め、ダンゴムシと化していた。
サツキの本能が疾走した結果、尊い犠牲が出てしまったのである。
アセビはしまったという表情を浮かべ、慌ててマーガレットとルピナスに駆け寄った。
「げっ!? お前たち、すまない! オレが動いたせいで……け、怪我はないか!?」
「う……うぅ……」
「え……えぇ……」
マーガレットとルピナスは、天獄から地獄へと叩き落とされた状態だった。後頭部への激痛で泣くことすらできず、ただうめき声をあげることしかできずにいる。
アセビがマーガレットとルピナスに向かって手を伸ばすと同時に、サツキがむくりと体を起こした。彼女は痛みや苦痛に強いが、想定外のダメージだったらしい。後頭部を押さえながら、痛みで目を潤ませている。
「おぉ……アセビ、ひどいではないか……頭をぶつけてしまったぞ? だがこの痛みも悪くない……フフフッ」
「おいサツキ! お前オレのアレを枕にしようとしていたな!? 聖域に触れようとしていたな!?」
聖域とは当然アレのことである。男の子なら誰でも下半身についてる、アレのことである。
サツキは本能のままに暴走してしまったことにようやく気づいた。頬を朱色に染め、くすくすと笑ってごまかしている。
「フフフッアセビ……聖域というものはな、侵入されるためにあるようなものなのだぞ?」
「お前護衛を生業に生きてきた一族の人間がそういうこと言ったら駄目だろお前それ」
「そこに枕があったから……」
「枕じゃねえだろどう見ても聖域だろアレだろ」
アセビの正論にサツキは一切言い返せなかった。言い返せるはずも、なかった。
「……フフフッ!」
「フフフッ、じゃありません!」
「アセビ、私は……」
「ダメです!」
アセビはサツキの言葉を封じ、後頭部を押さえ続けているマーガレットたちに向かって1歩踏み出す。
変態の相手をしている場合ではないからだ。
「私だって……アセビに甘えたいのに……っ」
サツキがボソリと呟く。それは頼れるみんなのお姉ちゃんが思わず漏らしてしまった本音だった。
当然アセビの耳にも届いている。
「サツキ……?」
「フンっ!」
サツキを見ると、目を潤ませながら両頬を膨らませてそっぽを向いた。普段見せない彼女らしからぬ子どもらしい仕草。アセビの表情が自然と和らぐ。
「サツキごめんな。お姉ちゃんだってたまには甘えたくなるよな」
「……えっ?」
アセビはサツキに向かって優しく微笑むと、両膝をついて膝枕の準備を始めた。
「い、いや……アセビ……?」
サツキはアセビの行動を見ておろおろと動揺してしまった。このまま無視されると思っていたのである。
アセビが両手を広げ、サツキに声をかけた。
「サツキ! おいで!」
「あっ……うん……うん」
サツキは逆に甘えにくくなってしまったらしい。もじもじとしている。
サツキに甘えたいという気持ちはある。しかし素直に口にできず、なかなか行動に移せないタイプなのだ。
とことん面倒くさい女である。
サツキはアセビの隣にちょこんと腰掛け、できるだけ目線を合わさないようにしていた。
「サツキ、膝が空いてまっせ! 聖域はダメだけどこっちはお好きなようにご利用どうぞ!」
「うむ……しかし……どうも……な」
サツキは口をモゴモゴとさせている。
「どうした?」
「その……本当に甘えていいのかなって……私は以前お前を傷つけてしまっただろう?」
サツキは思い詰めた表情でうつむいていた。甘えていいタイミングに限って、過去に犯した過ちを思い出してしまったのである。既成事実未遂事件は、それほどサツキの心に大きな傷を負わせてしまったのだ。
「どうしてもな……」
「サツキ」
「迷惑をかけ、傷つけた私がお前に……っ!?」
アセビはサツキの言葉を遮るように、背中に手を回して抱きしめた。彼女には罪の意識があるため、優しくされてはいけないという思いはあるのだが、どうしても振りほどくことができずにいる。
アセビの肌の温もりと優しさ。サツキは自身の心に染み渡るのを感じていた。
「大丈夫」
「……っ」
「大丈夫だから」
「……ありがとう……ちょっと……楽になったかも」
アセビはサツキが落ち着いたのを感じ、背中から手を離した。彼女は顔を赤くし、肩を震わせている。
「過去の失敗も時が立てば一瞬の出来事さ」
「……うん」
「そういう嫌なことはすぐ忘れる! 楽しい思い出だけいっしょに作って生きていく! オッケー?」
