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お庭に根付いた雑草どもは今日も元気に咲き誇る 〜ヒーラー、サモナー、ガーディアン、頼れる仲間は問題児〜  作者: 仔田貫再造


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覚醒!!最強パワーの問題児 1

 冷たい夜風が霧の森を吹き抜けた。木々の間でモンスターが佇んでいる。白い鳥だ。彼は闇夜を見上げ、無数に散らばる星を見つめていた。


「姉貴……あんたもそっちに逝ったのかい。寂しくなっちまったねぇ」


 白い鳥は散っていった仲間への想いを胸に、そのまま夜空を見上げ続けた。信じて帰りを待ったハーピー。彼女は2度と戻ってこなかった。その理由を考えられないほど白い鳥は愚かではない。


「あっしが無理にでもついていけば……いや、きっと拒絶されただろうねぇ……」


 最強四天王のメンバーは必要以上に馴れ合わず、最低限の交流を好むぼっち候補生で構成されている。ハーピーはその性格が仇となってしまい、敗北した。


「あっしもすぐ……みんなの所に行きまっせ……」


 白い鳥はトボトボと歩き始めた。疲れ切った様子を見るに、他のメンバーがこの世を去った事実が、精神的なダメージになっているようだ。

 ぼっち気質で構成された最強四天王だが、白い鳥はチームに強い愛着心があったのだろう。


「最強ちゃん。あっしもすぐ死ぬでしょう。どうかお元気で」


 白い鳥はそれだけ言うと、霧の森を風のように早く駆け抜けた。その目は猛禽類のような鋭い。

 白い鳥のターゲットは、言わずもがなアセビ一行である。彼は脳内で作戦を考えながら走り続けた。




「おりゃあああ!」


 アセビは気合の入った雄叫びを上げる。目の前のゴブリンたちを手にした漆黒の剣で切り裂いた。アセビの手に握られた武器はグータラソード。最高傑作の素材で作られた名剣である。


「ギャアアアアア」


 グータラソードの斬れ味は抜群だ。ゴブリンたちは悲鳴を上げて、バタバタと倒れていく。アセビは得意げな顔でポーズを取った。

 頼れるリーダーの無双の如き活躍。マーガレットは欠伸をし、ルピナスは瞳を輝かせ、サツキは腕を組みながら何度も頷いていた。


「ふあ〜。眠たくなってきたわ。あたしここにいる意味ある? もう帰っていいかしら?」

「アセビかっこいいよぅ! グータラソードもすごいよぅ!」

「うむ、流石だな」

「おお、やっぱり護衛をお願いしてよかった」

「兄ちゃん強いね!」


 アセビ一行の背後に旅商人の親子が控えていた。護衛対象だろう。父娘はゴブリンを瞬殺したアセビの動きに感動したらしく、拍手を送っている。


「へへっ! まー、ゴブリンぐらいは楽勝っスわ」

「わしじゃ追い払うのがやっとだからねぇ。すごいと思うよ」


 旅商人からの称賛の声が届く。アセビは照れ臭そうににグータラソードを鞘に戻した。

 相変わらずクレマチスは毎日多くの旅商人、キャラバン、観光客が訪れていた。街が繁栄することはいいことなのだが、新たな問題が発生している。


「それにしても最近ゴブリンや野生動物が元気よね」

「スケルトンやオークも増えてきたね」

「うむ。恐らくだが……」


 サツキが硬めを閉じて太陽を見上げた。


「この暑さが原因だろうな。長く日照りが続いているせいで、モンスターたちが妙に好戦的になっている」

「暑くてテンションが高くなってるってことか」

「嫌になっちゃうわねぇ」

 

 専属の護衛を雇えるキャラバンは、モンスターが好戦的になろうがなかろうがどうでもいいだろう。

 しかし問題なのは、個人で商いをしている旅商人たちだ。彼らは毎日のように冒険者ギルドへと駆け込み、護衛の依頼を申請して、身を守りながら移動することを選んでいる。


「お客さん。手数料と依頼料大丈夫? 高くない?」

「はは、クレマチスの冒険者ギルドはまだ良心的な方だから大丈夫だよ。それに全てを失うよりはまだ安くつくからね」

「なるほどっスね」


 アセビ一行の依頼者のように、ある程度出費しても安心したいと考える者が圧倒的に多かった。その結果、冒険者ギルドは、毎日のように護衛の依頼が掲示板に貼られることになったのである。冒険者たちは、毎日大忙しな日々を送っていた。

