覚醒!!最強パワーの問題児 7
アセビ一行は霧の森へと向かうために、通い慣れた道を歩いていた。今日は護衛の依頼が少なく、彼らが引き受けなくても他の冒険者だけで十分処理ができたのだ。
アセビは受付の大男に確認したが、霧の森の調査を優先してほしいと言われた。そのためいつもの仕事をすることにしたのである。
「やっぱりぼくは慣れた仕事がいいなぁ。霧の森は静かだから心穏やかに過ごせるしね」
「あらそう? あたしは静かすぎるしジメジメしててちょっと苦手かも。それに護衛のお仕事さんもたまにはいいじゃない」
相変わらず強い日差しがアセビ一行のストレスになっていたが、全員どこか表情に余裕がある。護衛の仕事ではなく、慣れた調査の仕事だからだろう。
アセビ一行は森に入り、周囲を警戒しながら木々に覆われた道を歩いた。
「そうだ。今日の調査が終わったら、私も例の女の子に会いに行きたいのだが。よろしいか?」
サツキが、汗をハンカチでそっと拭きながらアセビに尋ねた。彼女は義理堅いため、しっかりと感謝の言葉を伝えたいらしい。
アセビは数秒考え、サツキに視線を向けた。
「リラちゃん人見知りするタイプだからな。そこは気をつけてほしいんだ」
「ちょっと心配ねぇ。サツキって結構圧があるから」
「サツキは怖いよぅ」
「……なぁ、私ってそんなに怖いか?」
否定する言葉をサツキは待ち続けていた。
しかし誰も口を開かない。沈黙だけが周囲を支配し続けていた。
「……お前たち、どうなんだ? 正直に言ってほしい」
「怖いよぅ」
「普通に言っちゃったわね……」
「泣きたい」
「あれ? あそこにいるの触覚じゃね?」
道の真ん中に触覚が立っていた。明らかにアセビ一行を待っていた様子である。
アセビは気まずい空気を払拭できるきっかけを作った触覚に、心の底から感謝した。
「あら本当だわ! 触覚くんじゃない! どうしたのかしら?」
「うむ。私たちが来るのを待っていたんじゃないか?」
触覚はアセビ一行の姿を確認すると、嬉しそうに体をゆらゆらと動かした。今日も大好きなお兄ちゃんたちについていくつもりなのだろう。
アセビが手を振り声をかけた。
「おーい、触覚! 早くこっち来いよ! 今日もお前の力貸してくれや!」
「触覚ちゃん、おいで!」
ルピナスがしゃがんで両手を広げてみせると、触覚は嬉しそうにその場で飛び上がった。今日も大好きなアセビ一行といっしょに行動できると、喜んでいるのだ。
触覚が一歩踏み出した、その瞬間。木陰から白い影が高速で飛び出した。
「なんだ!?」
「あ、あれは!?」
そこにいたのは、白い鳥。かつてハーピーといっしょにクレマチスを騒がせたモンスターだ。
白い鳥は風よりも早く動き、触覚に体をぶつけると、アセビ一行から離れた位置で足を止めた。その場から動くことなく、鋭い眼光を向けている。
「あいつ白い鳥じゃねえか! 何故ここに!?」
「まだこのクレマチスの近くにいたの!? てっきりどこかに逃げたと思っていたわ!」
ルピナスは口をぽかんと開けたまま、石のように動きを止めていた。触覚が頭から倒れ、体を震わせていたからだ。
「触覚ちゃん……?」
白い鳥は一瞬のうちに、触覚の柔らかい腹部に爪で傷をつけていた。痛々しい緑色の血がにじんでいる。
白い鳥の爪には猛毒が付着している。それが体内に注入されたのだ。触覚の体が容赦なく蝕まれていく。
アセビは拳をボキボキと鳴らしながら、白い鳥に近づいた。
「最近姿を見せねえから消えたと思っていたが、まだオレたちへの復讐を諦めていなかったようだな!」
「根に持つタイプはモテないわよ!」
白い鳥はマーガレットに誹謗中傷されても、平然としていた。
アセビは触覚を攻撃され怒りに燃えている。グータラソードを引き抜き、大地を蹴った。
しかし黙って斬られる白い鳥ではない。アセビのグータラソードの一振りを後ろに飛んで、華麗に回避した。
