その名はブラック・ブリッツ・ブレード 5
アセビとフジは周囲を警戒しながら、宝物庫を目指して歩みを進めた。男だけの冒険は気楽なのか、互いに心から楽しそうな表情を浮かべている。今のふたりのことを女子たちが見たら、少々複雑な思いが芽生えるかもしれない。
男だけの冒険は順調に進んでいるかのように見えたのだが、終わりを告げた。突然の轟音が、アセビとフジの耳に入ったからだ。
「なんだっ!? 何の音だ!? モンスターか!?」
「いや、今のは恐らく木が倒れた音だと思う。腐って倒れたのかもな。気にせず不死王の館に行こうぜ」
霧の森は木々が生い茂っている。謎の音の正体は倒木によるものとフジは判断した。それは正しいだろう。霧の森はモンスターや野生動物が、姿を見せない場所だからだ。
しかしアセビが待ったをかける。
「一応確認しに行こう。木が倒れた原因をちゃんと知っておきたいんだ。これも調査のお仕事! だろ?」
「今日は仕事のことを忘れて宝探しを楽しむ予定だったがな。フン、調べないわけにはいかないか」
アセビたちは急いで音のした方角へと向かった。
「確かこっちから音がしたような……」
「ん? 音の正体はアレだな」
大木が横倒しになっているのが見える。アセビとフジが折れた根本を見ると腐っていた。倒れた原因はフジの予想通り、腐敗によるものだったのである。
「立派な木だが、劣化には耐えられなかったか」
「悲しいねぇ。じゃ戻って宝探し……って!?」
アセビは来た道を引き換えそうと思ったが、急いで倒れた大木に近づいた。見覚えのある紫の少女が、下敷きになっているのが見えたからである。
「リラちゃん!? 大丈夫!? こんなところで何やってるんだよ!?」
「はは……久しぶりじゃない……急にこの木が倒れてきちゃって……それにしても、またダサいところ見せちゃったわね……」
リラは嬉しさ半分気まずさ半分といった表情で、アセビから視線を逸らす。思えばふたりの出会いも下敷きになっているところから始まった。トラブルに巻き込まれてばかりで、ある意味似た者同士である。
しかし出会ったときとは違うところがあった。木があまりにも太く、大きすぎることだ。
下敷きにされたときに、凄まじい衝撃が華奢な体に走ったらしい。リラは苦しそうに顔を歪めている。
「あたしは大丈夫だから……早く行きなさいよ」
「いやいや、大丈夫じゃないから! 早くどかさないと命に関わるから!」
「こう見えて体だけは頑丈なのよ……っ」
リラは細く華奢な体だが、奇跡的に外傷はなさそうに見える。しかし長時間放置されたままだと、押し潰されてしまうかもしれない。
アセビは大木をしっかりと掴む。得意の身体強化魔法を使うことにしたのだ。
「ストレングス! リラちゃん、ちょっと待っててくれよな! すぐ何とかするから!」
「余計なことするんじゃないわよ!」
「うおぉぉぉぉぉぉ!!」
アセビは気合いをいれて木を持ち上げる。
しかし流石に今回は相手が悪すぎた。大木はびくともしない。1センチも持ち上がらなかった。
アセビは1度手を離し、大きく息を吐き出す。
「クソッ! めちゃくちゃ重たいぞ!?」
「そりゃこの太さとデカさの木だからな。流石のお前でも無理だろ」
フジの冷静なツッコミがリラの耳に届く。彼女は口を金魚のようにパクパクと動かし、絶望の表情を浮かべていた。
「アタシ……もしかして……一生このまま……?」
「もう1度やるから! 次はうまくいくから!」
アセビはリラを励ますように力強く答えるが、内心不安だった。隙間が僅かでも空けば脱出できるだろう。しかし木があまりにも重すぎるため、それすらできない状態だった。
アセビは再度挑戦しようと腕に力を込めるが、フジが肩に手を置いた。
「無理はしないほうがいい。お前の肩がぶっ壊れる」
「けどこのままだとリラちゃんが……!」
「ア、アタシ……」
アセビはリラを救うためなら、どんな代価でも喜んで払うだろう。彼は誰かが犠牲になることで平和になるなら、自身の身を差し出すタイプなのだから。
フジはそんなアセビの性格を見抜いていた。そしてこの絶望的な状況を打破する力を持つ青年でもある。
フジは指をボキボキと鳴らし、アセビに向かってニヤリと笑った。
「ひとりじゃ無理だがふたりならどうだ? 俺は体を動かすことは苦手だが……木を持ち上げることはできると思うぜ」
「フジもストレングスを使えるのか! 助かる! いっしょにやってくれ!」
