夢見る乙女は眠れない 23
竹刀と竹刀が激しくぶつかり合い、激しい音が道場内に響く。サツキは距離をとろうとするが、アヤメはそうはさせじとひたすら前へ前へと進み、距離を詰めた。
「逃がしませんわ!」
アヤメはさらに畳み掛けるように、竹刀を何度もサツキのそれにぶつけた。
「いいぞぉ!」
「お嬢が押してますぜ!」
「いけいけぇ!」
盛り上がる取り巻きの声が、アヤメの力をさらに増幅させる。声の力は偉大だ。
カシワの剣はスピードを武器にしていたが、今のアヤメのそれにはさらにパワーが加わっている。
「早い……だが……」
サツキはアヤメの攻撃を完全に見切っている。彼女の振り下ろす竹刀を素早く避けると、流れるように素手で払い除けた。
まさか武器を使わずに反撃されるとは思ってはいなかったらしい。アヤメは動揺し、思わず手の力を緩めてしまった。
サツキはその一瞬を見逃さない。そのままアヤメの竹刀を引っ張って奪い取ると、道場の奥へと放り投げてしまった。
「なっ!?」
「攻めが単調すぎる。だからこんな簡単に武器を奪われるんだ」
「なん……ですって……?」
「頭が冷えたら、早く竹刀を拾いに行け。もっと私を楽しませろ。時期当主なんだろ? 貴様」
冷めきった表情を浮かべるサツキ。彼女は容赦のない言葉を次々とアヤメに浴びせた。彼女は悔しそうに唇を噛んでいる。
「こ……このっ……」
「どうした? 拾いに行かないのか?」
シャクナゲを出る前のサツキなら、ここまで簡単にアヤメの攻撃を見切ることはできなかっただろう。本来ならスピードを競う戦いになっていたはずだ。
しかしサツキは西の大陸で冒険者になり、モンスターを相手に日々戦い続けてきた。命の奪い合いをしてきたのだ。経験に勝るものはない。その差がこれである。
アヤメの顔は、悔しさと屈辱により、血のように赤く染まっていた。
「お嬢! 1度立て直しを!」
「いつものように美しい剣を見せてくだせぇ!」
「大丈夫! 相手は防戦一方だった!」
取り巻きの応援が、頭に血が上っていたアヤメの感情を落ち着かせた。彼女は大きく深呼吸すると、サツキに視線を合わせたまま、じりじりと後ずさる。
先ほどとは違い、すっかり落ち着いていた。その表情に憎しみや怒りは見られない。焦りはあるが。
そんなアヤメを見て、サツキが冷めた口調で語りかける。
「私はどこぞの剣術屋連中と違い、抵抗できない者を一方的にいたぶる趣味はない。だから背中を見せた瞬間攻撃などするはずもない。モタモタするな。早く竹刀を取りに行け」
「くっ……」
アヤメは悔しさをにじませながらも、冷静に物事を考えていた。彼女はスピードに絶対的な自信がある。それを武器に立ち回れば、まだ勝機はあると信じていた。
竹刀は奪われたが、自信までは奪われてはいないということだ。それほどの気持ちがなければ、時期当主として前に進めないということなのだろう。
「あ、あと少し……」
サツキの言葉に嘘偽りはなく、武器を失ったアヤメを攻撃する気はなかった。しかしそれを素直に信じられるわけがない。
アヤメは竹刀を握るために急いでしゃがみ、さっと手を伸ばす。その時である。アヤメの瞳に、マーガレットが映った。
「ぷっぷっぷ……ぷぷぷ……」
マーガレットは下卑た笑みを浮かべながら、アヤメを見つめている。その目は明らかに小バカにしていた。
アヤメの魂に、怒りの炎が燃え上がる。
マーガレットは口を大きく開け、アヤメに向かって大声を出した。
「なになになに!? お情けで見逃してもらう!? あの短髪女さんが!? ウソでしょ!?」
「くっ……何とでも言いなさい……!!」
「ぷぷぷ! ここがクレマチスならぁ、あなた死んでるわよぉ? わざわざ武器拾うの待ってくれるモンスターや盗賊いる? いないわよねぇ!!?」
マーガレットの繰り出す言葉の刃は、確実にアヤメの精神にダメージを与えている。プライドの高さが仇となってしまったのだ。