 冒険者ギルドに、霧の森の調査を依頼されているアセビ一行だが、ここ数日は旅商人の護衛の任務を優先するよう頼まれている。それほど人手が足りていないということなのだろう。


「オラァ! オラオラァ! オラオラオラァ!」


 アセビは次々と現れるゴブリンやスケルトン、オークをグータラソードで一撃で斬り伏せていく。気迫あふれるその姿は鬼神を思わせ、ルピナスは少し怯えた表情を浮かべていた。

 好戦的になっているのは、モンスターたちだけではないのかもしれない。


「これでよし! モンスターは全員倒したぜ。さっさと山岳地帯を抜けよう!」

「目的地まであと少しよ。お客サン、もうちょっとだけがんばってついてきてね」

「頼りにしてるよ」




 アセビ一行は、見晴らしの良い草原へと足を踏み入れた。姿を隠せるような木や大きな岩はない。モンスターや盗賊の奇襲を恐れることはないだろう。

 草原をしばらく進むと小さな村が存在している。依頼者の目的地はそこだった。


「あともうひと踏ん張りっス! もうちょい頑張ってくださいね!」

「はは……運動不足だねぇ」

「父ちゃんもっと痩せないと!」


 旅商人の父親は肩で息をしていた。汗は滝のように流れている。異様な暑さや日照りが、体力を容赦なく奪っていく。間違いなく父親の限界は近い。

 流石のマーガレットも心配そうにしている。そっと顔を覗き込んだ。


「お客サン大丈夫? ちょっと休憩する?」


 サツキが頷いた。


「そうしよう。無理はなさらないほうがいい」

「ははは……心配しなくてもいいよ……」


 息子の前では格好悪い姿は見せたくないのか、父親は素直に女子たちの意見を受け入れてくれない。

 ルピナスが視線を感じて足元を見ると、芋虫が見上げている姿が目に映った。


「う?」


 ルピナスはしゃがんで芋虫と視線を合わせ、背中を撫でながら首を傾げた。


「芋虫さん、どうしたの? お腹空いちゃった?」


 芋虫はルピナスに撫でられると、嬉しそうに体を伸び縮みさせ、地面を掘って姿を消した。

 突然の離脱。ルピナスは目を丸くしたが、芋虫が無意味な行動をするとは思えず、しばらく待つことにした。


「ぼかぁね……こう見えても……若い頃は……体力があったんだよね……」

「でも汗すごくない? おじサン本当に大丈夫?」

「父ちゃんもう若くねえだろ……」


 ルピナスが父親を見守っていると、離脱していた芋虫が戻ってきたらしく、勢いよく地面から飛び出した。少し離れた場所で、触覚が顔を覗かせている。芋虫は仲間を連れてくるために一時的に離脱したのだ。


「おかえり。触覚ちゃんも来てくれたんだね」


 芋虫と触覚はルピナスの足に体を擦り付けると、名残惜しそうに離れ、旅商人親子に近づく。彼女たちは依頼人に背中を向けた。早く乗れと言わんばかりに体を上下に動かしている。

 旅商人親子はリーダーのアセビに目を向けた。


「えっと……乗っていいのかい?」

「噛みつかない……?」

「芋虫さんたちは優しいよ。大丈夫」

「そういうことっス」


 ルピナスの許可を得て、親子は芋虫たちの背中に恐る恐る腰を下ろした。興味半分、恐怖半分。そういった精神状態だった。


「芋虫さん、いってらっしゃい」

「!!」


 背中に重みを感じた芋虫と触覚は、足を必死に動かして全力で走り始めた。キャタピラーは普段ゆっくりと動くのだが、素早く動くのが得意なモンスターでもある。

 アセビ一行は芋虫たちの背中に乗ってシャクナゲに行ったことを思い出しながら、旅商人親子を見送った。


「お疲れっした!」

「お客サン、まったね〜!」

「早いぞ!? お、落ちる!?」

「すげぇぇぇ! でもこえぇぇぇ!」

「振り落とされないようにね……って言うの、ちょっと遅かったかな」

「なに、芋虫たちなら落とさないだろうさ」


 親子の歓喜の混ざった悲鳴が、風に乗ってアセビたちの耳に届く。芋虫たちなら依頼人を落とさずに目的地まで運べるだろう。見晴らしもいいため、モンスターの奇襲を受けることもないという安心感もある。


