ぼっちは自分が気に入った人を逃さない 1
「エンエン泣く子も笑わすエンジェル」
「ん?」
「プリプリ怒ったお顔もプリティー」
アセビの耳に歌声が届く。透き通った声だ。アセビは清掃の仕事を中断し、周囲を見回す。
「この声はどこから……」
アセビが遠くに視線を向けると、マーガレットが尻を振りながら、ホウキで葉っぱを集めていた。どうやら彼女が声の主のようだ。
「綺麗な歌声だね」
ルピナスと芋虫も歌に注目していた。仲良く雑草の処理をしながら、マーガレットのことを見ている。
「アイアイ愛されガールはだあれ?」
マーガレットが振り向く。どうやら自身の歌を、アセビたちが聞いていることに気づいたらしい。ふたりと1匹の視線を感じたのだろう。
「みんながだいすきマーガレット!」
おうたが終わった。マーガレットは得意げな顔でホウキの先をアセビに向けている。
その目は言っていた。あたしのおうたを聞いた感想を言いなさいよ、と。
「ルピナス、芋虫。お前たち、どう思った」
「……歌声は綺麗だよね、歌声はね」
「……歌詞についてはどう思った」
「……ぼくはもうやばいと思う」
マーガレットは両頬を押さえた。興奮気味に尻を振って喜びを表現している。どうやらルピナスのやばい発言を、良い意味と解釈したらしい。
「あたしのおうたに感動したみたいね! せっかくだし冒険者引退してバンドデビューしちゃう?」
「前向きに検討します」
「作詞作曲できておうたも上手……う〜ん、あたしって控えめに言って天才だわ」
「そうですね、そう信じたいですね」
アセビはそれだけ言うと清掃の作業に戻った。いつまでもバカの相手をしている暇はないのだ。
ひとりで盛り上がっているマーガレット。どうやらバンドデビューを本気で考えているらしい。おめでたい頭である。
「……もしバンドデビューすることになったら、ぼくたちは裏方のお仕事をしようね……」
ルピナスが芋虫の背中を優しく撫でると、気持ちよさそうに目を細め、有頂天になっている白い悪魔を一瞥してそのまま地面に生えている雑草を食べ始めた。
アセビ一行は、今日も平和に新人向けの仕事をしている。稼ぎは少ないが、節約すれば何とかならないこともない。そういう生活をしていた。
しかし平坦な道を進むだけが人生ではない。ときには困難が立ちはだかることもある。それも、突然に。
アセビの人生が、大きく変わろうとしていた。
アセビたちは1日の仕事を終え、冒険者ギルドへ向かっていた。
ひと仕事終えたあとの夕焼けは美しく、3人の疲れた体と心を癒す。そして、晩ごはんが待っている。
笑顔のマーガレットが、アセビとルピナスの腕をぐいぐいと引っ張った。
「ほらふたりとも急ぐわよ! 晩ごはんさんが待ってるんだから! ほらほら!」
「ははっ、晩ごはんは逃げやしないさ。ゆっくり行こうぜ」
「ごはん楽しみだなぁ」
報酬をもらうために冒険者ギルドに入ると、受付の大男が、他の冒険者と語っているのが見えた。依頼について、交渉しているのだろう。
大男はアセビ一行に気づくと、報酬の入った袋を渡してきた。
「お疲れさん、ちょっとだけ報酬サービスしておいたからな!」
「サンキューおっちゃん。じゃあオレたちはこれで」
アセビとマーガレットはすぐ立ち去ろうとしたが、ルピナスは大男と冒険者が気になるのか、足を動かそうとしない。じっと会話を立ち聞きしている。
ルピナスが他人に興味を持つのは、超絶レアイベントだ。アセビはせっかくだと思い、この場に残ることにした。
そのまま観察していると、大男が首を横に振った。冒険者は諦めずに何かを語り続けている。どうやら交渉がうまくいっていないらしい。
「ふたりとも、早く早く~! 晩ごはんさんが待ってるわよ!」
「マーガレットごめんな、ちょっと待っててくれ!」
「しょうがないわねぇ」
アセビとルピナスが両手を合わせて謝罪する。
