究極バトル!!三大スーパー問題児 8
冒険者ギルドへの現状報告も終わり、アセビ一行はみんなのお家へと向かっていた。すでに日は沈み、街灯と建物から漏れる光だけが道を照らしている状態だ。
マーガレットは珍しそうに周囲を見回しながら、アセビたちから少し離れてあとをついてきている。
「マーガレット、大丈夫かな?」
「大丈夫さ」
ルピナスは不安そうにマーガレットを見つめた。サツキが安心させるように頭を撫でる。今の彼女たちにできることは、無事に記憶が戻ることを祈ることだけだ。
アセビはマーガレットに小走りで近づき、その手をぎゅっと握った。
「ほら! 離れてないでこっちに来なって! これからみんなで帰るからな!」
「あっ……ありがと」
マーガレットは微笑むと、アセビの手を握り返す。
「……うん」
ルピナスはをぐいぐいとマーガレットの背中を押し始めた。急いでみんなのお家に戻ろうとしている。
「みんなで早くご飯食べようよ。マーガレットの好きなジャムパンを食べたら記憶が戻るかも!」
「がんばって思い出すわね!」
ルピナスの瞳は希望の光を灯しているが、確実性はない。しかし信じるしかないのだ。
アセビたちはマーガレットの手を引き、急いでみんなのお家を目指した。
「今日は野菜スープとジャムパンでいいか」
「私も手伝おう」
みんなのお家に着いたアセビたちは、急いで晩ご飯の支度を始めた。アセビは器用に野菜を切り、サツキはスープの味見をしながら、マーガレットの様子を確認している。彼女は微笑みを浮かべながら、ルピナスと世間話をしていた。
「できた!」
「おかわりもあるぞ」
アセビはテーブルに、人数分の野菜スープとジャムパンを用意して並べた。
マーガレットは瞳を輝かせながら手を広げて喜びを表現している。微笑ましい姿を見て、アセビは自然と笑みがこぼれた。
「いただきます!」
アセビとルピナスとサツキは、マーガレットに注目していた。大好きなジャムパンを食べれば記憶が戻ると信じているのだ。
マーガレットは口を小さく開けると、両手で持って小動物のように少しずつかじり始めた。ルピナスの瞳から一筋の涙が流れ落ちる。
マーガレットは口からジャムパンを離した。慌ててルピナスの手を握る。
「あなたどうしたの!? もしかして頭かお腹が痛いんじゃない!?」
「うぅ……マーガレット食べ方が……変なんだもん」
「え? 変?」
ルピナスの涙の原因はマーガレットのジャムパンの食べ方だった。いつもは口を大きく開け、1口で食べてしまう。しかしその様子は微塵も見られず、上品に食べていた。
おろおろとしているマーガレットに向かって、サツキが口を開いた。
「お前はいつもジャムパンを1口で食べていたんだ。だからルピナスは変だと思ったのだろう」
「えぇ!? 無理よ無理!? このジャムパンこんなに大きいのに!?」
サツキに過去の情報を教わり、マーガレットは驚きを隠せずにいた。普通の女の子はジャムパンを1口で食べられない。しかしいつものマーガレットは普通ではないため、問題ないのである。
ルピナスは体を震わせ、目頭を押さえていた。
「マーガレットの記憶が戻らなかったよぅ……ぼく悲しいよぅ……」
「じゃあ……チャレンジするわね!」
「えっ」
マーガレットは口を大きく開け、ジャムパンを口に入れた。しかし喉につまらせたらしく、苦しそうに胸を叩いている。
アセビは急いで水の入ったコップをマーガレットに渡し、すぐに胃袋へと流し込ませた。
「無理するなって! 記憶はゆっくり戻していけばいいんだからな!?」
「ごめんなさい……ぼくが変なこと言ったから……」
「気にしないで! あたしのために指摘してくれたのよね? あたしこそ記憶が戻らなくてごめんなさい」
マーガレットはルピナスを抱きしめ、背中を優しく数回叩く。結局ジャムパンでは記憶が戻らなかった。
仲間の思いを汲み取るマーガレットの健気な姿に、サツキは目頭を押さえる。愛する妹分の記憶を思い出させるという使命感に燃えるのだった。
「よし、これを使おう!」
サツキは戸棚から酒瓶を取りだし、テーブルの上に勢いよく置いた。
「マーガレット! 今日はたくさん飲もう! お姉ちゃんが思い出話をたっぷり聞かせるからな!」
