究極バトル!!三大スーパー問題児 15
マーガレットの心からの叫びが、山岳地帯に響き渡る。うるさかった。非常に、とにかく、うるさかった。
アセビは急いでマーガレットのもとへ急いだ。
「マーガレット大丈夫か!? 頭打ったけどちゃんとオレたちのことわかるか!?」
「ぼく難聴になりそう」
マーガレットは瞳から大粒の涙を流しながら、額を押さえて、痛みで体を震わせていた。
「なんかあたしのおでこ痛いんですけどぉぉぉ!? どうなってるのよぉぉぉ!?」
「むむっ?」
サツキは違和感を覚えた。マーガレットは自分で石につまずいて転んだ。それなのに記憶が抜け落ちたような物言いだったからだ。
マーガレットは涙を流しながら顔を赤くしている。泣きながら怒っているのだ。器用な女である。
「許せない! 誰がやったの!? 誰があたしのおでこ叩いたの!?」
「う〜ん。叩いたっていうか……」
ルピナスがそっと空を指差した。
「ハーピーだよぅ」
「なんですって!?」
「アタイは何もやってないよ!?」
ルピナスは適当にハーピーに罪を被せた。
マーガレットは顔を赤くし頬を膨らませ、怒りの感情を爆発させる。
「ハピコの仕業ね! 許せないわ! アセビ、あたしの仇とりなさいよ!」
「いや、つーかお前氷魔法使えばいいじゃん。アレでさっさと叩き落とせばいいじゃん」
「はぁ!? プリティで癒し系のあたしが!? 氷魔法を!? 使えるはず!? ないんですけどぉ!?」
マーガレットは目から涙を撒き散らし、口を大きく開けて怒りのままに叫ぶ。彼女の発言にアセビは違和感を覚え、首を傾げるが、すぐに表情が一変した。
「もしかしてお前……記憶が戻ったんじゃ!?」
「転んで頭打ったから!?」
「ん……? 記憶……? どういうこと……?」
サツキはこれまでの経緯を早口でマーガレットに伝えた。彼女は口をぽかんと開けて、聞き入っている。
「え? マジでそんなことになってたの? 記憶喪失ってやつよね……?」
「お前さっきまでのこと覚えてないのか?」
「全然……」
マーガレットの記憶が戻った。ルピナスは目頭を押さえて、涙がこぼれ落ちないようにしている。
「良かったよぅ……嬉しいよぅ……」
「アセビ!」
「おぅ」
マーガレットは胸を両手で押さえ、アセビを睨みつけていた。
「あたしにエッチなことしてないでしょうね!?」
アセビはこれまで覚えた違和感をふと思い出す。
記憶を失ったマーガレットは可憐で性格も優しく健気で上品。さらに氷魔法を自由自在に使いこなす実力を持っていた。シンプルに言えば天使である。
しかし今の記憶を取り戻したマーガレットはどうだろうか。アセビの脳内に、これまでの問題行動が一瞬でフラッシュバックする。
マーガレットは、悪魔だった。
アセビはようやく違和感の正体に気づく。
「オレお前の記憶戻すために必死だったけどさ」
「うんうん」
「あのままで良かったじゃないかね。記憶失う前のお前マジで天使だったからな」
「は? 普通? 記憶が? 戻ったら? 涙を流しながら? ぎゅって? 抱きしめる? ところだと? 思うんですけど?」
「ない。それは、ない」
「はぁ!?」
マーガレットは眉間にシワを寄せ、アセビに詰め寄っている。
ルピナスとサツキは、いつもの日常が戻ってきたことに喜びを感じ、口元を緩めていた。
天使は去った。だがそれでいいのだ。
「……そろそろいいかい?」
アセビ一行が声が聞こえた方向に目を向けると、ハーピーが石を握っている姿が見えた。先ほどまで肩で息をしていたが、休憩ができたからだろう。表情に余裕が戻っている。
「白頭巾は魔法が使えなくなったんだってねぇ? これは形勢逆転ってやつじゃないかい?」
「お前マジで氷魔法もう使えないの? さっきまでポンポン発射してたじゃねえか。やればできるって」
「……無理よ。えへへ……」
アセビはすがるようにマーガレットを見るが、残酷な現実だけが待っていた。氷魔法が使えないとなると、ハーピーに対する攻撃手段はない。
完全に手詰まりな状態だ。
アセビは恐る恐る空の女王に向かって手を挙げた。
「女王サマ。引き分けってことには……?」
「残念だけど引き分けにはならないねぇ! 全員まとめて地獄に送ってやるよ!!」
ハーピーは翼から白い鳥のうんこが付着した石を取りだし、恐怖を煽るためにアセビに見せびらかした。
「当たったら溶けちゃうねぇ」
「アセビ、あの頭痛を発生させる黒魔法は?」
「もうちょっと近ければいけると思うんだが……離れすぎているな……正直厳しい」
マーガレットは空中を泳ぐように移動するハーピーを見上げた。遠い。高い。どうあがいても手は届かない。
