その名はブラック・ブリッツ・ブレード 1
「ラッキーだったな!」
「へへっ! これで新しい武器が買えるぜ」
冒険者ギルドのカウンター前に、数多の冒険者が1列に並んでいる。全員表情が明るい。
「まさかこのご時世に臨時収入とはね!」
「旅商人たち気前がいいよな!」
1週間前、アセビ一行にスカイクイーンを名乗るハーピーが倒された。それ以降クレマチスを騒がせた白い鳥が一切動きを見せなくなったのだ。
その結果、旅商人たちは安心して活動ができるようになったのである。
「ありがたいんだけどさ。旅商人たちの依頼は白い鳥の討伐だったんだよね? 白い鳥が姿を見せなくなったから、実質倒したようなものだけどさ。アタシたちに報酬払う必要はなかったんじゃない?」
「余計なこと言うんじゃないよ。もらえるものはなんでも受け取っておくものさね」
本来の目的は白い鳥の討伐。
しかし倒されたのはハーピーだ。冒険者ギルドへ渡すはずだった手数料と報酬は浮いた形になるのだが、旅商人たちは支払うことを選んだのであった。彼らは今後もクレマチスを利用する予定だ。冒険者の力を借りる可能性が高い。気前よく報酬を払うことで、キャラバンと比べて財力は劣るが、旅商人にも支払う能力はあるとアピールしたかったのだろう。
「白い鳥は倒してないが平和にはなったからな。旅商人たちの願いは叶ったんだ。その結果気前よく払ってくれる。それでいいじゃねえか」
「ふ〜ん」
「ほら、グチグチ言ってないでアンタも受け取りな」
アセビ一行の耳に冒険者たちの声が届く。
不死王リッチ事件で、彼らには大迷惑をかけてしまった。アセビは臨時収入で少しでも冒険者たちに恩返しができて良かったと考えている。
「1秒でいいからあたしたちに感謝するべきよね。だってあたしたちがハピコ倒さなかったらご褒美なかったんですもの」
マーガレットの忌憚のない意見が飛び出す。彼女は記憶を取り戻した結果、以前のように本能のままに生きるスタイルに戻っていた。
天使から悪魔に戻ったのである。男性冒険者たちの嘆きは計り知れない。
アセビはマーガレットをじろりと見つめた。
「お前不死王の件でみんなには迷惑かけただろ? その借りを返せたって考えな」
「うむ。アレは無関係の冒険者たちを巻き込んだ、生きるか死ぬかの死闘だった。あのときの恩返しができたと考えるべきだろう」
アセビとサツキの正論が飛び出す。
マーガレットは言い返すことができず、頬を膨らまして口をつぐんだ。都合の悪いことはすぐに忘れるが、流石に不死王事件のことは忘れていないようだ。
人混みが苦手なルピナスは、離れてアセビたちの会話を遠巻きに聞いている。彼女は臨時収入はどうでもいいから早くみんなのお家に帰りたいと思っていた。
「ほら、お前さんたちの分だ」
「サンキュー!」
「礼を言うのはこっちだぜ。ヘヘッ」
大男が袋に入った報酬をアセビに渡し、意味深に笑っている。表情を見るに、旅商人たちから受け取った手数料はそれなりの額だったに違いない。彼らの支払った報酬は冒険者で山分けしたが、手数料はギルドが総取りしている。
「ハーピーを倒したのはお前さんたちだからな。報酬は少しだけ多めにしておいたからな!」
「えへへ! おじさん良い人よね! 顔怖いけど」
「顔は関係ないじゃねえかよ……」
大男の目に光るものが浮かんでいたが、アセビたちは見てみぬふりをした。生まれもった顔は、努力ではどうすることもできない。
冒険者たちの列から離れると、ルピナスが急いで合流した。
「どれ中身はっと……」
アセビ一行は冒険者ギルドの外に出て、袋の中身を確認した。
「結構入ってるぜ。おっちゃんに感謝だわ」