「お前のとはちょっと違うな。まー、似たようなものではあるが」
アセビは希望を見いだし笑顔を見せるが、フジは少し複雑そうな表情を浮かべていた。
「さて」
フジはリラの前にしゃがみこむと、懐から研いでもらったばかりのナイフを取り出す。彼女は刺されると思ったのだろう。必死に逃げようと手足をジタバタとさせるが、大木が背中に乗っている。逃げ出すことなどできるはずもない
「な、なによアナタ!? まさかアタシを殺してこれで助ける必要なくなりました! みたいな状態にするつもりじゃないでしょうね!?」
「さて……どうだかねぇ……」
フジがリラの目を手のひらで覆った。
「ひっ!?」
アセビはフジの行動に首を捻ったが、すぐにその意味を察した。
「……そういうことか」
「……そういうことだ」
「なによ!? どういうことなのよ!?」
フジが信用していない人間に見せたくないもの。それはアレしかない。
出会ったばかりのリラを救うため、フジは黒魔法を使おうとしているのである。
「ちょっと手を離しなさいよ! 怖いでしょ!」
「アセビ。俺の行動を見たら驚くかもしれないが、心配するなよ。そういうものなんだ」
「心配なんてしないさ。お前ならとっておきの秘策があるってわかっているからな!」
アセビの眼差し。その目はフジを信じきっている。絶対にリラが助かるものと確信していた。
フジはいつものように髪をかきあげ、自信たっぷりの表情を浮かべる。
「さて……ん?」
フジはナイフに映った自分の気合いの入った表情を見て、思わず苦笑してしまった。禁忌扱いの黒魔法を、信用しているアセビやフクシアのためではなく、名も知らぬ少女のために使おうとしているからだ。
フジは思う。以前の俺なら恐らく見て見ぬふりをしていたかもしれない、と。
フジは変わりゆく自身に困惑しつつ、それも悪くはないかもしれないと心の奥底で感じていた。
「爺さんにナイフ研いでもらっててよかったぜ。切れ味が悪いとやりにくいんだ」
「ナイフを使うのか。いったいどういう……?」
「刺すに決まってるだろ?」
「ひぃっ!? や、やっぱりアタシを殺すつもりなんじゃないでしょうね!?」
リラは恐怖し、手足をジタバタと動かし、必死にもがいている。しかし大木が背中に乗っているため、逃げることはできない。
アセビはこれ以上騒がれてもフジがやりにくくなると判断する。リラに向かって声をかけた。
「リラちゃん! オレたちは君を傷つけないよ! 約束する! 絶対!」
「ほ、ほんとうに……? 信じていいの……?」
「オレ、ウソツカナイ」
リラは震える声でアセビに安全確認をした。彼とは何度かコミュニケーションを取っている。信用しきっているのだ。
アセビが胸を叩いた。
「任せなさいって!」
「じゃあ……信じるわよ……?」
静かになったリラを見て、フジが口を開く。
「少しだけいいか? あんたには目を閉じていてほしいんだ。俺は小心者でね。見られていると緊張して集中できないんだ」
「……わ、わかったわよ……」
フジはリラの目から手を離し、そのまま勢いよく立ち上がった。握ったナイフに映るその表情。それは覚悟を決めた者のそれだった。
「リラちゃん……?」
アセビがリラの顔を覗き込む。しっかりと目をつぶっていた。信用したと口にしていたが、それでも恐怖心には勝てないらしい。体を小刻みに震わせている。
アセビはすぐにリラを大木から解放してあげようと思い、再び腕に力を入れた。
「フジ、じゃあ……やりますか!」
「ああ!」
フジはナイフを数秒見つめた後、自身の手のひらに向かって迷わず突き刺した。自傷行為とも言える行動。アセビは驚愕の声を上げそうになったが、これ以上リラを不安にさせてはいけないと思い、ぐっと堪えた。
「準備完了だ」
フジは血の流れる手のひらをアセビに見せ、小声で呪文を唱えた。
「ブラッド・ハンド」
ブラッド・ハンドとは、自身の体を傷つけることで使用できる黒魔法だ。エネルギーではなく、血を代価として使用する身体強化魔法である。
短時間しか効果のないストレングスとは違い、血を流せば流すほど肉体は長時間強化されるが、それは同時に身を滅ぼすことにも繋がる諸刃の剣でもあるだろう。対価を払いすぎたら、死が待っているのだから。
何も失わずに得られる力など、どこにも存在しないのだ。
「ククッ、じゃあ始めようか!」
「おう!」
