ぼっちは自分が気に入った人を逃さない 2
交流を深めるため、アセビはサツキともいっしょに食事をすることにした。
食堂は相変わらず賑わっているが、なんとか運良く席につくことができた。
「人が多くて怖いよぅ……」
「大丈夫だって! 誰もルピナスには何もしないよ。じゃあお前たち、メニューはいつものでいいな?」
「オッケー!」
アセビたちが注文したのは、おなじみの節約メニューの野菜スープとパンの耳セットである。
ルピナスが仲間になってからもそれは変わらない。
お金は大事なのだ。
「じゃあ私もいつものを頼もうかな」
それぞれが注文した料理が、次々とテーブルに運ばれる。
アセビたちの前には節約メニューが置かれ、サツキの目の前には炊きたての白ごはん、焼き魚、具だくさんのみそ汁、綺麗にカットされたりんごが置かれた。
圧倒的な格差。サツキは料理を見比べ、素朴な疑問を問いかけた。
「それだけで足りるのか?」
「実家に仕送りしてるんスよ。節約しないといけないから、毎日これ食ってるんスよね。その、一応貯金もしてるけどコーヒーも飲みたいんで……」
「パンの耳さんはおいしいから大丈夫よ! すぐお腹は減るけど、おやつとお洋服買いたいのよね!」
「ぼく……小さいままのほうが……目立たなくていいから……お腹いっぱいにならなくてもいいの……それに……お酒がないと……辛い……」
すがるものがないと、人は生きていけないのだ。
アセビたちはあっという間に節約メニューを食べ終わったが、まだまだ食べたりないのは見て取れる。
3人の言葉を聞いて、サツキは顎に手を当てしばらく考え込み、口を開く。
「うむ。どうだろう。今日は私があなたたちに奢る。なんでも好きなものを頼むといい」
「えっ!? マジっスか!?」
「あなたたちを侮辱する訳じゃないが、毎日その食事だけでは辛かろう? どうかな?」
予想外の提案にアセビたちは面食らう。
サツキはニコニコと微笑み、メニューを手渡す。
出会ったばかりの自分たちに、何故ここまで親切にしてくれるのか。ルピナスには理解できなかった。恐る恐るサツキに視線を向ける。
「あの……サツキさん……なんでそんなに優しくしてくれるの……?」
ルピナスの素朴な疑問は最もである。
サツキは手をひらひらさせた。ルピナスのモコモコした頭を撫でながら答える。
「私があなたたちを気に入ったから。理由はそれだけでは駄目かな? それから私のことはサツキと呼んでほしい。ルピナス、納得してもらえたかな?」
「……ありがと……サツキ」
「サツキ先生、本当にありがとう! ありがたや~」
アセビとルピナスが両手を合わせ、神や仏のように拝んだ。ふたりの行動がおかしかったのか、サツキは口元を押さえて笑いを堪えている。
アセビとルピナスは急いで追加の注文をしたが、マーガレットはそんなふたりを鼻で笑い、パンの耳を頬張った。
「フン、あたしは誇り高き回復魔法を極めしマーガレットちゃんよ? 施しは受けないわ!」
「お前には誇りも何もねえだろ借金しかねえよ。素直に甘えておいたほうがいいぞ」
「簡単に餌付けできると思ったら大間違いよ!」
「そうか。それは失礼したよ」
マーガレットが言い終えると同時に、テーブルに新しい料理が置かれた。アセビとルピナスが追加したものである。
分厚いステーキ、新鮮な野菜で作られたサラダ、グラスに注がれた酒だ。
マーガレットは瞬きを忘れ、よだれを垂らしている。
「あぁ……」
「こんなご馳走食えないと思ってたよ! サツキ、ゴチになりやす!」
「お酒……お酒……ありがと……」
「フフフッッ喜んでもらえて私も嬉しいよ」
「あああああ! 待ってぇぇぇ! あたしもステーキさん食べるぅぅぅぅぅぅ!」
誇り高き回復魔法を極めし者など、どこにもいなかった。
マーガレットも追加で料理を頼むことにした。欲のまま本能のまま生きる女が、この状況を我慢できるわけがないのだ。
サツキはそんなマーガレットを見て、ただ優しく微笑んでいた。
満腹になったアセビたちは、食堂を出て自分たちの拠点へと向かった。
サツキは興味があるらしく、同行することにしたようだ。鼻歌を歌いながらついてきた。
「何もないけどマジで来るんスか?」
「どういう暮らしをしているのか気になってね」
拠点にはボロボロのテント、石で作られたかまどしかない。
しかしサツキには魅力的に見えているのか、興味津々に観察している。
「拠点って言えば聞こえはいいけど適当に野宿してるだけなんだ。テントは狭いしな」
「ここで3人で暮らしているのか。楽しそうだ」
「楽しいわよ。みんなでおしゃべりしたりお料理作ったりゲームしたり。でもたまにはふかふかベッドさんで眠りたいわ」
「……芋虫さんを抱き枕代わりにする?」
「それは遠慮します!」
マーガレットは青ざめ、ルピナスの提案を丁寧に断った。
寝起きの芋虫がトラウマになったらしい。そのおかげか、あの日以来マーガレットは、自分で早起きするようになっていた。
アセビが騒ぐマーガレットを見て、手をぴしゃりと叩く。
「お前たち、明日はゴブリンとの戦いだからな! 早く寝て明日に備えようぜ!」
「は~い!」
「……うん。がんばろうね」
マーガレットとルピナスはテントに入り、寝る支度を始めた。中からキャッキャとはしゃぐ声がする。
慣れない仕事をするのだ。ふたりが不安になっていないか心配していたが、杞憂とわかり、アセビはほっとしていた。