「くそったれめ! やっぱりこいつ足が早い!」
「今度はあたしが……」
マーガレットがステッキを握って大地を蹴ると、白い鳥が待ってほしいと言わんばかりに、羽を正面に突き出して見せた。
マーガレットは警戒して足を止める。不意打ち、奇襲がお家芸の白い鳥が、また何か良からぬことを企んでいると思ったのだ。
「どうも皆さん、また会えて嬉しいねぇ」
白い鳥がくちばしを開き、人語を口にした。怒りも悲しみも感じさせない声色だ。
「なんだよ。お前喋れたのかよ」
「少しだけなら、ですがねぇ」
「あたしは未来永劫会いたくなかったわ。嬉しいのはあなただけよ」
「そんな寂しいこと言わんといてくださいや。あっしはあんたたちに会えて嬉しいんでね」
白い鳥ががアセビ一向に言った言葉に偽りはない。死んでいった仲間たちの仇を討てるという意味で嬉しいということだが。
「これは挨拶代わりさ。あんたたちとはそろそろ決着をつけたいと思っているんでねぇ」
「いい度胸じゃねえか。じゃあオレが今ここでぶった斬ってやるよ」
様子を伺っていたサツキがヤグルマソウに手を伸ばした。その目は鋭い。戦闘態勢に入っている。
「ここで死ぬか。2度とクレマチスに近づかないか。好きな方を選ばせてやる」
「怖い怖い。なぁお兄さんお姉さん。ここは決戦の場には相応しくない。そうは思わないかい?」
白い鳥はアセビ一行が無視して攻撃をしてきても逃げられるように、じりじりと後ずさりしている。視線の先には、黒い鬼が刀を握った姿が目に入っていた。どうやら白い鳥は、サツキのことを1番警戒しているようだ。
アセビがグータラソードの先端を向ける。
「ダルいな。オレは今この場でさっさと決着つけてもいいんだがな」
「アセビの言う通りだ。私たちが怖いか? それならこの私が1対1で相手をしてやる」
「釣れないねぇ。あんたたちリッチのダンナの館知ってるでしょ? そのさらに奥に進むと、大きな豪邸があるんだ。あっしはそこで戦いたいねぇ」
白い鳥は言葉を区切り、アセビ一行を見回す。わざわざ場所を指定して宣戦布告するということは、地の利があると言っているようなものである。
「あそこはあんたたち人間が欲しがるような貴重な宝物もありまっせ。豊かなものに囲まれて死ぬのも……悪くないんじゃないかねぇ。クックックッ!」
白い鳥は勝算があるのか、我慢できずに笑い始めた。
「ま……でも正直勝てるとは思ってないさ。あっしは戦闘が苦手でね」
「あ?」
「ずいぶん弱気じゃない」
「やっぱりここじゃ戦いたくないねぇ」
白い鳥の言葉は本心からのものだった。彼自身アセビ一行全員を倒せるとは思っていない。しかし仲間の敵討ちのため、できる限りベストは尽くしたいとは考えている。
マーガレットはそんな白い鳥の気持ちを知ってか知らずか、ステッキを握りながら1歩踏み出した。
「嫌だと言ったら?」
「犠牲者これ以上増やしたくないでしょお?」
白い鳥が顎をしゃくる。アセビがその先を見ると、触覚が体を痙攣させている姿が目に入った。
「触覚!!」
触覚は白い鳥の爪に付着した猛毒に侵されており、苦しそうに口から紫の血を吐き出し続けている。このままでは間違いなく死が待っているだろう。
ルピナスは触覚の体を揺らしながら、必死に叫んだ。
「触覚ちゃん! 触覚ちゃん! しっかりして!」
「てめぇ! クソ鳥! ふざけてんじゃねえぞ!」
「今すぐ解毒しろ。そうすれば半殺しで許してやる」
怒りに燃えるアセビとサツキ。ふたりを嘲笑うように白い鳥は言葉を投げつける。
「慌てなさんなって。あっしの尻尾から取れる抗体を使って解毒剤を作れば、その虫ケラを救えるかもねぇ」
白い鳥は尻を振りながら、自身の尻尾をアセビ一行に見せつけた。蛇の頭に似た形状をしている。それだけでなく、鋭い牙が生えていた。簡単には奪えそうにない。