「おじさん優しいなぁ。顔怖いけど」
コミュ障の極みと言えるルピナス。強面の大男とは会話ができないレベルで苦手意識を持っていたのだが、少しだけ距離が縮まっている。それは彼女にとって大きな1歩なのであった。
「これをこうして……」
「あなた何やってるの」
「こうだ!」
アセビは報酬の入った袋から金を取りだし、女子たちに平等に渡した。彼女たちは首を傾げている。
「アセビ、これはどういう……?」
「せっかくもらったご褒美だし、みんなたまには好きなもの買えば?」
「えっいいの!?」
瞳を輝かせるマーガレットだが、ルピナスとサツキは困惑している。ふたりは渡された報酬をすぐ返そうとしたが、アセビは首を振って拒否した。
「いいからいいから」
「アセビ。お金はみんなで分けた方がいいよぅ」
「報酬は全員で平等に分配する。そういう約束だったな?」
「まー、そうだけどよ。今回はいいんだわ」
アセビは実家への仕送りをするため、クレマチスで冒険者になった。今は収入が安定している。仕送りは十分できていた。
今回の臨時収入はアセビからすれば棚からぼた餅であり、意図せずして手に入ったものだ。元々なかったものなら、無くてもいいと判断したらしい。たまには女子たちに仕事のことを忘れて、楽しんでほしいという思いもあった。
「お前たち欲しいものぐらいあるだろ? それだけあればそこそこ上等な服や綺麗なアクセサリー買えるんじゃないか? 知らんけど」
「買えるよぅ。でも……」
「しかし……」
「オレは仕送りできればそれでいいんだ。気にすることはないから欲しいものの買いな!」
アセビはルピナスの頭を撫で回す。彼女は嬉しそうに頬を赤くし、ぎこちなく微笑むと、アセビにぎゅっと抱きついた。
「アセビ、お母さんみたい!」
「はは、親父とか兄貴じゃなくてか」
「うん!」
ルピナスは納得したが、サツキはまだ複雑そうな表情である。彼女はアセビをリーダーと認めているが、年長者としてそれでいいのだろうかと思っているのだ。
「むぅ……」
「いいって! お前もたまには息抜きしなって!」
「だが……」
「ね?」
アセビは優しく微笑んだ。サツキは目を見開く。彼女は姉でありたいと思っているが、それと同時に妹でもありたいとも思っている。
心に秘めた想いを優しく刺激された結果、アセビに甘えたくなったらしい。
サツキは目を細めて意味深に頷いた。
「では遠慮なく頂こう。だがアセビ。私の本当にほしいものはお金では手に入らない。わかるだろ? 全てはお前次第。わかるだろ?」
「ちょっとわからないっスね……」
アセビがマーガレットに目を向ける。悪魔はすでに何を買うか頭がいっぱいらしい。瞳には服やアクセサリーが映っていた。
どこまでも欲のままに生きる女である。
しかし貪欲なマーガレットもこの流れを見て、1度は遠慮した方がいいと思ったようだ。アセビから受け取った報酬をそっと返した。
「アセビコレカエスワネ。アナタノシアワセガアタシノシアワセナノ」
砂粒ほども心がこもっていなかった。お手本のような棒読みである。最初から悪魔は報酬を返すつもりはないのだ。
アセビはマーガレットを見つめた。その目は言っている。早く報酬をよこしなさい、と。今のはちょっとした社交辞令よ、と。
アセビはマーガレットから報酬を受け取った。
「そっか。じゃあこの報酬はオレがもらうぞ。コーヒー買ってくるわ」
「アセビざんごめんなさいぃぃぃ! あたじも報酬欲じいでずぅぅぅ!」
マーガレットは涙を撒き散らし、アセビの足にしがみついた。町を行き交う人々の視線が突き刺さる。
