その名はブラック・ブリッツ・ブレード 3
フクシアはマーガレットたちに対象を腐らせて殺す黒魔法を使うと知られたら、きっと避けられ嫌われてしまうと思っている。
しかしマーガレットとルピナスはアセビのおかげであまり黒魔法に抵抗がない。
サツキは魔法の知識は乏しいが、フクシアとは良き親友になれると確信している。例え黒魔法が使えると知っても、その気持ちは変わらないだろう。
つまりあとは、フクシア本人が1歩踏み出せばいいだけなのである。
「ぼくはチビだからみんなが羨ましいんだなぁ」
これまで沈黙していたルピナスが、沈んだ表情で口を開いた。彼女には、恵まれたスタイルを持つフクシアの行動が、自虐風自慢に見えていたのだ。
当然本人にその気はない。しかし理由を知らないルピナスには嫌味にしか見えていなかった。
重苦しい空気が周囲を包みこんでいる。女子たちは顔を見合わせ、ルピナスを励ますことにした。
「小さくてもルピナスは可愛いじゃない! あたしちっちゃい子好きよ!」
「お前はまだ14歳だからな! これからすくすく成長するさ!」
「ルピナスちゃんは、今のままでもとっても素敵だと思いますよ! もっと自信をもってほしいな!」
ルピナスは薄笑いを浮かべている。心に全く響いていないのは一目瞭然だ。
ルピナスは、スタイルの良い女子たちから視線を逸らし、ボソリと呟いた。
「スタイル良い人たちに言われてもね」
ルピナスは、負のオーラを鬼のように撒き散らしている。女子たちは空気が凍りついていくのを肌で感じていた。
アイスエイジ到来である。
フクシアは海よりも深いため息をつき、フクシアを虚ろな瞳で見つめた。
「そのローブ捨てたら?」
「で、でも……」
フクシアは負のオーラを放つルピナスのプレッシャーに圧倒されながらも、なんとか言葉を絞りだした。
ローブは最終防衛ラインでもり心の壁でもある。簡単には捨てられない。
ルピナスが薄ら笑いを浮かべながら口を開く。
「アセビがさ。喜ぶんじゃない?」
「えっ」
「自分の体見てもらいたいんじゃないの?」
フクシアは自分の容姿についてあまり意識したことはなかった。クレマチスに来てから同世代の人間とあまり交流してこなかったからだ。
しかし先ほどのマーガレットの言葉を聞いて、自信を持っていいと判断した。自分を磨けば、今以上にアセビに見てもらえる可能性があるというわけだ。
「わたしは……」
フクシアはアセビからの評価と、村の掟を秤にかけて考えてみることにした。
「はい!」
フクシアはローブを一瞬で脱いだ。
迷いなど、どこにもない。あるのはアセビへの想いだけだ。
心の壁など、なかった。
思いきりの良さに、マーガレットとサツキは目を丸くしている。アセビに見てもらいたいという感情が、フクシアに迷いを捨てさせたのだ。
「ローブいらないですね。もう2度と着ないです」
「えぇ……」
「ま、まぁいいんじゃないか?」
すっきりとした表情のフクシア。彼女は薄ら笑いを浮かべているルピナスを思いっきり抱きしめ、感謝の気持ちを示した。
「なんかうまくやれそうな、そんな気がします! ルピナスちゃん、ありがとうございました!」
「く、苦しいよぅ……」
ルピナスはマイナス思考モードだったが、力強く抱きしめられたことで正気に戻った。息苦しさのせいで顔は赤くなっている。フクシアからさっと離れると、怯えた目をしてサツキの後ろに隠れた。
「怖いよぅ! フクシアは怖いよぅ!」
「あはは、ルピナスちゃんもいっしょに戦場に行きましょうね!」
「ひゃっ……」
フクシアは笑顔でルピナスの手を握り、勇ましい表情で戦場(ブランド服売場)を見つめていた。
「お客さん多いから……他の売場に行った方が……」
