覚醒!!最強パワーの問題児 4
「へぇ。冒険者って大変なのね」
「今はそれなりに安定した生活できてるけどね。でも大変なことに変わりはないんだよ。体が大事な仕事だからね」
「結構命がけだよぅ」
リラは内心アセビたちとの世間話に未来永劫花を咲かせていたいと思っていた。
しかし永遠などない。見知った手作りの粗末な小屋が目に映る。
「ついちゃったわね……」
「お邪魔しますよん。触覚、お疲れさん」
「失礼します」
アセビは扉を開き、触覚の背中に乗せられた瓶を部屋の隅にゆっくりと置いた。その様子をリラは寂しげな表情で見つめている。
用事は終わった。アセビは小屋の出口へと向かう。
リラは別れの時が訪れたのを感じ取ったが、惜別の思いを口にできるほど素直になれる少女ではない。
「ふうん。もう帰るのね……」
「うん。じゃあ、また来るからね」
「もう来ないで。あたしは孤独を愛する……」
「ねえ、これ」
「あっ!?」
ルピナスが机の上に置かれた大きな紙に視線を向けている。それは製作途中だったが、まぎれもなく新しい地図だった。アセビがもらったものよりも細かく書かれている。完全版と言っても差し控えないだろう。
「地図だよね。絵も描かれててわかりやすいなぁ」
「リラちゃんからもらった地図もわかりやすかったけどよ。これはさらにすごいぜ」
「リラ絵が上手いんだね!」
興奮するアセビとルピナスを見て、リラは照れくさそうに顔を赤くした。褒められて嬉しいらしく、腕を組んで得意げな表情を浮かべている。
「地図に描いてた神殿ずっと前から気になってたんだよなぁ。そうか、あそこにはこういう仕掛けが……」
「ぼくはここのお花畑に行きたいなぁ」
リラはアセビとルピナスの前に立つと、地図を見せないように両手を広げた。
「ちょっとふたりとも待ちなさい! この地図はまだ未完成なの! 見ないで!」
「あれ、この大きな館は知らないぞ。前もらった地図には描かれてなかったような」
アセビが地図を指差す。何度か行き来している不死王リッチの館。そこから少し離れた場所に目が止まる。謎の館が描かれていた。
「あっ本当だ。この館は……?」
アセビだけでなく、ルピナスも興味を覚えていた。
「リラちゃん、これは?」
「知りたいかも」
「もうっ……しょうがないわね……」
リラはこの完全版の地図を完成させたら、アセビにサプライズプレゼントとして渡したいと思っていた。その願いはもう叶うことはない。
しかしリラはアセビに頼られることを嬉しく思っているらしく、素直に質問に答えることにしたらしい。やれやれと肩をすくめ、口を開いた。
「昔ある貴族がそこに住んでいたらしいわ。超がつくほどの大金持ちだったみたいだけど、そのせいでお金目当てで近づく人間だらけだったみたい」
「詳しいんだね」
「すごいなぁ」
「別にすごくないわ。知人からの又聞きよ。で、その貴族サマは疑心暗鬼になっちゃって、人のいないこの森に豪邸を建てたのよ。そこで多くの召使いたちと死ぬまで引きこもったらしいわ」
「へぇ、そんなことがあったんだ。でもなんかちょっと寂しいな」
アセビは表情を曇らせる。疑心暗鬼になった結果、引きこもりになった貴族がいた。アセビは富を得ても必ず幸せになれるとは限らない事実を知る。
「アンタが気にすることはないわよ。貴族サマには貴族サマの事情があったんでしょ」
「まぁそうなんだけどね……」
「貴族の住んでた豪邸ってことは高価な物が隠されてたりするのかな? アルコールとかアルコールとかアルコールとか」
「えっと……アタシの知人が何度も探検してるみたいだけど、色々あるみたいよ。アルコールとか宝石とかあるんじゃないかしら?」
「へぇ……」
ルピナスはアセビに謎の豪邸に行ってみたいと言わんばかりに、視線を送り続けている。
リラは慌てて首と手を横に振った。
「やめておきなさい! さっきも言ったけど、知人が何度か探検してるらしいの。どうやら罠が結構仕掛けられてるらしいのよ! 危険だわ! だから絶対行ったらダメよ!」
罠。危険。アセビにとってあまり聞きたくない言葉だった。
「罠ってマジかよ。それにしても、リラちゃん何でも知ってるなぁ」
「知ってることしか知らないわ。まー、当たり前のことなのだけれど」
「ふむふむ」
いつものルピナスなら素直に従っただろう。しかし彼女は自分と似たタイプの人間性を持つリラに出会い、テンションが普段より高くなっていた。豪邸のことをさらに聞き出そうとしている。
「ちなみに、罠ってどんな?」
「確か……落とし穴、矢が発射される壁、天井から石とかタライが落ちてくるとか……だったかしら」
「石はともかくタライはちょっと面白いな」
アセビは頷きながら、万が一の保険としてリラの情報を手早く紙に記した。もし謎の豪邸に行くことになったら、きっと役に立つと思ったのだ。
情報は時として、黄金よりも宝石よりも価値が高くなる時がある。
ルピナスが再びリラに向かって口を開いた。
「罠の見分け方とかってある?」
「ちょっとルピナス、まさかマジで行くつもり!? 冒険者になって安定した暮らしできてるんでしょ?」
「冒険者だから行くんだよ」
ルピナスはキメ顔で宣言した。それを見た触覚も、どこか得意げな表情でポーズを取っている。
