その名はブラック・ブリッツ・ブレード 6
しばらく進むと、小さな建物が目に入った。リラが僅かに体を揺らす。
「アタシの家……あそこなのだけれど……」
リラは家と言ったがどちらかというと小屋に近い。屋根には小さな穴が開いていた。雨が降ったら水浸しになるのは一目瞭然。さらに壁は隙間だらけだ。風が吹けば小屋の中で暖をとることは難しいだろう。
リラは気まずそうにしているが、アセビたちは見て見ぬふりをして、そのまま踏み込むことにした。
「お邪魔しまーす!」
「失礼するぜ」
「ど……どうぞ」
アセビたちが中に入ると、想像通りの景色が広がっていた。
木製のテーブルと椅子が複数置かれている。どちらもリラお手製のものだが、杜撰な作りで足の長さがバラバラだ。
部屋の隅には、歴史を感じさせる古めかしい雰囲気の棚が置かれていた。一見すると高価なものに見えるのだが、この小屋には不釣り合いな存在に見えて違和感を覚えさせる。
アセビはリラを椅子に座らせると、感じた疑問を口にすることにした。
「このお家はリラちゃんが作ったの?」
「アタシ、不器用ですから。こんなオンボロだけど結構苦労したんだからね……」
この小屋と家具では、しっかりと心と体を休めることは難しい。
フジがテーブルに手を乗せ体重をかけると、きしむ音が聞こえた。壊れるのは時間の問題だろう。
アセビは部屋の隅に置かれた棚を見つめた。
「あの棚は、かなりの高級品だね」
「もらったのよ。新築祝いに」
「棚は問題ないが、他がちょっとまずいな」
フジは腕を組み、眉間にシワを寄せて、深く考え込んでいる。
「うぅ……」
リラはフジに見下されていると思ったらしい。表情が暗く、気まずそうに指を絡ませてうつむいている。
しかし当然フジはそのような理由で難しい顔をしているのではない。
「アセビ」
「オレもそのつもりだった」
アセビはリラの手を握り、目と目を合わせた。
「リラちゃん。ちょっとだけ君のお家を修理したいんだけど。いいかな? いいよね?」
「えっ……? 今なんて……?」
リラは口汚く罵られると思っていた。だが予想していた言葉とは違うものが耳に入る。思わず聞き返してしまった。
「あの屋根だと、雨が降ったら濡れて風邪を引いてしまうかもしれないよ」
「壁の補強も必要だな。寒い夜に体が冷えるのはよくないと思うぜ」
リラは出会ったばかりの青年たちが、心から心配してくれている事実に胸の奥が熱くなるのを感じていた。
嬉しい。ありがたい。素直に感謝したい。
しかしリラは舌を出して、顔をしかめてみせた。そうしないと、本当の気持ちを口に出してしまいそうになるからだ。
「よ、余計なお世話よ! あたしみたいな孤独な女にはこれでいいのよ! 失敗ばかりして回復魔法もろくに使えない孤独な……」
「孤独じゃないさ」
フジはそう言うと懐からビスケットの入った包みを素早く取り出し、リラの口に突っ込んで黙らせた。やや乱暴なやり方だが、これ以上自分を責めないでほしいと思っての行為である。
フジはリラに足りないものは、自信を持つこと、素直になることだと見抜いていた。
「少なくともオレたちがいるぜ! リラちゃんは孤独なんかじゃないよ!」
「せっかく出会ったんだ。この縁は大切にしたい。あんたのことはそんなに嫌いじゃないんでね」
リラは歯をくいしばって、肩を震わせながらうつ向いている。心にはびこる孤独感が、少しずつ無くなっていくのを感じていた。
リラの顔は赤く染まり、瞳は濡れ、口元は喜びで緩みきっている。
「その……お家の修理……お願い……しますぅ……」
「何だって? よく聞こえんなぁ?」
「もうっ! お・ね・が・い・し・ま・す!!」
「ククッ、その言葉が聞きたかった」
フジは髪をかき上げ心底楽しそうにニヤリと笑う。
リラは立ち上がって文句を言おうとしたが、膝と背中が痛むらしく、おとなしくしていた。
「いじわるっ!」
「よく言われるよ」
「はは、でもフジすごく良い奴だろ?」
「まぁ……それは……うん」
フジが本当に意地の悪い男だったら、リラのことは助けない。彼女のことを無視して、目的の不死王リッチの館まで向かっていただろう。
フジはフクシアを大切にしている。手がかかる少女には自然と兄貴分のように接してしまうのだ。クールに見えるが、素直に優しくできない不器用な面を持つ男なのである。
「そろそろ始めようぜ」
「リラちゃんちょっと待っててね!」
「あ、ありがと……」
頼れる青年たちは小屋を修復するため、外に出ていってしまった。リラは孤独感を覚えるが、そんな自分に困惑する。
ひとりが当たり前だったのに、それが当たり前でなくなりかけているのだ。リラは素直になれない性格が災いして孤独の道を爆走し続けている。それを止めるには自分自身が変わるしかないだろう。
「……早く戻ってきてね」
リラは誰にも聞こえないような小さな声で、ぽつりと本音を呟いた。
「ジャンジャン拾いまっせ!」
アセビは小屋の周囲に転がる木材と石を拾い、屋根にそのままよじ登った。実家で雨漏りのトラブルが発生したときは、全てひとりで処理していたのだ。リラの小屋に空いた穴の修復など、アセビにとっては朝飯前のことだった。