しかしマーガレットの悪評は不死王事件以降クレマチス全体に広がっていた。また問題児が暴走しているとしか思われていないだろう。
「しょうがねえなぁ。ほら」
アセビはこれ以上泣かれても面倒なため、報酬をマーガレットに渡した。彼女はすぐに泣き止んだ。体を震わせながら頬を膨らませている。
「アセビのいじわる! 女の子をいじめたペナルティとして2倍報酬よこしなさい!」
「強欲なんだなぁ」
「私は報酬よりも罰がほしいぞ」
「……早く3人で買い物いってきなさい」
アセビは女子たちの背中を見送ると、財布の中身を確認した。実家への仕送り代、食費、マーガレットのおやつ代を差し引くとあまり余裕はない。
「まぁ……ギリギリ足りるよな」
アセビはある場所へと急いで向かった。
アセビはクレマチス1番の品揃えと質を誇ると噂の武器屋の入口前に立っていた。ハーピーとの戦いで愛用の武器を失ったため、新しく剣を買おうと思っているのである。
アセビが店に入る客たちを見ると、身なりが良い者たちばかりだった。
ショーケースに飾られている武器は、値段が高いものばかりである。
「先生! 今後も頼みますよ!」
「ダンナ、いつも助かりますわ」
アセビが店内から出てきた客に目を向ける。でっぷりと太った男と金色の鎧を身につけた優男だった。
ふたりはキャラバンの代表者と、専属のボディーガードのようだ。どうやら装備の調達に来たらしい。
「ダンナのためなら、今後も命がけで戦わさせてもらいまっせ!」
「ガハハハッ! 君は我々の大切な戦力だ! 金は惜しまんよ! これからも欲しい武器があったらいつでも言ってくれたまえ!」
「ま、ご期待には応えてみせますよ」
上機嫌で去っていく男たちを見て、アセビは再度自身の財布を確認する。夢も希望も、なかった。
「多分この店では何も買えないだろうな……もう少し安い店を探そう……」
「よう」
アセビが肩を叩かれ振り向くと、そこには赤いローブの男が立っていた。フジである。髪をかきあげニヤリと笑っている。アセビとたまたま出会えたことを喜んでいる様子だ。
「おっす……」
「どうした? 武器屋に用事があるんだろ? 中に入らないのか?」
「ここはオレみたいなのとは住む世界が違う人々のための店だよね……」
暗い表情で蚊の鳴くような声を出すアセビ。フジは全ての事情を察した。
「金か。冒険者ギルドで少しもらえただろ?」
「女子たちに全部あげちゃったんだ。オレの手持ちでも新しい武器買えると思ってさ……」
「フン。まー、この店は質だけでなく値段も1流だからな。どっちにしろ買えなかったさ」
フジいわく、仮に平等に報酬をわけていたとしてもダメだった可能性が高いようだ。
アセビは女子たちに報酬を全部渡したことを、後悔しないですんだと心の奥で小さく喜んでいた。
「そうだ、俺の行きつけの店を教えてやろうか? 値段は手頃で質の良い武器を扱っているぜ。ただし店主の爺さんはちょっと変わっているがな」
思わぬ新情報である。アセビは瞳を輝かせ、フジの腕を握った。
「教えてくれぃ! 新しい武器が欲しいんだ!」
「ククッ、構わんよ? ただそうだな。その前にちょっと付き合ってくれるか?」
アセビは何度も首を縦に振った。フジの紹介してくれる店なら間違いはないと、信頼しきってるのだ。
これほど期待のこもった眼差しを見せられたら、応えないわけにはいくまい。
フジは珍しく照れ臭そうに笑うと、アセビの背中をそっと押した。
「すぐ近くだ。行こう」
「いくらでも付き合いますぞ!」
「面倒かもしれないが、爺さんに気に入られるための準備だ。気は進まないが仕方ないな」
言葉とは裏腹に、フジは楽しそうに笑っていた。