ルピナスが手を挙げ、恐る恐る提案した。
ブランド服売場は多くの女性客が砂糖に群がる蟻のごとく、一斉に集まっている。この中を突き進むのは、なかなか骨の折れる作業だろう。
マーガレットがサツキの背中を押し始めた。
「む? なんだ?」
「えへへ! サツキ、いっしょに来て!」
マーガレットはサツキといっしょにブランド服売場へと歩みを進めた。多くの女性客が、より良い商品を探すために、殺気に近いオーラを放っている。修羅場を潜り抜けてきた喧嘩自慢も、これを見たら裸足で逃げ出してしまうだろう。
マーガレットは薄ら笑いを浮かべ、口を開いた。
「ぷっぷっぷ~! みんな必死って感じ〜! ぷっぷのぷ〜!」
「なによ!?!」
「不愉快よ!」
「消えなさいよ!」
マーガレットの嘲笑は、周囲の敵意を一斉に集める効果を持っている。あっという間に店全体から嫌われ者となってしまった。
しかしマーガレットは動揺することなく、下卑た笑みを浮かべている。
「ぷぷぷ!」
「みんなでこの女追い出しましょ!」
「さっさと消え……」
マーガレットに対して殺意に近い感情を覚えていた女性客たち。しかし異変が起こっていた。
女性客たちは怯えるように震えている。涙を流す者までいた。
「にしし! えいっ」
マーガレットが手のひらをぴしゃりと叩くと、蜘蛛の子を散らすように、女性客たちはブランド服売場から離れて店の外に飛び出した。
「いやぁぁぁ!」
「魔神がいるわぁぁぁ!」
「殺さないでぇぇぇ!」
必死の形相で逃げる女性客たちを見て、マーガレットはおかしくてたまらないと言わんばかりに、腹を押さえてゲラゲラと笑いだした。
サツキは訳がわからず、ぽかんと口を開けている。
「な……なんなんだ?」
「想像以上ね! これでゆっくり見られるわ!」
もう女性客たちはいない。ゆっくりとブランド服売場を物色できる。
マーガレットはルピナスとフクシアに向かって手招きをした。もう誰もいない。戦場には静寂が訪れていた。
マーガレットは気まずそうにボソリと呟く。
「でも魔神かぁ。ちょっと言いすぎじゃない? そんなことないのに……」
サツキはマーガレットの頭を撫で、手を握る。その目は、誰よりも何よりも優しかった。
「お前は良い子だ。魔神なんかじゃないよ」
「あの……言いにくいのだけれど」
「うむ」
「あのお客さんたちが魔神って言ったのは、あたしにじゃなくて、サツキに対してだと思うのだけれど」
数秒の沈黙。気まずい空気が広がり始めている。
マーガレットはサツキから目を逸らした。
「む?」
「あたしは嫌われてるけどほら? 恐れられてはいないじゃない? つまりあのお客さんたちはサツキに恐怖して帰ったのよ」
「えっ」
想定外の言葉がサツキの耳に届く。
「サツキのこと利用してごめんなさい」
「サツキはすごいんだなぁ! 睨んだだけでお客さんがどこかに行っちゃった!」
苦手な人混みが無くなりすっきりしたからか、珍しくルピナスが興奮している。その喜びは計り知れない。
サツキは手を振って必死に否定した。自分のせいで女性客が帰ったことを認めると、魔神ということになってしまうからだ。
「いや!? 私は何もしていないが!?」
「ありがとうございます。サツキさんのおかげでゆっくり見られるんじゃないかな! でもお店の人には、ちょっと悪いことしたかも」
ブランド服売り場だけではなく、店全体から客が消えていた。完全にサツキのせいである。
ある意味営業妨害に近い行動だが、店員も問題児チームには抗議できないらしい。顔を強ばらせて、遠くからただ見つめていた。
サツキは理解が追いついていないらしい。首を傾げてボソボソと呟いている。