「あの親父さん、息子さんの前だから無理して意地張ってたからな。芋虫がいてくれて助かったぜ」

「そういえば忘れてたけど、芋虫くんたち運び屋さんにもなれるのよね! やるじゃない!」

「うむ。芋虫たちにしかできないことだ」


 アセビたちは芋虫を次々と褒め称えた。ルピナスは自分のことのように嬉しく感じ、頬を赤くしている。

 多くの召喚士にハズレ扱いされてきたキャタピラーだが、その評価は変わりつつあった。不死王リッチとの戦いで、芋虫たちが活躍したことが、世界中に知れ渡ったからだ。


「あっ! 芋虫くんたち帰ってきたわ!」


 しばらくすると、依頼人を無事に送り届けたであろう芋虫たちが、砂煙を上げながら猛スピードでアセビ一行の前にやってきた。彼女たちは背中を見せつける。

 そこには小さな樽が乗っていた。中には透き通った水と氷がたっぷり入っている。


「これは!?」

「冷たいお水さん!」


 照りつける太陽に晒されていたアセビ一行。思わず笑顔がこぼれる。


「ありがてぇ! 依頼人さんからのお礼だな!」

「やったぁ! お客サンありがと!」

「うむ。芋虫たちの活躍のおかげだな」


 アセビ一行は芋虫に手を合わせて感謝した。彼女たちはどこか誇らしげな表情をしていた。ルピナスは嬉しそうに頭を撫で回している。

 アセビはポケットから人数分の小さな木製のコップを取り出し、全員に手渡した。


「では依頼者さんと芋虫たちに感謝して……」

「いただきまーす!」


 冷たい水が乾ききった喉を通り抜け、アセビ一向に潤いと癒しと安らぎを与える。無味無臭のただの冷たい水なのだが、暑さに晒された状態だったため、極上の酒にも匹敵する飲み物となっていた。

 当然1杯だけでは物足りず、マーガレットは再度樽から水を汲み取り、口いっぱいに頬張って飲み込んだ。


「あぁ〜! しあわせぇ〜!」

「大事に飲めよ。みんな喉カラカラなんだからな」


 サツキは手のひらにそっと水を注ぎ、しゃがむんで芋虫たちに向かって微笑んだ。


「ありがとう、この水はお前たちのおかげだ。みんなでいっしょに飲もう」

「このお水さん、マジで最高よ!」


 興奮気味に答えるマーガレットに苦笑しつつ、サツキは触覚に手のひらを向けた。彼女は自分のことよりも弟や妹のことを優先するタイプである。まずは体の小さい触覚に水を飲ませたいと思っての行動だった。


「遠慮することはない。おいで」


 触覚は遠慮がちにサツキの手のひらに近づくと、舌で舐めて少しずつ水分を補給した。


「フフフッくすぐったいな」

「触覚ちゃんにお水飲ませてくれてありがとう。芋虫さんには、ぼくがお水あげるね」


 ルピナスはサツキを見習い、手のひらを水を注ぐ。芋虫の前に進んでゆっくりとしゃがんだ。

 

「いっぱい飲んでね」


 芋虫は嬉しそうに、ルピナスの手のひらに向かって舌を伸ばした。


「あはは! もうっ、くすぐったいよぉ!」


 ルピナスは珍しく口を大きく開けて笑っていた。芋虫はその反応を見ていたずら心が芽生えたらしい。手のひらから完全に水分が無くなるまで、舐め続けるつもりなのだろう。

 触覚も負けじと、ルピナスに甘えるように体を密着させ始めた。


「芋虫さんも触覚ちゃんも大好き!」


 アセビたちは、楽しそうなルピナスたちを微笑ましい気持ちで見つめていた。


「えへへ! 仲良しって感じでいいわよね!」

「ルピナスだからこそ、芋虫たちとうまくやれている気がするんだぜ!」

「うむ。契約者と契約したモンスター、共に支え合っている。良い関係だな」


 アセビが出会った頃のルピナスは、コミュ障のスーパーマイナス思考だった。だがもうあの頃の面影はない。

 完全にその性格が改善されたわけではないが、ぼっち同士でチームを組んだ結果、少しずつ自信と社会性を身に着けている。

 ルピナスの父親が現在の彼女の姿を見たら、涙を流してアセビに感謝することだろう。


「サツキ、ちゃんと飲んでるか?」

「あぁ、1杯飲んだが」

「それだけか? もっと水飲んだらどうだ? ちょっとだけどまだ残ってるしな」


 アセビが樽の中身を覗くと、中身はほとんど無くなりかけていた。暑さと乾きで水分を欲していたマーガレットが、ほとんど飲み尽くしてしまったからだ。相変わらず風のように自由に生きる女である。