猛毒の爪。牙の生えた尻尾。驚異的なスピード。それが白い鳥の武器だった。
「そいつはまだ死なないから安心しなよ。あっしが特別に毒の量を調整したからねぇ」
白い鳥は、殺そうと思えばいつでも触覚の命を奪うことができた。実行しなかった理由は簡単だ。
触覚の命を人質代わりにして、アセビ一行と決闘を行うためである。抗体を奪うことができれば救うことができる。白い鳥はアセビ一行なら触覚を見捨てず、救う道を選ぶと確信しているのだ。
「無視してもいいがね。その代わりもう手段は選びませんぜ。旅商人も観光客もキャラバンも、全員あっしの猛毒で死んでもらいやす」
「ならその前にこのオレが、お前を焼き鳥にしてやろうか!? あぁ!?」
「おっとそう怖い顔しなさんなって。あっしは臆病者なんでね。そろそろ失礼するよ。じゃあ例の場所で会いましょうや……」
白い鳥はアセビ一行から視線を逸らさず、ゆっくりと後退りし続けた。
「では、おさらばでございやす」
白い鳥は、追撃されない距離まで離れると、背中を向けて風のように走り去った。
「警戒しすぎたか……」
サツキは手にした刀を鞘に納めた。彼女は白い鳥が逃げるふりをして、マーガレットやルピナスを狙うと予想していたのだ。ふたりを守れるように身構えていたのだが、予想はハズレてしまったらしい。
しかしサツキが警戒していたからこそ、白い鳥がふたりに手出しできなかったとも言える。全く無意味な行動ではなかったはずだ。
「あのアホウドリ! 絶対許さないんだから! すぐにみんなで追いかけてとっちめて……」
「待てマーガレット! その前にヒールだ! お前の力で触覚を助けてやってくれ! 頼む!」
「触覚ちゃんを助けてよぅ!」
「オッケー! あたしに任せて、ヒール!」
マーガレットは急いでステッキを振った。触覚の体が光に包まれる。これで白い鳥の爪により傷つけられた腹部は、何事もなかったように癒えるはずだ。
「これでよし、と!」
「流石だな」
触覚の吐血は治まった。しかし体を丸めて苦しそうに痙攣し続けている。
「……うそでしょ」
「触覚ちゃん!? 触覚ちゃん!?」
森にルピナスの悲痛な叫びが響き渡る。涙を流しながら、必死に触覚の体を揺らし続けていた。
「ごめんなさい、もう1度やるわ!」
マーガレットは自身の頬をぴしゃりと叩き、ステッキをフルスイングして叫ぶ。
「はぁぁぁ!! 本気ヒールッ!!!!!!」
触覚の体は再度光に包まれた。アセビたちは無事を祈るように両手を合わせる。
しばらくして触覚はゆっくりと体を起こした。体から毒が抜けたらしい。触覚は大きな目玉から涙を流し、ルピナスの足にしがみついた。
「触覚ちゃん! 生きてて良かった……!」
ルピナスと触覚は互いに抱きしめ合っている。マーガレットのおかげで小さな尊い命が救われた。アセビは胸を撫で下ろす。
「焦ったぜ……流石はマーガレット……」
アセビが視線を向けると、マーガレットは肩で息をしていた。足元もおぼつかなく、額から汗をにじませている。エネルギーを激しく消費したのだ。
「おいマーガレット!? 大丈夫か!?」
アセビは急いでマーガレットに駆け寄り、倒れないように背中を支えた。
「マーガレット!?」
「えへへ、平気平気! それよりアホウドリの毒……結構やっかいかもしれないわね……」
「そうなのか? 解毒できたんだろ?」
「えぇ。解毒はできたわ。でもあたしの本気ヒールは結構エネルギー使っちゃうみたいね……あまり何度も使えないかも……」
マーガレットいわく、白い鳥の猛毒を治癒するには多くのエネルギーが必要になるらしい。アセビは瞬時に理解した。今回の戦いは、マーガレットをあてにしすぎたらいけないようだ。
「あまりあたしに期待しないでね。何度も解毒できそうにないわ……」
「期待してるに決まってんだろ? お前の回復魔法は1流だからな。疲れただろ? これでも食ってくれ」
