その名はブラック・ブリッツ・ブレード 8
アセビとフジはぶきやを出て大通りを歩いていた。
日は沈んだ。すでに周囲は薄暗く、人通りも少なくなっている。アセビは剣を手に入れた喜びで気づいていなかったが、胃袋が悲鳴を上げ始めていた。
「どこかで食事して帰るか?」
「そうしようぜ」
「あーっ!?」
人通りの少ない大通りに、甲高い声が響く。アセビとフジが振り向くと、そこにはフクシアがいた。彼女の隣には、マーガレット、ルピナス、サツキも立っている。
女子たちは服屋とカフェで楽しい時間を過ごしていたようだ。
「フジ!? なんでアセビくんといっしょに!?」
「たまたまバッタリ出会ってな。お前と別行動してすぐだ」
「むむむ」
フクシアは、フジといっしょに過ごしていればアセビと合流できたのだ。
しかしマーガレットたちと過ごした時間も楽しかったのだろう。複雑そうな表情を浮かべている。
「やぁ。フクちゃん、3人といっしょだったんだね」
「はい! 皆さんとお買い物を……」
「フクちゃんスタイル良いのよね!!」
マーガレットはニヤリと笑うと、フクシアのローブをぐいぐいと引っ張った。早く脱ぎなさいと言っているようだ。
フクシアは照れ臭そうに笑いながら、ローブに手をかけるが、フジのことが気になったらしい。動きを止めてしまった。
「えっと……」
「なになに?」
フジはフクシアが自らの意思でローブを脱ごうとしていたことに内心驚きつつも、喜んでいた。自分の知らないところで、大切な妹分が絆を育んだ結果だからだ。
フジは苦笑いして肩をすくめた。
「フン。好きにすればいいさ」
「はは……大丈夫なんじゃないかな……多分」
「う? なんのこと?」
「あははっ! なんでもないですよ!」
フクシアは急いでローブを脱いだ。体のラインを強調する白のラインが入ったぴったりとした黒のシャツ。白く細長い足を強調する黒のショートパンツ。フクシアのスタイルの良さをこれでもかと主張したコーディネートだった。
「やっぱフクちゃん黒が似合うなぁ! いつものローブもいいけどそういう服装もいいよね!」
「アセビくん……!!」
「それに白のラインが入ってるね! クールでかっこいいじゃん」
好意を寄せているアセビに見られただけでなく、装いについても褒められ、フクシアの白い肌は真っ赤に染まった。見られたという羞恥心。もっと見てほしいという欲望。それらが同時に芽生えていた。
マーガレットが楽しそうにフクシアを肘でつつく。
「ワンピも似合うと思ったのよ? でもフクチャンせっかく良い足してるじゃない? もっとガンガン見せた方がいいと思ったのよね! それにほら、あたしもフクチャンの足もっと見たいし触りたいんだもの!」
「お前はセクハラ親父か! で? お前は何を買ったんだ?」
アセビの質問を待ってましたと言わんばかりに、マーガレットは頭巾を取り出して被って見せた。いつもの愛用のものとは微妙に違う。頭巾には黒のラインが入っていた。
「あれ? お前の頭巾は白いけど黒のラインが入っているじゃないか。あっ、もしかして」
「そ! せっかくだしあたしとフクチャンお互いの好きな色が入ったものにしたのよ! フクチャンは黒に白のライン! あたしは白に黒のライン! どう?」
「素敵じゃないか! いいと思う!」
「あはは……」
マーガレットはアセビに向かって得意気な顔でブイサインを作った。フクシアは照れ臭そうにしながらも満更でもなさそうな表情だ。
以前は互いに毛嫌いし合っていた者同士だった。しかし少しのきっかけで、仲の良い友人関係になることができてたのである。
アセビもフジも感慨深いものを感じたのか、目を細めて何度も頷いている。
「ククッ」
「いいねぇ……そう言えばお前ワンピースが好きだったよな? 買わなかったのか?」
「えっ!? ちょっとだけ気になるワンピあったのだけれど……まー、今日は頭巾だけで十分かなって!」
マーガレットは慌てた様子で手を振り、アセビから視線を逸らしてフクシアに抱きついた。明らかに何かをごまかすための行動だ。
しかしアセビは深入りするのをやめた。金を何に使うかは、個人の自由だからだ。
マーガレットに抱きつかれたフクシアが、頬を赤くしてもがいている。早く離れてほしいようだ。
「ちょっとマーガレットさん! 変なところ触らないでほしいんですけど!」
「あら残念。じゃあアセビだったらいいの?」
「いいんじゃないかな!」