アセビとフジは大木を掴み、腕に力を込める。先程までびくともしなかったが、簡単に持ち上がった。
「おぉ! 軽い軽い! 普通に持ち上がったぜ!」
「フン、ひとりで無理ならふたりでってことだな」
リラは背中の重みが消えたことを感じると、勢いよく転がり、大木の拘束から逃れた。瞳は閉じたままだ。律儀に約束を守っているのである。
アセビとフジはリラが自由の身になったことを確認すると、大木から手を離してハイタッチした。
「お疲れさん! 助かったぜ」
「構わんさ」
「も、もう目開くわよ?」
リラはゆっくりと体を起こし、アセビとフジを見つめる。年齢の近い青年たちが、世界を救う救世主のように見えていた。あのまま放置されていたら命を失っていた可能性があるのだ。リラがアセビとフジのことを救世主のように感じるのは、当然のことだった。
「リラちゃん大丈夫? 歩ける?」
「元気そうには見えるな」
「ありがとっ! 一応感謝しておいてあげるっ!」
リラの瞳から涙がこぼれ落ちた。感謝の気持ちを示していることの証明だ。
アセビとフジは顔を見合わせると、リラの元へと駆け寄った。
「怪我はない? 痛みは?」
「体に違和感はあるか?」
「アタシは別に……あっ」
リラはフジの手のひらが血で汚れていることに気づいて表情を曇らせた。彼女は知らない。フジが自らナイフで手のひらに傷をつけたことを。リラは大木を持ち上げたときに、樹皮で切ってしまったと思っている。
「手のひら……痛そうね……」
リラは強く責任を感じている。助かったというのに今にも泣き出してしまいそうだ。
せっかく助けた少女に落ち込まれると寝覚めが悪いと思ったのだろう。フジはいつものように髪をかきあげると、手のひらをひらひらと動かした。
「少し切っただけだ。痛みはない。それに傷は男の勲章ともいうだろう?」
「……ちょっと見せなさい!」
リラはフジの腕を強引に掴んだ。瞳を閉じ、気持ちを落ち着かせるために何度も深呼吸をしていた。
静寂という言葉を体現している霧の森は、リラの呼吸する音だけしか聞こえない。
「リラちゃん?」
「おいおい。本当になんでもないんだがな」
リラはゆっくりとフジの腕から手を離した。大きく息を吐いて、笑みを浮かべる。
「終わりっ! もう痛くないはずよ」
「これは……!?」
フジが手のひらを確認すると、ナイフで切った傷口は完全に塞がっていた。痛みも引いている。
流石のフジも驚いていた。想像通りの反応に満足したのか、リラはドヤ顔で腰に手を当てている。
「フン! これでお返しはしたわよ!」
「リラちゃんすごいじゃないか! 傷を癒やしたってことは、アレだろ? 君は回復魔法が使えるんだね!」
「やるねぇ」
「全然すごくないわよ……不完全だもの。アタシが触ってないと……癒せないの」
リラは自嘲気味に笑った。自分の回復魔法に自信がないのだろう。
「アタシ回復魔法だけは絶対極めないといけなかったのだけれど……無理だったわ。アタシ駄目な女なのよ」
「オレは回復魔法を使えない。でも君にはできる。もう少し自信持ってほしいな!」
「不完全だと? 触れてたら癒せるんだろ? 十分すぎるじゃねえか。もっと誇れよ」
フジはすっかり癒えた手のひらをリラに向け、感じたことを素直にそのまま口にした。
青年たちの言葉はお世辞や皮肉ではない。リラは頬を赤くして視線を逸らした。嬉しさを隠せないらしく、口をモゴモゴと動かしている。
「フ、フン! 不完全だっていうのに変な人たち!」
「はは、すごいのはマジなんだけどね。そうだ、リラちゃん、お家送るよ。場所教えてよ」
「気持ちだけ受け取っておくわ。それじゃアタシはそろそろ帰る……」
本当は自分のことを認めてくれた青年たちといっしょにいたいのだ。しかし緩みきった顔を見られたくないとも思っている。
リラは急いで家に帰ろうと決意し、手に力を入れて立ち上がった。
「いたっ!?」
リラの膝と背中に激痛が走る。彼女は顔を歪めてしゃがみこんでしまった。
外傷はなさそうに見えるが、大木の下敷きになったときの衝撃が体全体に走ったのだ。そのときに膝と背中を痛めたのだろう。
「な、なんで!? なんで!? 膝と背中がビリってきたのだけれど!?」
「リラちゃんは木の下敷きになっていたわけで……絶対体のどこかにダメージは残ってると思ってたよ」
「おいおいアンタ大丈夫か? 回復魔法が使えるなら大丈夫とは思うが」
華奢な少女が大木の下敷きになっていたのだ。無傷でいられるはずもない。