アセビはマーガレットにジャムパンと水筒を渡す。
「ありがと! ん〜おいしい! 疲れたときは甘いものよね〜!」
マーガレットは先ほど見せた疲れ切った姿が嘘のように、満面の笑みを浮かべた。ジャムパンを渡せば、ある程度はエネルギーを回復できるようだ。
しかし流石のマーガレットにも限界はある。白い鳥との決戦では、普段以上に慎重に立ち回らなければならないだろう。
「あら、触覚くん?」
触覚がマーガレットに向かって何度も何度も頭を下げていた。自身を救ってくれた命の恩人に、感謝の気持ちを伝えているのだろう。
マーガレットはくすりと笑い、触覚の背中を叩いて顔を上げさせた。
「困ったときはお互い様! 気にしないで。いつでもあたしに頼っていいのよ!」
「マーガレット!」
ルピナスと触覚がマーガレットの足にしがみつく。彼女たちは涙を流して感謝していた。
マーガレットはルピナスと触覚の背中を撫でた。そのままアセビとサツキに目を向ける。
「ねえ、このままみんなでお家に帰らない?」
「え? 帰るだって?」
「どういうことだ?」
マーガレットの突然の提案。アセビたちは発言の意図が理解できず、首を傾げた。
マーガレットは怒りで肩を震わせている。
「バカ正直に付き合うことないわよ。アホウドリが豪邸だか洋館だかであたしたちが来るのずっと真面目に待ってるんでしょ? このまま無視して帰ったら……」
「うん」
「すっご〜く面白くない? 想像したら正真正銘のバカみたいじゃない! アホウドリがオバカドリになるってわけよね! ぷっぷっぷー!!」
マーガレットは下卑た笑みを浮かべた。悪魔の微笑みである。我慢できずにゲラゲラと大声を上げて笑うマーガレットを見て、ルピナスは何度も首を縦に振った。大切な仲間が傷つくよりは、その方が良いと考えているのだろう。
「そうしよう! ぼくもアホバカドリはシカトしていいと思うの!」
「ルピナスもそう思う? やっぱそうよね〜!」
わざわざ宣戦布告をした白い鳥を放置して帰る。精神的ダメージを与えるという意味では、悪くない提案かもしれない。
だがアセビとサツキは複雑な表情で視線を交わす。
「いや……行こう」
「私もアセビと同じ意見だ」
「なんでよ! 行く意味ないわよ!」
「行かなくていいよぅ! 毒は怖いよぅ!」
これまで逃げてばかりだった白い鳥が、牙を向き宣戦布告をしたのだ。どのような手を使ってでも、アセビ一行との決着を望んでいるはずである。放置されたことに気づけば、何をするかわからない。
「奴は過去に冒険者や旅人を襲っている。あのときはオレたちをおびき寄せるためだったから、命までは奪わなかったが……」
「うむ。放置されたと知ったら、今度は本気で命を奪う可能性があるな。ヤケになったモンスターは何をするかわからない」
完全に豪邸へ行くムードになっている。マーガレットは頬を膨らまして不満そうにしていた。
「ぶーっ!」
「お前だけが悪いとは言わないが、リッチの宝石パクったことで始まった因縁だ」
「うっ!」
「オレたちが始めた戦いだ。オレたちだけで終わりにしようぜ」
アセビの真剣な眼差しに押され、マーガレットはしゅんとした表情で頷く。彼女が不死王リッチの罰を素直に受ければ、平和的に解決できたかもしれない。しかしその未来を拒んだのはマーガレット自身である。
仲間のミスは仲間がフォローするべきだろう。誰かが傷つくその前に。
「わかったわよぉ……行くわよぉ……」
「怖いよぅ……」
「このまま野放しにするわけにも行かないからな。大丈夫だ。お前たちは私が守り抜く。命にかえてもな」
サツキが左胸に親指を当て、深く頷く。
「よっしゃ! 行くぞ、みんなで!」
「おーっ!」
森にアセビたちの気合の雄叫びが響く。決戦の火蓋は切られた。
この戦いに和解や引き分けはない。あるのは、命の奪い合いだけである。




