その名はブラック・ブリッツ・ブレード 9
「あ~! 飲んだ飲んだ!」
「飲みすぎだおバカ!」
アセビ一行とフジフクシアコンビは、冒険者ギルドの酒場で思い思いに飲み食いし、食事が終わるとそのまま解散した。今はそれぞれの帰るべき場所に、向かっているのである。
ルピナスがグータラソードの鞘を再び触り始めた。
「アセビ、グータラソードお家に帰ったらもっとよく見せてほしいなぁ。黒くてかっこいいよね」
「いいぞぉ! 好きだだけ見るといいぞぉ!」
アセビはすっかり機嫌が良くなっている。
マーガレットはほっとした表情で手をぴしゃりと叩くと、後ずさり始めた。
「あっ、いっけなーい! あたしちょっと忘れ物しちゃった!」
「おいおい。じゃあみんなで戻るか」
「大丈夫! すぐ戻るから先にみんな帰ってて!」
マーガレットは早口でそれだけ言うと、風よりも早く走った。突然の行動にアセビたちは面食らったが、本人が先に帰るように言ったのだ。アセビは気にせず帰ることにした。
「クレマチスは治安が良いし夜はパトロールしてる警備隊もいる。大丈夫だろう。先に帰りますかね」
「うん。ぼく早く帰りたい」
「……うむ」
マーガレットは息を切らしながら、全速力で商店街に向かっていた。人の気配はなく、ただ静寂だけが支配している。まるでこの世から、マーガレット以外の人間がいなくなってしまったかのようだ。
「昼は賑やかなのに……変な感じね」
マーガレットは音もなく商店街の裏路地へと入り込むと、ぶきやと書かれた看板の店の前で足を止めた。
「あったわ」
マーガレットが壁に目を向けると、そこには剣が立て掛けられていた。彼女はそれを複雑そうな表情で見つめる。ため息をつくと両手で抱えた。
「はぁ……タイミング最悪なんですけどぉ……」
マーガレットが抱えている剣。それはアセビがぶきやで最初に購入しようと考えていたものだった。
実はマーガレットはぶきやの常連だったのである。日頃愛用しているステッキは、この店で購入したものだったのだ。
「はぁ……良いアイデアだと思ってたのだけれど」
マーガレットには欲しいものがたくさんあった。ブランドの服。新しいアクセサリー。宝石。臨時収入を使えばひとつは買えただろう。しかしマーガレットは買わなかった。アセビに日頃の感謝を込めた、サプライズプレゼントをしようと思いついたからだ。
マーガレットはぶきやで質の良い剣を見つけると、老人に前金を渡した。あとで剣を取りに来るから、それまでに研いで外に置いてねと頼んでいたのである。回収したらアセビにプレゼントするつもりだったのだ。
マーガレットは沈んだ表情で剣を見つめる。
「でも……もうこの剣……いらないわよね……」
「動くな。動けば、斬るぞ」
「ひっ!?」
突然耳に届く謎の声。治安は良いと言われているクレマチスだが、荒くれ者がいないわけではない。
マーガレットは慌てて両手を挙げ、抵抗の意思はないと主張した。
「良い子だ。ではこちらを向くといい」
マーガレットが、恐る恐る、ゆっくりと振り向く。
「あっ!?」
マーガレットの目の前には、サツキが立っていた。彼女はおかしくてたまらないと言わんばかりに、体を丸めている。笑いそうになるのを必死に堪えていた。
マーガレットは安心したのか、サツキの胸に勢いよく飛び込んだ。
「もうっ! サツキだったのね、びっくりしちゃったじゃない! 驚かせないでよ!」
「フフフッすまない。ちょっとしたイタズラ心というものだ。どうか許してほしい。フフフッ」
「絶対に許さないんだから! えへへ!」
マーガレットとサツキは路地裏を出ると、人気のない商店街を歩き始めた。
「マーガレット。女の子が夜道をひとりで歩くのは危ないだろう? イタズラとは言ったが、お前にそれを教えたいという目的もあったんだ」
サツキだったから良かったものの、犯罪者だった場合マーガレットの命が失われていた可能性もある。学ばせるという意味では、イタズラは決して無駄ではなかったはずだ。
「ねぇサツキ。それを言うなら、あなたもひとりで夜道を歩くのは危ないんじゃないかしら?」
「私はいいのさ……フフフッ」