しかしアセビとフジは慌てていなかった。リラが回復魔法を使えることを知っているからだ。
「リラちゃん、早く回復魔法使いなよ。痛いと体がしんどいだろ?」
「そうしてくれ。あんたの無事を見届けないと、俺も安心できないんでね」
リラの表情が曇る。アセビとフジからゆっくりと視線を逸らした。
「アタシの回復魔法は不完全って言ったでしょ? 自分のことは癒せないのよ……」
「えっ!?」
「これは驚いたな……」
リラは自分の傷は治せないらしい。
不完全。その言葉がリラの脳に響く。彼女は言葉にできない無力感に、体を震わせていた。
アセビとフジは互いに顔を見合わせ、頷く。
「じゃあ……答えはひとつしかないな」
「アセビ、この子のことはお前に任せるぞ」
「え!? アタシをどうする気!?」
アセビはリラの膝と背中に手を通し、そのまま勢い良く持ち上げた。彼女は顔を目を白黒させ、口を金魚のようにパクパクと動かしている。
「おっ!? お姫様抱っこ!?」
「この方が運びやすいんだ。君の顔も見られるしね」
アセビは屈託のない笑顔を見せ、フジは肩をすくめて髪をかきあげた。
リラの顔は、嬉しさと羞恥心で血のように赤く染まっている。
「な、なによぅ! お節介よ! 離しなさいよ!!」
リラはアセビの手の中で必死にもがく。しかし力の差がありすぎた。逃れることはできない。
「リラちゃん。お家どこか教えてくれる?」
「下ろしなさい! 下ろしなさいったら! いい加減にしなさいよ! 大声出すわよ!」
「元気じゃないか。本当に膝と背中を痛めたのか? ククッ」
フジはおかしくてたまらないのか、肩を震わせて笑っている。
アセビはリラを見て、マーガレットのことを思い出していた。ある意味正直で素直な彼女たちは、双子のような存在とも言える。
「大声出されたら困るから、口を塞いじゃおうかな」
「なによぉ! やめなさいよぉ!」
「何でちょっと嬉しそうなんですかね……」
リラはマーガレットと比べると非常に軽い。アセビは片手で支えたまま器用にポケットに手を突っ込み、ジャムパンを取り出して口元へと運んだ。
リラの表情が輝く。
「ふわふわじゃない!」
「はい、あーんして!」
「あーん……」
リラは大きく口を開けると、アセビの持つジャムパンを1口で食べてしまった。口内に広がる甘味。柔らかい食感。リラは満足したらしく、笑顔で両頬を押さえて震えている。
「ん~! サイコー! ふわふわ!」
「なら、俺もあんたの口を塞がさせてもらうか」
「ひっ!? なにをする気っ!?」
フジとリラは出会ったばかりだ。助けてもらったのだが、まだ信頼関係は薄い。リラは怯えていた。
「そう怖がりなさんな」
フジは懐から小さな包みを取り出す。中を開けると四角い小さなビスケットが入っていた。
フクシアおすすめの菓子屋で買った人気商品だ。彼女が空腹になったとき、疲れを見せたときに食べさせるため、非常食代わりに普段から持ち歩いているのである。
リラは首を傾げた。
「これはなに……? 四角いけれど……」
「ん? アンタビスケット知らないのか?」
「し、知ってるんですけどぉ!? いいからよこしなさいっての!」
リラはフジの取り出したビスケットをひったくるように奪うと、そのまま口に入れた。砂糖で味付けされたシンプルなものだが、多くのクレマチスの人々に愛されている商品だ。砂糖の甘みとサクサクとした食感がリラの胃袋を刺激する。
「なにこれ!? このサクサクおいしいわ!」
「これはビスケットっていうんだ。気に入ってくれてよかったぜ」
「ふ~ん! 特別に覚えておいてあげる! ご、ごちそうさま! ふたりともありがとっ!」
リラはすっかりご機嫌になっていた。自分の家を素直に白状する気になったらしい。正面を指差した。
「えっと……アタシのお家は……ここを真っ直ぐ……」
「オッケー! あっちだね?」
「大丈夫とは思うが、警戒しながら進もうぜ」
アセビは両手が塞がっている。リラは膝と背中を負傷してまともに歩けない。
フジはふたりを守れるように、前に進み出てナイフを握った。非常に頼もしい存在である。
「フジがいると頼りになるわ。安心感が違う」
「ククッ、それはどうも。どうだ? お前とフクと俺の3人でまたいっしょにチーム組むか?」
「前向きに検討しておきます」
アセビは安心感を覚えながら、そのままリラの家へと向かった。