「さて、そろそろ解散だな。送っていくよ。あんたどこの宿に泊まってるんスか?」
「せっかくだ。私も今日はここでゆっくり休ませてもらおうかな?」
「ここで!? 野宿だぞ!? あんた自分の宿あるんじゃないんスか」
「あるぞ? だが、私が本当に帰りたい場所ではないんだ。それに……たまには誰かと、いっしょにいたいときもあるのでね」
そう答えるサツキは少し寂しそうにしていた。今まで見せたことのない表情だ。
アセビは少し興味を持ったらしい。かまどに薪を入れて、慣れた手付きで火をつけた。
「まー、寝るには少し早いか。少しおしゃべりしてから寝ますかね」
「応じよう。私もまだ眠りたくなかったのでね。あなたたちのことを知りたい」
「じゃあ、オレやあのふたりがこの街に来た理由、これまで発生した事件について語らせてもらうわ」
アセビはこれまで起こったことを簡潔に述べる。時折サツキから質問されることもあった。彼女がアセビたちのことを知りたいのは、本当のことなのだろう。
「……以上がオレの話せることだな。苦労話ばかりで面白くなかったかもしれんが、全部事実だぜ」
「フフフッ面白かったよ。スケルトン事件についてはマーガレットたちからも詳しく聞きたいな」
「もうあんなのは2度とごめんだぜ! そうだ、サツキのことも教えてくれないか? おっちゃんがかなりの実力者と言ってたけど、なんで誰ともチーム組まないんスか? あんたなら引く手あまただろ?」
「……うむ」
「ああ、語りたくないならいいんだ。そういうのは誰にでもあるしな」
サツキがアセビから視線を逸らした。赤々と燃える焚き火を見つめ、大きく深呼吸をする。
その様子をアセビは黙って見つめていた。
サツキは視線をアセビに戻し、口を開く。
「私は元々東方の島の出身でな。要人を守ることを生業とする一族の長女として生まれた。誇り高い仕事だと思ってる。その道に進むのが夢だった」
「だった……?」
「毎日修行をしていたのだが……親父に追放されてしまった」
アセビは驚き、口を挟む。
「追放!? なんでだよ!?」
「長男か長女が代々この仕事を引き継ぐことになっているんだ。追放された理由は、私の腕が歴代のご先祖様と比べたら、未熟だったからだろう。追放されたあとは流れるようにさまよい、気づけばクレマチスで冒険者になっていた」
追放。思わぬ告白にアセビは言葉を失う。目の前の女性にそんな悲しい過去があるとは思わなかった。
サツキの本当に帰りたい場所とは、自身の家のことなのかもしれない。
アセビに新たな疑問が生まれる。
「でもよ、あんた凄腕の実力者なんだよな? 腕に問題があるとは思えないんだが」
「……しかし、腕に問題があるから追放されたとしか思えないんだ」
「う〜ん……本当にそうなのかなぁ」
「家族と帰る場所を失い、夢も無くした。もう何も失いたくない。だから誰とも手を組まなかった。いや、組めなかったというのが正しいな。ひとりなら、最初から何も失うものはないからな」
「……」
静寂が訪れ、月明かりがアセビとサツキを照らす。ふたりはただ黙って見つめ合っていた。
沈黙に耐えかねたのか、サツキが苦笑する。
「私は出会ったばかりの相手に、何を語っているのであろうな……どうもあなたたちといると調子が狂う」
「気にしないでくれや。本音で語りたくなることもあるだろ。だがどうしても過去が辛くて、何もかも忘れたくなったら……」
アセビが酒瓶を取り出した。サツキの奢りで、食堂から持ち帰ったものである。
アセビは酒瓶の栓を開け、木のコップに酒を注いだ。
「お酒か……」
「そう! こいつが1番よ! 嫌なこと、悲しいこと、辛いこと。少しの間忘れられるってルピナスが言ってたぜ! 根本的解決にはならないが、忘れることで前に進めることもあると思うんだ」
アセビはサツキに木のコップを渡す。彼女は前に進めるという言葉に心が動かされたのか、僅かに瞳が揺れている。
サツキはふっと小さく笑い、木のコップをアセビに返した。
「ありがとう。だが、絶対に忘れてはならないものもある。そのお酒は、明日の依頼が無事達成できたらいただくとしよう」
酒には逃げない。悲しい過去にも、正面からぶつかり受け入れる。
サツキはアセビがこれまで出会ったことのない、芯の強い女性冒険者だった。悪魔女やコミュ障とは違う。
アセビは心の底から感動していた。
「オレ今までアレな子たちとチーム組んでたからさ。正直、サツキみたいな大人の女の人ととチーム組めるのすごい新鮮というか……嬉しいというか……」
「……ふむ?」
アセビはそれだけ言うと、木のコップに注がれた酒を一気に飲み干す。酒は美味しく、疲れた心を癒した。
「サツキがよければだけどさ。ひとりが嫌になったらいつでもオレたちの拠点に来てくれよ。問題児たちといっしょに歓迎するからさ」
アセビの言葉を聞き、サツキの口元が緩む。優しい表情で、夜空を見上げた。そうしなければ、何かがあふれるかもしれなかったからだ。
「じゃあそろそろ寝るか、こっちはほぼ素人集団だからな。サツキのこと頼りにしてるぜ」
「やれやれ……あなたの……いや、お前の期待に応えられるように全力を尽くそう」
アセビ伸びをすると、そのまま横になった。問題児たちの介護で疲れがたまっていたのだろう。寝息がすぐに聞こえてきた。
サツキはすぐ横にはならず、いつまでも夜空を見上げているのだった。