サツキは黒鬼、魔神と呼ばれ、多くの人々から恐れられている存在だ。クレマチスで好き好んで襲う者は、存在しないだろう。仮にいたとしたら、それはただの愚か者だ。
サツキはふとマーガレットの抱えた剣に目を向ける。
「忘れ物ではないと見抜いていたよ。ならこんな時間になにをしに行ったんだと思って後をつけたんだ」
「そうだったの。それならサツキには素直に言えば良かったわね。ボディーガードになってくれただろうから」
「マーガレット。そういえばお前は遅れて服屋に来ていたが、その剣を買いに行っていたのだな」
マーガレットが苦笑いをしながら頷く。
「あたしあの店のお爺ちゃんとお友だちなの。アセビの剣ハピコと戦ったときに壊れたでしょ? あのお店になら良さげな剣があるだろうから、それをプレゼントしたいなって思って……」
「やはりそうだったのか」
「お爺ちゃんが言ってたんだけど、この剣も質は悪くないらしいのだけれど……」
マーガレットは言葉を紡ぐのをやめて、剣に目を落とした。実際に以前アセビが以前使っていた安物とは比較できないほど良質な武器ではある。
しかし今はグータラソードという名の最高級の剣を手にしているのだ。マーガレットは複雑な表情を浮かべている。
サツキはマーガレットの背中を撫でると、優しく微笑んだ。
「お前が頭巾しか買わなかったのは、その剣を買って予算がなくなったからだな?」
「正解よ。でも新しい頭巾が買えただけでも良かったって思ってるわ」
「その剣をアセビに渡そう。お前からの贈り物だ。彼もきっと喜ぶ」
「……グータラソードがあるのに?」
マーガレットが苦笑いして肩をすくめた。
アセビにプレゼントすれば、喜んで受け取ってくれるだろう。しかしその場合、マーガレットの気持ちを優先してグータラソードを使わなくなる可能性がある。新しい質の良い剣を使ってほしいと思っているのに、それでは本末転倒だ。
「返品するのもアレだし……捨てるのもお爺ちゃんに悪いわよね……」
マーガレットはアセビがグータラソードを自慢するときの顔を思い出す。受け取ってほしいが、自身の気持ちを押し付けてはいけないとも感じていた。
「うむ……」
サツキは沈んだ表情のマーガレットを見て、何とか良いアイデアはないものかと頭を回転させた。彼女のこれまでの悪行はともかく、お世話になっているアセビへの感謝の気持ちは本物なのだ。根っからの姉貴分気質のサツキは、妹分の想いをこのままにするのは良くないと考えた。
「よしっ!」
サツキは良いアイデアを思い付いたらしい。手のひらをぴしゃりと叩くと、マーガレットの前にうやうやしく膝をついた。
「えっ!? サツキ、どうしたの!?」
「麗しい白き天使よ。その手に持った剣をどうか私にお譲りください」
サツキは頭を垂れ、膝をついたまま手のひらをマーガレットに向ける。白く細長い指が僅かに動く。持ち主のいない剣を求めていた。
「えっと……」
「どうか私に」
マーガレットはサツキの突然の行動に驚かされたのだが、妙に芝居がかったその動きは、精神を安定させたらしい。表情が明るくなった。
「じゃあ、黒い剣士さんにあげちゃうわ!」
マーガレットは満面の笑みを浮かべながら、手に持った剣をそっとサツキの手のひらに乗せた。
通行人が彼女たちの行動を見たら、儀式をしていると勘違いしたかもしれない。静寂な世界と化した夜の商店街は、どこか神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「うむ! 素晴らしい剣だ!」
サツキはさっと立ち上がると、手にした剣を見ながら満足げに評価した。彼女の腰の刀と比べたら、数段見劣りするのはマーガレットでもわかる。それでもサツキの言葉には皮肉が一切込められていない。
あの問題児と言われたマーガレットが、アセビのために贈り物を渡そうとしていた。サツキにとってその事実が何よりも嬉しかったのである。
「白い天使殿。貴殿にお礼をしたいのだが、よろしいかな?」
「あははっ! なになに? 黒い剣士さん、ジャムパンでもいただけるのかしら?」
サツキの芝居がかった物言いに、マーガレットはとうとう我慢できずに吹き出してしまった。
「ふむ。麗しい天使殿には相応しいお召し物が必要でありましょう?」
