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お庭に根付いた雑草どもは今日も元気に咲き誇る 〜ヒーラー、サモナー、ガーディアン、頼れる仲間は問題児〜  作者: 仔田貫再造


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いもむし 2

 アセビは月明かりを見ながら、コーヒーを飲んでいた。風がそよぎ、赤い髪を優しく揺らす。

 夜は誰にも邪魔されない。アセビだけの時間だ。


「さてもう一杯……」


 アセビが呟くと同時に、粗末なテントからルピナスが顔を出す。昼の件のせいか、いつもより沈んだ顔だ。


「アセビ……起きてるよね……」

「眠れないのか? ちょっと話すか?」


 ルピナスがテントから出てアセビの隣に座る。彼は木製のコップにコーヒーを注いで渡した。心を癒やす優しい香りに、ルピナスは自然と微笑む。


「……ありがとう」


 ルピナスはコーヒーを受け取ったが、なかなか口にしない。どこか思い詰めた表情のままだ。


「ルピナス、お前またマイナス思考モードになってるんじゃないだろうな」


 アセビがルピナスを見つめると、苦笑した。全てお見通しだねと言わんばかりの表情を浮かべている。

 ルピナスは体が小さく、体力がないため、あまり仕事に貢献できずにいる。アセビやマーガレットと比べると休憩している時間が多かった。本人はそのことを気にしている様子だ。