マーガレットはやれやれと肩をすくめるが、楽しみはあとにとっておくものだと思っているのか、椅子に腰を下ろした。
アセビが大男と冒険者の間に入る。
「おっちゃん、さっきから何か話がうまくいってないようだけど、どうしたんだ?」
「ああ、実はな……」
「うむ、私から説明しよう」
冒険者がアセビに視線を向ける。彼は思わず息を飲んでしまった。大男と交渉していた冒険者が、容姿端麗な女性だったからだ。彼女が街を歩けば、多くの男どもの視線を釘付けにすることだろう。
女性冒険者は黒いサラサラとした髪を、ひとつに結んでいる。黒色の和服から細く長い腕と足を露出させており、腰に刀と木刀を差していた。異国から来た女剣士を思わせる出で立ちである。
「最近旅人や旅商人が、ゴブリンの集団に襲われているらしくてね」
「ゴブリンって、あの緑でチビでイタズラやったり迷惑かける害獣みたいなモンスターのことだよな」
「うむ。そのゴブリンの巣を見つけて、退治してほしいと依頼書が貼ってあったんだ。私はその依頼を受けたいのだが……」
大男が首を横に振った。どうやら依頼を受けさせたくないようだ。
「あんたの実力は俺たち冒険者ギルド運営もわかってるつもりだ。だが、モンスターの巣となると、ひとりじゃ駄目だ。危なすぎる」
「今までもうまくやってこれた。今回も任せてはいただけないだろうか」
「万が一ということもある。あんたみたいな優秀な人材を失うわけにはいかないんだ。わかってくれや」
大男が再び首を横に降る。それを見た女性冒険者は肩を落とす。大男の意思が固いと判断したのか、依頼を諦めかけていた。
女性冒険者はそのまま立ち去ろうとするが、アセビは不憫に思い、声をかけた。
「なあ黒髪の姉さん。明日で良ければ、オレたちが仕事付き合うぜ? おっちゃん、ひとりじゃなければいいんだよな?」
「アセビ、彼女はちょっと特殊でな。誰ともチームを組まないんだ。だが必ず依頼は達成する。護衛とモンスター退治を専門とするソロの凄腕冒険者様よ!」
冒険者ギルドでも上位の実力者なのか、大男は誇らしげに語った。
冒険者たちは基本チームを組んで行動する。それぞれの得意分野を活かして支え合えば、依頼の成功率や生存率が上がるからだ。
しかし目の前の黒髪の女性冒険者は、たったひとりで活動しているらしい。新人冒険者とは圧倒的な実力差があるのだ。
「フフフッそう言われると面映ゆいな」
アセビは助け船を出そうとしたことを後悔した。あまりにも格が違いすぎる。
恥をかく前に、この場を立ち去ることにした。
「オレたちの出番はないっスね……オレは新人に毛が生えたレベルなんで……ははっじゃあそういうことで」
「決めた! 明日いっしょに行こうじゃないか。噂には聞いている。あなたたちはワイバーンを倒した冒険者なのだろう? 頼りにしているよ」
「いやぁ……あれは奇跡というか……」
「彼らと一緒なら問題ないな?」
「ああ、あんたがそれでいいなら……」
女性冒険者は満足げに微笑む。
アセビはやっぱ無理ですごめんなさいと言えない空気を感じていた。
女性冒険者がアセビに手を差し出す。
「私はサツキ。サツキ・キサヌキだ。よろしく」
「オレはアセビ・ワビサビーっス。短い付き合いだと思うっスけど、足引っ張らないようにがんばるんで」
互いに握手を交わした。
ふたりの様子を見て、マーガレットは椅子から腰を上げて、アセビたちに近づく。
「アセビ、こちらは誰さん?」
「うん。今ここで知り合ったんだ。明日この姉さんといっしょにゴブリン倒しに行くことになったぞ」
「オッケー、明日はそういう感じね? じゃあ自己紹介させてもらうわ! あたしはマーガレット・デット・ダメットよ! サポートは任せなさい!」
「ぼくは……ルピナス・ルミエール……」
「フフフッ私はサツキ。ふたりともよろしく頼むよ」
サツキは女子たちとも握手を交わす。
この瞬間、新人3人と凄腕冒険者の、ゴブリン掃討チームが結成されたのであった。




