夢見る乙女は眠れない 24
サツキが静かに勝利宣言をすると、マーガレットとカエデが手を叩いて狂喜乱舞した。彼女たちは勝利に酔いしれ、小躍りしている。
ルピナスはほっと胸を撫で下ろしていた。静かに拍手をしている。サツキの勝利を祝福しているのだ。
一方イチョウ、カシワ陣営は全員項垂れている。この世の終わりのような雰囲気を漂わせていた。
勝負の世界には必ず勝者と敗者が存在する。互いに笑顔で終わることはない。求められるのは結果だけ。勝負の世界とは、なんと厳しいものか。
「これで全て終わりじゃ……だが……まだじゃ……」
オモトはいつのまにか意識を取り戻していた。まだ本調子ではないのだろう。膝が震えている。
取り巻きが体を支えようとするが、オモトは手をかざして拒否し、ウツギに向かって頭を下げた。
「対戦……ありがとうございました……!!」
「お、オモト……」
「お前たちもキサヌキ家の皆さんにはよ挨拶せぇ! 礼に始まり礼に終わる! それがイチョウの流儀じゃ!」
オモトがうろたえる取り巻きたちを一喝すると、彼らも急いで立ち上がり、勢いよくウツギに向かって頭を下げた。
「ありがとうございました!」
「ましたー!!」
「い、意外と潔いな……」
アセビはてっきり黒魔法を使ったことをオモトに抗議をされると身構えていたが、そうではなかったのだ。イチョウ家陣営は素直に敗北を認めた。彼らにも最低限の誇りと礼儀があるのだろう。
「まぁ……これで本当の本当に終わりなんじゃがな」
「くっ……!」
敗北という現実に打ちのめされ、アヤメは大粒の涙を流していた。歯を食いしばりながら立ち上がり、挨拶をしようとするが、言葉が出てこない。出てくるのは悔し涙だけだった。
「ふんふんふ~ん! ぷっぷっぷ!」
マーガレットが鼻唄を歌い、スキップをしながらアヤメに近づいた。その表情は必死に笑いを堪えている者のそれだ。
アヤメを煽るため、マーガレットは深呼吸をする。どう罵ってやろうかと、小さな脳みそをフル回転させていた。
マーガレット劇場が開園しようとしている。敗者に対する慈悲など、あるはずもない。
「あ……んっ!?」
「コラァ!」
アセビはマーガレットに素早く近づき、脇の下に手を通して羽交い締めにした。煽りは絶対に許さないと言わんばかりに、両手で彼女の口を塞いだ。
「マーガレット! ちょっとこっちに来い!」
アセビは流れるようにマーガレットを道場の壁際まで引きずった。彼女は必死にもがいているが、鍛えられた男の腕力には敵わない。力比べにすらならなっていなかった。
マーガレットの口はぴったりと手のひらで塞がれている。くぐもった声を出すことしかできなかった。
「むーっ!! むーっ!!」
「もう勝負はついたんだ! 敗者に鞭打つことするんじゃねえよ! 超えちゃいけないラインがあるんだ! やったらいけないことがあるんだ! それは流石のお前でもわかるだろ!?」
「モゴモゴ!! モゴモゴ!!」
マーガレットはとてもじゃないが、褒められた性格はしていない。自分勝手。ナルシスト。欲求に正直。トラブルメーカー。隙あらばアセビを煽る。近年稀に見る問題児だ。
マーガレットは若干ネチネチとしたところはあるものの、アセビ以外の人間を必要以上に煽ることはしなかった。超えてはいけないライン、やりすぎたら反撃される可能性があることを理解しているのだろう。
しかしオモトとアヤメだけは例外だった。現在進行系で煽り、挑発し、侮辱し続けている。
そのとき、アセビにある考えが浮かんだ。
「お前もしかして……」
「むー! むー! モゴモゴー!」
マーガレットは羽交い締めされたままアセビを見上げた。両者の視線が交差する。
マーガレットは何を言っているのかわからないが、ひたすらくぐもった声で何かを訴えていた。
アセビは小さく苦笑する。マーガレットの気持ちを理解したのだ。
「お前の煽りや挑発は、オレのためだったんだな」
「ん……」
アセビが呟くと、マーガレットは声を出すのを止めて静かになった。
「オレがあいつらにバカにされたのを、黙って見てられなかったんだろ? 怒ってるんだろ?」
「……」
「オレがちゃんと、言い返さなかったからなぁ……」
アセビは自分が犠牲になることで、全てがうまくいくならそれでいいと無意識に考えている。自己犠牲の精神を持つ青年だ。
そのためオモトとアヤメの煽りや挑発を受けたが、冷静にスルーしている。
しかしサツキはそれを良しとせず、その結果、御三家のぶつかりあいが発生した。マーガレットもサツキと同じ考えだったらしい。オモトとアヤメのアセビに対する挑発行為や侮辱を許せなかったのだ。
自分は煽る。しかし他者がするのは見過ごせない。はっきり言って自己中心的な考えの極みだ。
しかし、これは本当にしょうがない。マーガレットはそういう美少女なのだから。
アセビはマーガレットを見つめたまま口を開いた。
「もういいんだ。もう煽らなくていいから」
「む!? モゴモゴ!」
アセビが優しく語りかけるが、マーガレットは納得していないのか、再び抗議の声を上げる。彼女の口はずっと塞がれたままなので、くぐもった声を出すことしかできないのだが。
アセビはそんなマーガレットを見て微笑み、珍しく嘘偽りのない優しい表情を浮かべた。
「ありがとう。自分以外の誰かのために本気で怒れるっていうことは、マーガレットは本質的には優しい子なのかもしれないな」
「んっ!?」
「でもオレが許すからさ。お前もあのふたりのことを許してあげてくれないかな?」
アセビに優しく言葉をかけてもらえると思っていなかったらしい。マーガレットは衝撃を受けている。瞳を大きく見開いていた。
「落ち着いたかな」
すっかりおとなしくなったマーガレットを見て、アセビは拘束を解いた。
「ぷはっ」
マーガレットは自由の身となった。1度大きく深呼吸をし、アセビに軽く体当たりをお見舞いした。しかし満面の笑みを浮かべている。
アセビに本質的には優しい子なのかもしれないと言われて、嬉しかったのだろう。
「無理やり押さえつけるなんてひどいじゃない! でも特別に許してあげる! えへへ!」
「すまんすまん! だが止めてなかったら、お前は両家を煽りに行ってただろ? そういうことはやったら駄目なんだ」
「ソンナコトナイワヨ」
「それってさぁ、嘘だよね」
舌をペロリと出すマーガレットの頬を、アセビは軽くつまんだ。
「ねぇアセビ! もしあたしがまた他の誰かの悪口言ったら、さっきみたいに押さえつけるの?」
「まぁな。でもお前は良い子だから、もう煽ったり挑発したりしないだろ?」
「うーん……」
マーガレットは瞳を閉じて腕を組むと、何やら一生懸命考え込み始めた。アセビに構ってもらえる大義名分が欲しくもあるが、約束を守る女の子として信用されたくもあるのだろう。
うんうん唸るマーガレットをそのままスルーし、アセビは再びサツキの元へと向かった。