 それでも薬草採取の仕事に限っては、雑草ばかり集めているマーガレットよりましな働きぶりだったが。


「……ぼくを仲間にしたら役に立つって言ったのに……全然駄目だね……」

「そんなことないぞ。少しずつだけどお前も仕事慣れてきてるじゃないか」

「……下には下がいるってことを証明しているだけなんじゃないかなぁ……それがぼくにできるたったひとつの仕事なんだろうなぁ……もう終わりだよぼく」


 ルピナスが後ろに、前向きに進み始める。マイナス思考モード発動である。

 ルピナスは出会った頃と比べたら明るくなったが、相変わらず本質はそのままなのであった。

 そう簡単に変われたら苦労はしないのだ。


「体力ないしすぐ諦めるしチビだし仕事できないダメ人間なんだなぁ……」


 ルピナスのマイナス思考モードはまだまだ終わりそうにない。このままではアセビまで、負のオーラに当てられてしまうだろう。

 アセビはルピナスの暴走を止めるため、彼女の両頬を軽く引っ張る。


「ひゃあ!」

「次マイナスな方向に進んだらまたほっぺた引っ張るからな! いいかルピナス! お前はお前が思ってるよりすごい奴なんだぞ! もっと自信持てよ!」

「……ほっぺた引っ張られるの結構好きかも……またマイナスなこと言おうかな……」

「あのすんません。真面目なテンションで話してるときに、新しい扉開こうとするのやめてもらっていいスか」


 ルピナスはすっかり冷えきったコーヒーを満足げに飲み始めた。どうやら承認欲求が満たされ、心が癒やされたらしい。

 やれやれとアセビがため息をつく。ルピナスに自信をつけさせるには、アレをするしかないと確信した。


「なぁルピナス。またランダム召喚してみないか? コーヒー飲んで、眠れなくなっちまっただろ? 時間はたっぷりあるじゃねえか」

「ごほっごほっ!」


 アセビの予想外の提案に、コーヒーを飲んでいたルピナスはむせてしまった。深呼吸をして、息を整えてから発言する。


「……多分無駄だよ」

「やってみなきゃわからねえだろ? それにだ、召喚士がいつまでもモンスターと契約しないってのもな」

「……」


 アセビの言葉に納得したのか。それとも観念したのだろうか。

 ルピナスはモンスターの名前を刻むため、自身の契約の本を取り出す。


「……もし怖いモンスター呼び出しちゃって殺されそうになったらどうしよう……」

「その時はオレもいっしょに謝ってやるさ」


 アセビがニヤリと笑う。

 ルピナスは目を見開き、頷く。アセビが近くにいて笑ってくれるだけで、なんでもできる気がしたのだ。

 ルピナスはマイナス思考でコミュ障な自分を変えるために、1歩踏み出す決心をした。

 契約の本を片手に、手のひらを前に突き出し、呪文を唱える。


「大地を揺るがす! 天を引き裂く! 偉大な力を持つ救世主!」

「おぉ」


 これまでとは違う気合いの入った呪文だった。アセビは思わず感嘆の声を漏らす。


「ランダム召喚……!」


 ルピナスの目の前に煙が立ち上った。召喚は無事成功したらしい。

 鬼が出るか蛇が出るか。ルピナスは緊張して呼吸を乱す。


「大丈夫! 自分を信じるんだ!」


 アセビの応援が心に響く。ルピナスは頷き、煙が晴れるのをじっと待った。


「さっきの呪文かっこよかったぞ。それに相応しいモンスターが出てくるかもな!」

「恥ずかしいよぅ……もう少し工夫して閃光とか漆黒とかそういうワードも入れたかったんだけどね」

「……あっ」


 ルピナスは14歳の少女。年頃の人間は、誰しもそういうものに『目覚める』時期がある。アセビは優しい目で、ルピナスを見つめていた。


「おっ、姿が見えてきたぞ」


 しばらくして煙が晴れると、中からモンスターが姿を表した。体長は1メートル前後。細く長い胴体。大きな瞳。足は複数生えており、特徴的な触覚がくねくねと動いている。芋虫に似たモンスターだった。ちなみに、性別はメスである。


「こいつは……キャタピラーか!」

「おぉ!」


 ルピナスが呼び出したのは、キャタピラーと呼ばれるモンスターだった。戦闘が苦手なため、一般的な召喚士からは、ハズレ扱いされている。

 アセビたちは急いで近づくと、しゃがんで観察し始めた。


「ルピナス、気をつけるんだぞ。キャタピラーは口から糸出したり、足から痺れさせる液体を出すからな!」

「う、うん!」


 ルピナスは恐る恐るキャタピラーの顔を覗き込む。緊張しているのか、全く動く気配がない。目つきを見るにアセビたちに対して敵意はなさそうだ。


「ぼく……キャタピラーは……足が早いモンスターって聞いたことがある」

「パワーはなさそうだが、スピードはあるわけだな。いいじゃねえか! 冒険者は生き残ることが大事なわけだからな!」


 アセビたちは喜ぶが、キャタピラーはそれほど強力なモンスターではない。ルピナスが以前呼び出したリザードマン、フェニックス、グリフォン、デュラハンと比較することすらおこがましいだろう。