「あれ? 私って黒鬼じゃなかったっけ? どういうこと? 魔神ってなに? なんか強化されてない? そもそも黒鬼っていうのも嫌なんだけど? でも魔神はもっといやなんだけど?」
サツキは滝のように流れる汗を拭い、マーガレットたちに説明を求めるよう視線を送っている。驚異の戦闘力は仲間からすれば非常に頼れるものだ。
しかし力は同時に恐れを生むものでもある。
サツキを恐れるクレマチスの住人は多い。先程店内にいた女性客たちもその一部であった。
「サツキが喧嘩の相手を容赦なくボコボコにするって話てるの食堂で聞いたことあるわよ」
「殺した相手の骨を集めるのが趣味って言ってるおじさんやおばさんもいたよ」
「なんだとっ! 私はそんなことはしていないぞ!」
根も葉もない噂はどんどん広まっていく。
サツキは顔を赤くし、目を潤ませ、震え始めた。
「私ってそんなに怖い印象があるのか……? 私ってそんなに怖いのか……?」
「怖くないわ!」
「私の目を見て言ってくれないか」
「怖いよぅ」
「泣きそう」
「大丈夫大丈夫! 全然怖くないから!」
マーガレットの言葉は心強いが、目を合わせて言っていない時点で本当にそう思っているのか怪しいものである。
少し体を揺らせば涙を流しそうなサツキに、ルピナスが眩しい笑顔で近づく。
「魔神よりも鬼のほうが良かったの?」
「いや……どっちが良かったとかじゃないんだが……でも魔神よりは鬼のほうが良いか…………小鬼だとちょっと優しい感じがするしな……」
「サツキは大きな鬼さん!」
「うん……優しい……ちょっと大きな鬼……」
「こん棒を振り回して、相手を叩き潰す大きな怖い鬼さん!」
「う……うむ……」
無邪気な笑顔で、無意識にサツキの心を傷つけるルピナス。コミュ障ここに極まれり。
ルピナスとサツキを見ながら、フクシアがマーガレットの耳に口を近づけた。
「サツキさんって人々から怖がられていることを、気にしていますよね? ルピナスちゃん、言葉の刃エグくないですか? サツキさんのメンタルを容赦なくズタズタにしてるじゃないですか」
「ルピナスって結構アレな子なのよね。でも悪気はないのよ? 純粋なの」
「純粋な悪意ってことですか」
悪意のない悪意が悪だとすれば、ルピナスは最も悪に近い悪だ。切れ味抜群な言葉は、サツキの心を叩き潰すには十分すぎるものだった。
しかしルピナスを咎めることはできない。彼女は純粋な気持ちでサツキを尊敬しているのだから。
見かねたフクシアがさっと間に入った。
「でも嫌われて近寄られないよりは、恐れられて近寄りがたい方がいいんじゃないかな?」
「うーん……似たようなものじゃないか?」
「フジが毒キノコの頭を冒険者ギルドに持ってきたせいで……私も敬遠されてるところがあるので……」
「そうか……」
フクシアがやや沈んだ様子で苦笑する。傷の舐め合いは根本的な解決にならないのだが、同じ似た痛みを持つ者の存在は、ある種サツキへの救いとなった。
しかしフクシアは元々壁を作っていたタイプだ。フジとアセビ一行にさえ嫌われなければ問題ないと心の奥底では思っている。実は全然精神的ダメージを受けていないのだ。
サツキはフクシアの手を握った。
「私とあなたは似た者同士なのかもしれないな」
「う? フクシアも変態ってこと?」
「多分そうなんじゃないかな」
「えぇ……」
元気を取り戻したサツキは笑顔を見せ、ブランド服を物色し始めた。
マーガレットたちは、ほっと胸を撫で下ろす。女子たちの楽しい買い物タイムが始まった。
「皆さんに聞きたいんですけど、もらったものを口に入れて汚したり、汚されたいって思うのは変態じゃないですよね? ノーマルですよね?」
「ノーマルじゃねえに決まってるでしょ」
「多分変態だと思う」
「ようこそ、こちら側へ」