「この程度の大きさなら……」
アセビは穴の空いた屋根の上に木材を置き、ポケットから釘を取り出すと、風で飛ばないように石で打ち付け始めた。
音に驚いたらしい。小屋からリラの小さな悲鳴が聞こえたが、アセビは構わず修復作業を行った。
「この隙間がウザいが……まぁなんとでもなる」
一方フジは釘を取り出し、ナイフの柄を利用して壁に木材を打ち付けていた。隙間が隠されていく。寒い日の夜もこれで安心して過ごせるだろう。
フジは手先が器用らしく、あっという間に作業を終わらせてしまった。
「まー、これで十分だろ」
アセビが屋根から顔を覗かせた。
「おーい、屋根は終わったぞ。そっちは?」
「問題ない」
「じゃ、そっち行くわ。中に入ろう」
アセビとフジが小屋に入ると、リラが嬉しそうに天井と壁を見つめていた。
もう雨漏りに悩まされることもない。隙間風で凍えることもない。リラの喜びは計り知れない。
「あの……」
「リラちゃん。屋根はもう大丈夫だからね」
「壁の隙間もだ。安心してくれ」
リラは安静にしていた結果、膝と背中の痛みが少し引いたらしく、椅子からゆっくり立ち上がった。
「ふたりとも……あ、ありがと……」
「テーブルと椅子はまた今度ね」
「時間がないんでな」
アセビはリラお手製の家具に目を向ける。どちらも直したいのだが、老人との約束がある。ゆっくりとはしていられない。
小屋の修復は問題なく終わった。リラの生活は今よりは改善されるだろう。それだけでも大きな手助けとなったはずだ。
フジは疑問を覚えたのか、腕を組みながらリラを見つめた。
「そういえばあんたひとり暮らしだろ? 椅子が複数あるが、予備にしては多いな。客人用か?」
「いや、それはない。リラちゃん、霧の森には村とか集落はないんだったよね?」
「もちろん! 集団で生活している者はいないわ。でもこの森静かでしょ? 他者と極力関わらずに生きる道を選んだ者もいるの。アタシみたいにね」
リラは椅子を見つめ、口を開く。
「たまたまだけど、そういう知り合いが何人かできたのよね。たまにみんなで集まっておしゃべりしたり、お茶会したりするの」
「へぇ! いいじゃん!」
リラはアセビとフジに心を許しているのだろう。楽しそうに語っている。自虐的に自身をぼっちと罵ったことがあるが、誰とも接点がないわけではなかったのだ。
「そこのちょっと良さげな棚あるでしょ? それをくれたのもその知り合いよ。でも……聞いたところによると亡くなったみたいで……」
「あっ……」
リラの声が震えていた。
「さっきお墓参りに行ってたのよ……その帰りにふたりに助けられたってわけ……」
「悪いことを聞いた。すまない」
「気にしないで。その……あの人、多分アタシのこと友だちとまでは思ってなかったと思うから……でもアタシにとっては……」
リラはアセビとフジの視線を感じ、亡くなった知り合いへの思いを口にするのをやめた。彼女は自分らしくなかったと言わんばかりにため息をつく。
リラはアセビとフジの視線から逃れるように立ち上がると、棚の前まで移動した。
「そんなことよりお礼しなきゃ! ま? 頼んでないけど? 小屋? 直してくれた? わけだから?」
リラは棚から小さな銀色のメダルを取り出し、アセビとフジに見せつけた。状態は悪くない。磨けば美しく輝くことだろう。
フジは肩をすくめ、口元を緩めて立ち上がった。
「そろそろ出るか」
「ああ。女の子の部屋に、男がふたりずっといるわけにもいかないしな」
「アタシは大歓迎なんだけど……って! そ、そうじゃなくて! ほら! 早く受け取りなさいよ!」
リラは一瞬本音を漏らしたが、顔を赤くして怒鳴り付けることでごまかした。
アセビとフジは微笑ましく見守っている。リラは足を引きずりながら、ふたりに近づいた。
「持っていきなさい! お礼!」
「もうもらった。必要ない」
「あたし何も……」
フジの脳裏に、修復された屋根や壁を見て瞳を輝かせて喜ぶリラの顔が映る。報酬はそれで十分だった。それはアセビも同様である。
「リラちゃんの笑顔だけで十分だよ。それに友だちが困ってたら助けるのは、当然だからね」
「な、なによ! バカみたい! 早く帰れば!」
リラは叫ぶとアセビたちに背中を向けてしまった。そうしなければ、ふたりに今の自分の顔を見られてしまうからだ。
「今度は椅子を直したいなぁ」
「あんたと俺は友だちというわけじゃないが……嫌いじゃなかった。また会おう」
「もう来ないで! 余計なお世話よ! でも……暇ならまた来てもいいわよ……」
アセビとフジはリラのわかりやすい反応を見て声を出さずに笑い、足早に小屋を出た。
「帰っちゃった……?」
リラはアセビとフジに気づかれないよう、扉をそっと開けた。ふたりの背中が小さくなっていく。リラは瞬きせずにじっと見つめ続けていた。
「アセビ、フジ……遠くに行っちゃう……」
リラが胸の奥に閉まった本音を言えば、アセビもフジもすぐにまた遊びに来てくれるはずだ。しかし性格上どうしてもできない。
リラは自分自身を呪うが、それと同時に、純粋な気持ちで優しく接してくれた者たちに感謝するのだった。
「また来て……お願いよ……」