 期待の眼差しを向けられているからか、目の前のキャタピラーはどこか気まずそうにしている。

 しかしそんなことはおかまいなしに、ルピナスはしゃがんで両手を広げた。


「お、おいで……」


 キャタピラーがゆっくりとルピナスに近づくと、彼女は頭をそっと優しく撫でる。ぷにぷにとした肌触り。それがルピナスには心地よかった。


「……」


 キャタピラーもルピナスの対応に戸惑いながら、嬉しそうに触覚を動かしている。


「かわいい……」

「こいつとお前相性良さそうじゃねえか。多分悪い奴じゃなさそうだしな」

「うん……このキャタピラーさんと契約したいな……」


 キャタピラーは契約という言葉に身構える。じりじりとあとずさった。本当に自分なんかと契約していいのかと言わんばかりの態度だ。

 その様子を見て、アセビがキャタピラーの背中を撫でて微笑む。


「なぁ芋虫。ルピナスはお前のことが気に入ったみたいなんだ。よかったら力貸してやってくれねえか」

「……芋虫さん……!!」


 ルピナスが両手を合わせて必死にお願いする。

 キャタピラーもふたりが本気ということを理解したのか、大きく頷いた。契約はほぼ完了したも同然。あとはキャタピラーに与える対価を決めるだけだ。

 ルピナスは興奮して頬を赤くしている。


「嬉しい……芋虫さん、ありがとう……今書くもの持ってくるから……ちょっと待っててね……」


 ルピナスがテントに素早く戻る。芋虫の気が変わらないうちに、契約をしたいと思ったからだ。


「良かったじゃねえかルピナス」

「いや本当いい子っスね。頑張らないとなあ」


 何者かの声がした。アセビが周囲を見渡すが、自分以外には誰もいない。視線を落とすと芋虫と目が合った。


「まさかな……芋虫が喋るわけないよな」

「自分人間の言葉はちょっとしか喋れないっスね」

「喋れるの!?」


 さきほど聞こえた声は空耳ではなかったのだ。

 キャタピラーはアセビを見上げながら、手を横に振っている。


「兄さんもいい人っぽいっスね。安心したっス。ただ自分本当にただの虫けらなんで、あまり期待はしないでほしいっス」

「お、おう」

「色んな召喚士に呼ばれては、がっかりさせてきたんスけどね。自分呼び出して喜んでくれたの、あの子とあんたぐらいっスよ。なら、ちょっとは頑張らないといけないっスよね」


 アセビは口数の多い芋虫に面食らいながらも、やる気になっていることを嬉しく思っていた。このキャタピラーは、きっとルピナスを支えてくれることだろう。

 アセビは芋虫と握手した。


「よろしくな! 頼りにしてるぜ!」

「戦闘は苦手っスけどね。ああそうだ、証拠隠滅とか得意っすよ。自分基本何でも食べるんで。それが生きてても、死んでても、ね」

「お前怖いこと言うんじゃねえよ……そうだ、お前の契約の対価なんだけど……」


 芋虫がコロコロと恥ずかしそうに地面を転がる。改めて契約となると、どうやら照れ臭いようだ。


「ああ適当でいいっスよ。たまにでいいんで、葉っぱとか虫の死骸食べさせてほしいっス」

「えっ、そんなのでいいのか? エネルギーとか金とか欲しがるものかと思ってたぞ」

「高望みできる身分でもないっスからね。それよりあの子の役に立ちたい。それだけっスね。あと兄さんにお願いがあるんスけど」

「なんだ?」

「自分が喋れること、あの子には内緒にしてもらっていいスか」


 芋虫の言葉にアセビは首を傾げた。コミュニケーションを取り合ったほうが、互いに動きやすいはずである。

 芋虫は触覚をくるくる動かしながら言葉を続けた。


「ほら、なんか恥ずかしいじゃないスか。あの子に忠誠は誓うけど、なんかほら……恥ずかしいじゃないスか」

「オレとは普通に喋ってるじゃねえか」

「兄さんは別というか。とりあえずお願いしたっスよ」


 芋虫はそれ以降喋るのを止めた。押し黙ったまま触覚を動かしている。

 芋虫の視線をアセビが追うと、テントから出たルピナスが、羽ペンを持っている姿が見えた。彼女はそのまま流れるように、芋虫の前にしゃがみ込んだ。


「芋虫さんお待たせ。対価なんだけど……」

「あ~、ルピナス? 多分だけど芋虫の対価は、たまに餌あげるぐらいでいいと思うぞ? 多分」

「……え? そうなの……?」


 芋虫が何度も大きく頷く。それを見てルピナスは目を丸くするが、本人が納得しているなら、たまに餌をあげるだけでも十分な対価なのだ。

 ルピナスが契約の本に、羽ペンを走らせる。


「じゃあ……芋虫さんの名前……書くね」


 ルピナスの契約の本に、『いもむし』の名前が刻まれた。嬉しかったのか、それとも興奮していたのか。文字が大きく書かれている。これで契約は無事完了した。

 ルピナスは本当の意味で召喚士になったのである。


「契約完了! おめでとうルピナス!」

「あ、ありがとう……」


 照れ臭そうにルピナスが笑い、芋虫も嬉しそうに体を伸び縮みさせる。

 微笑ましい空気が漂うなか、太陽が顔を出した。気づけばもう朝である。

 アセビがルピナスの肩に手を置き、口を開く。


「さて、芋虫に最初の仕事をお願いしようか」

「うん……」


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