「えぇ……」
「フクチャンレベル高いわよね」
アセビはマーガレットとフクシアを見ている。3人とも楽しそうな雰囲気だ。
ルピナスは購入したものをアセビに見てほしかったのだが、なかなか言えずにいた。空気の読めないコミュ障であると同時に、スーパーマイナス思考だからだ。自分が話しかけたら楽しい雰囲気が壊れてしまうと思っているのである。
「うぅ……」
たった一言でいい。たった一言だ。ぼくの買ったものも見てと言えばいい。しかしそれはできない。なぜならルピナスは、他者の追随を許さない、スーパーコミュ障兼マイナス思考の持ち主だからだ。
ルピナスがもじもじとしていると、フジが興味津々に近づいてきた。彼は腰をかがめて視線を合わせると、髪をかき上げてじっと見つめた。
「フクがあんたたちの世話になったみたいだな。助かるよ。それで? 虫ちゃんは何を買ったんだ?」
「えっ」
ルピナスは、まさかフジから絡んでくるとは思っていなかった。思わず言葉を失ってしまう。
しかしそれでも内心嬉しかったらしい。恐る恐る服屋で購入した黄色のスカーフをフジに差し出した。
「ほう。もう少しよく見ていいかい?」
「ど、どうぞ」
フジは美術品への知識と理解があるため、物は丁寧に扱うタイプだ。ルピナスからスカーフを受けとると、傷がつかないように肌触りを確認していた。
「ふむふむ」
サラサラとした肌さわりだった。心に余裕のない者を癒す効果もあるだろう。どこかの誰かさんにぴったりなスカーフである。
フジはそっとルピナスに返した。
「いい買い物をしたじゃないか。色もあんたの髪と同じで綺麗だ」
「き、綺麗かなぁ?」
「俺は嫌いじゃない」
ルピナスはフジの言葉をお世辞と考えたが、その目を見て本心だと確信する。照れ臭くなったのか、頬を赤くしながら視線を逸らして、もじもじとしていた。
「フフフッ」
サツキはルピナスの相手をしてくれたフジに感謝しつつ、アセビに視線を移す。彼女は愛する弟分が、漆黒の鞘を腰に下げていることに気づいた。
「むむ? アセビ? その剣は?」
サツキの声を聞いてマーガレットも気づいた。ぎょっとした表情でアセビに近づく。
「えっ!? やだちょっとアセビ! その剣いったいどこで買ったのよ!?」
「あっ? 気づいちゃいましたぁ? ブラックウルフの牙、体毛で作られたぁ、すごい貴重な剣なんスよぉ」
アセビは表情が緩みきっている。老人から譲り受けた自慢のグータラソードを鞘から抜いて、女子たちに見せびらかした。
「すごいなぁ! かっこいいなぁ!」
「うむ。これは名剣だろう」
「ガハハ! ある武器屋のじっちゃんが、特別にって譲ってくれたんだ!」
「鞘も素敵ですね」
フクシアは美しい装飾の鞘に興味が湧いたらしい。何度も触ってブラックウルフの体毛の肌触りを確認している。
「すごくサラサラしてますね。鞘だけでもかなり高価なものなんじゃないかな」
「ブラックウルフの素材で作られてるからね! もちろん鞘も高級品なんだ!」
「もうこの剣は市場には出回らないだろうからな」
「すごい! アセビくん良かったですね!」
「ガハハハハ!」
フクシアの称賛の言葉にアセビは高笑いし、すっかり満足していた。
サツキも実際に見せてもらおうと近づくが、違和感を覚える。高級品や貴重品、金目のものが大好きなマーガレットが異様におとなしいのだ。彼女は黙ったままひきつった笑みを浮かべていた。
サツキはマーガレットの異変に気づき手を握る。
「マーガレット? 気分でも悪いのか?」
「あはは……なんでもないのよ……そ、それにしても綺麗でかっこいい鞘ね!」
マーガレットはサツキの手を握ったまま、アセビに近づいた。
「ほら見ろ! もっと見ろ!」
「へ、へぇ……」
「アセビ、ずいぶんと気に入ったと見えるな」
「はい! もう最高っス!」
珍しく子どものように純粋に喜ぶアセビ。サツキは思わず口元がほころぶ。彼女にとってアセビは理想の兄でもあるが、それと同時に可愛い弟でもある。アセビが喜ぶとサツキも嬉しいのだ。
「実はこの剣には名前があってな! その名は、ブラック・ブリッツ・ブレード! 通称B3! 黒い雷を放つ最強の剣だ!」
年頃のルピナスにとって、それは魅力的な響きであった。瞳を輝かせ、握りこぶしを作り、口を大きく開けて
感動に打ち震えている。
「おぉ! かっこいい! ぼくも欲しいんだなぁ!」