「あら~楽しみね!」
「サツキ! この状況で酒を飲みすぎたらまた暴走オチになるぞ! それはアウトだ!」
「ひゃ~! サツキ、飲みすぎたらダメだよぅ!」
慌ててサツキに抱きつくルピナスを見て、マーガレットも笑顔で続いた。非常に仲の良い姉妹にしか見えないのだが、マーガレットには記憶がない。その場の空気に合わせて動いているだけである。
アセビは苦笑しながら、サツキの用意した酒をそれぞれのコップに少量注いだ。
「お前たち! 狭いんだから酔っても絶対暴れるんじゃねえぞ!」
「アセビ、ノリがいいではないか! じゃあみんなで思い出話を始めよう!」
思い出話は深夜まで続いたが、結局マーガレットの記憶は戻らなかった。それでも情報の共有ができたと思えば、決して無駄ではないだろう。
アセビたちはできるだけ、マーガレットの犯した失態や悪行の数々を口にはしなかった。今の彼女は汚れを知らぬ、純粋無垢な少女。天使に悪魔の所業を教えることはないのだ。
「じゃあ今日はそろそろ解散。みんなゆっくり眠るんだぞ。明日はフリーにするからな」
「はーい」
「おやすみ」
「うむ」
アセビ一行はそれぞれの自室に戻った。
みんなのお家は静寂に包まれている。
しかしアセビはなかなか寝付けずにいた。マーガレットの記憶のことが気になるのだろう。ベッドに寝転びながら、ただ天井を見つめていた。
「ちょっと気分転換するか」
アセビは仲間たちを起こさないよう、静かに散歩に出かけた。
朝日は顔を出したばかりだ。街には人影は見えず、この世界に誰もいなくなったとアセビに錯覚させる。
マーガレットの記憶喪失の件、白い鳥問題のせいで精神に負担がかかっていたからか。アセビは強い孤独感を覚えた。急いでみんなのお家へ戻り、今度こそ寝ようと自室に入ると、白い影が見えた。
「あっ、えっ、そ、その!!」
白い影の正体はマーガレットだった。彼女はベッドから急いで立ち上がると、目を潤ませながらアセビに近づく。
「ごめんなさい! さっき物音がしたから……気になってしまって……その……あ、あたし!」
「お前耳良いなぁ。こっそり抜け出したつもりだったんだけど」
マーガレットの慌てる姿が面白かったのか。アセビは思わず吹き出してしまった。
マーガレットは申し訳なさそうに両手を合わせ、謝罪の意思を見せた。
「気になって声をかけたけど、反応がないから入っちゃったってところか?」
マーガレットは大きく何度も頷く。別に部屋の中に見られたら困るものがあるわけでもない。アセビは素直に謝罪したマーガレットを許すことにした。
「いつでも好きなときに遊びに来ていいからな」
アセビは穏やかな表情を浮かべている。
怒られないとわかったからか、マーガレットは部屋を出ずに、本棚を指差した。以前アセビが買い揃えたものだ。魔法について記された本が並べられている。
「さっき本を少し読んだの。なかなか興味深いことが書かれていたわ。あなた、いい本を持ってるのね」
「そうか? オレにはさっぱりだったぜ」
アセビはわざわざ高い金を出して、本を買ったことを後悔していた。これらの本は、漬物石か鍋敷きの代わりににしかならないだろう。
しかしアセビは魔法を覚えることを諦めきれず、本を捨てられずにいた。
「まー、100パーセント無駄でしたってわけでもなかったんだけどさ……覚えられた魔法もあったからよ」
「ん?」
アセビは黒魔法だけは取得できていた。しかし結局それ以外の魔法は身に付いていない。黒魔法の本だけ買えば、無駄な出費は避けられたのである。
マーガレットは1冊の本を取り出した。大事そうに胸に抱えている。
「あなたのお部屋に、無断で入ったあたしがお願いできる立場じゃないのだけれど……」
「なんでも言ってみな。聞くだけは聞くから」
「この本に書かれてた魔法を試してみたいの!」
「マジっスか」
マーガレットは微笑みながら頷いた。
魔法を使うと周囲に被害が出るかもしれない。アセビとマーガレットは、以前拠点として利用していた草原に向かっていた。
「野宿してたのね。素敵じゃない!」
「結構大変だったけどな。お前にも苦労かけたよ」