「と、おっしゃいますと?」
「服屋に行きましょう。そこでこの剣のお礼をさせていただきたい」
マーガレットは首を傾げて腕を組んだ。目の前のサツキが何を言っているのか理解できなかったのだ。
「えっとぉ……?」
しばらくの間静寂が訪れる。
マーガレットは突然はっとした表情になり、声を上げた。
「えっ!? サツキ、もしかして!?」
「フフフッ」
「あたしにプレゼントを……?」
サツキはマーガレットの剣が本気でほしかったわけではない。彼女には愛用の刀がある。武器は一切必要ないのだ。しかし剣をもらうことで、お返しをする口実が欲しかったのだ。
頭と勘の悪いマーガレットだが、サツキの心意気を察することができたらしい。白い頬はりんごのように赤く染まり、口元をむずむずとさせていた。
「サツキ……あなた……」
「お世話になったらお礼はするようにと、子どものころから言われているのでな。服屋にお前の欲しいものがあったのであろう?」
「いやぁ……まー、あるにはあったけど……」
月の光がサツキの顔を優しく照らす。闇夜に映える彼女の美しい顔は、まるで女神のようだった。
「でもほら!? あたしが勝手にアセビにプレゼントしようとしただけだから!」
「マーガレット」
「それにほら!? あたし洋服屋さんであなたを利用しちゃったのよ!? 魔神扱いされちゃって……そんなあたしがサツキにお洋服……」
「マーガレット」
マーガレットはサツキの心意気が心から嬉しかったのだが、なかなか素直になれずにいた。
女子全員でのんびりとブランドの服を見るためとはいえ、彼女を利用したのだ。その結果、サツキの心を傷つけたことは、流石の問題児でも理解していた。
「あたしこれまでもいろいろやらかしてるし……サツキにこれ以上……んっ!?」
「しーっ」
マーガレットの口をサツキが手でそっと塞ぐ。彼女は唇に人差し指を当てながら優しく微笑んだ。
「もう何も言わなくていい。お前のアセビへの感謝の気持ち。私はただそれが嬉しかった」
サツキは自身の心に芽生えた気持ちを打ち明けた。
自分勝手で自己中心的なマーガレットにも、日頃からお世話になっているアセビにお返しをしたいという気持ちがあったのである。手のかかるワガママな可愛い妹分の成長に、サツキは喜ばずにはいられなかったのだ。
マーガレットは負い目があるからか、指を合わせてもじもじとしていた。
「あたし……今まであなたにも迷惑……たくさんかけたじゃない……」
マーガレットはどこか辛そうな目をしている。サツキの思いやりが胸にしみたのかもしれない。
「迷惑はかけたりかけられたりするもの。アセビが私に言ってくれた言葉だったな」
「そう……だったわね」
「お前はアセビによく甘えるが、私には甘えたいと思わないのか?」
マーガレットはうつむくのを止め顔を上げる。目の前のサツキと視線が交差した。
「甘えても……いいのかしら……?」
「うむ! 私はお前のお姉ちゃんだからな!」
サツキの温かな言葉。マーガレットは照れ臭そうにしながらも、満面の笑みを浮かべて頷く。悪名を利用して申し訳なく思っていた気持ちは消え去り、サツキに甘えたいという感情だけが残った。
「えへへ!」
マーガレットはサツキの胸に飛び込むと、顔をうずめて背中に手を回して抱きついた。てこでも離さないと言わんばかりの力強さだ。
サツキは苦笑しつつ、マーガレットの頭を優しく撫でた。
「ん~、サツキ良い匂い……」
「フフフッ甘えすぎだ。お前とずっとこうしていたいのだが、そろそろ服屋に行こう」
マーガレットは、サツキから名残惜しそうに体を離した。頬が赤い。嬉しさを隠せないのか、口をむずむずと動かしている。サツキの肌の温もりと匂いは、問題児の心を満たしたようだ。
「では、天使殿!」
「うん、黒い剣士さん!」
誰もいない商店街を、マーガレットとサツキが風のように駆け抜ける。静寂に包まれた大通りは、彼女たちの息づかいだけしか聞こえない。
ふたりは互いに手のひらを絡め、離ればなれにならないようにしっかりと握り合っていた。
「サツキが男の子だったら、世界で2番目に好きになってたかもしれないわね」
「その言葉、そのままお返しするよ」