リラは口をぽかんと開けてリラたちを見つめていた。
「どういうことかしら……?」
「オレたちは霧の森を調べてるんだ。どっちにしろいつか豪邸に行かないといけない日が来ると思う」
「……危ない場所でも?」
「冒険者の仕事だからね。だからリラちゃんの情報はマジでありがたいんだ」
「ふ〜ん……」
アセビの期待の込められた眼差し。リラは満更でもない表情だ。ぼっちは孤独であるがゆえ、人に頼られると嬉しさを感じてしまう生きものなのである。
「いいわ。特別に教えてあげようじゃない。よく見たら床にスイッチがあるらしいのよ。それを踏んだら罠が作動する仕掛けが起動するみたい。ほとんどそういうタイプらしいわ」
「なるほど。床に注意……っと」
「人形にも触らないほうがいいって聞いたわ。目に宝石が埋め込まれてるけど、獲物を誘う罠らしいの」
アセビの脳裏に、強欲で貪欲で煩悩にまみれた白頭巾の少女が鮮明に映し出される。あの問題児なら確実に飛びついて罠を発動させるに違いない。
アセビは豪邸を調査するときは、マーガレットの動向に注意しながら行動することを心に誓った。
「そんなところね。あたしが見たわけじゃなくて知人からの情報だから信用しすぎないで。死なれてもアタシ責任取れないから」
「知人さんを信じているリラちゃんを信じるよ。貴重な情報ありがとう」
「ありがとうございます」
「フン! ま! いいですけど!」
ドヤ顔で胸を張るリラに、アセビは思わず吹き出しそうになるが、ギリギリで堪えた。彼はポケットからお礼のジャムパンを取り出す。リラは瞳を輝かせた。
ルピナスには、その姿が餌付けされてしまった犬のように見えていた。
「リラちゃんに、お返しのジャムパンです」
「ふわふわ! あーん!」
「ははっ、食べさせてほしいんだ?」
「いいから早く! あーん!」
アセビは苦笑しながら、リラの口元にジャムパンを近づける。彼女は口を大きく開けて頬張ると、幸せそうな表情を浮かべた。
気になる青年に、甘くておいしい大好きなジャムパンを食べさせてもらえる。リラにとってこれは、1番の贅沢なイベントなのかもしれない。
「ん〜! ご馳走様! まぁまぁね!」
「喜んでいただけだようで何よりです。ほら、ルピナスと触覚も」
アセビはポケットから再びジャムパンを取り出し、ルピナスと触覚に渡す。彼女たちは受け取るが、口にはいれなかった。どうやら食べながら帰るつもりらしい。
アセビはリラに小さく手を振り、背中を向けた。
「じゃあそろそろ帰りますかね」
「あっもう帰っちゃうんだ。フ、フン。アタシは忙しいの! もう来ないで!」
リラは表情が曇るが、すぐに心にもない言葉を口にしてアセビに背中を向けた。
「またね」
「早く帰れば!?」
アセビはそれだけ言うと、リラの小屋を出た。
静まり返った空間が、彼女の心に孤独感と言う名の暴力を刻み込む。
リラは部屋の隅に置かれた瓶に目を向ける。アセビと仲間たちが運んでくれた貴重な水だ。大切に飲まなければならない。
「喉乾いちゃった。いっぱい喋ったものね」
リラはくすりと笑った。木製のコップを使い、中身をすくって口に入れる。
「あの」
「ぶっ!?」
リラは突然背後から声をかけられ、口に含んだ水を全て吐き出し、咳き込んだ。急いで振り向くと、そこにはルピナスと触覚がいた。彼女たちはリラに何か言いたげな表情を浮かべている。
「ゴホッゴホッ! ア、アナタたち! アイツといっしょに帰ったんじゃなかったの!?」
「うん。すぐ帰るよ。でもぼくリラに言いたいことがあるの。アセビには外で待っててもらっているの」
「アタシに……?」
リラの心臓の鼓動が早くなっている。外にアセビが待機しているとわかったからだ。
「あの……ぼく……」
ルピナスはうつむきながら、もじもじとしてなかなか言いたいことを口にできない様子だ。触覚はゆらゆらと体を動かしながら、彼女が言葉を紡ぐのを待っていた。
「あっ……」
リラはルピナスと自身が似たタイプであると理解している。彼女は、答えにたどり着いた。
「ま、また来てもいいわよ……」
「!」
ルピナスははっとした表情で顔を上げ、リラの顔を見つめる。
ぼっちには、自分の世界がある。それに踏み込んで良いのは、自分自身と信頼している者たちだけだ。
リラにとって、アセビやルピナスは信用できる人物ということなのである。
「ありがとう。せっかく出会えたのに、お別れしたくないって思ったの……」
「アナタにもまた来てほしいわね。あの未完成の地図を完成させたらアイツに渡したいと思ってたから。それにその……ルピナスのことも……嫌いじゃないから」
「うん! ぼくも!」
リラの顔は血のように赤くなっていた。恥ずかしいのか、口元をむずむずと動かしている。
嫌いじゃない時点で印象は悪くないと言っているも同然だ。ルピナスもリラと同じ意見だった。
「それじゃ、またね」
「ええ、またね」
ルピナスが別れの挨拶を切り出し、リラは頬を赤くしながら照れ隠しにむっとした表情で手を振る。彼女は寂しいとは思っていない。知っているのだ。きっとまたルピナスに会えると。
「あっそうだ。最後にもうひとつ」
「何よ?」
ルピナスは扉に手を伸ばしたまま振り向くと、リラに向かって声をかけた。
「アセビのこと好きなの?」
「そんなんじゃねえよ」