「そんなことないわ! きっと記憶を失う前のあたしは楽しんでいたはずよ。素敵な思い出をありがとう」
「天使かな」
アセビたちが草原を数分歩くと、石で作られた粗末な釜戸が目に入った。以前使用していたものだ。
「懐かしく感じるぜ。ここで料理してたんだわ」
「ありがと。あたし覚えてないけど、食べ過ぎたりしてたんじゃない? きっとみんなに迷惑かけていたんでしょうね……」
「ソンナコトナイヨ」
「えへへ! 気を使ってくれるのね? ありがと! あたし絶対みんなに恩返しするわ!」
「天使だわ」
マーガレットはアセビに笑顔を見せると、片手で器用に魔法の本を広げ、手のひらを付き出した。
「アイス・ダイス!」
マーガレットが宣言すると、手のひらからサイコロに似た形の大きな氷の塊が、数メートル先の岩に向かって勢いよく発射された。
ぶつかり合うと激しい衝撃音が周囲に響く。岩は見事粉々に砕け散った。その圧倒的な破壊力にアセビは目を見開く。
マーガレットは自身の手のひらを見て頷いた。確かな手応えを感じたのだろう。
「ふむふむ。じゃあお次はこっちね」
マーガレットは人差し指を付きだした。
「アイス・ダンス!」
今度はマーガレットの指先から、鋭く尖った氷が無数に発射された。次々と雑草を切り裂いていく。
先ほど放ったアイス・ダイスとは違い、命中率は良くないらしい。こちらの魔法は、下手な鉄砲数撃てば当たると言わんばかりのそれだ。しかし逆を言えば、しっかりと当たれば問題ない威力なのである。
マーガレットは本を閉じ、指を鳴らした。
「この本に書いてあった通りね。氷魔法、確かに覚えたわ!」
「マーガレットォ! お前すげえじゃねえか!」
アセビは感動したらしく、マーガレットに惜しみのない拍手を送っていた。原っぱに音が響き渡る。
マーガレットは照れくさそうに頬を赤くしていた。
「うん、決めた!」
アセビはマーガレットの華奢な両肩を掴み、尊敬の眼差しを送った。
「マーガレット……いや、マーガレット先生! オレにもさっきの魔法教えてくれないっスか!? オレも魔法を覚えたいんだ! みんなを守るため、武器となる力が欲しいんだ!」
「えっと、こうギュイーンって溜めて……バーンって撃つ感じ? 冷たいイメージを頭で描きながら、バババババみたいな?」
「……だいたいわかった」
「ごめんなさい! 説明が難しくて……」
アセビは、わからないということがわかったという状態だ。当然マーガレットも察している。なんとか氷魔法を覚えさせようと、頭をフル回転させていた。
しかしアセビは黒魔法と身体強化魔法しか使えない不器用な男である。そう簡単に魔法を覚えられるはずがない。
「ちょっとチャレンジしてみるわ」
「うん! あたしもお手伝いするわね!」
「うぉぉぉ! アイス! ダイス! ダンス!」
「そうよ! 気合よ気合!」
原っぱにアセビの叫び声が虚しく響く。しかし何も起こらない。
勢いと気合だけで身につくほど、魔法は単純なものではないのだ。
「……帰ろうか」
「……そうね」
しばらく粘っていたが成果は見られなかった。当然である。アセビとマーガレットは、みんなのお家へと帰ることにした。
とぼとぼと歩くアセビの表情は暗い。マーガレットは背中から見守ることしかできなかった。
気まずい沈黙が周囲を支配している。払拭するためにマーガレットが、動いた。
「朝ご飯食べたら、もう1度魔法の練習いっしょにやらない? ふたりなら寂しくないでしょ?」
「オレ才能ねえからなぁ」
「才能がないって決めつけたら、何も始まらないわ。自分を信じるの! ね?」
マーガレットは両手を合わせ、上目使いでアセビを見つめている。煽る様子はない。純粋に魔法を覚えてほしいと願っている者の目だ。
アセビは頷いた。
「うん。このままでは……終われない。そうだろ?」
「その通りよ! よ~し、じゃあ急いで帰ってお腹いっぱい朝ご飯食べましょ!」
「おうよ!」
マーガレットは弾けるような笑顔を見せ、アセビの手を握って走り出した。記憶を失っているが、元気なところは何も変わっていない。
アセビは張り切るマーガレットに苦笑しつつ、どこか優しい気持ちになるのだった。