「いや……私よりもお前がだな」

「遠慮するなよ! 水全然飲んでないだろ?」

「ふむ……そうか……フフフッ」


 サツキは頬を僅かに紅潮させ意味深に笑うと、アセビに向かって1歩近づいた。邪悪なオーラを身にまとった鬼の行進。

 アセビは思わず後ずさった。


「アセビ、私は喉が乾いたぞ」

「うん」

「アセビ、私はか弱い女だぞ」

「……うん?」


 アセビの脳裏にサツキの激闘の記録が鮮明に映し出される。か弱い女など、どこにも、いなかった。アセビの眼の前にいるのは、鬼と呼ばれた変態だけである。

 サツキは手にしたコップを、わざとらしく地面に落とした。


「私は箸を持つ力すらないんだ。わかるだろ?」

「嘘つけお前絶対握力ゴリラだぞ」

「そこでだアセビ。お前に水を飲ませてほしいんだ」


 アセビは予想外の回答が帰ってきたことに、良い意味で驚かされていた。サツキが特殊な愛情表現を求めていると予想していたのである。

 それを思えば、水を飲ませてあげることぐらいお安い御用と言うものだろう。


「まー、それぐらいならいいか」

「そうであろう、そうであろう」


 アセビはポケットに手を突っ込み、新しいコップを取り出そうとするが、サツキが手を握って阻止した。ゴリラを超越する握力。アセビは悲鳴を上げることすらできず、骨の軋む音だけが周囲に響いた。

 か弱い女を自称する鬼が、化けの皮を剥がした決定的瞬間である。


「うぉあぁ!?」

「お前のコップで飲ませてほしい。いいだろ?」

「腕がっ……ちぎれそうなんだが……」

「むむっ!」


 サツキは急いでアセビの腕から手を離した。腕には指の後がくっきりと残っている。異様な力で握っていた証明だ。


「フフフッでは、早速お水をいただくとしよう」

「やれやれ……」


 アセビはサツキがわざと落としたコップを拾い、ポケットからハンカチを取り出して、綺麗に汚れを拭き取った。樽に手をかけて残った水を注ごうとするが、待ったと言わんばかりに彼女が手を握る。


「ひっ!?」

「ちょっといいだろうか……」


 さすがのサツキも反省したらしい。ゴリラのような握力で握ることはしなかった。


「なんスか」

「コップならあるではないか」


 サツキの視線はアセビの手に集中している。一切逸らす気配はない。アセビはサツキの発言が理解できず、しばらくの間脳みそを高速でフル回転させていた。


「サツキ、結局オレにどうしてほしいんだ? ちょっとお前が何言ってるかわからないんだが」

「フフフッそれを直接言うのは……いや、お前は私を辱めるのが好きな男だったな?」

「そういう趣味はないんですが」


 頬を朱色に染め、恍惚の表情を浮かべるサツキ。彼女の視線を追うと、ルピナスの姿がアセビの目に映る。


「芋虫と触覚が、ルピナスの手のひらに注がれた水を飲んでいるが……」

「フフフッ」

「仲良しだわ」


 楽しそうなルピナス。嬉しそうな芋虫と触覚。仲睦まじいその姿。

 その時アセビの脳に衝撃が走る。


「お前まさか……オレの手のひらを使って、水分補給をしたいってこと……?」

「フフフッ! フフフッ!」

「フフフッじゃねえよ」


 アセビは察しの良い自分を呪った。サツキは言っているのだ。ルピナスが芋虫に行っている方法で、水を飲ませてほしい、と。

 興奮して両頬を紅潮させる黒鬼とは対称的に、アセビは青ざめている。サツキという女は、どこぞの問題児とは別のベクトルで今を刹那的に生きているらしい。

 ふたりの会話を聞いていたマーガレットも、恐怖心で青ざめている。


「サツキちょっとやばくね」

「ちょっとじゃないと思うわ」

「できれば目線を合わせながらお願いしたい……もしお前がよければだが……フフフッ」


 サツキを止めるには、物理的に水を無くすしかないだろう。彼女は自分の世界に入っている。

 誰かが止めなければいけない。そろそろ終わりにしなければいけない。


「マーガレットちゃん」

「はい」


 みなまで言わずとも、アセビの考えはマーガレットにはしっかりと伝わっていた。悪魔、問題児と呼ばれる彼女だが、冷静に行動できるだけの知能と良心は持ち合わせている。


「よっこいしょっと」


 マーガレットはサツキが逃げないように後ろから羽交い締めにした。特に慌てる様子を見せないところを見るに、興奮しているせいで、拘束されていることに気づいていないのかもしれない。