マーガレットはアセビに視線を移した。
「ねえアセビ。記憶を無くしていたときのあたし、良い子だった?」
「ああ、天使だったわ。間違いなく天使だったわ」
「……そっか。じゃあもしかしたら……できるかもしれないわね」
マーガレットは意味深に頷くと、アセビたちに向かって笑みを浮かべた。
「ハピコは空を飛んでいる……つまり叩き落とせばいいのよね?」
「もしできるならお願いしたいがな。そいつは無理な話だぜ」
サツキが上空を睨みつけながら口を開く。
「私たちではどうすることもできない。せめてもう少し距離が縮まれば……」
「アハハ! 白頭巾、何を言うかと思ったら! 翼を持たないあんたたちは、地べたを無様に這うことしかできないねぇ!」
ハーピーは小バカにするように嘲笑した。彼女はマーガレットに視線を合わせている。どうやら最初の獲物にすると決めたようだ。
アセビはマーガレットを庇うように前に出た。盾にでもなんでもなってやると言わんばかりの行動だ。
「ちょっと待てやうんこ女! お前の狙いはオレじゃねえのか!? そのためにオレの武器を破壊したんじゃねえのかよ!!」
「アンタいい反応するじゃないか。大事な仲間を守りたいってことかい? なら最初に地獄に送ってやろうかねぇ! アハハハハ……」
「じゃあ……いくわよぉぉぉぁぁぁ! とおっ!!」
マーガレットはハーピーの嘲笑をかき消すように気合いの雄叫びを上げると、勢いよく大地を蹴った。
「おっ」
「わっ」
「なんだとっ」
マーガレットは驚異のジャンプ力を見せた。彼女はハーピーの目と鼻の先まで接近している。ジャンプというよりも、飛んだという方が正しいかもしれない。
信じられない光景にアセビたちは固まった。
「えっ」
ハーピーも同じだった。まさかマーガレットに接近されるとは思っていなかったのだ。口をぽかんと開けて動きを止めている。
「ボーっとしてんじゃねえわよ! おでこ痛かったんだから!」
マーガレットは両手で握ったステッキを、勢いよくハーピーの脳天に叩きつけた。鈍い音が周囲に響く。
「ぐへっ!?」
ハーピーは脳に与えられた強烈な衝撃で、バランスを崩した。空から叩き落とすことはできなかったが、確実に大きなダメージを与えている。
「う……ぁ……」
空高く飛んでいたハーピーの高度が、少しずつ、少しずつ下がってきている。脳へのダメージが相当大きかったようだ。
「ハーピーが陸に近づいてる! ここは……!」
ルピナスは召喚の本を取り出した。絶好のチャンスを逃すまいと、素早く芋虫を呼び出すことにしたのだ。
「大地を揺るがす! 天を引き裂く! 偉大な力を持つ救世主!」
ルピナスの目の前に芋虫が現れた。元気よく体を伸び縮みさせている。
「芋虫さん! 糸をお願い!」
芋虫は頷くと口から勢い良く糸を吐き、ハーピーの足に巻き付けた。相手の動きを奪うのは有効な手段。サツキとの模擬戦でルピナスが学んだことだ。
芋虫が思いっきり顎を引くと、ハーピーはそのまま引っ張られてしまった。高度がさらに下がっていく。
「くっ、なんだいこれは!? 糸ぉ!?」
「この距離ならいける! 芋虫! 頭を借りるぞ!」
サツキは目を見開き、芋虫の頭を踏み台替わりにして飛び上がった。
「はぁぁぁぁぁぁ!!」
サツキはヤグルマソウを素早く抜いた。握る手に力を込める。目標は、ハーピーだ。
サツキの鋭い眼光が言っている。このまま絶対に逃さない、と。
「覚悟しろ! ここで決着をつける!!」
「くっ、舐めるんじゃないよ!」
ハーピーは秘密兵器を握った。必死の形相でサツキを迎撃しようとしている。
しかし相手はあの黒鬼だ。遠距離戦ならともかく、接近戦で勝てるはずがない。
「アタイが負けるはずがないんだぁぁぁ!」
「はぁぁぁぁぁぁ!」
ぶつかり合うサツキとハーピー。勝負は一瞬で決まった。
ハーピーが空中からまっ逆さまに落ちていく。その両腕には翼がなかった。サツキが斬り落としたのだ。
ハーピーはもう2度と飛ぶことはできない。
乾いた大地が空の女王が落ちてくるのを待っている。
「アタイが!? アタイが!? このアタイが!?」
ハーピーは白い鳥に援護を頼んでおけば良かったと後悔するが、もう遅い。時を戻すことはできないのだ。
ハーピーが地面に熱いキスをすると、凄まじい落下音が響き渡った。
翼を失った空の女王。彼女は、その異名といっしょに命を落としたのであった。
「ふぅ……終わった」
一方サツキは地面とキスすることなく、綺麗に着地していた。彼女はヤグルマソウを鞘に戻し、空をゆっくりと見上げる。
「……空が静かになったな」
先ほどまでの激闘が嘘のように、白い雲だけが気持ちよさそうに漂っていた。