アヤメは屈辱に耐えながら竹刀を握り、急いで構えてみせた。体は怒りと屈辱で震えている。
アヤメは気持ちを落ち着かせるため、大きく深呼吸をして宣言した。
「お待たせいたしました! アヤメ・カシワ! 最高の剣技をお見せいたしましょう!」
「お嬢、いいぞぉ!」
「いけますぜ!!」
取り巻きは、まるで決闘に勝ったかのように歓喜の声を上げた。それがアヤメの折れそうになっていた心を支えている。彼女は心の中で感謝しつつ、サツキに向かってゆっくりと距離を詰め始めた。
「今のわたくしでは、恐らくあなたには勝てないでしょう。技術。精神。早さ。全てわたくしを上回っていますわ。それも、圧倒的に」
「……」
サツキは言葉を返さず、アヤメから一切視線を反らさない。少しずつゆっくりと近づく彼女は、穏やかな表情を浮かべているが、逆にそれが不気味に見える。
瞬きすら許されない緊張感。道場は緊迫した空気に包まれていた。
「ぷぷぷ! わかってるなら早く降参したらぁ? あっ、そっか! 降参できないんだったわね!」
緊張感に耐えられなかったのか、マーガレットが再び煽り始めた。ニヤニヤとしている。その口が止まる気配はない。
「同じ女性相手に格の違いを感じたのは、生まれて始めて……ですわ」
アヤメはマーガレットの言葉が、一切聞こえていないわけではない。その証拠に、額には青筋が浮かび、竹刀を握る手は怒りで小刻みに震えている。
アヤメは挑発にキレていないわけではない。当然マーガレットはそのことを理解している。
「お情けで見逃されてぇ、恥ずかしいわぁ。もう剣捨てちゃいなさいよ」
「正直心が踊りますわ。サツキ・キサヌキ。あなたを倒せばわたくしはさらに成長できるんですもの……」
アヤメは必死に言葉を吐き続け、マーガレットの言葉を聞かないようにしている。
「倒すぅ? 竹刀奪われるレベルのくせに、サツキに勝てるわけないじゃない! ぷっぷっぷーのぷー!」
マーガレットの言葉が終わると同時に、アヤメは目を見開いた。
「今です!」
アヤメはこれまでゆっくり近づいていたのが嘘のように、素早くサツキ目掛けて高速の突きを繰り出した。
言葉で油断を誘い、その隙をついて一撃で勝利を掴みにいく。それがアヤメの作戦だった。
流石のサツキも強力な高速の突きを受けたら、無傷ではすまない。当たれば逆転勝利の未来が待っている。
「わたくしの勝ちですわ!」
勝利を確信するアヤメ。しかし高速の突きはサツキには当たらない。竹刀で簡単に受け流されてしまった。
「なっ!? わたくしの突きを!?」
アヤメは姿勢を崩し、大きな隙を晒してしまった。決闘においてこれは致命的だ。
カシワの取り巻きたちが鼓舞するための言葉を叫ぼうとするが、勝負はもうついている。
サツキは隙を見逃さない。竹刀を握る手に力を込めると、アヤメの腕に振り下ろした。鈍い音が道場に響く。
「いっ……!?」
サツキの竹刀による重い一撃が腕に当たる。アヤメは痛みで悲鳴を上げることすらできなかった。彼女は膝をつくが、闘志は失われていない。再度竹刀を握ろうと手を伸ばしている。再び風のように早い突きを繰り出そうとしているのだ。
しかしそれは不可能だった。腕の痛みのせいで、アヤメは竹刀を握ることができなくなっていたからだ。今の彼女にできること。それは絶望することだけだ。
「あの突きを避けられるなんて……誇りを捨てて……不意打ちまでしましたのに……」
「悪いが全部読めていた。貴様が私に勝つ手段は、もう不意打ちぐらいしかなかっただろうからな」
「そ……そんな」
「早さは認める。だが動きが読めれば、避けることは容易い」
あまりにも実力の差がありすぎた。恐らく100回やっても結果は変わらないだろう。
人間は鬼には勝てない。悲しい現実だけが、そこにはあった。
「私の……いや、私たちの勝ちだ」