「……うん」
アセビはサツキの背中を叩き、弾けるような笑顔を見せる。彼女は救われるという言葉の意味を、初めて理解できた気がした。
「そうか……ただ……」
「ただ?」
サツキが口を開く。
「忘れたくないんだ。どんなことでも……お前といっしょに過ごした日々は……本当に大切だから……例えそれが忘れたいことだったとしても」
「そっか。でも辛くない? 心にしんどいの抱えたままだと嫌じゃない?」
「それは……そうだが」
アセビはしばらく考え、名案を思いついたらしく手を叩いた。彼はサツキに向かって両手を広げる。
「辛くなったらいつでも言いな! オレがまたぎゅ〜ってするからよ!」
「フフフッお前という男は……ならその時はしっかりと私のことを癒やすのだぞ?」
サツキは自然と微笑みを浮かべていた。アセビに感謝の気持ちを抱きつつ、大切にされているという事実が心を癒したのだろう。
「まったく……私のほうがお姉ちゃんなのにな。これではどちらが年上かわからないではないか」
サツキは精神が良好な状態になっていた。少しだけ素直な気持ちで甘えたくなったらしい。アセビに体を密着させ、肩にそっともたれかかった。突然の行動。アセビは驚いてしまった。
「おぉ!? なんだっ!?」
「アセビ、肩は空いているんだったな? 今更文句は言わせぬぞ?」
「い、いきなりきますねぇ……」
サツキは満足そうに笑うと、そのまま自身の首を遠慮なくアセビの肩に乗せた。本当は膝枕かアレに乗せたかったようだが、理性がギリギリ残っていたらしい。
サツキは動揺するアセビを楽しそうに見ている。
「アセビ。お前はきっといい男になるよ……いや、もうすでになっているか……」
「あの……サツキさん」
「む? なんだ? どうした?」
「当たってるんスけど……」
アセビが小声でぼそりと呟く。
サツキは首をかしげるが、すぐに理解した。自身の胸が、アセビの腕に当たっているのだ。
豊満なそれは、田舎の純朴な青年にはあまりにも刺激が強すぎた。アセビの顔が、みるみるうちに赤くなっていく。
「……ほう」
サツキはニヤニヤしながらアセビを見つめる。特別な感情を持つ青年も、わかりやすい反応をする年頃の男の子だったのだ。サツキに、ちょっとしたイタズラ心が芽生えた。
「フフフッ」
「ちょっと離れましょうか……その……あまりこういうのよくないと思うんで……」
アセビは耐えきれず、逃げようとするが鬼は狙った獲物は絶対に逃さない。腕をぎゅっと握りながらさらに胸を強く押し付けた。
「うぉ!?」
「肩は空いていると言ったな? そうだな?」
「ちょっと記憶にないですね……」
「私は覚えているぞ? だからお前の肩は私が自由に使って良いはずだ。そうだな? ん?」
「そうだけどさぁ……」
サツキはアセビの理性を殴り続ける。至近距離で感じる息づかい。鼻腔をくすぐる甘い香り。腕に押し付ける胸の感触。破壊力。あまりにも大きな、破壊力。強靭な精神を持つ者でなければ耐えられないだろう。
アセビは恐る恐る、そっとサツキに視線を向ける。
「サツキ……」
「なんだ? どうした?」
アセビは今の今まで忘れていた。サツキの容姿が非常に美しいことを。家事が得意で、血を見なければ、酔っ払わなければ、性格が穏やかなことも。
誰が見ても超優良物件の女性だろう。変態なところと特殊な感情を持つ部分を除けば、だが。
「近くで見て改めて気づいたんだけど、サツキってめちゃくちゃ美人さんだなって……」
「そうかそうか! フフフッ! フフフッ!」
アセビに褒められ、サツキは嬉しさを隠しきれずに笑っている。誰よりも自分を理解してくれた青年の素直な賛美。嬉しくないはずがないのだ。
「お前も男の子だものな? どうだ? 私の聖域に踏み込んでみるか?」
「もう踏み込んでるんスけど……」
「せっかくだ。もう少しだけ……」
突然部屋に異音が響く。音の出処は、サツキの胃袋だった。彼女は休憩時間で、最低限の水しか口にしておらず、空腹だったのだ。胃袋が限界をむかえたらしく、ある意味最悪なタイミングで悲鳴をあげたのだった。
「あっ……うぅ……うぅ……っ」
サツキの顔が羞恥心で赤く染まる。先ほどまで浮かべていたニヤニヤとした笑みは忘却の彼方だ。
変態黒鬼の楽しい楽しい、スーパーアセビくんいじりタイムは、これにて終幕となったのであった。