「悪いがこれだけは譲れないぜ! B3はオレだけの最高の剣だからなぁ!!」
「……ククッ」
アセビは、老人が名付けたグータラソードという名前を完全になかったことにしたらしい。自分のモチベーションのために。
ルピナスは現在進行形で、年頃特有の精神に目覚めているため、テンションが高くなっていた。興奮しながら鞘をぺたぺたと触っている。
フジは全ての真実を知っているが、黙っていることにした。空気の読める男である。
「やっば。やっぱこの名前かっこいいわ」
「素敵なお名前ですね! あれ? 鞘が黒くて気づかなかったのですが、何か文字が彫ってませんか?」
「あっ」
「なんて書いてるの? あたしにも見せて!」
「ああっ!?」
マーガレットの手に鞘が渡る。女子たちは全員で掘られた名前をゆっくりと読み上げた。
「グータラ……ソード……?」
「グータラソードって書いてるね」
「アセビ。この剣の本当の名前は……?」
「……はい。グータラソード……です……はい」
剣の名は、グータラソード。それ以上でもそれ以下でもない。
気まずい沈黙が周囲を包み込む。
「そうだよ! この剣はグータラソードだよ! B3じゃねえよ! グータラだよ!!」
「そ……そう……なっ……のっ……」
女子たちは必死に笑いを堪え、肩を震わせていた。笑いたくもなるだろう。目覚めたばかりの年頃の少年少女が好きそうな名前とは、全然違ったのだから。アセビがドヤ顔で嘘を語っていたのだから。名剣の名前があまりにもふざけていたのだから。
「……ふふっ!!」
女子たちはアセビと視線をあわせないよう、うつ向いていた。必死に笑いを堪えている。
アセビは頬を膨らまし、石畳の床を蹴り上げた。
「しょうがねえだろうがよぉ~! これ作ったじっちゃんがこんな名前にしちゃったんだからさぁ!」
「ぷっ……ぷぷっ……で、でも……!」
「ぼ、ぼくは……いいと思うよ……っ?」
「ふっ……くっ……グータラ……ソードは……逆に1周回って……ありかもしれないな……」
「はい……そ……そうですね」
「遠慮するな。笑いたきゃ笑え」
「アハハハハハハハハハハ!!!!」
アセビの望み通り、女子たちは遠慮なく大きな声を上げて笑い始めた。笑い声が人気の少ない通り道に響き渡る。
アセビは女子全員に背中を向けた。
「僕はもう疲れたよ。1週間ほどお休みをいただきますからね。じゃあな」
「もうっそんな拗ねないの! いいじゃない……グータラソード! ぷぷっ」
「親しみやすい……名前なんじゃないかな!」
「ぼくは……いいと思う」
アセビは振り向き、天を見つめた後、女子たちを見つめた。
「……本当にそう思うか?」
その目は、悲しみに満ちていた。
誰も何も答えない。否、答えられない。
アセビは再び背中を向け、女子たちから離れていく。
「答えは出ていたようだな。最初から」
「待ってって! もうっ! ぷぷっ!」
マーガレットは、アセビが逃げられないように背後から抱きつく。引き剥がそうとするが、ルピナスが足にしがみついてきた。これでは簡単には逃げられない。
これまで沈黙を守っていたフジが、腕を組ながら本心を口から吐き出す。
「なぁアセビ。大切なのは、剣の名前よりもそれを扱うお前の腕と精神の強さなんじゃないか?」
「フジ……」
「グータラソードの名前をクレマチスに全体に轟かせてやろうぜ! お前なら必ずできるはずだ!」
「おう!」
女子たちは全員同時に思った。そんなふざけた名前は轟かせない方がいいのでは、と。
しかしそれを言おうものなら、アセビが完全にいじけてしまうのは火を見るよりも明らかだ。女子たちは黙っていることにした。
アセビはマーガレットとルピナスの拘束を丁寧に解くと、フジに駆け寄り肩を組んだ。
「フジ! いっしょ飲み行きますかねぇ!」
「ククッ、どこまでも付き合うぜ?」
「オレお前とコンビ組みたくなってきたわ。もう今のチーム解散だわ」
「ククッ」
「なんですって!?」
「待ってよぅ!」
ご機嫌な様子でギルドの酒場へと向かう男どもを、マーガレットとルピナスとフクシアが追いかける。
「待って! あたしたちも行くわよぉ!」
「行かないでぇ! 待ってぇ!」
「フジ! 抜け駆けは許せないんじゃないかな!」
女子たちはアセビとフジのコンビ結成を阻止しなければならず、必死だった。
年長者のサツキはアセビが本気ではないと見抜いているのか、落ち着いている。彼女は女子たちの背中を優しく見守っていた。