 アセビは両手でしっかりと樽を持ち上げ、サツキの口に近づけた。


「お前なら私のっおぉぉっ!?」

「サツキ、早くこっちの世界に戻ってこい!」


 アセビは樽の中に入った水を、全部サツキの口へと流し込んだ。

 マーガレットは援護射撃と言わんばかりに頬を両手で掴み、逃さないようにしている。


「もっ!? むぅ!? んぐぅ!?」

「よし、中身全部飲んだな!」


 アセビが樽を地面に置くと、マーガレットはサツキの拘束を解いた。無理やり冷たい水を飲まされた結果、無事に自分の世界から戻って来られたらしい。目を白黒させてはいたが、先ほどと比べたら落ち着いているように見える。

 アセビはポケットからハンカチを取り出すと、サツキの口回りや頬を丁寧に拭き始めた。


「えっと、あの水の飲ませ方はほら……ちょっと危ない特殊な感じがするんで……また今度ね」

「お水さんは普通に飲むのが1番よ!」


 サツキはアセビの手に、そっと指を絡ませた。頬が僅かに朱色に染めっているところを見るに、まだ暴走している可能性が高い。

 マーガレットは恐怖心で顔を強張らせながら、サツキの背中を撫で、落ち着かせようと努力していた。


「どうどう! 落ち着いて! ね!?」

「無理やり押さえつけて水を飲ませるか……」

「苦しかったか!? 申し訳ない!」

「ごめんなさい!」

「1度お前にそういうことをしてほしいと、頼みたかったんだ」

「えっ」

「私の考えは全てお見通しというわけか。やはりアセビ、お前は最高の……」

「えっ」


 水を無理やり飲ませたのは、サツキの暴走を止めるための行動だった。しかしそれは彼女の理想のシチュエーションのひとつだったらしい。

 サツキは自身のことをアセビが理解してくれた結果行ったものと認識しているようだ。

 何事も前向き考える性格は、ある意味この混沌とした世界を生きるのに1番理想的なのかもしれない。巻き込まれる仲間は犠牲になるかもしれないが。


「ぜひまた頼みたいのだが……よろしいか? よろしいな? いいな? えっ、いい? ありがとう」

「怖い」

「未来に生きてるわね……」

「それにしてもアセビ。やはりお前は常に私の2歩先を行く男だ。お前には敵わないと心からそう思う」

「安心したまえ。お前は誰よりも先を行ってるから」




 水分補給を無事に終え、アセビ一行は冒険者ギルドに戻ることにした。太陽の日差しに晒されているだけでも体力は消耗され、汗が嫌でもにじむのだ。早く戻るにこしたことはないだろう。

 全員で山岳地帯を抜けようとしたとき、アセビの脳裏に紫の少女の顔が過ぎった。彼女は2度も木の下敷きになるスーパー不幸体質だ。

 アセビはこの暑さでリラが無事か、心の底から心配になり、足を止める。女子たちも歩みを止めた。


「アセビ? どうしたの? 早く冒険者ギルドに帰って食堂でお酒にしましょう?」

「ちょっと霧の森で気になることがあってさ。ちょっと行ってくるわ」

「なら私たちもいっしょに……」


 アセビはサツキの提案を手でさえぎり、そのまま背中を向けて走り始めた。


「すぐ終わるからオレだけでいいぜ! みんな先に帰っててくれよ!」

「わかった。仕事の報告は済ませておく」

「本当に早くしなさいよ! 早くしないとアセビの分のお酒あたしが飲んじゃうんだから!」

「オッケー」


 アセビはマーガレットの強欲な言葉に苦笑しつつ、霧の森へと繋がっている例の穴へと急いだ。何度も行き来しているため、這って移動することに抵抗感がなくなっていた。

 快適とは言えないが、本来のコースから霧の森へ向かうと数時間は費やすことになる。衣服は汚れてしまうがこの穴を使わない理由はない。

 アセビは例の穴を見つけると、そのまま這って進み始めた。

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